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前章において,リマプロストアルファデクスとデキストラン40の凍結乾燥工程に β-CD を加えることで,凍結乾燥体中におけるリマプロストの安定性が顕著に向上することを明 らかとした.一方,β-CD の添加の有無に関わらず,凍結乾燥体中にはリマプロスト及び 分解物の CD 非包接体はほとんど生成していないことから,リマプロストの CD 包接体 の形成において β-CD がリマプロストの安定化に寄与していることが示唆された.したが って,CD によるリマプロストの包接様式を検討することは,β-CD によるリマプロスト の安定化機構の解明につながると考えられる.

凍結乾燥工程では,一旦,処方成分を水に溶解した後,凍結(固定化)し,凍結乾燥に より水分を除去することから,水溶液中におけるリマプロストと各種 CD との相互作用を 検討することで,凍結乾燥体中の相互作用を推定できると考えた.

また,前章の検討では,デキストラン40が凍結乾燥体中に含まれることから,CD とリ マプロストの相互作用のみを評価するため,本章ではリマプロスト,α-CD 及び β-CD の3 成分のみからなる水溶液を対象とした.すなわち,第2節では水溶液中におけるリマプロ ストと各種 CD との相互作用を 13C-NMR ,2次元 NMR を用いて検討することを試みた.

なお,リマプロストは水溶液中では化学的に不安定なため,モデル化合物としてプロスタ グランジンF(PGF)を用いて検討した.第3節では水溶液中のリマプロストの分解機 構に及ぼす各種 CD の影響を評価することで,CD とリマプロストの包接様式を検討した.

第4節では溶解度法を用いて検討し,CD によるリマプロストの包接様式,CD 複合体の安 定度定数等を明らかにした.

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第2節 水溶液中におけるモデル化合物 PGFの各種 CD による包接様式

CD 空洞内にゲスト分子が包接されると,包接された部位の NMR 化学シフト値は高磁 場あるいは低磁場にシフトし,このシフト変化を解析することにより包接部位を推定する ことが可能である.リマプロストと各種 CD との包接部位について,NMR スペクトル法

13C-NMR 及び2次元 NMR )により検討した.なお,リマプロストは水溶液中での溶

解度84, 85) が低く,また NMR 測定可能な十分な濃度が得られるアルカリ性側では化学的に

不安定なことから,長時間の NMR 測定が困難であった.そこで,NMR を用いた実験で は,リマプロストと同じ PG 骨格を有することで構造が類似し,水溶液中でも比較的安定 な PGF をモデル化合物として用いた.リマプロストと PGF はともに α 鎖に一つの 二重結合を有し,それぞれ 2位trans と 5位cis の構造を示す.また,リマプロストは 17 位と 20位にメチル基を有するが PGF にはない.一方,リマプロストの五員環上の 9位 はオキソ基であるのに対して,PGF は水酸基であることから溶液中でも安定に存在する.

これらの構造上の違いは,水溶液中における各種 CD との相互作用を検討する上では影響 がないと考え,リマプロストのモデル化合物として PGF を選定した.

第1項では,13C-NMR スペクトル法における化学シフト値から,CD による PGF

包接部位を検討した.また第2項では,2次元 NMR スペクトル法により,CD と PGF の 相互作用を検討した.以上のような検討に基づき,リマプロスト/α-CD/β-CDの3成分系に ついて包接様式の解明を試みた.

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第 1 項 13C-NMR スペクトル法を用いた α-CD または β-CD による PGF の包接部 位の推定

Fig. 11 に PGF13C-NMR スペクトル,Table 12 に 13C-NMR 化学シフト値を示す.

PGF と α-CD,β-CD の包接状態については NMR を用いた検討により,α-CD が ω 鎖を,β-CD が五員環を包接することが報告されている.26) そこで,各 CD を添加した状 態でのリマプロストの化学シフト値の変化から,α-CD 及び β-CD によるリマプロストの 包接様式,さらには水溶液中に両 CD が共存した状態での包接様式を検討した.

(ppm)

Fig. 11. 13C-NMR Spectrum of PGF (50 mM) in a 0.1 M Sodium Borate/D2O Buffer (pH 9.3) at 25 °C

5 1 6 14 13

4 3 2 8 7

9 10

12 15 16

17 18

19 20 11

α chain ω chain

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Table 12. 13C-NMR Chemical Shift of PGF2α (50 mM) in a 0.1 M Sodium Borate/D2O Buffer (pH 9.3) at 25 °C

α-chain Five-membered ring ω-chain Attribution (13C) PGF Attribution (13C) PGF Attribution (13C) PGF

1 183.54 8 48.48 13 133.72

2 36.21 9 71.09 14 134.84

3 24.91 10 42.09 15 73.11

4 26.80 11 75.96 16 37.33

5 130.66 12 54.42 17 24.69

6 128.75 18 31.11

7 26.01 19 22.19

20 13.56

(ppm)

Fig. 12,Fig. 13 には PGFに α-CD または β-CD のいずれかを添加した際の 13C-NMR 化学シフト値の変化を α 鎖,五員環,ω 鎖のそれぞれでまとめて示した.PGF を含む 水溶液に α-CD 及び β-CD を添加すると,PGF13C-NMR 化学シフト値は,低磁場ま たは高磁場にシフトした.

α-CD(0~50 mM)を添加した場合,α-CD 濃度の上昇とともに PGF の α 鎖と ω 鎖 のシフト変化が観察され,特に α 鎖では C2 と C3 の炭素が,ω 鎖では C18,C19,C20 の炭素が大きく低磁場シフトした.一方,五員環部分のシフト変化はほとんど認められな かった.これより,α-CD は PGF の α 鎖及び ω 鎖と相互作用することが示唆された.

β-CD(0~50 mM)を添加した場合,β-CD 濃度の上昇とともに PGF の五員環部分の

C8,C10,C12 の炭素が大きくシフト変化した.一方,ω 鎖部分のシフト変化はほとんど

認められなかった.これより,α-CD よりも空洞径の大きな β-CD は PGF の五員環部分 と優位に相互作用することが示唆された.また,α 鎖の C2,C3,C5 及び C6 の炭素にお いてもわずかではあるがシフト変化が観察された.既に報告されているように,五員環部 分を包接した β-CD の水酸基と PGF の α 鎖末端のカルボキシレートイオンの間の分 子間水素結合により,α 鎖のシフト変化が生じたものと推察される.以上の 13C-NMR の 結果より,α-CD は PGF の ω 鎖を,β-CD は五員環部分を包接することが示唆された.

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Fig. 12. Effects of α-CD on the 13C-NMR Chemical Shifts of PGF (50 mM) in a 0.1 M Sodium Borate/D2O Buffer (pH 9.3) at 25 °C

Fig. 13. Effects of β-CD on the 13C-NMR Chemical Shifts of PGF (50 mM) in a 0.1 M Sodium Borate/D2O Buffer (pH 9.3) at 25 °C

(A) α-chain (B) Five-membered ring (C) ω-chain

δ with CD δwithout CD( ppm )

Concn. of α-CD (mM)

(A) α-chain (B) Five-membered ring (C) ω-chain

δ with CD δwithout CD( ppm )

Concn. of β-CD (mM)

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前章で述べたように,リマプロストアルファデクスとデキストラン40に β-CD を加えた 凍結乾燥体(with β-CD)では,リマプロストの顕著な安定化効果が認められた.本凍結乾 燥体中にはリマプロストとデキストラン40に加えて,α-CD 及び β-CD という2種類の CD が共存している.そこで,モデル化合物である PGF についても,α-CD と β-CD が 共存した場合における相互作用を明らかにするため,以下のような検討を行った.

0.1Mホウ酸ナトリウム/D2O溶液(pH 9.3)に PGF と α-CD を 10 mM となるように 溶解した.この液に 0~20 mM の β-CD を添加し,13C-NMR を測定した.同様に 10 mM の PGF と β-CD の溶液に 0~20 mM の α-CD を添加し,13C-NMR を測定した. Fig.

14,Fig. 15 には PGF に α-CD 及び β-CD を添加した際の 13C-NMR 化学シフト値の変 化を α 鎖,五員環,ω 鎖のそれぞれについてまとめて示した.また,Table 13 には,PGF に α-CD と β-CD をそれぞれ 10 mM 添加した際の五員環及び ω 鎖における 13C-NMR 化学シフト値をまとめて示した.

Fig. 14 は,PGF と α-CD (10 mM)を含む水溶液に 0~20 mM の β-CD を添加した

際の 13C-NMR 化学シフト値の変化を示す.β-CD の添加量が低い状態では,α 鎖及び ω

鎖部分のシフト変化はほとんど認められなかった.一方,五員環部分の C12 の炭素には大 きなシフト変化が観察され,β-CD 濃度の増加に伴いシフト変化は増大した.これより α-CD 存在下においても,β-CD は PGF の五員環部分と相互作用することが示唆された.

また PGF に β-CD (10 mM)のみを添加した2成分系の場合(Fig. 13)と同じく,β-CD の添加濃度の増加に伴い,α 鎖の C3 炭素についても低磁場シフトが観察された.既に述 べたように,五員環部分を包接した β-CD の水酸基と PGF の α 鎖末端のカルボキシレ ートイオンの間の分子間水素結合によりシフト変化が生じたものと推察される.しかしな がら,Table 13 (a) に示す通り PGF と α-CD (10 mM)を含む水溶液に β-CD を添加し た場合,すなわち PGF /α-CD/β-CD を含む3成分系の場合には,PGF /β-CD から成る2 成分系と比べて,五員環部分のシフト変化が減少する傾向が認められた.PGF /β-CDから 成る2成分系の場合,五員環部分の C8,C10,C12 の炭素のシフト変化は,それぞれ -0.38 ppm, -0.36 ppm, 0.78 ppm であったのに対して,PGF /α-CD/β-CDから成る3成分系の 場合には,それぞれ -0.23 ppm, -0.17 ppm,0.53 ppm に減少した.これより,予め水溶液 中に存在する α-CD は PGF の五員環部分と β-CD の相互作用をわずかに減弱させるこ とが示唆された.

Fig. 15 は,PGF と β-CD (10 mM)を含む水溶液に 0~20 mM の α-CD を添加した

際の 13C-NMR 化学シフト値の変化を示す.ω 鎖部分の C17 から C20 の炭素について大

きなシフト変化が観察され,α-CD 濃度の増加に伴いシフト変化は増大した.なお Table 13 (b) に示す通り,PGF と β-CD (10 mM)を含む水溶液に α-CD を添加した場合,すな わちPGF /α-CD/β-CDを含む3成分系の場合には,ω 鎖部分の C18,C19,C20 の炭素の シフト変化は,それぞれ 0.84 ppm, 0.84 ppm, 0.61 ppm であり,PGF /α-CDから成る2 成分系の場合(0.86 ppm,0.84 ppm,0.74 ppm)とほぼ同じ値を示した.これより,α-CD は

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PGF の ω 鎖と優位に相互作用し,予め水溶液中に存在する β-CD は α-CD とω 鎖の相 互作用にはほとんど影響しないことが示唆された.ω 鎖部分の C17 の炭素については,

PGF /α-CD から成る2成分系では 0.55 ppm の低磁場シフトを示し,PGF /α-CD/β-CD から成る3成分系の場合には 0.92 ppm とより大きなシフト変化を示した.PGF の ω 鎖 部分は自由度が高い性質を有することから,PGF /α-CD/β-CDから成る3成分系では,ω 鎖 が α-CD の空洞内により深く包接された可能性や C17 炭素のコンフォメーションに変化 が生じた可能性等が考えられるが,3成分系ではより強い相互作用を示すことが示唆された.

一方,Fig. 15 に示す通り PGF と β-CD (10 mM)を含む水溶液に α-CD を添加した 場合,α-CD の添加量に応じて PGF の五員環部分の C12 炭素のシフト変化がわずかに 減弱した.このことから,添加した高濃度の α-CD が,PGF の五員環部分と β-CD の相 互作用をわずかに減弱させることが示唆された.

以上の 13C-NMR の結果より,PGF の水溶液液中に α-CD と β-CD が共存する場合に おいても,α-CD は ω 鎖と優位に相互作用し,β-CD は五員環と相互作用することが明ら かとなった.ただし,α-CD,β-CD ともに,PGF /α-CD若しくはPGF /β-CDから成る2 成分系と PGF /α-CD/β-CD から成る3成分系とでは,CD と PGF の相互作用の強度に は差が認められた.PGF /α-CD/β-CD から成る3成分系の場合,α-CD による ω 鎖部分 への相互作用は強くなった一方で,β-CD による五員環部分への相互作用は減弱する傾向が 認められたことから,β-CD よりも α-CD の方が PGF との相互作用が強いことが示唆さ れた.

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