• 検索結果がありません。

第16回

ドキュメント内 NOV-DEC (ページ 52-56)

音楽業界ノンフィクション

たいな。本職はライター編集者ですかね。

―もともとマスコミ志望だった?

 そうですね。ただ僕、あんまり文章とか がうまくないことに気づいて。それで、も っと自分でゼロからやることを始めたいな と思って、アジアのサイトを立ち上げたり。

―「アジポタ」ですね。アジアと日本 をつなげることを目的としたWEBサイト。

 僕、もともと放浪者でバックパッカーだ ったんで、海外の文化が大好きなんですよ ね。それでアジアのバンドとかカッコいい のがいっぱいいるのに全然日本に知られ てないのがもどかしかったので、アジポタっ ていうサイトを作って紹介しようと思って。

―そこからそれが、どう転がってアイド ル運営に向かっていくんですか?

 ちょうどその頃、ももクロさんにはまっ たんです。まわりで騒いでるなと思って聴 いてみたら、あ、ヤバい!と思って。それ でライブに行ったらすごくて、はまっちゃ ったみたいな感じです。だから、最初は アジアをつなげるアイドルみたいなのを作 ろうと思ったんです。壮大な夢ばっかり描 いてて、たとえば各国から1人ずつメンバ ーを選んで、でっかいグループを作ってと

か。で、貧困な国の子も日本に来たり夢 をかなえられるかもしれないみたいなので やろうとして、実際ちょっとやってみたんで すけど、これがすさまじく大変で(笑)。

―壮大すぎて(笑)。

 だったら、日本である程度地盤を固め て、それをアジアに輸出するほうがいいん じゃないかなと思って、自分で(街頭で 女の子に)声をかけ始めたんです。

―ゆるめるモ!結成に向けて動き出す。

 そこにいたるまでにもう一個、マレーシ アのももクロ公演というのがあって。アジ ポタを始めたときに、何か強力なコンテン ツが欲しいと思って、ゲリラレポートしよ うと思ったんですね。で、マレーシアまで 行ったんですけど、そのときにアジアのフ ァンが結構来るっていうのを聞いて、オフ 会を企画したんです。そしたら60人くら い集まったんですよ。日本人いっぱいと、

香港、シンガポール、マレーシアの人で 交流が始まって。アイドルを軸にしたパワ ーってすごいなと思って、これはもう日本 に帰ったらやるしかないと思ったんです。

―そして自ら秋葉原で街頭スカウトを 始めた。ぶっちゃけ、女の子に声をかけ

“脱力支援アイドル”をテーマに、2012年10月に4人組で結成。2013 年9月にミニアルバム『New Escape Underground!』を全国流通でリ リースし、そこに収録された10分を超えるクラウトロックナンバー

「SWEET ESCAPE」が話題を集める。同年、メンバーを増やし8人体 制に。2014年7月にファーストフルアルバム『Unforgettable Final  Odyssey』をリリースするも、メンバーのゆいざらすが脱退を発表。そ

の卒業ライブとなった8人体制での初ワンマンを8月9日に恵比寿リキッドルームで行い、成功させた。代表曲に「逃 げろ!!」「生きろ!!」などがある。英語表記は「You'll Melt More!」。12月17日に非常階段とのライブアルバム『解体的 交歓』を、12月31日にはミニアルバム『SUImin CIty DEstroyer』もリリースする。

ylmlm.net

ることに抵抗はなかったんですか?

 ものすごいありました。でもほかに方 法がなかったので。ただ、ナンパだった ら恥ずかしくてできないと思うんですけ ど、アイドルを作るんだっていう大義名分 があったんで、だからいけたというか。

 2012年10月に4人組アイドルとしてゆ るめるモ!が結成、脱退メンバーも出た が、2013年9月に5人が加わり8人組の 大所帯になった(現在は7人)。そこに は田家の壮大なメッセージが込められ、

そして実際に1人の女の子を救うことに も成功している。

―“脱力支援アイドル”をコンセプトに したゆるめるモ!には“自殺するくらいな ら逃げてもいい”というメッセージもある。

 それもアジアとつながってるんですよ。

アジポタをやろうと思ったときに、震災が あって、いろいろ考えるようになって、社 会貢献の人の本を読みあさったんです。

最初、NPO法人を立ち上げようと思って たんですよね。海外に避難場所を作ろう と思って。結構具体的なところまで考え たんですけど、やっぱり初期投資がすさま じくかかるので難しいなって。それでちょ っと戦法を変えて始めたのがアジポタだ ったんです。サイトを作って、日本に窮屈 さを感じてる人に、アジアに逃げてもいい んだよって伝えたり、就職あっせんをしよ うと思ったんです。就活に失敗して自殺 する世の中はおかしいし、つらくなったら

逃げればいいじゃんってずっと思ってて。

それで、たとえばそれを女の子にやらせた ら面白いんじゃないかと思ったんです。

“逃げドル”みたいな。

―ゆるめるモ!が背負ってるものって、

実はめちゃめちゃデカいですね。

 だから今でもゆるめるモ!が目指すもの は、アジアにも出ていきたいし、日本の窮 屈な世の中を変えたいし、自殺から人々 を救えればいいなって思ってるし。そうい う目標とか使命があるから、僕はちょっと やそっとではまったく揺らがない。

―実際、途中加入したあのちゃんもそ うなんですよね。重度の引きこもりだった のが、ゆるめるモ!に入ることで変わった。

 そうなんです。逃げてもいいんだよって いうそのコンセプトに引かれて応募してき たので。だからうまくいったら、もっと本 当にとんでもなく壮大なプロジェクトに僕 はなると思っていて。たとえばスクールみ たいな、学校も作りたいんですよ。ゆるめ るモ!って僕は学校だと思ってて。あのち ゃんみたいな学校に行けなくなった子たち も、居場所を作ることで、すごく生活とか 人生が変わるので。あんまり上から目線 ではいいたくないんですけど、ゆるめるモ!

をもっと成功させたらそういう学校とか居 場所を作るようなことをやっていきたい。

―あのちゃんみたいな悩みを抱えてい る子はほかにもいっぱいいるはずだろうし。

 そうなんです。だから申し訳ない気持 ちもあって。130人くらい応募が来たんで すけど、全員を救うことはできなかったん で。ほかにも結構いたんですよ、学校に 行けなくなった子で一生懸命応募しまし 窮屈な日本を変えたいし

自殺から人々を救いたい

52

たっていう子は。だから美談だけにはで きないなっていう。

 8月9日に恵比寿リキッドルームで行わ れた8人体制での初ワンマンは、同時に メンバーのゆいざらす卒業ライブにもな った(夢だった保育士の勉強に専念する ため)。当日は1,000人を超える超満員 を記録、箱庭の室内楽や非常階段の JOJO広重らをゲストに迎えたバンド編 成も組み込まれたライブはとてもドラマチ ックで、動員のみならず、内容的にも大 成功といえるものとなった。

―リキッドルームワンマンは当初、無 謀と思われてたと思うんです。でも、ふた を開けたら超満員だった。

 僕は自信ありました。期待の種みたい なのはいっぱい投げ続けられた自信があ ったので。僕の予想ではたぶん800から 900は動員があるだろうと思ってて。ふた を開けたらそれ以上だったんですけど。あ と、内容にもめちゃくちゃ自信があったので。

満員にできなかったとしても、その後めちゃ くちゃ話題にできる自信はありました。

―あのライブで特に注意したことは?

 これはあとでみんなからいわれたんで すけど、音楽への愛情とメンバーへの愛 情がすごいって。その2つは僕、絶対外 さない柱なんですよね。ゆいざらすが卒 業するっていうので、最高の形で卒業さ せたい、ゆみこーんは病気で休んじゃい ましたけど“8人最後の旅”をテーマに、こ の8人に何10年かけても忘れられない宝 物となるような思い出、景色を、隅から隅 まで作ってあげたいと思って。セットリス トを考えるときに、めちゃくちゃ悩んで、と にかくストーリーを詰め込んだんです。

―ゆるめるモ!はもはや、ただのアイド ルじゃないですね。

 僕も、すさまじく自由度の高いロックバ ンドをやってるようなイメージなんですよ ね。たぶん、僕の性格も関係してるんでし ょうけど。何でもありっていう。アングラ も聴くし、メジャーも聴くし、これつなげち ゃえ!みたいなところもあるので。それを 全部体現したのがゆるめるモ!なんです。

 ゆるめるモ!の目標のひとつとして、フ ジロック出演を公言している。「通い詰め てきたからこそ、その難しさも知っている」

という田家だが、そういい放つときの表情 は、とても強く、そして晴れやかだった。

信念を持っている人間は、やはり強い。

日本とアジアをつなげることを目的に、“アジアのおもしろ情報を 詰め込んだ”ポータルサイト。政治や経済に関する情報から、生 活情報、エンタメ情報まで、バラエティ豊かに掲載されている。

www.asianportal.net

音楽とメンバーへの愛情は 絶対外さない柱なんですよね

ドキュメント内 NOV-DEC (ページ 52-56)

関連したドキュメント