3.2 プリアンプリセット直後のベースライン補正
3.2.3 結果と考察
フィッティング関数によるシフト補正
フィッティングによって得られた関数を使ってシフトの影響を打ち消したベースライン波形を 図3.16に載せる。黒色で表示されるのが図3.12で示した補正前のベースラインであり、水色で示 されるのが補正後のベースラインである。また、図中の赤線は本来のベースライン位置を表してい る。解析途中でカットによってイベント数が減るため、この結果がフィッティングによる補正で ベースラインのシフトを打ち消していることを確認しておく11)。その方法として、χ2が2以下と なるイベントについて、シフト補正する前のベースライン部分をプロットする。結果は、図中に黒 色で表示される補正前ものとほぼ同じになるため掲載しないが、このことにより1次関数フィッ ティングを使って正しくベースラインを見積もれていることが分かる。
図3.16 シフト補正後のベースライン。図3.12で表示されたイベントについて、フィッティ ングによって得られた関数を用いてシフトを打ち消したものである。水色で示されるのが補正 後のベースラインであり、黒色で示されるのが補正前のものである。また、赤線は本来のベース ライン位置を表している。
補正によるエネルギー分解能の回復
フィッティングによる補正で正しくベースラインを見積もった上で、波形データからPHADC 方式によってパルス波高を読み出した場合のリセットからの経過時間と60Co線源1.33 MeVピー クに対するエネルギー分解能の関係を表3.6に載せる。これを表3.5と比較すると、ベースライン
が分かる。また、30 µsecまでの分解能が悪いのは、リセットパルスの立ち下がりを1次関数で外 挿しているためであると考えられる。リセット直後から30 µsec以内に起こるイベントは分解能 が悪いため除去するとすると、671アンプを整形時定数2 µsecで波形読み出した場合のリセット によるdead timeは30 µsecと見積もれる。これは、従来の読み出し回路である973U UHA (時 定数0.5 µsec整形 + Gated Integrator)を用いた場合にもリセット直後に20 µsec程度のdead time生じていたことと比較して、dead timeの面では少し劣るがエネルギー分解能では優る結果 となった。
671アンプ(2µsec)と973U UHA (0.5 µsec)では、そもそも整形時定数の差によってリセット 後のベースラインシフトの期間が根本的に異なる。しかし、よりシフト期間の長い(整形時定数の
長い) 671アンプを用いた場合であっても、波形解析を行うことで分解能を劣化させずにリセット
によるdead timeを973U UHAと同程度に抑えることができる。以上のことを踏まえて、ハイ
パー核実験のenergy deposit rate環境において波形読み出し法を用いれば、リセットによるdead timeを今と同程度に抑えつつ、より良い分解能を達成できると考えられる。
表3.6 リセットからの経過時間とエネルギー分解能の関係(補正あり) 経過時間[µsec] 0-10 10-20 20-30 30-40 40-50 50-60 60-66 ∞
FWHM [keV] — 5.8 3.3 2.9 2.9 2.8 2.7 2.7
回復率 [%] — 47 82 93 93 96 100 100
補正できなかったイベント
今回の解析で補正できなかったイベントの数は全体の7割程度であり、以下にその内訳をまと める。
1. フィッティングに使うベースライン部分の点の数が1000個(20µsec分に相当)以上必要と したカット条件を満たさなかったイベントの数は1割であった。その原因は、単純に波形 データの中にパルス部分が多すぎてベースライン部分がほとんど見えないイベントが存在す ることによるが、ベースラインをフィッティングするという解析の原理により、現段階では 対処できない。また、その割合はパルス幅が分かっているので、計数率から見積もる12)こと ができ、解析結果とほぼ一致する。この見積もり方法については後で詳しく述べる。
2. Reducedχ2のカット条件(χ2<2)を満たさなかったイベントの数は、先ほどのフィッティ ング点の数によるカットをかけた後で2割である。その主な原因は、本来指数関数であるア ンダーシュート波形に1次関数を使ったフィッティングを行ったことと、ベースライン部分 の選択が不完全であることだと考えられる。しかし、先に述べたように信号周波数に近いノ イズが存在するため、現段階の解析方法では解決することができない。
計数率による波形データ中のベースライン領域
波形データから取り出せるベースライン領域とGe検出器の計数率の関係について述べる。以 下の過程では、パイルアップはないものとして計算している。まず、p [sec]の幅をもつパルスが f [Hz]で発生しているとする。ここでのf [Hz]とは、1 sec間に発生するパルスの個数が平均値 f のポアソン分布に従うという意味である。この条件において、サンプリング周波数がfsのflash ADCを用いてi点分サンプリングを行なった場合、1イベントの波形データ中に存在するパルス の平均個数nは、
n=f i fs
(3.2) となる。このとき、記録された波形データのうちベースラインとなる平均データ点数bはn、fs、 パルス幅p、サンプリング点の数iを用いて、
b=i−nfsp (3.3)
と表される。fspはパルス幅をサンプリング点の数で表したものである。フィッティングに用いる ベースラインのデータ点数がb= 1000点以上必要だとすると、1イベントの波形データ中に存在 するパルス数n′の条件は、
n′≤nmax≡ i−1000
fsp (3.4)
である。また、f がポアソン分布に従うことからn′もポアソン分布に従うことより、p、fs、iを 固定したときに、ベースライン領域が1000点以上存在しない波形データを取得する割合P(f)は、
P(f) =
∑∞ k=nmax+1
nk
k!e−n (3.5)
となり、ベースライン領域が1000点以上存在する波形データを取得する割合P(f)は、
P(f) =
n∑max
k=0
nk
k!e−n= 1−P(f) (3.6)
と計算することができる。
図3.17に計数率f によるP(f)の変化を載せる。パルス幅は13µsec13)であり、サンプリング周
波数50 MHzとサンプリング点数8000点を仮定している。図より、この条件でベースライン領域
が足りないことによって解析できないイベントの数が全体の半分になる計数率は70 kHzとなる。
Counting Rate [kHz]
0 50 100 150
Probability
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
図3.17 計数率によるベースラインフィッティングができないイベントの割合。パルスの発生 頻度(Counting Rate)によってベースライン領域が1000点以下となりフィッティングでき ない波形データを取得する割合を、ポアソン分布を仮定して見積もったものである。計算には、
サンプリング周波数50 MHzのflash ADCを用いて幅13 µsecのパルスを8000点分サ ンプリングする測定条件を仮定している。
ハイパー核実験の環境でGe検出器の計数率が70 kHzであると仮定して、その場合のプリアン プリセット頻度を見積もる。リセット頻度はenergy deposit rateに依存することにより計数率だ けからでは見積もることができないため、表1.1にあるKEKの実験環境から推測する。Ge検出 器の計数率とenergy deposit rateが比例しているとすれば、計数率が70 kHzのときのenergy
deposit rateは0.7 TeV/sと見積もれる。フィードバックコンデンサ電荷量にリセットがかかる
thresholdは175 MeVであることより、このときのリセット頻度は、
0.7 Tev/s
175 MeV = 4 kHz (3.7)
である。この状況において973U UHA(リセットによるdead time 20µsec)を使用した場合に、リ セットによって生じるdead timeの割合は、
20 µsec × 4 kHz = 0.08 [ 8 % ] (3.8)
となり、ほとんど問題にならない。同様にして、671アンプを波形解析による補正なし(リセット によるdead time 200µsec)で使用した場合は、
200µsec × 4 kHz = 0.8 [ 80 % ] (3.9)
となり、ほとんどデータが取れないと考えられる。また、671アンプを波形解析による補正あり (リセットによるdead time 30 µsec)で使用した場合は、解析で半分のイベントを読めないために
となり、4分の1のイベントを失うことになる。この見積もりから、リセット後のdead timeと しては従来の読み出し法(973U UHA)と波形読み出し法(671アンプ)ではほとんど差はないが、
ベースラインのみをフィッティングする波形解析を行う場合は、計数率によって波形読み出し法の
dead timeが増加してしまうことが分かる。
3.2.4 まとめ
ベースラインをフィッティングする解析により、整形時定数2µsecの671アンプを用いた場合で あっても、リセットによるdead timeを973U UHAと同程度に抑えることができた。また、整形 時定数を長くしたことによってエネルギー分解能の劣化も本来の分解能の1.2倍程度14)まで抑え ることができ、波形読み出し法の有効性を示すことができた。しかし、予想されるJ-PARC実験の 極めて高い計数率下では、もはやベースラインそのものがほとんど見えなくなり、この解析手法が 使えなくなるという問題が発生すると考えられる。そのため、次のパイルアップ分離解析で述べる ように、ベースラインが見えない場合であっても、パルス部分をフィッティングすることでベース ラインを見積もる解析手法を用いなければならない。よって、ここではハイパー核実験のenergy
deposit rate環境において、ベースラインを正しく見積もることができれば、時定数の十分長い整
形アンプを使用することができる可能性を示すことができた。