• 検索結果がありません。

第二章 : 「積極的」一般予防論

第二節 : 積極的一般予防論の萌芽

第一款

:

積極的一般予防論の萌芽

ところで,積極的一般予防論は,その萌芽ともいえる見解が19世紀には 登場していた174)。例えば,ヴェルカーは,刑罰の清算ないしは回復理論 を展開している175)。ヴェルカーによれば,犯罪は,法と国家に関する

「尊敬と神聖性」を弱体化し,「同様に人間の感性に法の侵害を促す」こと によって「幾つかの知的損害 (intellectuellen Schaden)」 を惹き起こすも のであり176),この知的損害177)は刑罰を通じて止揚されなければならない とされた178)

そして,刑罰目的として,「 1 .犯罪者の道徳的改善, 2 .犯罪者の政 治的改善, 3 .犯罪者に対しての同胞からの尊重と信頼の回復, 4 .市民 全般における法的な意思の風潮 (Willensstimmung) の回復と,市民の道 徳的および政治的な法の尊重の回復, 5 .被害者の名誉と尊重の回復,

6 .被害者の法的な意思の風潮の回復,そして, 7 .全く有害な構成員か ら国家を清めること (Reinigung)」 を挙げている179)

174) 詳 細 は,Johannes Nagler, Die Strafe. Eine juristisch-kriminalistische Untersuchung, 1918, S. 397 ff. も参照されたい。

175) Karl Theodor Welcker, Die letzten Gründe von Recht, Staat und Strafe, 1813, S. 252 f. な お,このヴェルカーの理論については,第三章でも取り扱う。

176) Welcker, a.a.O. (Fn. 175), S. 252 f.

177) この知的損害については,Heinz Müller-Dietz, Vom intellektuellen Verbrechensschaden, GA 1983, S. 481, 485 を参照。

178) Welcker, a.a.O. (Fn. 175), S. 257.

179) Welcker, a.a.O. (Fn. 175), S. 265 f.

もちろん,ヴェルカーは以上の刑罰目的を並べただけに過ぎず,その相 互の関係について十分に掘り下げてはいなかった。しかし,犯罪を物質的 な損害ではなく,非物質的な損害で(も)あると理解することによって,

刑罰を通じた法の尊重の回復や,法的な意思の風潮の回復といった,消極 的一般予防論とも特別予防論とも異なる視点が出てきていたのである180)

また,フォン・バールも類似の見解として,道徳的誤謬性(キリスト教 的罰 (Reprobation)) の理論を主張する181)。フォン・バールによれば,

刑罰は処罰に値する行為の公的な誤謬性を表明することに資するものであ る182)。誤謬性に存在する刑罰の表明的な要素は,法にとって能動的な契 機が欠けるが故に,法秩序から生じるのではなく,むしろ,道徳に因るも のであるという183)。しかし,法は社会における道徳に他ならず184),道徳 的に中立な諸規則であっても,それらが法的明確性と個々人の自由領域を 創出することによって,社会における道徳となる185)。そこから,法は,

その誤謬が生じた場合には,社会において明確な形での外形化を必要と し,この社会的な誤謬性が有罪判決の表明を必要とすることになるのであ る186)

他にも,リヒャルト・シュミットは,フォン・バールの理論を元にし て,「犯された不法の道徳的誤謬性を公的な形にすること」によって市民

180) この点で,既に,カントやヘーゲルの犯罪概念および刑罰概念に,法秩序の回復や,法 の回復という視点が現れていたが,これらの見解とヴェルカーの理論との関係について も,第三章にて分析を行う。

181) Carl Ludwig von Bar, Geschichte des deutschen Strafrechts und der Strafrechtstheorien.

1. Band des Handbuchs des deutschen Strafrechts, 1882, S. 311 ff.

182) von Bar, a.a.O. (Fn. 181), S. 313 ff.

183) von Bar, a.a.O. (Fn. 181), S. 312. 道徳の侵害は,道徳的感情の侵害の度合いが強ければ強 いほど,より激しい形でいわばその誤謬性の表明を求めるリアクションを引き起こすこと になる (von Bar, a.a.O.(Fn. 181), S. 315 f. )。

184) von Bar, a.a.O. (Fn. 181), S. 312.

185) von Bar, a.a.O. (Fn. 181), S. 312.

186) von Bar, a.a.O. (Fn. 181), S. 323.

への作用を刑罰に認めており187),ラインハルト・フランクは,ヴェル カーの回復理論と結びつけて犯罪を知的損害とし,犯罪を通じた「法的権 威の動揺」が中心的意味を占めるとしていたのである188)

第二款

:

刑法による国民教育的発想

20世紀以降は,例えば,ヘルムート・マイヤーやヴェルツェルの見解に 現れていた。H・マイヤーによれば,「刑罰は,本質的に,社会倫理的な 基本姿勢(Grundhaltung)の形成に関与し,同じく禁止される所為をタ ブーとする」ものであって,威嚇の効果は,決定的な「刑罰の道徳を構想 する力(道徳形成力)(sittenbilde Krafe der Strafe)」 の背後に隠れること になると述べていた189)

他方で,ヴェルツェルによれば,「市民の社会倫理的判断を形成し,既 存の法に従う心情を強化するもの」とされている190)。「国民の法意識と規 範忠誠への刑法の…作用という積極的な効果」が重要なものとなり,刑法 は刑罰を通じて,「この積極的な行為の価値の…妥当」を示し,「市民の社 会倫理的な判断を形成し,その保たれた法への忠誠の心情を強化する」も のとなる191)。そこから,ヴェルツェルにとっては,刑罰の意味は,不法 の清算ではなく,むしろ法共同体の法的心情を維持 (Bewahrung) するこ とである。「刑法は法的心情価値からの現実の離反 (Abfall) を処罰するこ とによって,同じく,その行為価値に関係する法益を保護する」のであ る192)

この H・マイヤーやヴェルツェルの見解は,刑罰を通じて人々の道徳の

187) Richard Schmidt, Die Aufgaben der Strafrechtspflege, 1895, S. 50.

188) Reinhard Frank, Vom intellktuellen Verbrechensschaden, in : Heinrich Stoll (Hrsg.), Festschrift für Heck/Rümelin/Schmidt, 1931, S. 47, 53.

189) Mayer, a.a.O. (Fn. 31 (Strafrecht AT)), S. 21 ; 33.

190) Welzel, a.a.O. (Fn. 31), S. 3.

191) Welzel, a.a.O. (Fn. 31), S. 3.

192) Welzel, a.a.O. (Fn. 31), S. 3.

形成を促す効果を狙いとするものである。刑罰により道徳が形成される,

あるいは,社会倫理的は判断が形成されることを前提とするこれらの見解 は,刑罰によって何をすべきかを教え込む「柔らかな国民教育的 (milde volkspädagogisch)193)」 発想であることになる。この考え方によれば,規 範とは市民の中に自生するものではなく,刑罰による「啓蒙」によって教 育されるものであることになる194)。刑罰により教育されることによって,

人々において倫理的な判断が形作られ,それにしたがって行動するよう動 機づけられるのである。刑罰が社会倫理的判断を形成するので,それに よって何が犯罪であるのか,何が倫理的に善に反するものであるのかが決 定されることになり,人々が何をすべきで何をすべきでないかという規範 も決定づけられることになり,それに従って行動するよう動機づけていく ことになる。

そのため,バウルマンの分析概念を借りれば,この国民教育的発想は,

この刑罰を通じて学習をさせ,規範遵守への性向を得させようとする統合 予防論に近いものとなる。ここでは,刑法が人々の考えに影響を与えるこ とができるということを前提に,刑法ないし処罰の道徳形成力が狙われて いるのである。本稿では,バウルマンの分析枠組みにならって,積極的一 般予防論をそのアプローチの違いから,二つの基本類型に分けて検討する ことにする195)。一つ目が,先の刑法による社会教育的発想であり,二つ

193) Winfried Hassemer, Variationen der positiven Generalprävention, in : Bernd Schünemann/Andrew von Hirsch/Nils Jareborg (Hrsg.), Positive Generalprävention.

Kritische Analysen im deutsch-englischen Dialog. Uppsala Symposium 1996, 1998, S. 33.

194) 類似の見解は判例でも見られる。「正義の応報への要求は,国民の法意識において刑罰 の執行を公的関心とすることができる。犯行の不法形態や行為者の責任が極めて重大な ら,服役の中止は,判決と法秩序の維持への国民の信頼を揺さぶり,間接的に国家により 保護された価値が危殆化されるだろう。この場合刑の執行は,国家の自己主張の問題であ り,それとともに公共の保持,『公共の利益』である」(BGHSt 6, 125, 126 ff.)。

195) Baurmann, a. a. O. (Fn. 151), S. 364 ff. ; ders., Vorüberlegungen zu einer empirischen Theorie der positiven Generalprävention, in : Bernd Schünemann/Andrew von Hirsch/Nils Jareborg (Hrsg.), Positive Generalprävention. Kritische Analysen im deutsch-englischen →

目のアプローチが,人間やその心構えではなく,むしろ規範システムの維持 にその重点を置くものである。これは,現に在る制裁システムの,既に展開 されている規範の妥当を確証するという安定化力 (Stabilisierungskraft) に着目をする見解である。