な ら ば の の
中主
突っと
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,!,{犬神津H鎖設〉の複原と鑑賞 (43)
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七の二例は︑禁忌を薮つ
お¥∞土八もおし事なられ参程ならば︑
弘︑仏bf引・鬼神も降りドり
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︑ 林 一 な
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愛宕
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忽ち郡神となったる様子をも
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金巻
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の緒休み切﹂は
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小天指 を備えている︒
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‑164‑
るが故によって
44)
の身として︑こ(そ)
寸押さむ﹂は﹁押さぬ﹂で︑
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の
てはならないの義︒﹁愛宕
I ¥ 第46~J'(2010)
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弘前'手院大学文学部紀安
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﹁ 金
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111伏神様〈鏑務〉の{制点と鑑賞 (45
ふ せ や
︑ 主 人 公 の
﹁ 布 施 屋 の の 参 詣 を 断 っ て い る む こ れ で は
︑ こ ので反復・輪廻していることになるcこの反復・輪廻は︑
との構惣と川じで︑これはこれで極めて奥深い︒しかし︑
の 長 表 の . 人 娘 ) は
︑ 世 我 ろ う
︒
(鬼人)になった﹂とい
日付組こした過去の事件2
とになるのこれは能濃と歌樟佼の
ひとり姫﹂ひやの長者の︑
グ〉
ことにして︑移ほとならは︑
じ ん ま を う と き だ
神・魔王も︑飛び来る︑
れんレワ
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られて︑忽ち鬼神になられヘぎに
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‑162‑
46)
と質問している口以下は別主の発バであるり
の中に﹂であるの
; ま
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ぺきにて航︒
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の緒
に﹂
の中に﹂であるの﹁的て﹂は﹁よって﹂︑
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弘前学院大学さI~紀要
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﹂ 誌
﹁ 錨
ろう︒もし本文のとおりだとすると︑
で.以復・輪組していることになるo
aあるい
の義
︒
以上の即辻︑一一つ
仏法の守接持と異彩の者
奈の本文︑能鋸舛の側とそれ骨
文を
総合
して
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と︑
骨一
一
あ さ ま だ け
の守護神とは﹁浅間ケ城 の守護神と巽形
‑番楽の本文︑能舞の
仏法の守護神をいいえるのは太子洋側の
の﹁鬼神・鬼・ んとい︑っし︑抑し
て辻
グ〉
々﹂
は の金まき﹀と同様︑この寺
って
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の
1 6 1
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k叩.
の一一一つである︒これら能粧
﹂を合む)とそれ日
りである心それによると︑霊山から出現する仏法 山
・ の
﹁ 大 天 狗
"
で あ る の
系企
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rf丈神業〈銭巻〉の従長と費量賞
( 4
7)こ れ に 対 す る 異 形 の
・ 山 伏 神 楽
・
の出典の状況を表にすると︑次の﹁仏法m
仏法の守護神と異形の者の出典一覧 である(側・凶
‑邪
身・
蛇身
・
それ
は﹁
山地
神・
の出
典一
覧﹂
にな
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小段落出典
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神
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説
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‑160
蝦口
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﹁山
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・
(凶
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述)
︒
一九
八八
︑二
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間山
﹂ よ る と 州 と
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浅間山の麓に
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いう神名を冠され
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一九
八六
︑
日羅や天狗(太郎坊)によると︑京都の
り
︑ こ れ に 仕 え 山 上 に 住 ん で お 与
︑ の 毘 沙 門 天 は 魔 王 尊 と 呼 ば れ る 大 天 狗 僧 正 坊 だ と い う
︒
以上の霊山とそこから出現する守護神を列挙したのは︑この鐘巻寺での霊異事件にリアリティーを与える効果を持っていよう︒
あ づ ま だ け あ づ ま だ け
これに対して︑﹁束ケ︿の)獄﹂とする伝承
m m
軒の大児院・篠木・一足屋・黒森・中安本)は広いものの︑﹁東ケ(の)山獄﹂の所在が不詳で
あ づ ま だ け
ある
︒﹁
山伏
ι︹一九じっ一七六
7 6 1
一九
五
‑ H
︺伸一信仰対象の日本の山々﹂を見ても︑﹁東ケ︿の)ほんあるい辻それを思わせる霊山がない
あ さ ま あ き ま だ 山 あ づ ま だ け
こ う し て み る と
︑ 実 在 す る
﹁ 浅 間 ( 朝 熊 ) ケ 掛 い か に も ど こ か に あ り そ う な
﹁ 束 ケ
︿ の ) 掛
﹂ と し た
︑ と 考 え る べ き だ ろ う
︒ こ う し て み る と
︑
﹁ 錨 巻 守
﹂ る
︒
︿ 錨 巻
﹀ の 川 で だ と い い
︑ 側
︑
とアンヌ・マリ
鐘巻寺の所在こに想定されてい
(48) 第46号 (2010)
弘 前 学 院 大 学 文 学 部 紀 要
あ さ ま あ さ ま た け あ た ご や ま く ら ま や ま
ではこの寺の近くに﹁浅間(朝熊)ケ禄﹂︑﹁愛宕山・鞍馬山﹂があるので︑その所在は信州︑駿河︑中斐︑伊勢︑京都の山中ということになる︒そ
のあり方は︑同じく女人が異形の者になって鐘に巻き付く伝承を持ちながらも︑紀伊の困の平野(日高郡矢田村字鐘巻)に玄地する﹁道場土寸﹂とま
るで無縁である︒
二系統の仏法の守護神右のとおりだとすると︑能舞と山伏神楽で霊山から出現する仏法の守護神は︑
整理できる︒そして︑能舞の場合は
i
に限定され︑山伏神楽の場合は
i
︑H
の二つがありうる︒ニ系統の仏法の守護神
﹁二系統の仏法の守護神﹂
の表のように 伏神楽111
l目dEdp
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舞 曲.
11
愛宕
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支i
閉f
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問支?主ケ ケ 仏
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i
j訣5
j訣5
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i 2 f
朝官2f i
法‑大 ま ま
天
狗 ケ ケ
j訣(f:
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訣5
のの の
中八鬼神 神鬼 'if
狗
鬼 鬼 護
魔王 魔王
神 魔
神 魔神
二種類の﹁鬼神﹂右に登場する﹁鬼神﹂には仏法の守護神と異形の者の﹁鬼
神﹂があるので︑紛らわしい︒この両者が同一名であるのは︑仏法の守護神
の.卜す懲罰が守護神と同じ.面相にすることによろう︒悟れない女人が悟ろう
として仏法に近づこうとすると︑既に悟りを得た仏法の守護神がその者の面 相を奪い︑仏法の守護神と同じ而相を張り付けることは︑この上ないあざ笑 い・皮肉な行為である︒この鬼神の面相に変える懲罰は︑同時に仏罰を下し
た者の刻印・声明でもあったろう︒
同の要旨以上︑能舞と山伏神楽・番楽を総合した聞の要日は︑次のとおりだろう︒
‑159‑
①背︑女が参つてはならない寺に参って︑押してはならない鐘の緒を押したので︑
あ さ ま だ け あ さ ま だ け
③近くの
i﹁浅間ケ獄(朝熊ケ歳)の鬼神・鬼・魔王・魔神﹂︑あるいはいH﹁愛宕︑鞍馬の大天狗︑小天狗﹂が舞下り︑
③
a
鐘の音が休み︑③b
鐘の中に突き込められて︑忽ち異形の者(鬼神・鬼人・鬼・邪神・邪身・蛇神・蛇身・大蛇)になった︑と聞いている︒
④だから︑早くお戻りください︒
あ さ ま だ け あ さ ま だ け
ただし能舞に限ると︑②は
i
﹁浅間ケ歳(朝熊ケ﹄妹)の鬼神・鬼・魔王・魔神﹂に限定でき︑③bの異形の者は﹁鬼神・鬼﹂に限定できる︒刊の復原以上から︑能舞の闘はおよそ次のように復原できよう︒
任回
段落
③
a
② 近 ①昔鐘 くの の 女
i l
音も
r
支i
閉f
ま来人に休み ケ た
j訣日り
切り、さ2熊明宮まa参て、 三司
雪ケ
5
』 ぬら神が
の鬼き子円と守
んじひ
舞ひ御
7
し1
みり
卜 参
吹
押さ
ぬ と
日い
ひ
鐘し
の 章
緒をを
押し
た る
故
2
、
日JI 者発
ill1支持楽〈鐘巻〉の彼僚と鑑賞
( 4 9 )
こうしてみると︑の酬はかなり簡略化されている︒
この闘で︑奇でいわくあり気な﹁鐘巻寺﹂
ら れ ( 巻 き 込 め ら れ )
︑ 鬼 神 に つ 鐘 巻 寺
﹂ い う 一 の 別 言 で あ る
︒ し た が っ て
︑
﹁ 鐘 義 守
﹂ と
って︑と
れく さR
、均時
への仏罰か﹂の詣になる︒こ 錨巻帯の名称の由来錨の緒を持したので錨
は禁制を破った女人を鐘の
のような知る人ぞ知る恐るベ
て い る の す な わ ち
︑ 女 が こ の 女 人 禁 制 を 破 っ て
ことになるのこうしてみると︑﹁錨巻﹂と
嚇︺
のよ
うに
別当
は
でも︑なぜ女人禁制なの
﹂と
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ていることを表明しているむここ
は︑説明が不要あるいはしかし別当にしてみれば︑絶対的な事実と仏罰
ぃ︑
つこ
と
ていない
ぃ︑
つこ
とだ
ろ︑
つり
)性差別と法楽の歌舞
m ‑ e
女は︑女が悟れない存在になっている細部初からの性護射殺嘆き︑女に生まれて参詣できないことを悔や右︒
︿大光院揮子舞本の道場寺﹀の本文は︑次のように現訂
しE い か れ 叫 そ
︑如何なるものは︑成り初めて
やら で円 のφ
一 一 円 の
女といふものは知情なるものが成り初めて
側でかつてポ忌を破った女は
雲五障が培れないのか(出'
い註しているむしたがって︑ 能舞間によると︑川
︑女というものはどの いう絶対的な女人禁制を強調され︑
たために︑これほど日前の 問問で五つ・七つの
女性がこのら摺れない
であ
るこ
とを
︑
いて
いる
の
すな
わち
︑
いふもの
の
て﹂が適合していようり
(50
前の襲五障購れやらぬ ぺ仏身になれないことであるU
ここ
とも
いう
む﹁
霞﹂
るものの
であ
る口
﹁
は
のの警えである︒﹁前の
やらぬ﹂が文献に適合しているの
てい
る
k
れないというので︑娯教的差別への女の告発して宗教的
ジ ェ ン ダ
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入︑
だと
もい
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う︒
山伏
神楽
・番
楽の
よ本
文を
︑
おふ
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には何ちう者か︑なりつらめの~46 号
は︑正しくはいふものか︑なりつらむ﹂で︑女にはどの
いも
の
なり
つ
弘前学院大学文学部紀要
る者
の︑
ル生
まれ
きて
︑
帰るの組⁝念さより同じ御中を押がまず︑
︿切
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錨巻
道成
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鮫
(先)のよに︑さうきうのょに︑をな(女﹀ぢうものにわ︑なにぢうもの
い り を か も と く や
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て参
りて
︑拝
まで
一民
るの
悔し
さよ
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一定
雇本
の金
巻﹀
﹁をな(女)ぢうものにわ︑なにぢうものいふ者には何とい
iま
つら
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これよりと あさ
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つら
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