アプ し
つ
Ⅰ て
宮 泰
臣
弘法大師における兼学績 通の
え すことも出来ない︒むしろ名号においてのみ超越者 ‑ 阿弥陀仏 ‑ の全体と自己の全体が現成するのであり︑そして その全体
が 絶対的に一つで あ石 ︒これが仏見一体に外ならぬと 考え ろ 救済の必然性の成立すだ究極的な根拠もまたここ に 見出さ れ臼 と思われて︒ モ こでは超越者の全体が現成する 故 に ︑自己 も 根本悪によ 石 自己 内 閉鎖性︐自己集中性 モ 被られて 真に開か れた実存になろ︒そこでは自己の全体が現成す 耳 故に ︑超越者
も 客観 津 観念性を脱してそのま ま 共存になる︒
つまり名号は通常絶対的に矛盾対立すると考えられる 一 一 契機 が︑ 一つなるものとしてその真理を証明しムロ ぅ場 ︑根 源 的な 照
明の場である︒
﹁御文章口の本質である救済の必 伏性は ︑このよ フ なと ころ からいわゆる願力自然として成立するのであるが︑ そ れはまた 死と 罪の徹底でもあるかぎり少くとも原理的には悲劇 的な存在 層 に収 欲 するニヒリズムを問題とし得るような具体性 をもつと 考えられる︒古典的な宗教哲学の立場が例えば ニ ー チ ェめニヒ リズムのような立場の出現によって問題的となった 今 口占御文
& 早口の楡らぬ新しさもここに胚胎しているのではなか
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)
歴史的条件をもっていただけでなく︑法統において︑ 三世如来兼学 ︐ 而成 二大覚 づ ︒
十方賢聖
@ 綜通所証
︐兼学の風 二通知 れ
経回
‑‑@ 初阿闇梨︐︐真俗本︒
兼ニ練衆七宝 @@ 離 ︒教師
ヵ 雅言︒ ネ スフ @欲 ︒ 証 二仏智
示
︒ 可 ‑@ 執弍まず大師著作中︑これに類する諸表現を取挙げ︑それ らが 若
干 用語を異にしても︑綿時のところ︑兼学して 局執 な く ︑ 綜通
して 塞り 泥まざるべしとの︑一貫した大師の精神が強 調 されて
いることを明かにし︑比に中国を背景二十 る 九流木 ゅ 一五
に ︑印度を背景とする五明十八大論の相 描的 兼学を可 能 にする
は 既に大師にとり一つの所与環境であったことに注意
ら ︑大師の︑内面的理念による批判的統括︑ 綜 ムロ 的理 解の態度
を 忘れぬ本来面目を文証した︒八宗兼学をい う場 ムロも 一応︑
本末・内外・本黒倭学を区別し ︑ 本を忘れず︑末に走 らぬ在り
方が示され︑また︑兼学困難なものが一向に励 ひ べき 本業︑即
ち 金剛 業 ︑胎蔵 業 ︑声明業の夫々の修行にあっても︑ 狭義の兼
諦兼習 が厳しく要求きれ ︑ 特に梵字の習学は︑三業の 人 に同じ
よ う に要望されていたことを特色として論じた "
大師における兼学院通の精神は︑大日経 具縁品 に説 ﹁ 初阿闇 製表土 練 衆芸 ‑ ﹂の精神に導かれるものの如く ︑ 更には
大師の資質の偉大と飽くなき努力︑時代環境・ 仏緑と が亙 なし
ムロって︑文字通り六芸五明に通達きれたものといえる ︒この 兼
綜 精神の帥れれは大師全人格の具体的表現から 解択亡 れ % べき
であるが︑特に哲学的︑宗教的︑倫理的に高度の思想 体系とし
ては︑十住心論・秘蔵 宝 鎗などの教判 書に 典型を見 ぅ 云々﹂と︒すべて根本からものを考える法身の哲学で
テナ @ しかし﹁法身 柱 ︒何不︒ 違 即身︒ 智 体式 何 ︑我
心甚
近﹂と
いう法語のある点からも阿字は法身の象徴 @.‑ 由 り︑ 大 師の思想
象徴に摂せられた無量の法門で
コ
Ⅰこを論じた 0 . もし 大師 が現代に在す 迂ら︑ 諸々の清新竹 ‑ り 宗教︑哲学ぜ 洋 の 東西 編
てなく兼学同化し︑諸科学の成果中古 使芋 して研究 き
やはり︑人生問題を象徴的に最大の関心事としつつ︑ 一大綜合 即 如来下
思離力
︑法然加持 所 ︒為出
︒雄子緒方 論 @ 赤本 " 出二
此 三旬一字 ぺ ﹂﹁
此咋以
:四字 ‑ 成 三字Ⅱ 所 ︒ 謂 四字者 阿 詞汗腰 ︒阿 法身 義 ︒ 詞 報身 義 ︒ 汗 応身 義
︒酸化身
義 ︒挙此四
種 ‑ 摂 : 彼 諸法 轟ど肪 ︒ 不 ︒ 括 ︒﹂とある︒こうした表現 に端的な
素線精神の実りが見られ︑博にして約︑兼にして綜の 具現があ
る ︒
更に声字実相義モ引用して︑﹁仮字母者焚書阿字等 乃至 呵
手筈 是 ︒ 北
阿字等別法身如来一一名字
密号 乃至大 竜 児等 ナ @小兵︐北君 弍 名文根本法身為三根源
ぺ従
" 彼 流出 柚 転為 ︐ 世 流布善二面 ︐ @ @ 己 ︒ 若 知工実義 ル ︐ @ ︐ ‑ 別名王 チ @ @ 真丑 已下︒知ニ根源︒︐︐︐
‑ 冬二妄語 づ
義不 ︒通二
此 三旬Ⅱ克己 比 三旬 ‑ 以為 :一件手め底面 不 ︒乳酪両下 ︒ 漏 ︒ 比 三国流伝︑過去一切の諸思想を︑批判的に包括綜合し て ︑大師
による価値体系に於て位置づにされたのは 兼 綜の理念 に 貫かれ
た 大師精神の当然の結果である︒また︑ 件 字義の一本 を 見ても
﹁次 朗
︐隊正一字 庵摂
︒諸経論等 所 ︒明理イ且
大日 経度会 剛頂経所︒根方︐
@ , ︒ 明 ︒ 皆不 ︒ 過 ︒ キ 此 @ 菩提 ︐︐ 為 ︒ 因 @ @ 大悲 為 ︒ @ 便 祐二
㏄㏄
)
62坐禅と坐忘
藤吉 慈海
会 坐禅の究極的な意味は︑維摩経に﹁ 滅 定を起た ずして諸威儀 部 を現 ず ﹂とか︑﹁遺法を捨てずして凡夫の事を現 ず ﹂というと 四 ころにある︒したがって︑坐禅はただ静かに坐っ て 精神を統一
策 し︑三昧に住することがその究極ではなく︑ 滅定 を はなれず 現
学 七打上 丑 : そ 山内客Ⅱ曲ハ・ m. こなり 来 ったものと 思 :幾多の文証から推論される兼学院通の精神である︒ し
すべき︑衆芸の内容におい一︑︑今日進歩したものは︑ 主として 科学技術の面であり︑人生問題については現代といえ ども上代 と 大差あるまい︒而して今日的に 兼綜 してゆく困難は ︑ 教えそ のものにあるというより︑宗教と社会との関連におけ る 適応性
の 有無にかかっている︒大師はいみじくも﹁牛耳 乍
廃案
由 ︒大也︒時華︐ 人 № 湖粍 ・ 砿ゅ 第一人︒ 時 ︐ 梓桁 ︐ 教 ‑ 則
︒ 墜
︒ 他 ﹂
といわれている︒時は人の 力 で如何ともしがたいもの
時機に符合きせる力をもつものば ︑ 人であ ‑0 ︒故に大 師の兼学 綜 通の精神は︑ 時 至り人叶うべく︑極めて発展的に理 解される
べきものであり︑大いに現代的意義を獲得すべきであ ‑ 詳しい全文 は 日本仏教学会磯明記﹁日本仏教﹂に掲載 予定︶ 士人の場において積極的に働くことである︒禅において ﹁万法 一
に 帰す ︑一 もまた守らず﹂と言われる所以である︒ 禅 には 守一 性 が曲ると同時に ︑一 もまた守らずというような︑ 横 極 的な活
動牲 ︑創造性が 赤 ることを忘れてはならぬ︒
これに対し︑荘子大宗師 備 に兄られる坐忘はその表現 は 坐禅 とよく似ているが︑両者のⅢに け 根本的相異がある︒ 荘子の坐 忘も分別知を放下した無心の境地と解せられるが︑ 坐 亡いという 限り︑ 守一 性が強く︑坐禅のような 一 もまた守らずと い う 積極 珪は乏しいように思われる︒荘子に説くような坐忘の 観念は道 士 に受け継がれて発展し︑道教思想の中で一つの重要 な 位置を 占めるにいたった︒坐忘について閲読した道教関係の 文献は多 ぃが ︑司馬 承禎
六四四
| 七三五 ‑ の 坐忘論は代表的 なもので ある︒この坐忘論は敬信︐所縁・版心・ 簡事 ・貞観に よって 泰 定を得て 坐 亡心し︑得道す 弓 ことを述べたものであるが ︑その中 には老子︑荘子のほか︑霊宝経︑ 西 昇降等道教経典の 文句が多 く 引用され︑修道の階次を説いている︒道蔵本には 坐 忘 枢要がこれに附せられ︑坐忘に必要な心得が書かれている︒ そのうち
﹁大冊 逝 2 人︑心有五時︑身 有セ候 ﹂として︑得道の プ ロセス 七体験的に述べている︒心の五時とは﹁一勧 多静少 ︑一 一 動静 相 半 ︑一二 静 多動 少 ︑四無事 触還動 ︑五心 耳道合 ︑ 触 両下 動 ︑心 至 ぬ地︑ 始得 安楽︑罪垢滅尽︑無役 荻悩 ﹂と説明して ぃ る 0 @ コ @ ハム @ に 身出 七候 とは﹁一挙動 順時 ︑客色相 悦 ︑二例疾苦 消 ︑身心軽 爽 ︑ 三 填補 天傷 ︑還元復命︑四 延 数千歳︑名 目 仙人︑ 五銭形 為 気 ︑名田真人︑六棟見成 神 ︑冬日神人︑ セ錬 神会 道 ︑名
日至人﹂㏄
とあって得道の人には心身に 丘時セ 候のあるべきこと
かくの如く道教では身体の目 題 がかなり 重睨せ
生 ︑不死が多く 沈 かれている︒ フ であ
れ か︑ 辿 逸遊の申には親朋 射之 山の神人について︑ 断 穀 ・何気 冥想等の諸 術が洩 かれている︒荘子以後︑これらの 術 はあま
り 行われず︑六朝時代の道士により多くの関心が持た れたよ う 正義の 最
高の段階である坐忘ばあまり注意されず︑道教の斉 会 等の熱狂
的 エクスタシーに変って行った︒これはもちろん坐忘 とは言え
ないが︑荘子の坐忘も道教に説く坐忘もやはり雄心と か 亡心 我の
境 といわれるよ ヮな 一つの心理的体験であって ︑ 了々 常知 の 覚
体を現成する坐禅とは 異 るよ う である︒たとえ坐禅の プロセス
において︑坐忘に類する体験があるとしても︑坐禅は それモ道
かに超えて︑積極的創造性を持つものである︒
坐禅に一番近い道教の内観法としての 存思 といえども ︑その
実は養生の術である︒それは肉体内の神々を昼夜黙想
ら 長生が得られるとするのであって︑般若の智慧を得 て ︑大自
覚 にいたらんとする坐禅とは︑その目的を異にする︒
坐禅にしても坐忘にしても︑人間の究極的自覚に導く 内観の法
として︑共に坐るという身体的姿態に密接に結びつい ているこ
とは︑欧米の宗教に見られない東洋の宗教の 一 特徴を なす
土
= ロえ よ うか ︒いずれにしても︑坐禅には神仙方術的契機 の 稀薄な
ることと︑そのなかに積極的創造性を内包していること とは︑ 坐 罪悪の自覚が深まると︑悪の拒否性から必ず﹁ 海 ゆる ﹂ 心 ﹁ わ
びる﹂心が生じて来るものである︒その心を仏教では ﹁ 苗晦 ﹂
‑ サン ゲ ‑ または新陳といっておる︒たから悪の自覚 と 働悔と
は 必然関係があり︑悪の自覚の強 い 人は ︑ 必ず悔ゆる 心 が生
じ ︑ 戯侮 するのが当然である︒善導大師が深く 戯 梅さ ね ︑て木ム 口
教学において五悔︵ 餓悔 ︑勧請︑随喜︑ 適向 ︑発航 @ が力説 さ
ね ︑キリスト教においても 繊 海が重要な地位をもつの
ある︒ 妖 るに罪悪の自覚においては古ム﹁にその比干 砧 七ぃ親鸞
聖人が ︑悔 ゆる心︑わび心のま 叫 ㎡多 い のに︑ 俄 雁の 語 Ⅱ自分
自身の言葉としては一度も用いてないのは何故であろ
親鸞聖人の人間観 ‑ 自己 観 ︶は ︑ 常に罪悪深重︑煩悩 具足の
極重の悪人とされており︑従って﹁ ね びる 心 ﹂の盛ん
ことは︑教行信証の信巻末に﹁ 蕪 しき 哉 ︑愚禿鞘 増 ︑ 愛欲の広
海に沈没し中略 恥 ずべし︑傷むべし﹂とあり︑五 % 索 和讃には
﹁浄土真宗に帰すれども︑真実の心はありがたし﹂等と 悲歎 述
桐 奨順
忍親鸞聖人と 峨悔
忘 に見られない坐禅の二大特質であって︑中国におけ る仏教と㏄
老荘思想の系列との一つの相違面を示しているよ う に