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  <第1節>(個室=「仕切り系」 )飲食空間   <第2節>  反仕切り系飲食空間/SHUNKAN

<第4節>  空間をデザインする者

<第5節>  次世代空間デザインダイニング

       

はじめに はじめに はじめに はじめに

人間が生きていく上で最も大事な要素。それは、「衣」、「食」、「住」である。たとえまる で半分ヌードのようなへそ出しルックが流行っても、私達がなにも衣を身につけず生活す るような時代はこないし、よいスタイルを保つためだと言って減食し、スポーツジムに通 ったとしても何も食べ物を口にしない日はないだろう。残業で何日も会社に泊まり込むお 父さんも家出を繰り返す少年もいつかは自分の家に帰る。

その中でも多くの人にとって一番の関心事が「食」であると思われる。私達は味覚という 感覚を使ってよりおいしいものを口にしたいと思う。それぞれの家庭の一ヶ月の食費をエ ンゲル係数とし、その係数はその家庭の生活水準を表せるほど「食」は私達の生活の一部で あり、基本である。

江戸時代、荷車をひいてやってきて茹で上がった蕎麦に出汁をかけたものを商品とする 商売が誕生した。それが「飲食店」の始まりである。やがて荷車はのれんを持つれっきとし た店となり、蕎麦だけでなくお酒や天ぷらを出すようになりさまざまな形態のお店ができ た。そしてしだいに店舗数は増え飲食店は巨大な産業となっていった。今、TVや雑誌で「外 食業界が熱い!」などと騒がれているが決してそれは今に始まったことではない。マクドナ ルドが初めてできた時も、デリが初めてできた時も外食産業は熱かった。新しいデパート ができると、そこにどんな飲食店が入るかはいつも注目の的であった。

飲店舗数の推移をみると、1981年→794758店、1991年→842809店、

2001年→794890店と年々店舗数が増えているわけではなく、むしろ減っている のである。特に今、過去最高の店舗数があるわけではない。ではなぜ私達が外食産業に注 目したのか・・・?外食産業にはその時代の状況とニーズに応じたブームというものがあ る。それが今おもしろいからなのである。つい最近までひたすら昇り上しだったファース トフードは今苦しい局面をむかえ、今まで古臭いと敬遠されていた焼酎がブームとなり、

おしゃれなダイニングバーで出される飲み物となった。お客様は味だけでは満足せず、お 店の雰囲気や内装にまでこだわるようになった。かと思いきや、一杯の牛丼は390円で なければならず、そこには味や品質のこだわりさえ求めない。そんなまるでばらばらな消 費者のニーズ、今のブームにそれぞれの飲食店はどのような経営方針で消費者の心を掴も うとしているのか?どのような経営戦略でライバル店に立ち向かっているのか?そしてそ れを踏まえて今後外食産業がどのような方向へ進みどのようなブームを巻き起こすのか、

分析してみたいと思う。

外食はある時は、家族が集まる温かいひと時であり、ある時は、人と人との出会いの場 を作り出す糸となる。

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第 第1 1 1 1章 章 章 章                外食産業 外食産業 外食産業の 外食産業 の の始 の 始 始まり 始 まり まり まり                                川上優子      

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外食産業 外食産業 外食産業

外食産業の の の の始 始 始 始まりと まりと まりと拡大 まりと 拡大 拡大  拡大     

現在では株式を上場している多くの外食企業が第一店を開店し、多店舗展開を開始し、

会社を成立したのは昭和 40 年代であった。  48〜49 年の景気後退期にはほとんど停滞する など景気変動の影響を受けながらも、昭和 40 年代の外食市場は急速に拡大していった。 

昭和 50 年代前半の外食産業もある時期を(52 年の比較的短い景気後退期)を除き順調に 拡大していった。 

しかし、昭和 55〜58 年初頭の戦後もっとも長期的にわたって継続したといわれる景気後 退期を契機に日本の経済状況が安定、成熟したことを反映して 58〜60 年の外食産業は縮小 した。その後景気上昇期、好況期にあっても 50 年代前半の 2 分の 1 の程度の拡大にとどま り、平成 3 年4月のあの「バブル崩壊」を機に平成 4,5 年には 2 年続けて縮小した。 

 

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「茶屋」は南北朝・室町時代に登場し始めた。そして、安土桃山時代になると食生活は1 日2食から3食になり、弁当のようなものも作られるようになった。その後、やっと外食 らしき飯屋が誕生したのは江戸時代の初めである。茶屋が食堂のような形態になり、それ 以降城下町などにそば屋、料亭、居酒屋などが増えていったようである。ニュートーキョ ーや日本食堂(現在日本レストランエンタプライズ)といった外食チェーンは昭和の初期 からあったが、外食という食文化が勢いづいたのは東京オリンピックが開催された196 4年頃からである。

外食産業は1970年代から広がっていった。「すかいらーく」「ロイヤル」「デニーズ」が 三つ合わせて「ファミリーレストランの御三家」と呼ばれ、力をつけていった。日本のフ ァミリーレストランの歴史は、1970年にオープンしたすかいらーくから始まる。当時 すかいらーくは「ファミリーでも安心してご利用いただけるレストラン」をキャッチコピ ーとし売りにした。そこから、マスコミがファミリーレストランという言葉を造語したと いわれている。

  すかいらーくの1号店が東京の郊外に開店された。というのも当時のファミリーレスト ランはまさに郊外をターゲットにしていたのである。デニーズ1号店も横浜市の郊外であ る港南区で74年に開業したし、その後、すかいらーくが70年代に出店した149店の うち144店は多摩、神奈川、埼玉 、千葉にある。デニーズも同様である。

これらから分かるように、ほとんどすべてが東京の郊外だった。これに追随するような 形で、色んな企業がファミリーレストランに参入して、外食が画期的で有望な産業として 注目され、大きな市場を形成していくことになった。

 

ライフスタイル ライフスタイル ライフスタイル

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70年代の郊外はマイホームを求める夫婦、ニューファミリーと呼ばれる世代が新しい ライフスタイルを形成しはじめた。所得の伸び、自家用車の普及、女性の社会進出、核家 族の増大などにより急成長を遂げていった。彼らは新しい刺激やおしゃれなことを好み、

日曜日に家族揃ってファミリーレストランに行って食事をすることを楽しむようになった。

そのことは当時の人々にとって明るい中流家族の象徴でもあった。

  80年代に入ると、すかいらーくは大人が楽しむレストランとしてイエスタデイという 新業態を開発し、カジュアルレストランと名付けた。当時は若者のデートコースの一つで あった。

  しかし90年代に入って、ファミリーレストランの経営は苦しくなった。バブルの崩壊 による景気の低迷等による消費の低迷の影響が大きかったといえる。また家族そろっての 食事というものが減り、単身者の利用が増えていった。晩婚・非婚化によって子供のいる 家族が減っているのも原因のひとつである。家庭の食事も、個人の好みが多様化や生活時 間の違いなどで、一人一人が異なる時間に異なる物を食べるようになっている。いつでも 手軽に購入できるコンビニのおにぎりや弁当を家族の食事に利用することも増えてきてい るのも現状である。

  料理や店の雰囲気や内装も、昔人々に魅力的に感じられたアメリカ的であるというだけ ではまったく効果がない。和食、寿司、うどん、ステーキ、イタリア料理など、ファミリ ーレストランは多様化を続け、専門店化している。

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外食産業における における における における多店舗化 多店舗化 多店舗化・ 多店舗化 ・ ・ ・チェーン チェーン チェーン チェーン組織化 組織化 組織化 組織化      

 

  チェーンとは、多数の店舗を束ねて統一的なオペレーションシステムで経営しようとい うものだ。多数の店舗が同じ店舗の名称(ブランド)を掲げて、消費者に対して同一水準 の料理、同一水準のサービスを同一水準の価格帯で提供することが、チェーン店のチェー ンの本質である。

  小売業、サービス業と同様に飲食店の場合も、その市場は顧客と店舗の間の空間的時間 距離が「決定的」な意味を持つ市場であり、「運賃、時間を含めての運賃費の存在が市場範

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