て ら れ 得 る
︒
︵
︶ 今回 連 載分 の 原稿 の 仕 上 げ に 取 り 組 ん でい た と こ ろ
︑ 折 し も︑ 本 稿 の テ ー マ に と っ て 重 要 な 次 の 著 作 が 刊 行さ れ た: 小 野 博 司・ 出 口 雄 一
・松 本 尚 子 編
﹃ 戦 時 体 制 と 法 学 者 一 九 三 一
〜一 九 五 二
﹄︵ 国 際 書 院
︑ 二
〇 一 六 年︶
︒ 本 稿 で は 同 書 を ふ ん だ んに 引 く こと は もは や 時 間 的 に で き ず
︑関 連 す る と こ ろ の み 注 内 で 言 及 す る に 止 め る
︒さ ら に
︑ 校 正 作 業 中に
︑ 以 下 の 著 作 廣濱 嘉 雄の 法 理学 に 関 する 一 考察
︱
︱三 重 構 造論 と その 展 開を 中 心 に︱
︱︵ 四・ 完
︶
八 九
に 接 し た: 大 野 達 司
・森 本 拓
・ 吉 永 圭﹃ 近 代 法 思 想 史 入 門
︱︱ 日 本 と 西 洋 の 交 わ り か ら 読 む﹄
︵ 法 律 文 化 社︑ 二
〇 一 六 年
︶︒ 同書 は 全 般的 に
︑本 稿
︵と り わ け今 回 連載 分
︶と 関 連 する と ころ が 多い が
︑ 残念 な がら 論 及で き な い︒
︵
︶ 図に 関 する 疑 問 は 本 文 で 述 べ た も の に 尽 き ない
︒ と り わ け
︑な ぜ
﹁ 円﹂ で 描 か れ て い る か に つ い て も︑ 廣 濱 は 説 明 を 欠 い てい る
︒ 廣濱 に 限 ら ず
︑同 時 代 人 た ち の こ う い っ た
﹁美
﹂ 的 感 覚 に つ い ては
︑ 別 途 に 検 討 さ れ る べ き テ ー マで あ ろ う
︒ こ の 点に 関 連 して く る 先 行 研 究 の 一 例 と し て
︑参 照
︑ 石 川 健 治﹁ 権 力 と グ ラ フ ィ ク ス
﹂長 谷 部 恭 男
・ 中 島 徹 編﹃ 憲 法 の 理 論 を 求 めて
︱
︱ 奥平 憲 法学 の 継承 と 展 開︱
︱
﹄︵ 日 本 評論 社
︑二
〇
〇九 年
︶ 二五 一− 三
〇 九 頁︵ 筧 の図 に つい て は 二九 三 頁︶
︒
︵
︶ 本稿
︵ 一
︶一 七 二 頁 の 図 内で 示 し た が
︑ 廣 濱﹁ 日 本 法 學 へ の 一 石
﹂前 掲
︵ 注
︶ 二 一 三 頁 が︑ 三 重 構 造 論 の お そ ら く 最 初の 図 示 化で あ り︑ 同 論文 が 公 表さ れ た﹁ 一 九四 二 年
﹂が
︑ 三重 構 造論 の 図 解の 境 目で あ ると 解 す る︒
︵
︶ 参照
︑ 廣濱
﹁ 法を 對 象 とす る 學問
﹂ 前掲
︵ 注
︶ 一 四 頁
︑同
﹃ 法 理 學﹄ 前 掲
︵注
︶一 六 頁
︑ 同
﹁現 代 法 理 學 の 基 本 問 題
﹂ 前掲
︵ 注
︶ 二
〇八 頁
︒本 文 で 指摘 し たこ の 点は
︑ こ の三 つ の箇 所 にお い て ほぼ 共 通し て いる と 言 える
︒
︵
︶ 廣濱 の 法 理 学 一 般 に 関 す る 著 作 の 中 で︑ こ の 点 を 最 も 分 か り や す く 論 じ て い る の が︑ 廣 濱
﹃法 理 學
﹄ 前 掲︵ 注
︶ 一 六− 一 七頁 で あ る
︒同 一 七 頁 で は
︑ 制 度 が 立 て ら れる こ と を
﹁ 立 制﹂ と し て
︑ それ を 慣 習 的
・ 制 定 的 と 区 別 す る が︑ い ず れ も 人 間の 努 力 によ る もの で あり
︑ 制 度が 文 化的 所 産で あ る こと
︑ 人為 的 なも の で ある と され る
︒注
も 参照 さ れた い
︒
︵
︶ この 点 に関 わ る文 献 と して は
︑本 稿
︵一
︶ 一 七二 頁 の﹁ 図 の 注
﹂ を 参 照 さ れ た い︒ 廣 濱 は
︑﹁ 並 列 的
﹂ に 対 して
︑ 自 ら の 三重 構 造 論を
﹁ 重層 的
﹂や
﹁ 立 體的
﹂ とし て いる が
︑﹁ 重 層 的
﹂な ら まだ し も
︑三 次 元 的 な 意 味 で の
﹁ 立 體 的﹂ に 表 さ れ て い ると は 見 えな い
︒強 い て言 え ば
︑﹁ 並 列 的﹂ に 対す る
﹁上 下 複 層的
﹂ とい っ た表 現 が 当て は まる
︒
︵
︶ 注 参 照︵ 廣 濱﹁ 法 を 對象 と する 學 問﹂ 前 掲
︵注
︶二 三 頁︶
︒ 教 育サ イ ドの 業 績 で も
︑こ の 揺 籃 期 に お け る 規 範 の 三 種 類 論︵ お よ び それ ら の唇 歯 輔車 関 係
︶が 説 か れて い る︒ 参 照
︑廣 濱﹁ 敎育 法 の輪 郭
︱
︱そ の 一︑ 敎 育組 織 法
﹂︵ 未 完
︶﹂ 前 掲︵ 注
︶ 一− 四頁
︒ 廣濱 は さ ら に 進 ん で
︑ 教 育組 織 法
・ 教 育 行 為 法・ 教 育 裁 決 法 の 三 つ に 区 別 し て い る が︑ 同 論 文 お よ び そ の 続 編の 論 文 では
︑ 教育 組 織法 の み を扱 う に止 め てい る
︒ なお
︑ 揺籃 期 から 確 立 期の 間 に書 か れた
︑ 廣 濱﹁ 法 の 當 然效
・ 遡及 效
・ 追及 效
﹂ 前掲
︵ 注
︶ 四頁 で は
︑確 立 期の
﹁ 法を 對 象 とす る 學問
﹂ につ き
︑﹁ 法 の 體 系 の 三 重 構 造
﹂ を 詳 し く説 明 し た
︑ と し てい る
︒﹁ 法 を 對 象と す る學 問
﹂論 文で は﹁ 三 重 構造
﹂と する 記 述 が無 い こと に 鑑み れ ば
︑前 者 の論 文 にお け る かか る 記述 は
︑ 揺籃 期 か ら確 立 期に お ける 自 身 の見 解 の展 開 と見 る こ とが 妥 当で あ ると 思 案 する
︒
︵
︶ 廣濱
﹁ 法を 對 象と す る 學問
﹂ 前掲
︵ 注
︶ 一 二頁
︒ 組織 規 範が 制 度 と同 意 義と さ れる の は
︑同 一 四頁 で ある
︒
︵
︶ 参照
︑ 廣濱
﹃ 法理 學
﹄ 前掲
︵ 注
︶ 一六 頁
︑ 同﹁ 現 代法 理 學の 基 本 問題
﹂ 前掲
︵ 注
︶ 二
〇八−
二〇 九 頁︒
松山 大 学論 集 第二 十 八巻
第一 号
九〇
︵
︶ 参照
︑ 廣濱
﹃ 法理 學
﹄ 前掲
︵ 注
︶ 一八 頁
︑ 同﹁ 現 代法 理 學の 基 本 問題
﹂ 前掲
︵ 注
︶ 二
〇九 頁
︒
︵
︶ 参照
︑ 廣濱
﹃ 法理 學
﹄ 前掲
︵ 注
︶ 二〇 頁
︵ 同所 で は組 織 規範 が 裁 決規 範 の 派 生 根 拠で あ る 旨 も 説 か れ る
︶︑ 同﹁ 現 代 法 理 學の 基 本 問題
﹂ 前掲
︵ 注
︶ 二 一一 頁
︒
︵
︶ この 点 につ き
︑後 述 す る尾 高
︵後 掲
︵注
︶ 二八 頁 注 が
︑廣 濱 の 三重 構 造 に つ き︑
﹇ 本 稿 が 言 う 確 立 期 の﹈ 廣 濱 が 強 制 規 範と い わ ず﹁ 裁 決規 範
﹂の 語 を 用 い て い る こ と
︑そ し て
﹁ 行 爲 規 範 も裁 決 規 範 も 組 織 規 範 の 裁 可 に よ つ て の み そ れ ぞ れ 法 と して の 存 立を 完 うし 得 る︑ と い ふ意 味 で︑ 組 織規 範 を 規範 序 列上 の 最! 上! 位! に 置か れ る﹂ と 述 べて い る こと を 付言 し てお く︵ 傍 点 は服 部 によ る
︶︒ な お
︑廣 濱 に お け る 行 為 規 範 と 整 序 規 範 と の 高 低 の 関 係 は︑
︵ 今 日 の 意 味 に お け る︶ 法 理 論 的 に は 不 明 だ が︑ お そ らく 同 位 で あ ろ う
︒ た だ︑ そ れ ぞ れ の
︵社 会 的
︶ 意 義 と い う 点 につ い て は
︑ 少 な く と も 戦 時 展 開 期に お い て は
︑ 行 為規 範 の ほう が 重要 視 され て い る︒
︵
︶ 参照
︑ 廣濱
﹁ 現代 法 理 學の 基 本問 題
﹂前 掲
︵ 注
︶ 二〇 八 頁︵ 直 接 引用 部 分︶
・ 二 一三 頁
︒
︵
︶ 難問 の 一 つ が
︑ 国 体︵ 論
︶ のい わ ば
﹁ 自 然 法﹂ 的 性 格 で あ る
︒こ の
﹁ 天 壌 無 窮﹂ と い う 表 現 は
︑い か に も 自 然 法 を 感 じ さ せる と こ ろで は ある が
︑廣 濱 自 身は 自 然法 学 を斥 け て いる
︵ 本稿
︵ 一
︶一 六 六− 一 六 七頁
︶︒ 関 連 す る 概 念 は︑ 廣 濱 が 終 戦 に 近 づ く に あ た り 引 き 合い に 出 す
﹁ 神 人 合 一﹂ で あ る
︒参 照
︑ 廣 濱﹃ 國 民 組 織 と 氏 子 制 度
﹄前 掲
︵ 注
︶ 一 四 一− 一 四 三 頁
︒ 本 稿で は
︑廣 濱 以外 の 人 物に つ い ての 検 討 を 断 念 し て い る が
︑ 天 壌 無窮 や 神 人 合 一 に つ い て 立 ち 入 っ て 考 察 を 加 え て い る 同 時代 の 仕 事を 一 瞥す る と︑ 例 え ば正 木 慶秀
﹁ 日本 國 體論
﹂孫 田 秀 春 責 任 編 輯﹃ 日 本 國 家 科 學 体 系 第 三 巻︵ 國 家 學 及 政 治 學 一
︶﹄
︵ 實 業 之 日本 社
︑ 一 九 四 二 年︶ 一− 一 三 七頁
︑ 例 え ば 五− 一 三 頁
・ 一 四− 一 九 頁 は
︑﹇ 西 洋 的 な
﹈自 然 法 的 見 解 を 斥 け る 一 方 で︑ 立 国 法を
﹁ 眞に 永 遠な る 法
﹂︵ 同 一 九頁
︶ と呼 ん でお り
︑ 各論 者 の諸 概 念に つ い て︑ 慎 重に 見 極め る 必 要が あ る︒
︵
︶ 参照
︑ 上柳
・ 前掲
︵ 注
︶ 五 七頁
︒ 引用 文 中 の﹁ 理 念論 的 法効 力 論
﹂ につ い て は
︑ 尾 高 朝 雄﹃ 改 訂 法 哲 学 概 論
﹄︵ 學 生 社
︑ 一九 五 三 年︶ 二 五七 頁 が︑ 注
︵於:
五八 頁
︶ で引 か れて い る︒ 本 稿 で い う﹁ 法 理 念
﹂に つ い て は
︑ 加 藤 新 平﹃ 法 哲 学 概 論
﹄
︵ 有斐 閣
︑一 九 七 六年
︶ 四三 二 頁 に お け る 定 義
・説 明 を 若 干 整 理 し
︑︽ 各 法 制 度 に 課 さ れ て い る 特 殊 の 諸 目 的 を 統 括 す る 究 極 的な 目 的 原理
︾ と い っ た 意 味 合 い で 理 解 し てい る
︒ 尤 も
︑加 藤 の 同 所 で の 法 の 理 念 の 直 接 的 な 定 義 は︑ こ の
︽
︾ 内 の 前 の
﹁ 法の 正 不正 や 合理 性 を 判断 す る究 極 の規 準 と なり
︑ その 形 成・ 実 現 つま り 法的 実 践 の 指 導 原 理 と な る も の﹂ と い う も の で あ る︒
︵
︶ 参照
︑ 末川 博 創始
・ 杉 村敏 正
・天 野 和夫 編 集 代表
﹃ 新法 学 辞典
﹄︵ 日本 評 論社
︑ 一 九九 一 年︶ 一 八一 頁
︒
︵
︶ 参照
︑ 廣 濱
﹃御 民 吾 と 日 本 の 傳 統
﹄前 掲
︵ 注
︶ 一 二− 一 七 頁
︑ 直 接 引用 は 同 一 六 頁 か ら の も の で あ る
︵圏 点 は 原 文 に よ 廣濱 嘉 雄の 法 理 学に 関 する 一 考察
︱
︱ 三重 構 造論 と その 展 開 を中 心 に︱
︱︵ 四・ 完
︶
九一
る
︶︒ 直 接引 用 部 分と ほ とん ど 同旨 の こ とが
︑ 同﹃ 國 民組 織 と 氏子 制 度
﹄ 前 掲︵ 注
︶ 四 一− 四 二 頁 に お い て 説 か れ て い る
︒ 同一 一 頁 では
︑ 神社 崇 敬と 信 教 の自 由 との 関 係に つ い て祭 政 教一 致 につ き
︑ 次の よ う に あ る:
﹁ 上 御 一 人 の 詔 勅 が 國 民 道 德 の 垂訓 で あ ると 拝 して を りま す
︒ 詮 り政 治 的 に 出 さ れ た と こ ろ の 詔 勅 は
︑そ れ が そ の ま ヽ 國 民 道 德 と し て わ れ わ れ が こ れ に 随 順し
︑ ま た遵 行 して 行 くべ き と ころ の 聖訓 と 拝せ ら れ るか ら であ り ます
﹂︒
︵
︶ 参照
︑ 廣 濱
﹃國 民 組 織 と 氏 子 制 度
﹄前 掲
︵ 注
︶ 四 二 頁
︒同
﹃ 御 民 吾 と 日 本 の 傳 統
﹄ 前 掲
︵注
︶一 七 頁
︵以 下
︶ で も
︑ ほぼ 同 旨 のこ と が述 べ られ
︑ ま た忠 孝 一本 の うち
︑ ま ず忠 に
︑次 に 孝に ス ポ ット が 当て ら れて い る
︒
︵
︶ 教育 勅 語の こ の一 節 に つい て は︑ 一 例と し て 参照
︑ 山住 正 己﹃ 教 育 勅 語﹄
︵ 朝 日 新 聞 社
︑一 九 八
〇 年
︶ 一 八 三 頁以 下
︑ 井 上 毅に 関 し てで は ある が
︑八 木 公 生﹃ 天 皇と 日 本の 近 代
︵下
︶﹁ 教育 勅 語﹂ の 思 想﹄
︵ 講談 社
︑ 二〇
〇 一年
︶ 一 九 六− 二 二 九 頁
︒ 廣 濱は
︑ これ に 続く
﹁ 以 テ 天 壌 無 窮 ノ 皇 運ヲ 扶 翼 ス ヘ シ
﹂ と い う 一 節 も 引 くが
︑ こ の 一 節 自 体 の 意 味 内 容 に つい て は
︑ 自 ら の観 点 か らの 解 説を 加 えて い な いた め
︑割 愛 する
︒
︵
︶ 参照
︑ 廣 濱
﹁法 律 に 對 す る 道 德 の 優 位
﹂前 掲
︵ 注
︶ 例 え ば 一 九− 二
〇 頁
︒同 論 文 の 表 題
・ 内 容 と も︑ 法 学 に 関 す る が
︑ 同論 文 は 教育 に 関す る 雑誌
︵ 道 德敎 育
︶に 掲 載さ れ て おり
︑ 高等 小 学読 本 に おけ る 説明 を 叩き 台 に して い る︒
︵
︶ 参照
︑ 廣 濱﹁ 國 民 道 德 内 容 と し て の 遵 法
﹂前 掲
︵ 注
︶ 三 三 頁︵ 国 民 道 徳 の 実 践 の 件
︑引 き 続 い て こ の 一 節 の 起 草 過 程 に つい て 述 べ ら れ て い る︶
・ 三 四− 三 五 頁
︵ 社 会 生 活 上の 義 務 の 件
︶︒ 後 者 で は︑ そ れ 以 前 の 論 文 で あ る 同﹁ 公 民 生 活 に お け る 日本 精 神 の實 踐 形態
﹂ 前掲
︵ 注
︶ 一
〇七−
一
〇八 頁 を引 用 して い る
︒廣 濱 に よ る と︑ こ の 遵 法 義 務 の 徹 底 に よ り︑
﹇ 大 日 本 帝国
﹈ 憲 法上 の 二大 義 務で あ る 兵役 と 納税 の 義務 も 根 拠を 得 て︑ さ らに
︑ 参 政権 に つ い て も
︑﹁ 權 利 と 呼 ば れ て ゐ て も そ の 實 は義 務 た る性 質 を有 す る﹂ とし て
︑ この 参 政権 の 敢然 た る 履行 も 庶幾 せ られ 得 る
︑と し てい る
︒同
﹁公 民 科敎 材 と して の﹃ 我 が 國 體 と 政 體﹄
﹂ 前 掲︵ 注
︶一 二 五 七− 一 二 五 八 頁も 同
﹁ 公 民 生 活 に お け る 日 本 精 神の 實 踐 形 態
﹂ を 引 き︑
﹁ 遵 法 の 精 神 の 涵養 は
︑ 公民 敎 育の 一 大眼 目 で ある
﹂ と説 い てい る
︵ 同論 文 一二 五 八頁
︶︒
︵
︶ 参照
︑ 廣 濱
﹃法 理 學
﹄ 前 掲︵ 注
︶ 一 七− 一 九 頁
︒ あ る い は︑ 基 本 的 に
︑文 字 通 り 遵 法 の 問 題 と し て
︑こ の 一 節 が 捉 え ら れて い る と見 て 差し 支 えな い か もし れ ない
︒ 教育 サ イ ドで 関 連す る 記述 の 例 と し て
︑ 参照
︑ 同
﹃青 年 を 對 象 と す る 公 民 敎 育
﹄ 前掲
︵ 注
︶ 一 二一 頁 以下
︒
︵
︶ 参照
︑ 廣 濱
﹁日 本 法 學 へ の 一 石
﹂前 掲
︵ 注
︶ 二 二 五 頁
︑同
﹁ 現 代 法 理 學 の 基 本 問 題
﹂前 掲︵ 注
︶ 二 一 四 頁︑ 同
﹁ 國 民 徴用 の 問 題︵ 上
︶﹂ 前 掲
︵注
︶八 二 一− 八 二 二頁
︒
︵
︶ 廣濱
﹁ 法及 び 法學 と そ の敎 育
﹂前 掲
︵注
︶ 二五
〇 頁︒
松山 大 学論 集 第二 十 八巻
第一 号
九二