• 検索結果がありません。

8-1.結論

本研究は,ここまで,産業内に蓄積された〈共有化された資源〉が,技術革新時の 企業行動に与える影響について論じてきた.

8-1-1.〈共有化された資源〉とは

本研究がいうところの〈共有化された資源〉とは,ある業界に属する複数の企業が 事業展開を行う上で共同的に依存している,関連業界に属する企業の組織能力である.

一般的に,企業は,自社の組織能力のみならず,供給業者や販売業者,補完財業者 などの関連業界に属する企業の組織能力を活用しながら事業を展開している.

これらの企業は,往々にして,自社だけでなく,自社と直接の競合関係にある企業 との取引関係を有している.例えば,ある有力な販売業者が,互いに競合している複 数のメーカーの製品の販売を行っている状況は,しばしば見受けられるものである.

その場合,メーカー側から見れば,複数の企業が,この販売業者の組織能力に共同 的に依存しているという状況が発生している.この点で,これらのメーカーにとって,

販売業者の組織能力は,自社が事業展開する上で重要な役割を果たす〈共有化された 資源〉となっているのである.

8-1-2.〈共有化された資源〉の影響を論じることの理論的な意義

本研究は,このような〈共有化された資源〉の影響に注目しながら,技術革新時の 企業行動を分析することの重要性について論じてきた.

不連続な技術革新が生じた際に業界内で競争構造が変化するという現象に関して は,これまで数多くの論者が議論を展開してきた.しかしながら,本研究のように,

関連業界に属する企業の組織能力という〈共有化された資源〉の影響について中心的 に論じた研究は少ない.

技術革新と競争構造の変化について論じる上で,このような〈共有化された資源〉

の影響に注目することの理論的な意義は2つ指摘できる.

(1).〈共有化された資源〉が既存企業群の衰退に与える影響

第 1の意義は,〈共有化された資源〉の影響を考慮することによって,技術革新に 直面した複数の既存企業が同じように衰退するという現象について,より妥当な説明 を展開することが可能となるという点にある.

技術革新と競争構造の変化を扱った先行研究では,これまで,不連続な技術革新が 生じた際に有力な既存企業が衰退し,代わりに新規参入企業が台頭するという現象が 注目されてきた.このような競争構造の変化を引き起こす技術革新のタイポロジーな

131 どを行いながら発展を見せてきたこれらの先行研究では,不連続な技術革新によって,

複数の既存企業が同じように衰退する現象の存在がしばしば指摘されてきた.また,

実際の分析や議論でも,既存企業群と新規参入企業群という,個体群レベルの分析単 位が用いられる場合が多かったように思われる.

しかしながら,多くの先行研究は,基本的には独立した存在であるはずの複数の既 存企業があたかも 1 つの個体群であるかのように同じように衰退する場合があるの はなぜか,という問題について直接的な説明を展開してこなかった.

著名な先行研究は,各既存企業内部の組織能力に注目し,それが不連続な技術革新 によって無効化されることによって,既存企業の衰退が生じると主張してきた.一部 の先行研究が論じているように,個々の企業の組織能力は,当該企業の歴史や文化か ら強く影響を受けて形成されるものであり,必ずしもすべて同じものとは限らない.

そうであるならば,個々の既存企業の内部の組織能力にのみ注目した先行研究の説 明方法は,ある業界に属する複数の企業が同様に衰退する現象を説明する上で,不十 分なものである可能性がある.このような現象を説明するためには,複数の既存企業 に対して影響を与える共通の要因について言及することが必要であるように思われ る.しかしながら,先行研究の説明方法では,それぞれの既存企業が暗黙のうちに独 立した存在として扱われており,その衰退要因に関する共通性についてはほとんど触 れられていないのである.

先行研究においては十分に探究されてこなかった上記の問題に関しては,〈共有化 された資源〉の存在を考慮に入れることで,より妥当な説明を展開することが可能と なる.

先に述べたように,関連業界に属する企業の組織能力である〈共有化された資源〉

は,ある業界における複数の企業の事業活動にとって重要な役割を果たしている.そ のために,もし,何らかの形で〈共有化された資源〉の有効性が低下した場合には,

これらの資源に共同的に依存している複数の企業が影響を受けることになる.

このような〈共有化された資源〉の有効性の低下という現象を引き起こす1つの要 因となるのが,技術革新である.

ある業界で生じた不連続な技術革新は,当該業界に属する企業のみならず,その関 連業界に属する企業の既存の組織能力の有効性の低下を引き起こす可能性がある.新 規技術の登場によって,原材料や構成部品,補完財の特性にも変化が求められたり,

製品の販売方法に関して新たな知識やスキルが必要となる場合があるからである.

技術革新によって,供給業者や販売業者,補完財業者の既存の組織能力の有効性の 低下が生じた場合,これらの組織能力に依存する形で事業を展開している企業もまた 間接的に影響を受けることとなる.しかも,このような組織能力を,互いに競合関係 にある複数の企業が共有化している状況においては,この影響はより広範囲に及ぶ可 能性が高い.例えば,複数のメーカーの製品を扱う有力な販売業者が新規技術にうま

132 く対応できない事態が生じた場合には,技術革新によってこれらのメーカーが同じよ うに売上高を低下させるという現象が生じうる.

つまり,ある産業における〈共有化された資源〉の存在に注目し,技術革新によっ てこれらの資源の有効性が低下した場合の影響を考慮することで,基本的には独立し た存在であるはずの複数の既存企業が同じように衰退するという現象に対してより 妥当な説明を加えることが可能となるのである.

(2).〈共有化された資源〉が新規参入企業の行動に与える影響

また,〈共有化された資源〉の影響を考慮に入れた場合には,技術革新と競争構造 の変化を扱った先行研究が,暗黙的に受け入れてきた新規参入企業像に再考の余地が あることが示唆される.この点が,技術革新と競争構造の変化に関する研究において

〈共有化された資源〉に着目することの第2の理論的意義である.

技術革新と競争構造の変化に関する先行研究の多くは,不連続な技術革新を積極的 に展開する存在としての新規参入企業像を暗黙のうちに採用してきた.既存企業群が 不連続な技術革新に対して消極的な対応を見せる一方で,新規参入企業群がそれとは 正反対の行動を採ることによって,結果として両者の間の競争地位の逆転が生じると,

先行研究は論じてきたのである.

先行研究では,既存企業群と新規参入企業群の行動の間に違いが生じる理由は,そ れぞれの企業が内部に蓄積してきた組織能力にあるとされてきた.新規参入企業群は,

まさに新規参入の企業であるがゆえに,不連続な技術革新を推進する上で障害となる ような既存の組織能力を有していない.そのために,これらの企業が不連続な形で新 規技術を展開することを阻害する要因はないと,先行研究では考えられてきたのであ る.

しかしながら,本研究では,技術革新と競争構造の変化を扱った主要な研究群が暗 黙のうちに採用してきたこのような新規参入企業像は常に成り立つとは限らないと いうことを指摘してきた.すなわち,新規参入企業は,必ずしも不連続な方向に新規 技術を展開するわけではなく,むしろ一種の合理的な意思決定に基づいて,新規技術 の展開の方向性を既存技術との不連続性を強調する方向から,連続性を強調する方向 へと変化させる可能性があるのである.

新規参入企業のこのような行動に影響を与えるのが,産業内に蓄積された既存の

〈共有化された資源〉である.

通常,新規参入企業は,ヒト・モノ・カネ・情報といった一般的な経営資源の量や 質といった面で,既存企業と比較して劣位に置かれている.新規参入企業は自社内の 経営資源が不足している状況で,生産設備を構築したり,販売チャネルを確保しなけ ればならない.このような事業化に関わる問題は,多くの新規参入企業にとって重大 なものである.たとえ優れた技術を有していたとしても,それをうまく事業化できな