6.1 本研究の成果
本研究では,道路維持管理において破損したときの利用者,管理者の両者への影響をリ スクとして定量評価し,修繕の優先順位を決定する枠組みについて提案した.具体的には 以下のとおりである.
第 3 章では道路施設のリスク評価に基づく総合維持管理手法の枠組みを構築した.具体 的には,道路施設が損傷する確率と損傷したときに生じる社会的費用の積をリスクと定義 して,リスク項目 8 種類の算出法を示した.リスク評価の値を用いて,区間リスクの大き さと,各施設の B/C から修繕優先順位を決定する方法について示した.構築したリスク評 価に基づく総合維持管理手法で舗装,橋梁,危険斜面を対象施設とし,これらを有する 4 路線を対象とした試算によりモデルの挙動を確認した.その結果,4路線のリスク評価試算 ではどの工種においてもリスクが偏ることがなく,舗装,橋梁,危険斜面のそれぞれが対 策の対象となることを示した.また,対策箇所選定の試算では,ネットワークの弱点とな る区間,すなわち区間リスクが大きい区間から,工種に関わらずリスクが軽減するように 対策箇所が選定されることを確認した.
第 4 章ではリスク評価に基づく補修戦略を岐阜県において実務に導入するために必要と なる条件設定等を検討した.具体的には以下の 4 点を設定した.①健全度が小さいにも関 わらずリスク評価で抽出されない構造物を優先的に修繕する限界管理水準の設定,②リス ク評価によって決定された修繕候補箇所は現地技術者が修繕の要否を確認後,修繕の意思 決定をする運営ルールの設定,③事務所に配分される予算運用を考慮した修繕候補箇所選 定ルールの設定,④橋梁における修繕候補箇所選定における同橋梁他部材の同期抽出ルー ルの設定.また,実務導入から1年が経過したときに,3つの現地事務所の担当技術者への ヒアリングを行い,リスク評価手法の課題を抽出した.そこでは舗装における救命救急ア クセス経路リスクの算出が過大になっていること,騒音・振動を考慮したリスクが必要で あること,迂回延長の設定が過大であることが課題として抽出された.抽出された課題に 対応するために,以下の 3 点の改善策を提案した.①救命救急アクセス経路リスク算出に 用いる各リンクを救急搬送時に経由する対象人口の設定を修正した,②ポットホールによ って生じる振動で低下する地価を社会的影響として定義した振動リスクを開発し,算出方 法を示した,③県管理道路に限定すると冗長な迂回延長となる設定を修正するために,市 町村道路を踏まえて迂回路を算出するよう修正した.
第 5 章では第 3 章で構築したリスク評価手法を用いて,修繕箇所選定の手法に衡平性の
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概念を加えた最適補修戦略決定モデルを構築した.衡平性は議論が錯綜しており一義的な 定義が困難であるため,本研究における「衡平な状態」を定義した.本研究における「衡 平」とは,利用者が出発地から目的地までに経由する区間で暴露する道路施設の利用者リ スク合計値の分散が小さいこと,と定義した.これに加えて,修繕により減少した施設の リスクの合計値を効率性の指標とした.衡平性と効率性の重みつき線形和を目的関数とし て,最小とする補修戦略を求めるモデルを構築した.
構築した最適補修戦略決定モデルについて,衡平性の項のみを目的関数とした場合,効 率性の項のみを目的関数とした場合で仮想ネットワーク上において試算し,モデルの挙動 を確認した.衡平性のみを考慮した最適戦略では,効率性のみを考慮した最適戦略,健全 度が小さい箇所から修繕する戦略と比べて,利用者間の格差が小さくなった.しかし,衡 平性のみを考慮すると社会的リスクの減少量が小さい.すなわち,投資効率が小さい.し たがって,効率性と衡平性の重みを決定するパラメータαの適切な設定が重要である.こ のパラメータは,試算結果で示される利用者間の格差と効率性を鑑みて,利用者の合意が 得られると推察される値を管理者が決定する必要がある.
衡平性のみを考慮した場合では,健全度が著しく低い場合でも補修されないケースがあ った.そのため,管理限界を設定して優先的に補修するルールが本モデルのほかに必要で ある.
6.2 今後の課題
6.2.1 リスク評価の精度向上
(1) 損傷確率
第 3 章で示したリスク評価手法では,橋梁と舗装の損傷確率に仮定値を設定した.仮定 値は統計学的に分析され検定が可能な方法で設定したものではない.この理由は,橋梁に おいては,施設の健全性と破損の関係を十分に分析できるだけのデータが蓄積されていな いためである.我が国においては管理者が破損する前に修繕するため,破損した実績は多 くない.一方で舗装は,路面性状測定車による路面性状評価値が多くの自治体で実施され ている.舗装の破損,すなわちポットホールの発生に関する情報も蓄積されている.した がって,舗装の破損確率は今後の研究で算出モデルが開発されることを期待する.
本研究はリスク評価に基づく総合維持管理手法の構築を主眼としたため,この課題につ いて議論しなかったが今後はこれらの分析により,リスク評価の精度向上を図る必要があ る.
(2) リスクの確率分布
第 3 章で示したリスク評価手法では,損傷確率を施設の健全度ごとに定数で与え,各種 リスクの社会的影響度を確定値で与えた.これは,それぞれの平均的な値を仮定している ため,マクロ的視点では維持管理の投資意思決定を議論できる精度があると考えている.
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しかしながら,点検結果の精度や,点検からの時間経過によって損傷する確率は不確実な 事象である.また,社会的影響度も道路利用者数など算出に用いた変数が不確実に変動す ると想定される.これらの不確実な事象が確率分布にしたがっている場合,各道路施設に おけるリスク値の分布形状に差が生じることが想定され,最適な修繕戦略は確定値での試 算と異なる場合もある.したがって,リスク評価の精度向上のためには,確率分布を仮定 した損傷確率,社会的影響度を検討する必要がある.
(3) PDCAサイクルによるリスク評価手法の継続的改善
第 4 章ではリスク評価に基づく総合維持管理手法を 1年間導入した結果に基づいて,リ スク評価手法を改善した.救命救急アクセス経路リスクの算出法修正や,振動リスクの追 加など,現地技術者の経験に基づく修繕意思決定の思考を取り入れた.PDCAサイクルを一 巡したことで,リスク評価の精度向上に一定の成果があったといえる.しかしながら,1年 間での課題抽出で多くの課題が抽出されたことを踏まえれば,今後も課題が発現すること が容易に想定できる.したがって,今後も適宜本研究で示した課題抽出方法等を活用する ことでリスク評価方法の継続的改善を図る必要がある.
6.2.2 長期にわたる修繕計画の立案
本研究で提案した修繕箇所選定方法はいずれも単年度の箇所選定を検討するものである.
しかしながら,道路施設の資産価値は廃棄されるまでの残存価値で評価されることが適切 である.すなわち,長期におけるネットワーク全体の保有リスク総量が最小化されること が資産価値最大化に寄与すると考えられる.したがって,劣化予測を用いた長期のリスク 動向を考慮して最適な投資量,タイミングを決定する必要がある.この求解のためには,
劣化予測の設定と劣化によるリスク変動を考慮した動的計画法を適用する方法が考えられ る.
6.2.3 衡平性・効率性を考慮した最適補修戦略の実道路ネットワークへの適用
第 5 章に示した最適補修戦略決定モデルの挙動確認には,仮想のネットワークを採用し た.今後は,実在する施設をリスク評価して,実道路ネットワークを対象にモデルの適合 性を検証する必要がある.仮想ネットワークでの挙動確認では衡平性と効率性のいずれか のみを考慮したときの補修戦略について示した.最適補修戦略決定モデルは,衡平性に重 みパラメータを乗ずることで,効率性と衡平性のバランスを設定できる.したがって,重 みパラメータを設定したときの補修戦略の挙動について確認する必要がある.また,第 4 章で示したような実務へ導入するための制約条件を加えることで,実務での運用条件下に おいて衡平性,効率性がどのように投資意思決定に影響するかを確認する必要がある.