4 各国におけるマイナス金利政策の効果と副作用
4.4 ユーロ圏の制度
4.4.2 経済への影響
ECBにおける直接的なマイナス金利政策の影響を確認する前に、先ずはこれまでの伝統的 な金利政策や、量的緩和政策及び信用緩和政策の強化が欧州諸国の国債利回りにどう影響し たかを確認したい。
図表 32 欧州債務危機をめぐる動き 年月 イベント
2009年10月 ギリシャの財政赤字の粉飾が発覚
2009年12月 ギリシャ政府がGDP比113%の債務残高を発表 2010年1月 EU報告書がギリシャ政府の財務統計の問題を指摘 2010年2月 ギリシャ政府が債務削減に向けた緊縮策を発表 2010年5月 EUとIMFがギリシャへの金融支援を決定 2010年11月 EUがアイルランド債務危機への支援を決定 2011年5月 EUがポルトガル債務危機への支援を決定
2011年9月 スペインが政府債務に上限を設ける憲法修正案を可決。イタリアが緊縮予 算案を可決
2012年1月 イギリスとチェコを除くEU加盟25カ国が財政規律の協約に合意 2012年2月 ギリシャが緊縮予算案を可決
2012年5月 ギリシャ総選挙で連立協議失敗、ユーロ離脱懸念 2012年7月 ユーロ圏諸国がスペインの銀行部門への支援を承認
2012年10月 欧州安定メカニズム(ESM)発足/銀行監督の一元化に向けEU首脳合意 2013年12月 アイルランドが金融支援プログラムを脱却
-0.50 0.00 0.50 1.00 1.50 2.00 2.50 3.00
2009 2009 2009 2010 2010 2010 2011 2011 2011 2012 2012 2012 2013 2013 2013 2014 2014 2014 2015 2015 2015 2016 2016 2016
預金ファシリティ リファイナンス 限界貸出ファシリティ
(%)
36 2014年1月 スペインが金融支援プログラムを脱却
2014年5月 ポルトガルが金融支援プログラムを脱却 2015年2月 ギリシャで反緊縮派の政権が発足、EUと対立
(出所)European Central Bank プレスリリースを基に筆者作成
図表32の欧州債務危機をめぐる動きと図表33のPIIGS国債利回りを照らし合わせると該 当国に対するEUの支援決定が一巡し、ギリシャが緊縮予算案を可決した2012年初を天井に ピークアウトしている。2015年2月にギリシャで反緊縮派の政権が発足しEUと対立した際 には、再びギリシャ国債の利回りが上昇したものの、足元では何れの国も欧州債務危機以前 の水準まで戻しており、比較的低位の水準で推移している。
一般的に、自国の国債利回りが上昇(価格は下落)すると、国債を保有する銀行の資産が 劣化し、資金調達が困難となり、倒産の懸念が高まる。それによって、国が銀行の破綻処理 や国有化などを行う可能性が高まり、国の財政負担増と財政悪化リスクが高まる。その結果、
国債の信用が落ち、更に国債利回りが上昇(価格は下落)するという悪循環が発生してしま う。
本邦では国債利回りの急激な低下が金融機関の運用難に大きな影響を及ぼしているが、通 常国債利回りは国家の資金調達コストであるため、ECBの金融政策による欧州諸国の国債利 回りの低下は国家財政の破綻に対する恐怖感を和らげることに大いに貢献したと考える。
しかしながらECBの一連の金融緩和政策はあくまでも一時的な処方箋にしか過ぎず、国債 利回りが低下し、ユーロ安が進んだことで、ユーロ圏加盟国の危機感が低下するという副作 用が生じる恐れもあり、財政面での本質的な解決を見極める必要があることは言うまでもな い。
PIIGS国の国債利回りは2012 年7月以降、イタリアやスペインなどで低下傾向が顕著だが、
他方でドイツやフランスを見ると、図表 34の通り、2013 年半ばから 2014 年初めにかけて、
緩やかながら上昇傾向にあった。これは、ユーロ圏の景気回復期待と、米国の金融緩和政策 が転換するとの思惑を受けての動きである。
しかしながら、その後はユーロ圏のデフレリスクが認識されるようになり、ユーロ圏の国 債利回りはそろって低下傾向にある。特に、ECBがPSPP導入を発表した2015年1月以降は 一段と国債利回りが低下し、ドイツの10年国債利回りは日本の10年国債利回りをも下回り、
0.2%を割り込んだ。
その後、2015 年2 月にギリシャで反緊縮派の政権が発足し EU と対立した際には、PIIGS 国同様に一時的に利回りは反発しているが、長期的なトレンドで見るとコンスタントに低下 し続けている。
37
図表 33 PIIGS国の10年国債利回りの推移
(出所)Eurostat 公表データを基に筆者作成
図表 34 ユーロ圏(PIIGS以外)の10年国債利回りの推移
(出所)Eurostat 公表データを基に筆者作成
国債利回り以外の視点からもマイナス金利政策の影響を見るために、ユーロ圏の短期金融 0
5 10 15 20 25 30 35 40
2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
ポルトガル イタリア アイルランド ギリシャ スペイン
(%)
-0.5 0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5
2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016
ドイツ オランダ フランス
(%)
38 市場の指標金利であるEONIA19とインターバンク金利の指標であるEURIBOR20で形成したイ ールドカーブの推移を確認する。
EONIAが初めてマイナス金利をつけたのは2014年8月28日であり、マイナス金利政策の
波及には 2 ヶ月超を有したことになるが、その後はじわじわと慢性的な低下傾向を続けてい る。
マイナス金利政策導入前の2014年初ではEONIAもEURIBORもプラス圏に位置していた ものが、翌年には全ての期間で概ね0.2%程低下しており、EURIBORの2週間ものまでマイ ナス圏に沈んでいる。その翌年も更に期間横断的に0.2%超の下げを見せており、実に6ヶ月 ものまでマイナス金利をつけることになった。2016 年12 月時点では 1 年ものもマイナス金 利となっており、足元では EONIA も EURIBOR 全てマイナス金利で取引されている状況で ある。このことからも、政策金利のマイナス化を起点に、より長い年限の金利や、無担保以 外の金利にも着実に伝播していることが分かる。
図表 35 EONIAとEURIBORの推移
(出所)ECB Statistical Data Warehouse 公表データを基に筆者作成
次に、為替相場への影響を確認する。長期的な期間で見ると、ドイツやオランダ、フランスと いった欧州諸国の国債利回りとのユーロ・ドルの為替推移は連動性が高く、特にマイナス金利政 策導入以降については強い相関関係がある。
これまで述べてきた欧州 3国ではマイナス金利の為替相場への影響は一様ではないが、ユーロ 圏ではマイナス金利政策導入後に、為替市場でユーロ安が進んだ。前述の通り、これが他の欧州 諸国に対しても大きな影響を与えてきたのだが、更に国債購入を含む量的金融緩和政策導入の期
19 Euro OverNight Index Averageの略称で、日本語ではユーロ圏無担保翌日物平均金利。欧州の大手銀行の実効 レートの加重平均で、欧州中央銀行(ECB)の誘導目標となっている。
20 EURo InterBank Offered Rateの略称で、ユーロ圏のインターバンク金利の指標。欧州主要取引銀行43行が 欧州時間午前11時に公示する銀行間貸出スポットレートを基に算出、欧州銀行連盟(European Banking Federation=EBF)が公表としている。
0.152 0.183 0.194 0.214 0.251 0.284
0.387
0.478
0.555
-0.079
-0.020 -0.011 0.016 0.044 0.076
0.169
0.243
0.323
-0.241 -0.251 -0.241 -0.210 -0.168 -0.132
-0.041 0.002
0.058
-0.3 -0.2 -0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
O/N 1w 2w 1m 2m 3m 6m 9m 1y
2014/1/2 2015/1/2 2016/1/4
(%)
39 待が高まるにつれてユーロ安の流れはより強くなっていくことになる。
図表36の通り、ユーロの対ドルレートを見ると2010年の中頃と2012年の後半に1ユーロ
=1.2ドル程度のユーロ安ピークが見られる。その後は、経営黒字の拡大やユーロ危機からの 回復、デフレリスクの顕在化といった要因を背景に、2014年初まで上昇を続けるものの、同 年3月以降は下落に転じており2014年6月のマイナス金利政策導入後は特に急低下している。
しかしながら、下落トレンドがより明確になったのはマイナス金利政策の導入直後ではなく、
ECBによる量的緩和政策の実施が視野に入った同年6月以降のことである。この時点ではま だ国債が資産買取りの対象になるかどうかはっきりしていなかったが、デフレが懸念される ユーロ圏において、量的緩和措置の対象を国債にまで拡大させることは避けられないとの見 方が優勢になったことが背景にあると考えられる。そして、国債買取りを通じた量的緩和政 策の実現がいよいよ近いと判断された同年12月以降、ユーロ安のペースは一気にスピードを 速めた。
その後は米国の経済指標や利上げの期待によって、下げ止まりの動きを見せるものの、ギ リシャ問題の再燃や要人の発言によって細かい上下動を繰り返しながら、足元ではイギリス が国民投票で EU を離脱するといったイベント等でじわじわとユーロ安に振れている状況で ある。ECBが目指す中長期的な物価安定を達成するには、ユーロ圏経済の着実な回復や、需 給ギャップの縮小、中期的なインフレ期待の上昇が不可欠だが、本邦同様に自国通貨安を通 じた景気と物価への直接的な影響を鑑みると、金融政策の影響は一定の成果を挙げていると も言える。
図表 36 ユーロ・ドル為替レートの推移
(出所)ECB Statistical Data Warehouse 公表データを基に筆者作成