各 国 際 機 関 に お け る 経 口 暴 露 に よ る 代 表 的 ヒ 素 の 基 準 値 と そ の 設 定 根 拠 に つ い て 次 に 示す。
5.1 JECFA
JECFA は 、 無 機 ヒ 素 の 経 口 摂 取 に お け る 暫 定 耐 容 1 週 間 摂 取 量 (PTWI: provisional tolerable weekly intake)を 0.015 mg/kg(15 µg/kg/week)と設定している(JECFA 1989 54)。
この1989年のPTWIの設定の元となった評価は1983年の暫定最大耐容1日摂取量(PMTDI:
provisional maximam tolerable daily intake)の0.002 mg/kg(2 µg/kg/day)である(JECFA 1983
54a)。
この 1983 年の評価において、JECFA は最も重要な毒性データはヒトの飲料水暴露によ る疫学研究であり、飲料水暴露による発がんリスク増加の証拠があるとしている。アルゼ ンチン、チリ、台湾等のいくつかの疫学研究を根拠として、飲料水中ヒ素レベル 1 mg/L以 上の飲料水ではヒ素中毒症となるレベルであり、0.1 mg/Lの飲料水では毒性症状の増加を もたらすとしている。飲水量を 1.5 L/day として、それぞれの濃度での無機ヒ素摂取量は 1.5 mg/day、0.15 mg/dayとなる。前者では、おそらくヒ素の慢性影響を生じ、0.15 mg/day の長期摂取では人によって毒性影響を生じる可能性があるとしている。
JECFA(1989 54)はまた、PTWIについて次のようにコメントしている。
無機ヒ素の PTWIを0.015 mg/kgと設定した時点で、疫学研究で有害影響があると報告さ れている摂取量と PTWI との間のマージンが狭いことが明らかであった。1 週間摂取量の 最大値は、飲料水による高濃度無機ヒ素暴露された個人のヒ素摂取量を下げようとしてい るために引き続き暫定とし、当該暴露集団のさらなる疫学研究を勧告する。
海産物中の有機ヒ素は、水中の無機ヒ素とは別に考慮する必要がある。有機ヒ素摂取量
が約 0.05 mg/kg/dayとなる大量の魚を消費する多くの地域および民族集団がある。これら
のグループでの悪影響は全く報告されていないが、水産物の自然由来の有機ヒ素化合物暴 露とヒト健康の関係を評価するための調査を行うことが望ましい。
水産物における自然由来の有機ヒ素化合物の特定と濃度の調査、およびこれら特定の化 合物についてさらなる動物試験を実施することは非常に望ましい。
5.2 米国 EPA
・飲料水質基準改定に際するリスク評価
EPAは2001年 1月 22日、ヒ素に対する飲料水質基準を10 µg/L に改定する規則を官報 に公示した(U.S. EPA 2001 100)。EPAはChenら(Chen et al. 1985 14, 1992 15)およびWu ら(Wu et al. 1989 117)による台湾南西部の42 の村の住民における井戸水からの無機ヒ素 摂取と内臓がん(肺がん、膀胱がん、肝臓がん、腎臓がん)に関する疫学的研究の Morales ら(Morales et al. 2000 79)による解析を基準改定に用いた。Moralesらは、10 種のモデル を用いた解析を行ったが、EPAは Morales らとの討議に基づき、比較群を設定しないモデ
ル 1(直線モデル)を用いることとし、膀胱がん、肺がんのユニットリスクを下記のよう
に算出した(U.S. EPA 2000 101)。
EPAがヒ素の飲料水質基準改定に用いたヒ素のユニットリスク値(U.S. EPA 2000 101) Bladder cancer Lung cancer
Males Females Males Females ED01(μg/L) 395 252 364 258 Mean for RUnit
(cases/person per μg/L)
2.53×10-5 3.97×10-5 2.75×10-5 3.88×10-5
LED01(μg/L) 326 211 294 213 Upper 95% CL for RUnit
(cases/person per μg/L)
3.07×10-5 4.74×10-5 3.40×10-5 4.69×10-5
EPAは上記のユニットリスクに基づき、基準値を3、5、10、20 µg/L とした場合に米国 において避けられる膀胱がんおよび肺がんの数を算出し、コスト便益分析にもとづき基準
値を 10 µg/Lとした。EPAの計算によると、この基準を採用することにより米国全体で避
けられる膀胱がんおよび肺がんによる死亡は 29.1~53.7 件、発がんは 51.1~100.2 件であ る。
・再検討中の EPA発がんリスク評価
米国EPAは、2005年7月に無機ヒ素の摂取に関するToxicological Reviewのドラフト(U.S.
EPA 2005 101a)を科学諮問委員会(SAB)に提出した。この再検討は主に経口摂取による無
機ヒ素について行われたが、経口参照用量(RfD)は算出されていない。
発がん性評価については、膀胱がんと肺がんの合計(combined)についての評価を採用 し、経口傾斜係数は、(1日の飲水量を2 L、食物からのヒ素の摂取を1日30 μgと仮定し
て)女性の膀胱がんおよび肺がんの発がんの合計を用い、その場合が最も安全側の値にな る(下表)として 5.7×10-6(mg/kg/day)-1の値が導出された。
飲料水中ヒ素による膀胱がんおよび肺がん合計のリスク(U.S. EPA 2005 101a) 性 発がん部位 傾斜係数
(×10-6)
(mg/kg/day)-1
ユニットリスク
(×10-5)
(μg/L)-1
ppb at 1E-4 risk
膀胱 0.83 2.4 4.21
肺 4.9 14 0.72
女性
合計(combined) 5.7 16 0.63
膀胱 1.2 3.5 2.82
肺 4.3 12 0.82
男性
合計(combined) 5.5 16 0.63
5.3 WHO
・飲料水質ガイドライン第3版の指針値設定根拠文書(WHO 2003 116)
内臓がんや皮膚がんと飲料水に含まれるヒ素の摂取量との関係についてはかなりの量の データベースが存在するが、低濃度での実際のリスクに関してはまだかなりの部分が不確 かなままである。NRC(2001 84)は最新の評価において、“ヒ素の作用機序に関する入手可 能なデータは、直線または非直線のいずれかの外挿法を用いることについて生物学的根拠 を与えていない”と結論づけた。ヒ素を 10 μg/L 含有する飲料水に暴露した米国民の膀胱 がんおよび肺がん発生についての直線外挿を用いた最尤推定値は、女性については 1万人 あたりそれぞれ 12および18人、男性については 1万人あたりそれぞれ23および14 人で ある。現在の疫学的方法では、実際にこれらのリスク推定値によって示される数を検出す ることは非常に困難であろう。また、食品に含まれるヒ素の影響(食品からの無機ヒ素の 摂取量が高ければ水に関するリスク推定値はそれだけ低くなる)や、ヒ素の代謝や栄養状 態の変動のような要因についても不確実性がある。さまざまなヒ素の摂取に関連したがん リスクの推定が過大評価である可能性も残っている。
飲料水中のヒ素について、いかなる影響も観察されない最高濃度はまだ決定されていな い。また、ヒ素が、がん(最も感受性の高い毒性エンドポイントと思われる)を引き起こ す機序を解明することが急務である。
実際の定量限界は 10 μg/Lの領域であり、多くの状況ではこの濃度以下のヒ素を除去す
よび飲料水からヒ素を取り除くことの実際的困難さを考慮して、10 μg/Lというガイドライ ン値が維持される。科学的不確実性を考慮すれば、このガイドライン値は暫定的なもので ある。多くの国では、このガイドライン値を達成することができないかもしれない。その 場合には、濃度をできる限り低く保つためにあらゆる努力をするべきである(WHO 2003
116)。