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究極目的にそれによって到達する(逸れる)もの ( II 部の残り)

一般的に I-II

個別的に II-II)

『神学大全』第 2-1 部の構成

(I)人間の行為それ自体について

(1)人間に固有の行為(意志的なことがらvoluntarium) (qq.6-21)

(2)動物と共有する行為(情念passiones) (qq.22-48)

(II)人間の行為の原理について

(1)内在的原理

(A)習慣一般(habitus) (qq.49-54)

(B)善き習慣

a)徳(virtus qq.55-67

b)聖霊の賜物 (q.68)

c)さまざまな至福 (q.69)

d)聖霊の享受 (q.70)

(C)悪しき習慣=悪徳(vitium)と罪(peccatum) (qq.71-89)

(2)外在的原理

(A)法(lex)

a)法一般について (qq.90-92)

b)永遠法(lex aeterna) (q.93) c)自然法(lex naturalis) (q.94) d)人間の(人定)法(lex humana qq.96-97

e)旧法 qq.98-105

f)新法(福音の法) (qq.106-108)

(B)恩寵(gratia) (qq.109-114)

『神学大全』第 2-1 部 第 1 問 – 第 5 問 細目次

1問:人間の究極目的について

(a.1) 目的のために行為するということは人間に適合するか

(a.2) 目的のために行為すると言うことは理性的本性に固有なことであるか

(a.3) 人間の行為の種類は目的から得られるのか

(a.4) 人間の生には何らかの究極目的があるのか

(a.5) 一人の人間に複数の目的があり得るのか

(a.6) 人間は自分が意志していることのすべてを究極目的のために意志しているのか

(a.7) 万人に一つの究極目的があるのか

(a.8) その[人間の]究極目的において他の被造物も合致するのか

2問:人間の至福は何に存するのか

(a.1) 人間の至福は金銭に存するのか

(a.2) 人間の至福は名誉(honor)に存するのか

(a.3) 人間の至福は栄誉あるいは栄光(fama seu gloria)に存するのか

(a.4) 人間の至福は権力に存するのか

(a.5) 人間の至福は何らかの身体的善さに存するのか

(a.6) 人間の至福は快楽に存するのか

(a.7) 人間の至福は魂の何らかの善さに存するのか

(a.8) 人間の至福は何らかの被造的善さに存するのか

3問:至福とは何か

(a.1) 至福とは何か非被造のものであるか

(a.2) 至福ははたらき(operatio)であるか

(a.3) 至福は感覚的部分のはたらきであるのか、それとも知性的部分だけのはたらきであるのか

(a.4) もし至福が知性的部分に属するとすると、知性のはたらきであるのか、それとも意志のはたらきである

のか

(a.5) 至福は観想的知性のはたらきであるのか、それとも実践的知性のはたらきであるのか

(a.6) 至福は観想的諸学の考察に存するのか

(a.7) 至福は分離実体すなわち天使を認識することに存するのか

(a.8) 人間の至福は神の本質の直視(visio)に存するのか

4問:至福のために必要とされることがらについて

(a.1) 至福には喜び(delectatio)が必要とされるか

(a.2) 至福においてより主要なのは喜びよりも直視であるか

(a.3) 至福には把捉(comprehensio)が必要であるか (a.4) 至福には意志の正しさ(rectitudo)が必要であるか

(a.5) 人間の至福には身体が必要であるか

(a.6) 至福には身体の何らかの完全性が必要であるか

(a.7) 至福には何らかの外的善が必要であるか

(a.8) 至福には友人の交わり(societas)が必要であるか

5問:至福の獲得について

(a.1) 人間は至福を得ることができるのか

(a.2) 或る人間が別の人間よりもより至福であることができるか

(a.3) この世で至福であり得る人はいるのか

(a.4) 所有されている至福を手放すことはできるのか

(a.5) 人間は自分の自然本性によって至福を獲得することができるのか

(a.6) 人間は何らかの上位の被造物の作用を通じて至福を得るのか

(a.7) 人間が神から至福を得るためには何らかの善き業が必要とされるのか

(a.8) すべての人間は至福を欲しているのか

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