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第2章と第3章でそれぞれ見てきたように,技術革新と競争構造の変化の問題を扱 う多くの先行研究では,Tushman and Anderson (1986) によって提示された,基本 的な説明枠組みに則った議論が展開されてきた.Henderson and Clark (1990) や

Christensenらの一連の研究に代表されるような先行研究の多くは,不連続な技術革

新によって,既存の有力な企業群の衰退が生じ,代わりに新規参入企業群が台頭する という現象に注目し,既存企業群の衰退要因をこれらの企業の内部の組織能力に見出 すという説明枠組みを基本的には踏襲してきた.

本研究は,これらの研究群で支配的となっているこの説明枠組みには,2つの点で 再検討の余地があると主張する.

第1に,既存企業群の衰退要因を個々の企業の内部の組織能力に見出してきた上記 の説明枠組みには,なぜ,複数の既存企業が同じように衰退する場合があるのかとい う現象面の重要な問いにうまく答えられていないという問題がある.

第2の問題は,上記の説明枠組みの中では,新規参入企業が不連続な方向に新規技 術を積極的に展開することがあたかも当然のことのように捉えられてきたけれども,

そのような新規参入企業像は果たして常に成り立つものであるのかという問題であ る.

以下では,それぞれの問題に関して,ある業界で事業を行う複数の企業が共有化し ている資源が,技術革新時の企業行動に与える影響を考慮に入れながら議論する.

結論を先取りすれば,第1の問題に関して,不連続な技術革新は,しばしば,複数 の既存企業によって〈共有化された資源〉の有効性を低下させる場合がある.そのた めに,これらの企業が同じように衰退するという現象が生じうる.

また,第2の問題に関していえば,既存企業が既存技術の下で事業を展開する際に 依存していた〈共有化された資源〉が,新規参入企業が当該業界で新たに事業を開始 する際にも重要な資源の1つとなりうるという点に注意しておきたい.このような資 源の存在は,技術革新の際の新規参入企業の行動に影響を与える.既存技術を前提と して構築されたこの〈共有化された資源〉の活用を意図した場合には,新規参入企業 にとって,既存技術との不連続性を強調する形で新規技術を展開することは必ずしも 望ましくない.このような形で新規技術を展開した際には,既存の〈共有化された資 源〉の有効性もまた低下し,新規参入企業にとってのこれらの資源の利用可能性が低 くなる傾向にあるからである.つまり,以上の点を考慮した場合には,先行研究の基 本的な説明枠組みの中で暗黙的に想定されていた新規参入企業像が常に成り立つと は限らないということが示唆される.

以下ではまず,上記の第1の問題について,先行研究の説明枠組みを再検討するこ とから議論を開始し,その後,複数の企業によって〈共有化された資源〉という概念

49 を用いることでこの問題が解決可能であることを論じる.

次に,〈共有化された資源〉が技術革新時の企業行動に与える影響を考慮に入れる ことで派生的に論じられる問題として,第2の問題を議論する.

4-1.先行研究の基本的な説明枠組みの再検討①

本研究ではここまで,不連続な技術革新と業界の競争構造の変化の問題を扱う主要 な研究群の中に,特定の基本的な説明枠組みが存在していることを確認してきた.そ れは,着目する現象と,その発生要因に関する議論の2つの部分に分けられる.

4-1-1.先行研究群が着目してきた現象

第1に,着目する現象として,前述の先行研究の多くは,不連続な技術革新をきっ かけとして,これまで業界で有力な地位を築いてきた既存企業群が衰退し,代わりに 新規参入企業群が台頭する現象に注目してきた.

ここで注意しておきたいことは,多くの先行研究において,複数の有力な企業が同 じように衰退する現象が取り上げられてきたという点である.

例えば,Tushman and Anderson (1986) では,彼らが分析対象としたセメント業 界とミニコンピューター業界の中で,能力破壊型の技術革新に直面したほとんどの既 存企業が,一部の例外を除いて,市場地位を大きく低下させたり,または市場からの 撤退を余儀なくされたことを論じている.

また,Tushman らの説明枠組みに大きな影響を与えた Brittain and Freeman

(1980) も,米国の半導体業界に関する事例研究において,真空管から集積回路への

技術革新の中で,真空管をかつて製造していたほとんどのメーカーが業界から姿を消 したことを指摘している.

前章のレビューで確認したように,不連続な技術革新が,複数の既存企業に同じよ うに影響を与えるという現象は,Henderson and Clark (1990) やChristensenらの 研究の事例においても確認できる.

前者においては,接触式のアライナーから非接触式アライナーへの技術革新におい

てはCobit社とKasper社が市場地位を低下させ,第1世代のステッパーから第2世

代のステッパーへの技術革新ではKasper社,キヤノン,Perkin-Elmer社,GCA社 の4社が同様に,新規技術にうまく対応できないという状況に直面した.

後者の研究においても,ハードディスクドライブ業界を中心として,掘削機業界や 鉄鋼業界など様々な業界において,破壊的技術革新が生じた際に,複数の有力な既存 企業が衰退する現象が描かれている.Christensenらは,その上で,既存企業でも例 外的にこのタイプの技術革新を克服した企業に注目し,そのメカニズムに関して考察 している.彼らが意図的にこのような言及を行っているという事実からは,少なくと も彼らの事例研究の中では,1社だけでなく,複数の既存企業があたかも1つの個体

50 群として衰退するという傾向が強かったことが示唆される.

以上のように,先行研究が着目してきた現象は,業界における有力な企業群の内の 1社が単に新規技術に対応できないというものではなく,複数の既存企業が同様に技 術革新によって衰退してしまうというものである.先行研究で分析対象となった業界 の多様性を考えると,不連続な技術革新によって,複数の既存企業が同じように市場 地位を低下させるという状況は,少なくとも極端に例外的だというわけではなく,し ばしば生じうるものだと考えられる.

4-1-2.先行研究における既存企業の衰退要因に関する議論とその問題点

このような現象を説明するためには,本来であれば,複数の企業に共通する衰退要 因に言及することが自然であるように思われる.

しかしながら,先行研究では,既存企業群の衰退の問題を,あくまで個々の企業内 部の組織能力の問題として捉え,議論を展開してきた.BrittainらやTushmanらが 既存企業の衰退要因として挙げた組織的な慣性の問題や,Hendersonらが論じた組織 内部の分業体制に由来する認識や対応の問題,Christensenらが指摘した既存の顧客 との結びつきから生じる事業化の問題はすべて,個々の企業の内部で生じる問題であ る.

もちろん,これらの議論は,それぞれの企業が個別に衰退する要因については,十 分な説明力を有していると考えられる.

その一方で,複数の企業が同様に衰退するという現象を説明する上では,不十分な 点が存在しているように思われる.複数の企業が同じように市場地位を低下させると いうことは,その背景には,これらの企業に共通する何らかの要因が存在していると 考えるのが妥当だろう.しかしながら,先行研究の議論では,現象面では複数の既存 企業をあたかも1つの個体群として扱っておきながら,それぞれの企業の衰退要因の 共通性に関する議論はほとんどなされてこなかったのである.

4-2.〈共有化された資源〉の有効性の低下による既存企業群の衰退

先行研究では十分に探究されてこなかった,複数の既存企業が同じように衰退する のはなぜかという問題を中心的に取り上げて議論を展開している研究は,筆者が知る 限りにおいてほとんどない15

こういった問題を論じる上では,既存企業が技術革新にうまく対応できない要因と

15 高橋 (2015) は,本研究と同様の問題意識の下で,複数の既存企業が同様に衰退す るメカニズムについて仮説的な論考を行っている.高橋は,競争的相互作用の結果と して,個々の既存企業の組織能力が似通っていくプロセスに主として注目しており,

その点で,当該企業群の外部の衰退要因を重視する本研究とは異なる議論を展開して いる.ただし,高橋の議論と本研究の議論は,必ずしも相互に排他的なものではない ことには注意しておきたい.