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NAFTA 後に締結された協定で、国有企業に関してNAFTA よりもさらに詳細に規定を行

っているのが、米国・シンガポールFTAである。まず、独占企業に関する規定である第12.3 条1項については、NAFTA第1502条と大差ない。相違があるのは、政府企業(government

enterprise)に関する第12.3条2項である172。当該条項では、政府企業の設立及び維持を認

める規定((a)号、NAFTA第1503条1項に相当)、及び、政府権限が協定整合的に行使され ることを求める規定((b)号、NAFTA第1503条2項に相当173)を配備するNAFTAの規定方 法を踏襲した上で、NAFTAであれば国家企業の販売活動における無差別待遇を求める規定 が挿入されていた箇所に(第1503 条3 項)、米国とシンガポールそれぞれの国別規定を設 ける形が採用されている((c)号以下)174。しかし、米国に関する規定((c)号)はNAFTAの 規定と同一のため、NAFTAとの相違が顕著なのは、シンガポールに限った規定((d)号以下)

である。以下では、本稿の主な関心事項である「商業的考慮」((d)号)に関する規定を中心 に論ずる。

172 NAFTAでいう「国家企業」と米国・シンガポールFTAでいう「政府企業」については、米

国に関しては同一の定義が設けられているが(NAFTA第1505条及び米国・シンガポールFTA 第12.8条6項(a)号参照)、シンガポールについてはより詳細な指標が用いられて定義されてい る(第12.8条6項(b)号及び同条5項)。しかし、非独占的な国有企業等を対象としているとい う面では共通するので、以下では基本的に、米国・シンガポールFTA第12.3条2項はNAFTA の国家企業の規定を継受するものとして、対比的に分析する。

173 厳密にいうと、NAFTA第1503条2項は投資と金融サービスの章に規定する義務に限定して いるのに対して、米国・シンガポールFTAでは、「この協定に基づく当該締約国の義務」と範 囲が拡大している点に相違がある。しかし、NAFTA以降にNAFTA締約国が締結したFTAで は後者が採用されているため、むしろ、米国・シンガポールFTAで採用されている規定方法 が一般的である。

174 シンガポールの義務負担が大きい形で片務的な規定が設けられた背景の一つに、当該協定の 締結時にシンガポールにおいて競争法が導入されていなかったことが背景にあると考えられ る。同協定の注12-1では2005年1月までに一般的な競争法(general competition legislation) を制定することが求められており、実際に、2004年に競争法(Competition Act)が制定されて いる。すなわち、米国・シンガポールFTAの締結時においては、米国が締結しているFTAで 一般的に挿入されている競争法の適用を求める規定(米国・シンガポールFTAであれば第12.2 条)の実効性が欠如していたため(あるいは、制定後も国有企業に対して競争法が実効的に運 用されるか疑われたため)、それを補うために片務的で詳細な規定が必要とされたものと推測 される。

米国・シンガポールFTAの第12.3条2項(d)号は、以下のように規定する。

(d) シンガポールは政府企業について、次のことを行うことを確保する。

(i) 物品又はサービスの購入又は販売に当たり、商業的考慮(価格、品質、入手可能 性、市場性、輸送等の購入若しくは販売の条件に関する考慮を含む。)のみに従っ て行動すること、かつ、対象投資財産、アメリカ合衆国の物品及びアメリカ合衆 国のサービス提供者に対して(政府企業による購入又は販売を含む。)、無差別待 遇を許与すること(注)(脚注の内容は省略)

…(以下、省略)

まず、米国・シンガポールFTAは、シンガポールに適用される上記の規定を通じて、「商 業的考慮」原則の適用範囲の拡大を実現していると指摘できる。NAFTA型の協定において は、商業的考慮は独占企業にのみ関連するところ、米国・シンガポールFTAにおいては「シ ンガポールの非独占的な国家企業」にも適用されることになる(比較は表3参照)。

ただし、この点は、NAFTAと比べると適用範囲が拡大したと言えるが、GATT第17条と 比較した場合には、むしろ重複した関係にあると評価できる。なぜなら、GATT 第17条は 国家企業に関して、独占的か非独占的かで区別してはいなかったためである。従って、

NAFTAの方が「商業的考慮」が要請される範囲が限定的であったということになる(NAFTA

を含めた協定の比較は末尾の表10参照)175

もっとも、「商業的考慮」の範囲が独占企業に限定されないとの点で米国・シンガポール FTAとGATT第17条は類似するが、より全体的にみると、米国・シンガポールFTAにおけ る商業的考慮概念は適用範囲がより広い。次の3点が指摘される。第1に、サービスと投資

(投資家保護)に明確に言及されている。よって、非独占的な政府企業についても、サービ スや投資が関連する場面に商業的考慮の要請が及ぶことになる。第2に、第12.3条2項(d) 号(i)の文言からもわかるように、GATT第17条に見られた「輸入又は輸出のいずれかを伴 う購入又は販売」の文言が挿入されていないため、商業的考慮が求められる取引は国際的な 取引である必要はない(これは投資家保護が含まれることの裏付けとなる)。第3に、無差 別待遇の規定が重畳的な義務とされている176。第12.3条2項(d)号(i)では、商業的考慮に関 する記述と、無差別待遇に関する記述が「かつ(and)」で連結されており、両者が同時に確 保されていることが必要とされる規定ぶりとなっている177。よって、無差別であれば商業的

175 加えて、「商業的考慮に従って」の定義もNAFTAと完全に同一である。米国・シンガポール 第12.8 条8項参照。

176 ここでいう「無差別待遇」は NAFTAと同様、協定下で適用される内国民待遇と最恵国待遇 のうち、より有利な待遇を意味することが明記されている。第12.8条11項参照。

177 ただし、付随する注12-2では、第12.3条2項(d)号(i)は、米国法又はシンガポール法に適合 しない行動を要求又は奨励することを意図するものではないと記されている。もし、この注の 意図が、国内法で定められた正当な目的を遵守するための措置を商業的考慮の適用から除外 させるものであると捉えるのであれば、商業的考慮や無差別待遇が要求される範囲は縮小す ることになる。とはいえ、どの程度、国内法に詳細に規定されていることが求められるのかに ついては、注の記載内容からは定かではない。

考慮が問題とならないGATT第17条とは異なる構造を有している178

【表3】NAFTA及び米国・シンガポールFTAにおける国有企業規制の異同

NAFTA 米国・シンガポールFTA

無差別待遇 商業的考慮 無差別待遇 商業的考慮

独占企業

政府権限 1502(3)(a) 1502(3)(a) 12.3(1)(c)(i) 12.3(1)(c)(i) 商業活動 1502(3)(c) 1502(3)(b) 12.3(1)(c)(iii) 12.3(1)(c)(ii)

〃 (輸出入

と無関係) 1502(3)(c) 1502(3)(b) 12.3(1)(c)(iii) 12.3(1)(c)(ii)

政府企業

政府権限 1503(2) - 12.3(2)(b)

12.3(2)(b)

(シンガポ ールのみ)

商業活動 - -

12.3(2)(d)(i)

(シンガポー ルのみ)

12.3(2)(d)(i)

(シンガポ ールのみ)

〃 (輸出入

と無関係) 1503(3) - 12.3(2)(c) 12.3(2)(d)(i)

12.3(2)(d)(i)

(シンガポ ールのみ)

興味深いのは、米国・シンガポール FTA では、シンガポールの政府企業に対して商業的 考慮を求める規定が設けられた結果、シンガポールの独占的な政府企業........

についても、NAFTA と比べて、より厳しい規制が課される可能性が生まれた点である。すなわち、指定独占企業 については、NAFTA第1502条と同様に、対象投資財産、他の締約国の物品及び他の締約国 のサービス提供者に対して非差別的な指定に係る条件を遵守する限りにおいて、独占商品 の取引は商業的考慮の要求対象から除外されることとされているが(第12.3条1項(c)号(ii) 及び(iii))、当該独占企業が政府企業でもある場合には、第12.3条2項(d)号(i)も適用される ことになるので、非差別的な行為であっても商業的考慮が求められることになる。換言すれ ば、シンガポールの政府独占企業については、独占企業に関する規律が政府企業に対する規 律に包摂されることになり、非差別的な「指定に係る条件」の遵守による商業的考慮の除外 の恩恵が受けられないことになる179。このように、非独占的な政府企業の規律が強化された

178 なお、異なる市場又は同一の市場内において異なる価格を定めることは、その異なる価格が 通常の商業的考慮に基づいているものであれば、米国・シンガポールFTA第12.3条には違反 しないとされている(第12.3条3項)。よって、政府企業による差別的な価格設定であっても、

商業的考慮に基づいていれば許容されることになる。

179 もっとも、国内の法令において、差別的あるいは非商業的な行為が許容されている場合には、

注12-2に基づいて、その取引は第12.3条2項(d)号(i)の適用外となる可能性がある。その場合 には、独占企業と政府企業とで大きな差は生じなくなる。

ことにより180、独占企業の規律よりも非独占的な政府企業の規律が厳格となる逆転現象が 生まれうるのが米国・シンガポールFTAの特徴であり、これは後述のTPP協定にも受け継 がれていくことになる。

5. 米国以外のNAFTA締約国が締結したFTAにおける「商業的考慮」

5.1カナダ

カナダもNAFTAにおける規定を、他国とのFTAにおける雛形として用いている(表4参

照)。ただし、EU・カナダ包括的経済貿易協定(以下、CETA)については、特殊な構造と なっており、この点は後述する。CETA以外のFTAの特徴としては、米国が国有企業関連規 定を設けていないイスラエル及びヨルダンとの協定において当該規定を設けている点が挙 げられる。更に言うと、カナダ・イスラエルFTA においては、独占企業による独占物品等 の購入又は販売について無差別待遇を与えるべきとするNAFTA第1502条3項(c)号に該当 する規定が設けられていないとの特徴も見られる。また、カナダ・ヨルダンFTAについて は、国有企業を独立した章(第9章)で規制している点が特徴的である。

【表4】カナダが締結したFTAにおける国有企業規定

国有企業

関連規定 特徴

NAFTA 1502条・1503条

カナダ・イスラエルFTA

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