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台 湾 (日) 49
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図1中 華民国 における海外神社創 立地
領事館名 神社名 創立年1祭 神1境 内地1氏 子数1鎮 座地1そ の他 40 香港 香港神社 (削除 、1940年4月 創 立 、祭 神AM、 鎮 座 地 香 港 小 学 校 、 氏 子 数278>
41 北京 香河神社 (削除 、1940年2月 神社造営計 画 を樹 立、寄附金募集中、氏子数50) 42 蘇州 蘇州神社 (削除 、1940年i地 均 工 事 に着 手 す 、 氏 子 数934)
43 済南 済南神社 4103 AK天 神地祇 ?749 済南市外梁家荘 宮司岩吉多久美
44 北京 密雲神社 41{16 AKM 173 密雲
45 石門 新郷神社 410720 A 713 新郷河南大街
46 張家口 蒙彊神社 411006 AKM永 久王 7162 張家口特別市 宮司梅田次郎
47 太原 楡次神社 41!0 岐 ・美 二 神 楡次城内東北
48 海州 連雲神社 41ユ103 AMN他1神 連雲市連雲港 他1神 は崇徳天皇
49 汕頭 汕頭神社 41!103 開拓三神Y他 広東 省澄 海県汕頭市外馬路、他は昭憲皇太后
50 芝 芝 柵 土 4111 AMO 芝果姻台山上
51 九江 九江神社 4111 AMJ 九江環湖路
52 九江 南昌神社 420318 蝋 南昌市湖浜公園内
53 南京 南京護国神社 420502 軍輝 族英霊 南京五台山 南京神社境内
54 徐州 帰徳神社 420612 A 帰徳飛行場西北隅
55 石門 郎郡神社 4206 照 翼南路郡郵
56 南京 南京神社 4214 AKM 3413 南京五台山
注 記
ユ 佐 藤 弘 毅 「戦 前 の 海 外 神 社 一 覧H一 朝 鮮 ・関 東 州 ・満 州 国 ・中 華 民 国 一 」(『神 社 本 庁 教 学 研 究 所 紀 要 』 第 三 号 、1998年2月)よ り作 成 。
2佐 藤 の 上 記 一 覧 は 『在 支 神 社 一 覧 』(外 務 省 東 亜 局 第 三 課 、1942年6月30日 調 査)を も と に 作 成 し た も の で あ る が 、 こ れ は 、1941年11月5日 現 在 の 台 帳 に5社 の 追 加 、4社 の 削 除 が 施 さ れ て い る も の と い う こ と で あ る 。 表 中 の 「削 除 」4社 が そ れ で あ る 。 ま た 、6の 天 津 稲 荷 神 社 は 『大 陸 神 社 大 鑑 』(1940年8月1日 、 外 務 省 東 亜 局 三 課 調)に は の っ て い る が 、 上 記 『在 支 神 社 一 覧 』 に は 見 当
た ら な い の で 「不 明 」 と し た と の こ と。
佐 藤 は こ の 削 除i不 明 を 省 い て 、1942年6月30日 現 在 の 神 杜 数 を51社 と して い る 。
3創 立 年 の 年 月 日 は 西 暦 で19を 省 く。151105は1915年11月5日 の 意 。 例 祭 日 は 月 日 で 表 わ し た 。
4祭 神
(1)Aは 天 照 大 神 、Mは 明 治 天 皇 、Kは 国 魂 大 神 、Kは 大 国 魂 神 、Jは 神 武 天 皇 、0は 大 国 主 神 、Yは 能 久 親f、Nは 大 物 主 神 。
(2)6の 天 津 稲 荷 神 社 の 他3神 は 猿 田 彦 神 、 大 宮 能 費 台 神 、 田 中 大 神 。
(3)23の 溜 川 神 社 の 他8神 は 大 地 主 神 、 大 山 祇 神 、 盤 裂 根 裂 神 、 金 山 彦 神 、 金 山 比 費 神 、 靭 遇 突 智 神 、 岡 象 女 神 、 埴 山 姫 神 。
5境 内 地 の 単 位 は 坪 、 氏 子 数 の 単 位 は 戸 。
6社 殿
(1)2の 天 津 神 社 の 他6棟 は 幣 殿 、 拝 殿 、 手 洗 所 、 鳥 居 、 奉 斎 館 、 社 務 所 。 (2)6の 天 津 稲 荷 神 社 の 他5棟 は 拝 殿 、 鳥 居 、 手 洗 所 、 社 務 所 、 倉 庫 。 (3)8の 上 海 神 社 の 他3棟 は 拝 殿 、 幣 殿 、 鳥 居 。
しい 佐 藤 の 紹 介 に基 づ い て 、 そ れ を創 立 年 別(1942年6月 調 査)に 並 べ 換 え た も の が 表1で あ り、 そ れ を 地 図 に落 と した もの が 図1で あ る 。 こ の 表 と図 を も とに中華 民 国 にお け る海 外神 社 の設 立状 況 を見 て お こ う。
中華 民 国 にお け る海 外 神 社 の 設立 は大 き く三 つ の時 期 に区分 す る こ とが 出 来 る 。 まず,第 一 期 は 第 一 次 世 界 大 戦 中 ・1910年 代 の 後 半 か ら満 州 事 変 の 始 ま る1931年 以 前 に建 て られ た神 社 で 、 表1の1〜7(以 下 表1の 表 記 は 省 く)ま で の7つ の 神 社 で あ る 。 地 域 と して は 天 津 地 域 の2社 、 山 東 地
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東アジアにおける国際体制の再編成について
表1中 華 民 国 にお け る海 外 神 社 創 立 年 表
領事館名 神社名 創立年 祭神 境内地 氏子数 鎮座地 その他
1 青島 台東鎭神社 1503 0 2637 410 台東一路35 神殿、社務所 、鳥居 2 天津 天津神社 151105 AM 1066 12994 天津市福 島街18 主任神職岡利輔、例祭 日
0411、 本 殿 他6棟
3 坊子 坊子神社 18Q711 A 120 434 坊子三馬路 神殿、鳥居
4 青島 青島神社 1911Q? AKM齢 6412 8122 遠寧路8 宮司池永茂(終 戦時宮崎左止
三 〉、 社 殿13棟 、例 祭 日0403、1017 5 張店 張店神社 181123 AKM半 29 5b3 張 店博 愛街1神 殿 、拝殿 、鳥居 6 天津 天潮 舗 神社 (不明、26年4月27日創立 、祭神倉稲魂神他3、境内地300、氏子数657、天津市伏見街5,神 殿他5棟) 7 芝 龍口神社 301008 AON 2Q 976 龍 口会閑31 (静海 街1)、 神 殿 、拝 殿 、鳥居 8 上海 上海神社 331101 AMJ 1089 30696 江溝路118 主任神職鶴 田英治、例祭 日
0403、1103,本 殿 他3棟
9 広東 広東神社 ,fir 蝋 15 3983 広州市恵愛東路 主任神職所茂、神殿 、鳥居 10 漢 口 漢口神社 350211 AMJ 600 2432 日本租 界109 主任 神職米光春一、社殿 、鳥
居、社務所
11 上海 靖亜神社 35Q211 故近衛篤麿他 404 60 法華区戴拾捌保 故 荒尾 精 、故 根 津 一 、 神 殿 、 拝殿 、鳥居
12 福州 福州神社 361103 0 7a 福州南台蒼前山 神殿 、鳥居
13 石門 石家荘神社 381010 魍 3a75 石家荘新民路 主任神職神保藤吉
14 北京 保定神社 381103 A他1KMJ 641 保定城外李花村 他1は 豊受大神
15 太原 太原神社 390403 AMJ 5636 山西省太原 主任神職椎名寅吉 、例 祭 日
0403
ユ6 北京 南苑護国神社 390930 AMJ 124 南苑市西方高地
17 厚和 集寧神社 (削除、1939年11月10日神武天 皇合祀 、集寧居留 民会40年度 予算 に建設 費3300円計 上) 18 徐州 開封神社 (開封居 留民会1940年度予算 に建設 費5000円を計 上、氏 子数1762)
19 唐山 唐山神社 400203 AKM 1074 唐山市王謝荘
20 徐州 徐州神社 4GO210 AM熱 田大神 2353 徐州豊財鎭
21 海州 海州神社 400210 蝋 556 海州新浦鎭
22 山海関 山海関神社 40⑪211 A 813 山海関
23 博山 酬 榊社 4002 A他8神 187 溜川炭鉱 主任神職黒 木義俊(1918年11
月10日 創 建)
24 九江 九江護国神社 4α)318 軍人軍族英霊 九江湖畔路 九江神社境内
25 北京 長新神社 40(}3 AKM 485 長辛店萬歳山
26 北京 北京神社 400606 m X111 28592 北京特別市布貢院東大街
27 威海衛 威海衛神社 400810 蜘 56 威海衛北倉村
28 南京 蛙埠神社 40ユ02G AKM 623 蛙埠
29 石門 彰徳神社 401030 A $13 城外新民街
30 石 門 順徳神社 40za A 648 順徳
31 杭州 杭州神社 polo A 5?8 杭州湖浜路 主任神職松井喜四郎
32 厘門 慶門神社 401102 AKMY一 3167 慶門蓼花渓美出頂
33 包頭 包頭神社 401109 AKMJ 993 包頭市富三元港
34 太原 陽泉神社 4011 AM 596 平定県陽泉徳勝街
35 大同 大同神社 4011 A 1968 大同城内東北
36 山海関 秦皇島神社 4011 AK 199 秦皇島北大通河傍
37 塘沽 塘沽神社 401207 AMK 739 塘沽連塘賎
38 厚和 厚和神社 40ユ230 AK 2226 厚和特別市大馬路 主任神職篠原實
39 北京 豊壷神社 4012 0 sa3 鰹 特区新房荘村
宮 を頂 点 とす る 日本 の ピラ ミ ッ ト的神 社 体 系 の 中 に位 置 付 け られ た。 この 神 社 は言 うまで もな く、 そ の地 に進 出 した 日本 人 だけ に意 味 が あ るの で は な く、 その 地 の原 住 民 に 日本 とい う国 を意識 させ る上 で大 きな役 割 を果 た す事 を期待 され て、建 て られ もので あ る。
この よ うに海外 神 社 とい って も設 立 の動 機 の こ とな る二 つ の神 社群 が あ るわ け で あ るが 、 日本 の植 民 地 や委 任 統 治 領 あ るい は 占領 地等 で 、そ の地 に住 む原 住 民 の 日本 人化 、 い わゆ る皇 民 化 政 策 が強 力 に展 開 され る よ うに な る と、前 者 の 「居留 民 設 置 神 社」 も後 者 の 「政府 設 置 神 社」 の体 系 に組 込 まれ て 、両 者 は0体 の もの とな ってい く。
さて、本 稿 は戦 前 の 中華 民 国 にお け る海 外神 社 の創 立 につ い て の論 考 で あ る。 海外 神 社 の研 究 は一 九九 〇 年 以 降急 速 に進 み 、 そ れ ぞ れの 地域 にお け る 海外 神 社 の 実態 が か な りの程 度 明 らか に され て きて い る 。 この 中 で 、 中 国 にお い て も東北 部 ・ 「旧満 州(国)」 にお け る研 究 は嵯 峨 井 建 の 『満 州 の神 社 興 亡 史 』1な ど一 定 の 蓄 積 を持 っ て きて い る。 しか しな が ら、 こ の 地域 を除 い た、 戦前 の 中華民 国 にお け る海外 神 社 の研 究 は ほ とん ど進 ん で い ない。 筆 者 は今 後 、 この 地域 の神 社 建 設 につ い て分 析 を深 め てい きた い と思 っ て い るが 、本 稿 で は、 まず そ の ため の基 礎 的 な事 実 の確 定 を行 っ て行 きた い2。
こ う した 、作 業 は単 に戦 前 の 日本 の植 民 地 支 配 にお け る神 社 や宗 教 の果 た した役 割 を明 らか にす る に と どま らず 、 日本 にお け る 国際 化 の進 展 、 グ ロ ーバ リゼ ー シ ョンの 進展 に と もな って 、現 在 の、 そ して今 後 ます ます 進 展 す るで あ ろ う、 日本 の諸 宗 教 の海外 布 教 の問 題 を考 える上 で も重 要 な意 味 を持 って い る もの と考 える。
(1)年 代 別 、 地 域 別 の 設 立 過 程
中華 民 国 にお け る海外 神 社 につ い て は,こ れ まで 近藤 喜博3や 岡 田米 夫4、
さ らに近 年 の 佐 藤 弘 毅5の 研 究 に よっ て 、 日本 の領 事 館 別 の神 社 一 覧 が神 社 名 ・祭 神 名 ・創 立 年 ・鎮 座 地 等 を加 え て紹 介 され て きた。 い ま、最 も新
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東アジアにおける国際体制の再編成について
ル 大 学 教 授 と韓 国 側 の 「対 外 意 識 」、 特 に 日本 に対 す る 国 民 の 意 識 を 中 心 に 意 見 交 換 と学 術 交 流 を行 っ た(以 上 、 郷 田 〉。
π 共 同研 究 テ ー マ に 関 わ る各 論
戦 前 期 ・中華 民 国 に お け る海 外 神 社 の 創 立 に つ い て
中島三千男
は じめ に
近代 日本 にお け る 日本 の海外 進 出 ・侵 略 に と もない 、 海外 に移 住 した 日 本 人 た ちに よっ て、 また植 民 地 や 占 領地 には政 府 ・軍 に よ って神 社 が 建 て
られ た。 これ らの神 社 は一 般 に海外 神 社 と呼 ばれ 、 そ の数 は現 在 判 明 して い る だ けで も千 数 百社 に の ぼる 。
これ らの 海外 神 社 は、 一 口 に海 外 神 社 とい って も性 格 の 異 な る二 つ の神 社 群 か ら成 り立 っ て いた 。 一つ は 「居 留民 設置 神 社 」 と呼 ば れ て い る もの で 、 そ の 地 にお け る 日本 の 海外 進 出の初 期 、 まだ 日本 国 の 政 治 的影 響 力 が ない 時代 に建 て られ た神 社 であ る。 この神 社 は移 住 した 日本 人 が慣 れ ない 外 地 で の厳 しい 生活 を維 持 し、 ま た故 郷 を思 い、 日本 人 と して の ア イ デ ン テ ィテ ィー を保 つ た め に建 て られ た神 社 で 、 日本 人 の コ ミュ ニ テ ィー にだ け に意味 を持 ち、外 地 の原住 民 との 関 わ りは原則 的 にな い。
これ に対 して 、 も う一 つ の 神 社 は 「政 府 設 置神 社」 と呼 ば れ る もの で 、 日本 の ア ジ ア侵 略 の 中 で 日本 政府 や 軍 に よ って 、 あ る い はそ の 強 い影 響 力 の も とに建 て られた 神社 で あ る。 この 神社 は、 そ の地 が 日本 の植 民 地 や 委 任 統 治領 あ るい は占 領 地等 で あ る とい う こ との 、 い わ ば シ ンボ ル 的意 味 合 い を持 た され て建 て られ た もの で 、 台 湾 に お け る台 湾神 社 、朝 鮮 にお け る 朝 鮮 神 宮 、樺 太 にお け る樺 太神 社 、 関東 州 にお け る関東 神 宮 、 シ ンガ ポ ー ル にお け る昭南 神 社 、南 洋 諸 島 にお け る南 洋神 社 等 で あ る。 多 くは官 幣 大 社 とい う戦前 の 日本 の神 社 の社 格 の トップの 地位 に位 置 付 け られ 、伊 勢 神
④ 「東 ア ジ アの戦 略 的提 携 の構 築」 日韓 産業 構 造 の0考 察
⑤ 日本 の朝 鮮 半 島 お よび ア ジア政 策
なお 、今 後 これ らの論 文 が 完成 され れ ば、 最終 的 に はそ れ ぞ れ の担 当研 究 領域 を共 同研 究 担 当 者 の個 別論 文 と して 、掲 載 してい きた い・
1共 同研 究の ための調 査活動
我 々共 同研 究 者 は 、2000年 と2001年 にか け て 、二 度 の 海外 研 究 調査 出張 を行 った。1回 目は 、2000年9月2日 か ら9月6日 にか けて 、 中 国の 北京 と天 津 な どを訪 問 し、 中国 の研 究 者 と研 究 に関 る問 題 、 特 に中 国側 の 「対 外 意識 」 につ い て、様 々 な レベ ルで議 論 し意 見交 換 を行 った。その 一方 で、
戦 前 の 治外 法 権 を持 つ 欧米 お よび 日本 等 の 「領事 館 」 の 史跡 を踏査 し、現 在 の状 況 を確認 した。
また、 日本 との関 連 で は、1945年 以 前 に作 成 され た 地 図 を参 考 に、北 京 と天 津 地域 にお け る 「海外 神 社 」 の 跡 を確 認 しなが ら、 そ の後 の 中 国側 の 利 用 状 況 を調査 した。
二度 目の 海外 研 究 調査 出張 は 、2001年9月4日 か ら9月9日 にか け て、
韓 国 の釜 山 、 ソウル を訪 問 した。 この時 の研 究 調査 出張 で は、 ソウ ル大 学 、 延 世大 学 教授 と金大 統 領 の 「北朝 鮮 」 訪 問 以後 の南 北 関係 と韓 国 内の 政 治 状 況 、IMF管 理以 後 の 経 済状 況 、 さ らに、 日本 に対 す る国 民 の意 識 な どに つ い て意 見 交 換 と学 術 交 流 を行 った 。 そ れ と同時 に、 「海外 神 社」 の 史 跡 を跡 追 い なが ら朝鮮 側 の民 族 主 義 に関す る調査 研 究 を行 っ た。 ソ ウル の南 山公 園 にあ った 日本 統 治 時代 の 「朝 鮮 神 宮 」 の 中心 部 分 は、 い まは植 物 園 に な って お り、 またそ の 旧境 内の 一部 分 は韓 国 の 民族 の英 雄 で あ る 「安 重 根 」 の記 念 館 に な ってい た。
また、釜 山で は 日韓 自治体 や 市 民 レベ ルの交 流 につ い て、市 庁(市 役 所) の担 当者 か ら も ヒヤ リ ング を行 っ た。
また 、 この研 究 出張 で は、 共 同研 究 テ ーマ と近 い研 究 を行 っ てい る ソ ウ 57)148