一 に 既 ︑ 存 の 協 定 に 含 ま れ て た い 水 車 発 電 機 に 関 し て ︑ 受 注 の 順 番 制 を 内 容 と す る 販 売 協 定 が 実 施 さ れ 既 ︑ 存 の 協 定 の 運 営 を よ り 厳 密 に す る 役 割 を 果 し た こ と 第 ︑ 二 に 柱 ︑ 上 変 圧 器 市 場 に お い て 販 協 売 定 が 締 結 さ れ 協 ︑ 調 体 制 枠 の が 拡 が っ た こ と そ ︑ し て ︑ 第 二 に ︑ 主 要 企 業 が 株 式 保 有 に よ
て っ 専 ︑ 門 メ l ヵ I で あ る 東 洋 電 機 の 経 営 に 影 響 力 を 持 つ よ う に な っ た こ と を 挙 げ る こ と が 出 来 る ︒ こ れ に よ
て っ 電 ︑ 用 鉄 機 器 の 市 場 も 協 調 体 制 に 包 摂 さ れ た ︒ ま た 同 ︑ 株 じ 式 保 有 と い う 方 法 に よ
て っ 井 ︑ 電 上 機 製 作 所 も 協 調 体 制 に 含 ま れ る よ う に な
た っ 大 ︒ 型 変 圧 器 市 場 に お る け 有 力 な ア ウ サ ト イ ダ ー が 無 く な る こ と に よ て っ 既 ︑ 存 の 協 定 は よ 強 り 化 さ れ た と 言 え よ う し ︒ か し ︑ 一 方 で こ 寡 の 古 体 制 多 は く の 限 界 有 を て し い た
︒ 第 一 に 大 ︑ 発 型 電 機 に い つ て は 潜 ︑ 在 的 ま た は 現 実 的 に 国 際 競 争 圧 力 が 存 在 し て い た こ と 第 ︑ 二 に ︑ 中 心 的 製 品 あ で る 発 変 電 用 機 器 の 販 売 協 定 の 運 営 に つ い て ︑ 最 大 の 需 要 家 あ で る 電 会 力 社 側 か ら 異 論 が 出 る 余 地 を 残 し て い た こ と あ で る ︒ 第 二 に は 汽 ︑ 発 力 電 機 及 び 電 動 機 の よ う に ︑ 急 速 に 拡 大 し つ つ あ る 新 市 場 が 登 場 し ヽ そ れ に 対 て し 主 要 企 業 の み な ら ず 群 小 企 業 の 積 極 的 な 参 入 が 行 な わ れ 競 ︑ 争 が 激 化 す る 側 面 が 見 ら れ た 第 o 四 に は 小 ︑ 型 電 動 機 の よ ぅ な 量 産 品 の 大 量 販 売 体 制 重 電 機 寡 占 体 制 の 成 立 と 展 開
︵長 谷 川 信
︶
一
一一 五
﹁法 経研 究﹂ 第 三 二巻 一号
︵一 九八 三年 月八
︶ 一 一一 六 の形 成 が 不 十 分 で あ り
︑ 流 通 過 程 の組 織 化 が 末 端 ま で行 き わ た ら な か たっ た め に︑ 競 争 を 排 除 す る こと が 出 来 な か たっ
︒ そ し て
︑ 第 五 に は
︑ 原 材 料 市 場
︱ 特 に佳 素 鋼 板 市 場
︱ の組 織 化 が 不 十 分 で 一部 の専 門 メー カ ーが 強 い競 争 力 を 持 ち
︑ 協 調 体 制 へ の参 加 が 遅 れ た こ とが 挙 げ ら れ る
︒
︵ 注 1︶
﹁別 項 の如 く大 井川 電力 の大 物電 機 は番 狂 はせ を示 して 芝浦
︑ 電業 社 へ発 注 とな たっ が こ の 一戦 と這 般 の日 電鐘 釣 用機 が日 立受 注番 だ つた にも 拘 らず 芝浦 に発 注 とな たっ 等 如の き事 情 よ り し て三 社営 業 の協 定も ここ 昔に の夢 と化 し有 名無 実と な たっ 感 あが る﹂
﹁日 刊工 業新 開﹄ 一九 二四 年 一一 月 一一 日︶︒ 大型 発 電 機 の輸 入実 績 に つい て は︑ と りあ えず
﹃︑ 昭 和 産 業 史
﹄
︵東 洋 経 済 新 報 社
︑ 一九 五〇 年
︶ 三五 一︑ 三五 二頁 を参 照
︒ こ の引 用文 で は︑ 富 士電 機 を 含 めた 四社 連 合 と な てっ おり
︑
﹃日 刊 工業 新 聞﹄ の報 道 に よ る 三社 協 定 と く いち が てっ いる が 富︑ 士電 機 自が 社 で水 車 製 作 能 力 を備 え る はの 三 六年 以 降 であ り 本︑ 稿 で は 社三 協 定 説 を採 たっ 富︒ 士電 機 は ド︑ イ ツ のフ イォ ト社 と 水 車 製 造 に関 す る提 携 を 行 な い︑ 三六 年 か ら 水車 の自 社 製 作 を開 始 し たが 電︑ 力 会 社 に大 型 水 車 を納 入 し た のは 三八 年 の東 北 振 興 電 力 会 社 納 入 八千 七百 馬 力 が はじ め て であ たっ
︵﹃富 士電 機 社 史
﹄ 一九 二 ︑ 一九 四 頁
︶︒ 東﹃ 京 芝 浦 電 気 株 式 会 社 八 十 五 年 史
﹄ 盆 九 六 三年
︶ 五 九 四頁
﹃︑ 日 立 工 場 五 十年 史
﹄ 盆 九 六 一年
︶ 一八 二頁
︒
﹃大 阪 変 圧 器 五 十 年 史
﹄ 2 九 七 二年
︶ 一五 五頁
︒
﹃日 立 製 作 所史
﹄ 盆 九 四 九年
︶ 一九 九頁
︒ 小﹃ 平 翁 日 記抄
﹄ 一九 二 一年 二 月 二三 日
︒ 一九 二〇 年 に おけ る 日 立製 作 所 亀 戸 工場 の柱 上変 圧 器 生 産 額 二 六万 円 に対 し て 大︑ 阪 変 圧 器 の 二百 kV A以 下 変 圧 器 生 産額 一七 七 万 円 と 六 o八 倍 に達 し て い た
︵﹃ 大 阪変 圧 器 五 十年 史
﹄ 一七 五頁
﹃︑ 亀 戸 工場 三十 年 史 し
︒
︵9
︶
﹁従 来 小物 方 面 に関 与 し な か たっ 芝 浦 製 作 所が 最 近 翻 然 と し て
︑ 小 物 界 に活 躍 だし し
﹂た
∩ 日 刊 工業 新 聞
﹄ 一九 二 一年 一月 三〇 日︶ とあ るが 芝︑ 浦 製 作 所 は本 格 的 な 柱 上変 圧 器市 場 への 進 出 を目 指 し た ので はな く
︑
﹁芝 浦 の スト クッ で小 型 変 圧 器混 乱
︑ キ ロ 一〇 円 の安 値 が 現 はれ 業 者 何 れ も 大 慌恐
﹂ 翁 日 刊 工業 新 聞
﹄ 一九 二 一年 月四 二 八日
︶ と あ る よう に 在︑ 庫 品 処分 と うい 色 彩 が 濃 か たっ
︒ し か し そ︑ れ は 層一 の価 格 下 落 もを た ら し た ので あ る
︒
87654
3 214 13 12 11 10 18 17 116 15
﹃小 平 翁 日 記 抄
﹄ 一九 二 一年 二 月 二 三 日
︒ 三五 年 に おけ る 日 立 製 作 所 の シ エア 三 五% 生︑ 産 台 数 三 四
︑ 五 六〇 台 であ たっ
︒ し たが てっ 全︑ 国 需要
︵満 州 を 含 む︶ は約 一二 三千 台 であ り そ︑ の中 に大 阪変 圧 器 の 二百 kV A以 下 変 圧 器生 産 台 数 四 七 七︑ 三 五台 が 占 め る 比率 を算 出 し た︒ 典 拠 は注 8 に同 じ
︒
﹃大 阪 変 圧 器 五 十 年 史
﹄ 八一 八 頁
︒ 大 阪 変 圧 器
﹃社 史 編 纂 資 料
﹄
︵大 阪 変 圧 器株 式 会社 所 蔵
︶に よ る
︒ 大 阪 変 圧 器 が 川 崎造 船 か ら 珪 素鋼 板 を購 入 す る よう にな たっ 事 情 は次 のと おり で あ たっ
︵三 菱 商 事
﹃立 業 貿 易 録
﹄ 一二 八頁
︶︒
三 S会 月は 一回 建 値 を 定 め発 表 し たが 其︑ 建 値 は常 に欧 米 品 よ り 五% 乃 至 七
︑ 八% 安 く 小︑ 日向 は 三社 向 より 少 し高 値 に定 め られ た 競︒ に問 題 を 生 じ た の は変 圧 器専 門 の大 阪 変 圧 器会 社 が 前 記 三電 機 会 社 に劣 ら ぬ磋 素 鋼 板 T級 品 の 実 需 家 で あ る に拘 ら ず 八︑ 幡 か ら如 何 に し ても 三社 並 の待 遇 を得 ら れ な か たっ
︑ 我社 は従 来 輸 入 品 に付 同 社 と別 懇 の間 柄 であ たっ から 同︑ 社 の為 め に八 幡 に対 斡し 旋 努に め たが 結 局 容 れ ら れ な か たっ
︑ 当 時電 機 界 は不 況時 代 で︑ 就 中 小型 変 圧 器 に於 て は 立日 対 大 阪 変 圧 の販 売 競 争 は 日 に激 化 し 小︑ 資 本 の後 者 にと てっ は建 素 鋼 板 の原 価 高 は致 命 的 でさ え も あ たっ
︒ 我 社 も 同 情 に耐 え ず
︑ 事情 を 川 崎 造 船 所 打に 明 け て桂 素鋼 板 の製 作 に進 出 を懇 請 し 製︑ 品 の販 売 に付 て は我 社 が 全 部 責任 を 以 て引 受 け る こと も保 証 し た
︑ T級 品 の製 作 は技 術 的 六に ケ敷 し もい の であ る が
︑ 川崎 は研 究 と試 作 を重 ね終 に八 幡 に匹 敵 す る良 品 を製 出 し
︑ し かも 大 阪 変 圧 に対 し 三 S会 の建 値 よ り稽 下値 で供 給 し た
︑ 大阪 変 圧 の欣 喜 雀 躍
︑ 大阪 支 店 の面 日高 揚 推 し て知 る べ し であ る 之︒ れ は昭 和 七年 か ら九 年 頃 ま で の事 であ る
︒
﹃日 刊 工業 新 聞
﹄ 一九 二 一年 一二 月 二 三 日
︒
﹁小 型 モー ト ル好 勢
︑ 材 料 関 係 で高 値 気 配 にあ てっ 市 況 を引 き 緊 め て い る︑ 需 要順 調 であ るが 中古 品 の出 る と ころ か ら新 品 の値 上げ は はば ま れ てゐ る﹂ 翁 刊日 工業 新 聞
﹄ 一九 三 二年 三月 二 二日
︶︒
﹃日 刊 工業 新 聞
﹄ 一九 三 二年 一〇 月 三 日
︒ 下 記 の如 く 逆︑ に値 下 げ を行 なう 企 業 も 出 現 し た
︵﹃日 刊 工業 新 聞
﹄ 一九 三 二年 一〇 月 二七 日
︶︒ 材 料 高 の た め に小 型 電 動 機 の値 上 げ は己 む を得 ず と し て先 般 来 各 電機 メー カー 間 に於 い て実 施 期 及 び値 上率 等 に つき 研 究 を つ づ け て居 り近 々中 に実 施 さ れ もる のと 予 想 さ れ て ゐ たと こ ろ最 近 こ れ を裏 切 てっ 某 電 機 会社 が 反 対 に値 下 げ を行 てっ 競 争 に臨 ん でゐ る た め に折 角 の値 上げ 問 題 が つひ 竜に 頭 蛇 尾 終に うら と し て い る 右︑ 電 機 会 社 が 値 下 げ を行 たっ の は今 のと ころ 台湾 地方 の
重電機寡占体制の成立と展開︵長谷川信︶
一二 七
﹁法 経 研 究
﹂ 第 三 二巻 一号 一︵ 九 八 三年 八 月
︶ 一一 一八 み で其 の他 の地 方 は判 明 し てゐ な いが
︱ 卜 地方 に過 ぎ な いと し ても 他 の同 業 者 が 値 上げ を要 望 し てゐ る のに 反 対 の歩 調 を採 てっ ゐ る ので 相 当 の非 難 が 昂 ま てっ い る
︒
・9︵
︶
﹁電 気 扇
︑ モー ト ル︑ ーメ タ ー 電︑ 熱 器 一般 等 小の 物 は日 立
︑ 芝浦 富︑ 士︑ 川崎 松︑ 下
︑ 三菱 な ど の 一流 メト カ ーを 初 め其 他二
︑ 三流 ーメ カー を含 め さ なが ら群 雄 割 拠 の観 を 墨 し つ つあ り 勢︑ ひ製 品 は競 争 的 な 一場立 に置 か れ る結 果 最 近 は各 メl ヵ l共 若 千 生 産 過 剰 を 呈 す る に至 り ︑ れこ が 打 開︲策 に つ いて の 悩 み は 相 当 濃 厚 さ を加 へて 来 た模 様 あで る﹂ 翁 日 刊 工業 新 聞
﹄ 一九 三 六年 七月 七 日
︶︒
︶︵加 日立 製作 所 の場 合
︑
﹁桐立 驀
︱ト ルを 東京 の 一般 場市 に売
︐ だ す ため 初︑ め浅 沼商 店 一社 に特 約販 売 させ がた 第︑ 一次 大戦 後 の 不況 期 にあ たり 成功 しな か った
︒一大 正 8︑ 9年 には 今 の工 業商 会 塚︑ 本商 事 取が 引 きを 始 め︑ 大正 末 期か ら昭 和初 頭 にか け て横 山 商会
︵金沢
︶︑ 岩崎 機械
︵直店 津江
︶︑ 青雲 社︵青 森︶︑ マ コト 商会
︵後 に信 井 東︑ 京
︶山田 電機
︵東京
︶ など が取 引 を始 めた が
︑ この ︲ ね か もに 今 では 名 の残 てっ いな い取 引店 幾が つか あ たっ
﹂︵株 式会 社日 立製 作所 東京 商品 営業 所
﹃商 品営 業 のお いた ち﹄ 一九 七六 年
︑ 三頁 2︶
・あ るよ う にヽ 一九 二〇 年代 なか ば から 約特 店 の数 が増 加し て い った ま︒ たヽ 三菱 電機 の場 合 一塁︑ 四年 に特 約店 制度 が発 足 し︑ 二五 年 には 四二 店が 三菱 商事 傘下 の特 約代 理店 とな り︑ 第 一回 全国 特約 店会 議が 開催 され た﹁ 三菱 電機 社史 創 立∞ 周年
﹄ 九一 八二 年
︑ 二七 頁
︶︒ 2.︵
︶ 前掲
﹃商 営品 業 のお いた ち﹄ 一四
︑ 一五 頁 一 ︒
・ 2 2︵
︶ 目立 製作 所 おに いて 特︑ 約店 への リベ ー︲卜 や広 告費 用 の 一部 負担 とい
︲う施 策 は既 に戦 前 から 行な われ てい たが ヽ特 約店 の経 営数 値 を提 出さ せ る試 がみ 認確 でき る はの 後戦 の 一九 五〇 年頃 であ たっ
︵前掲
﹃商 品営 業 のお いた
﹄ち 六二 三︑ 一頁 Υ ま た︑
﹁特約 店 は古 かぐ ら多 数 の有 力販 売 業者 と系 列的 に取 引 をし てい て︑ わい ゆる 売販 網 を形 づく てっ いた が い︑ そっ う強 固な むす び つ
⁚ きを つ よめ 拡︑ 販 の実 を上 げ るた め︑ 登録 販 売店 に モー ト ルの
﹃販 売 謝恩 券制 度
﹄を 昭和 三 一年 一月 らか 実 施 した
﹂と ある よう に︑ 日立 製作 所が 主体 的 に末 端 の小 売店 段
︲ 階ま で系 列化 を進 めて い たっ のは 戦︑ 後高 度 成長 期 に入 てっ から あで たっ な︒ お︑ 大量 売販 体制 典の 型 は重 電機 りよ も家 庭電 器 の場 合 に見 られ 日︑ 立製 作所 も従 来 の重 電機 器を 申心 とし た特 約店 の体 質改 善
︵一 九五 五年 頃
︶と
・ 家電 特約 店 の分 離
︵一 九 六〇 年頃
︶と いう 再編 を必 要と し たの あで る
︵前掲
﹃商 品営 業 のお いた ち﹄ 七八 一九︑ 二頁 Y
﹃東 洋電 機 五十 年史
﹄ 盆 九六 九年
︶参 照
︒ 前掲 拙稿
﹁一 九 二〇 年代 の電 気機 械 工業
﹂ 三二 頁
︒ 24 23