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第6次拡張工事

ドキュメント内 プリント (ページ 54-170)

第1章  水 道 編

第9節  第6次拡張工事

4.財源と決算額

 第5次拡張工事は昭和41年(1966)度に着手し、昭和48年(1973)度に完成した。決算 額は27億6,921万9,000円である。

 この財源は、起債が26億670万円、国庫補助金1億2,645万6,000円、一般財源3,606万 3,000円で、国庫補助金は水源開発関連施設の建設に対するものである。

第9節 第6次拡張工事

116.2ℓ/日と52.3%増加しており、給水人口の増減と関わりなく年々増加していて、今後 の市民生活の多様化、下水道の普及などを考慮すると、更に増大の傾向をたどることが予 想された。

 業務用水の需要は複雑多岐にわたる諸要素から成り立っており、特に経済変動による影 響もあるが、昭和40年度の71.8ℓ/日/人から昭和51年度の80.5ℓ/日/人と12.1%の増加を示 し、その需要は増大する趨すうせい勢にあった。

 このような事態に対応する小樽市の水道施設の現況をみると、取水水源については創設 以来の数次の拡張によって小樽市域の河川表流水を取水し尽し、さきの第5次拡張工事の 際には市の行政区域を越えて余市川に水資源を確保した経緯があり、起伏の多い地形条件 から浄水場・配水池などの施設が各所に分散し、老朽化している施設も多く、特に耐用年 数を経過した送配水管は腐食により年々その能力が減退しつつある状況にあった。

 さらに、昭和55年以降の水需要については、国又は北海道の総合開発計画と今後の小樽 市勢の発展方向を併せて推定しなければならないが、小樽市総合計画によって開発の主要 な課題をみると、桜町の東南地区・毛無山山ろくの一帯に第3セクターにより新たな大規 模住宅団地を建設する地域開発計画があり、銭函地区の工業用専用地域には土地区画整理 事業によって都市型工業用地造成計画が進められており、また、当時、建設中の勝納・色 内ふ頭をはじめとする港湾施設整備によって流通貨物の増大による船舶・交通量の増加、

これと併せて各ふ頭背後の海岸埋立地に立地する各種企業の進出が見込まれた。

 したがって、今後これらの課題の進展とともに水の需要は急激に高まるものと予想され ていた。以上のような小樽市の現況と給水事情を考慮し、速やかな対応策を講じなけれ ば、今後急激に増加する水需要により、近い将来断水の事態を惹起することは明らかであ り、市民生活や経済にも著しい不安と脅威を与えるものと考えられたのである。

 よってここにかねてから懸案であった朝里川水系の水資源を見直し、新たな貯水ダムの 建設案によって新水源を確保し、長期的展望に立った水道拡張計画を樹立して、早急にこ れを実施し、市民生活の不安の除去と生活環境施設の充実に努め、小樽市勢の発展と市民 福祉の向上に寄与しようとしたのである。

(2)第6次拡張工事の基本計画

 小樽市水道の基本能力は、銭函地区第2次拡張工事の完了により計画給水人口185,000 人、計画1日最大給水量85,480㎥、計画1人1日最大給水量462ℓであった。

 この基本能力は、昭和55年頃までの水需要をまかない得るものと推定していたが、今後 さらに増加する水需要を考慮すると、1日最大需要水量は、昭和65年には108,000㎥(計 画給水人口200,000人)、昭和75年には129,800㎥(計画給水人口220,000人)に達するも のと推計された。

 すなわち現有施設能力の1日最大85,480㎥に対して、昭和65年には22,520㎥、昭和75年 には44,320㎥の水量不足が見込まれ、この対応策を講じなければ昭和55年以降には断水の 事態が予想される憂慮すべき状況にあったのである。

 したがって、水源開発のためのダム施設の建設には、多額の建設費とかなりの長年月の 期間を要することから、第6次拡張工事の基本計画として計画目標年次を次のように前 期、後期に分けて実施することとした。

 前期工事の目標年次 ・・・・・・・ 昭和65年度  後期工事の目標年次 ・・・・・・・ 昭和75年度

 また、給水区域は、地形的な制約から西部、東部、中央部の3地区に大きく分けられ、

それぞれの水道施設は独立して運営管理しているが、これらの各地域間の水道に相互の連 絡がないため、水需給に不均衡を生じていた。

 以上のような給水事情の現況と今後の地域開発などの進展方向を考慮し、第6次拡張工 事においては次のような配水計画をした。

 1)給水区域の相互連絡 

   西部、東部、中央部に分離している給水区域については、天神系送水管からは西部   の簡易水道(忍路、塩谷地区)の配水池へ、豊倉系送水管からは東部(銭函地区)へ   とそれぞれ送水し、市域の給水区域間を相互連絡し、区域間の水需給の円滑化を図る。

 2)浄水場の集約

   市内に散在する9か所の浄水場のうち、塩谷、忍路、於古発、潮見台の浄水場につ   いてはそれぞれの給水区域等の水需給の変動に対応し、適宜に集約統合を促進し、浄   水管理機能の合理化を図る。

 3)送配水施設の集中管理

   市内に散在する各配水池の配水能力の均等化と流入水量の遠隔コントロール及び送   配水管の系統ごとの水量、水圧等のデータ収集を松ヶ枝配水センターにおいて一括し   て掌握し、完全な集中管理を行う。

第9節 第6次拡張工事

 4)水需給の不均衡是正と配水系統の見直し

   市内から市域周辺部への人口移動に伴い、開発される地域及び今後の大規模の開発   が予想される毛無山山ろくなどの地域においては、新たに配水管網を整備し、水需給   の不均衡是正に努め、給水区域の全域にわたり適正な水量確保、水圧確保のため配水   系統の見直しを行い、配水管網の整備を図る。

(3)簡易水道及び銭函地区水道の統合

 第6次拡張工事の基本計画で、給水区域間を相互連絡し、かつ、浄水場の集約統合を図 るため、既設水道の統合の手続きを次のように行った。

 昭和53年2月8日付けで小樽市長から北海道知事に対し、銭函地区水道事業経営の廃止 許可、忍路簡易水道事業等経営廃止許可及び塩谷簡易水道事業経営廃止許可の申請を行 い、銭函地区水道については昭和53年2月17日に、忍路簡易水道及び塩谷簡易水道につい ては昭和53年2月16日に、それぞれ北海道知事から許可された。

 さらに、簡易水道等施設整備費国庫補助金に係る簡易水道施設の統合については、昭和 53年6月13日に、厚生大臣から次のように承認通知を受けた。

厚生省課第414号 簡易水道等施設整備費国庫補助金に係る

簡易水道施設の統合承認通知書

小樽市   昭和53年2月28日53水工第40号をもって申請のあった昭和37年・38年度簡易水道等 施設整備補助金に係る簡易水道施設の統合について、補助金等に係る予算の執行の適 正化に関する法律(昭和30年8月27日法律第179号)第22条の規定に基づき、次によ り承認したので通知する。 

   昭和53年6月13日

厚生大臣  小 沢 辰 男 

(4)ダム施工主体の変更

 市では、新たな貯水ダムとして昭和51年度から朝里川上流を最適地として水道専用ダム 建設のための調査を行ってきたが、認可申請の段階では朝里川の河川管理者である北海道 でも朝里川の洪水対策として検討を進めていた。それは、朝里川流域が市内唯一の温泉郷 であり、さらに下流は市街地で家屋が建ち並んでいることからダムによる洪水調節などが 必要と判断したものである。

 そこで北海道と小樽市が協議を重ね、昭和54年度から共同で建設する多目的なダム事業 がスタートした。

2.調査と事業認可

 本事業を施工するため、昭和51年7月16日の市議会第2回定例会に第6次拡張事業調査 費1,400万円の計上を含めた昭和51年度小樽市水道事業会計補正予算案を提出し、議決を 得て同年8月2日からダムサイトの地質調査を進め、翌年2月10日には昭和51年度分調査 が完了した。引き続いて昭和52年度分についても、3,463万円の予算で昭和52年7月4日 から翌年2月26日までの間、地質調査とダム設計の委託を行った。なお、この間昭和51年 12月8日には北海道に対し、ダム築造の際の補償物件である道道小樽定山渓線の付替につ いて了承を得ており、一方では北海道開発庁に朝里川での治水ダムの建設方の陳情を行っ ている。

 また、ダム建設で懸念されていた地質については、昭和52年5月19日に建設省土木研究 所の現地ダムサイトでの調査により、「地質構造は、相当に複雑であるが、現在までの調 査結果からみて今後新たな問題が出ない限りコンクリートダムは載せられると思われる。

実施計画調査に持込むことについては技術的には可」という御墨付を得た。

 以上の経過を経て、昭和53年1月28日付けで北海道知事に朝里川水利使用許可申請を、

同年2月10日には厚生大臣に水工第29号で第6次拡張工事前期の変更認可申請をそれぞれ 行った。しかし、朝里川ダムの市単独ダムでは多額な財政負担を要することから国と北海 道に対し、水資源開発コストの軽減化とさらに朝里川流域中唯一の貴重なダムサイトとし ての有効利用の観点から治水ダムとの共同建設を陳情した。

 その結果、北海道が朝里川での治水ダム予備調査費800万円を昭和53年度予算に計上し て、経済調査を実施することになったため、小樽市が申請していた朝里川での水利使用

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