第1章 水 道 編
第3節 第1次拡張工事
大正3年9月に竣工した創設水道は1人1日当たり給水量を3.5立方尺(97.3ℓ)とし、
人口13万人まで供給ができるものとしていたが、その後年々給水人口が増加するととも に、1人1日当たり使用水量は8.18立方尺(227ℓ)に達し、当初計画の1日総配水量45万 5,000立方尺(12,660㎥)を4万8,000立方尺(1,330㎥)も超過するような状態となった。
他方、当時の高区配水施設(現在の中区)の状況は、配水量に相応する設備を欠き、送 水管の終点に設けた分水井から内径12インチ管1本によって配水している状況であった。
この分水井の水面は、標高約97 mにすぎないため、標高60m以 上の地域では、飲料水以外の消 火用の水圧を完全に保持するこ とは困難となった。また、低区 に属する地域は家屋が既に稠密 となっているため、学校、民家 等は自然高台地区に建設された が、特に標高90m以上の地域に 対する給水はすこぶる困難な状 態であった。
このように従来の施設では、
既に水量の不足をきたしている とともに、高区配水施設の全般 に つ い て も 大 き く 改 善 を し な ければ到底水道の需要をみたす ことができないようになったた め、工学博士和田忠治氏の設計 により第1次拡張工事の計画を 立案した。
第1次拡張工事計画は、新し
い水源を当時の朝里村に属して 潮見台浄水場ろ過池工事(大正14年)
豊倉隧道工事(大正14年)
第3節 第1次拡張工事
いたガツカリ沢地内の朝里川に求め、ここから潮見台町に新設する浄水場に導水し、更に 入舟町に中区配水池と松ヶ枝町に高区配水池を新設してここに送水するものである。配水 区域は、従来は高区と低区の2区であったものを中区と低区に改称し、新たに高区を増設 して高・中・低の3区に分けることにした。
拡張工事は大正10年9月の小樽区議会で、工事費予算額250万円、うち起債額227万円と して議決を得た。(決算額は後述)
この拡張工事は、大正10年8月29日に工事施工について申請し、大正11年3月25日に許 可された。
当初計画では工事費250万円 で、大正10年度から3年継続工 事として施工する予定であった が、工事施工許可が遅延したた め、大正11年7月31日に着工し た。なお、工事費は実施設計に よって、240万円となり、工期 も4年間に変更された。
また、この工事を施工するた めの機構として従来の水道課の ほかに、あらたに水道拡張課を 設け、同課に庶務係、工務係の 2係を設けた。
工事費の主要財源である起 債は、227万円を申請したとこ ろ、大正11年3月31日付けで 224万5,200円に更正許可された が、その後3回にわたって起債 額の変更があり、最終の起債許 可額は231万200円となった。し かし、起債は許可されたものの 当時は恐慌時であったため金融 高区配水池建設工事
中区配水池建設工事
事情が極めて悪く、長期債の借入にはすこぶる困難な条件下にあった。そのため、この起 債額の借入条件は償還年限が据置期間を含めて14年、利率は概ね年8分以上という、償還 期限が比較的短く、かつ、高利率の資金を借入れなければならない結果となった。
このような、償還期限が比較的短く、かつ、高利率の資金を借入れたので、その元利償 還金が多額となり、また、この事業に対する補助金は極めて長期にわたる年賦によって交 付されることになり、これらが相重なって後年度の水道会計に重圧が加えられた。
そのため、一般会計から水道会計に対し、次のとおり4年度間にわたって補充金(繰入 金)が支出された。
(年 度) (一般会計からの補充金額)
昭和2年度 77千円 昭和3年度 125千円 昭和4年度 158千円 昭和5年度 188千円
一般会計においても、このような繰入金を長年にわたって支出する余裕もなく、また、
水道会計として自賄すべきであるとのことから、借入済の既往債を低利債あるいは償還期 限の長い資金に借替えて、苦しい財政の運営につとめた。借替した内容は次のとおりである。
(年 度) (借替の内容)
昭和3年度 年利6分5厘以上の旧債をすべて償還し、新公債を発行 昭和8年度 旧債を年利5分4厘内外の低利債に借替
昭和9年度 旧債を年利4分7厘内外の低利債に借替 これらの起債は昭和24年度で全額償還を完了した。
第1次拡張工事費に対する国庫補助金は、大正14年8月4日に申請したが、同15年3月 31日付けで60万円を交付する旨の指令があった。
この補助金の実際の交付は、長年にわたる年賦で交付されたため、結果的には拡張事業 費には直接充当されず、後年度の元利償還金に充当された。なお、当初60万円に決定して いた補助額は、その後工事精算による残材料及び剰余の関係で若干減額された。
第1次拡張工事は、大正11年7月31日に着工して、工事の進 に伴なって大正13年から 部分的に通水を開始し、翌14年12月25日に全線に通水し、昭和2年12月12日に全工事を完 成した。
この工事に要した金額は228万7,899円64銭であった。