第1節 政治学における民主主義社会論
本章では、政治学の成果をふまえて、民主的な議論とはどのようなものなのかを明らにす る。そのために、本節では政治学における民主主義論について整理する。政治とは、「集合 的に拘束する正当な決定の作成」や「集合的意思決定」と定義され1)、次の三つの要素から 成立するものとされる2)。第一に、「集合的」なものである。つまり、当該決定が複数の人々 に関わるという意味である。第二に、「拘束する」ものである。当該決定に従うことを人々 は強いられるという意味である。第三に、「正統性」を有するものである。集合的決定が拘 束的であることも含めて、人々が納得して受け容れるものでなければならないという意味 である。
つまり、政治とは、複数の人々に関わる事柄について、集合的に決定していく営みであり、
決定されたことには拘束性と正統性を有するものであると捉えることができる。政治を行 う際には、複数の人々の共通の事柄に関する何らかの決定が必ず行われることになる。杉田 敦は、現代社会における政治的な決定について次のように述べている。
今の世の中の趨勢は、物事を早く決めたいという決断主義です。何を決めるかよりも、
決めること自体を自己目的化している面すらあるように思われます3)。
この杉田の論から、現代社会の政治は、何を決定するのかについて、十分な吟味や検証は 行われず、決定することそれ自体が目的となっていることがわかる。このように決定するこ とを目的として行われる政治の問題について、杉田は、次のように述べている。
権限を持つ誰かがさっさと決めるのではなく、みなで議論して決めるようなやり方は、
意味はないでしょうか。(中略)自分のやっていることが、未来に対してどんな影響を及 ぼすのかを、立ち止まって考えている余裕もない。その結果として、経済合理性だけを追 求し、目先の利益や便利さだけを求めていけば、私たちはとんでもない間違いをしてしま うかもしれません。(中略)時代の流れに乗って早く決めなければならない、政治ももっ とスピードアップするべきだという考えは、政治の否定につながります。政治の大きな存 在意義は、そうした流れに逆らうことにあるのではないかと思います4)。
この杉田の指摘から、現在の政治の特徴がわかる。つまり、現在の政治は、急いで決める
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ことが重視され、目先の利益を重視した決定が行われやすくなっているのである。このよう な決定することを目的化する政治が継続して行われるならば、一部の人の利益が重視され、
不公平な社会が形成される可能性が高まる。重要なのは、持続可能な社会の実現を目指して、
このような決定を重視する政治のあり様を問い直し、より望ましい政治の行うための方向 性を検討することである。そのためには、政治のあり方に大きな影響をもたらす民主主義論 について考察することが重要である。民主主義論の研究成果において、政治的な決定に関す るものに着目すると、「人々が直接決めるのか、それとも人々に選ばれた代表が決めるのか という決定の主体によって直接制と間接制に別れるだけでない。決定に至る決め方につい ても、さまざまなやり方が存在しうる」5)とされる。現在、政治の場で多く用いられる決定 の仕方は、投票であるが、投票によって物事を決定することについては、次のような限界が あることが指摘されている。それは、人々の意向を完全に政治に反映できない点である。例 えば、「ブレクジットのような賛成、反対のどちらかしか選べない住民投票では、多様な意 見を反映することはできない。」6)たとえ、「投票の際の選択肢を増やしたとしても、正確 な民意の反映が実現されるかといえば、これも限界がある。」7)というように、政治的な決 定に民意を反映することは、非常に難しい問題なのである。このような問題があるからこそ、
決定にいたるまでのプロセスを重視した政治を実施することが必要なのではないか。
多様な価値を持つ市民が、平和的に共存するためには、「共通の事柄」に関して、「各人が 自分の考えを述べ、また違った考えにも耳を傾け、議論・討論していくという営み」8)が、
民主政治を行ううえでは重要である。つまり、投票や多数決によって早急に決定すること、
それ自体を目的とする民主主義論を批判的に検討することが、価値多元化が進む現代社会 においては求められていると言える。では、集合的な決定を目的化しない民主主義論にはど のようなものがあるのか。この点について手がかりになるのは、以下の田村哲樹の論である。
市民社会レベルの民主主義においては、必ずしも意思決定を行う必要はない。むしろ、
重要なことは、国家における意思決定に先立ち、熟議民主主義を通じた「意見形成」を行 うことである。議会という意思決定の場に届けられるのは、市民たちの「生の世論」では なく、熟議によって洗練された意見なのである。市民社会レベルにおける熟議民主主義の 最大の意義は、この点に求められる9)。
このように田村が説明しているように、多数決や投票を通した決定を重視する集計型民 主主義に対抗すると考え方として、決定にいたるプロセスにおいて主張の根拠となる理由 を吟味し、一人一人の意見の形成を重視する熟議民主主義がある。昨今、熟議民主主義の考 え方は、数を重視した集計型民主主義の課題を克服するものとして注目されている。次節で は、熟議民主主義などの集計型民主主義とは異なる民主主義論について検討する。
31 第2節 現代の民主主義論(1)―熟議民主主義―
多数決でものごとを決定する集計型民主主義については、政治の「私化」、「生の世論」に 基づく政治の問題、現代社会の構造変容への対応という問題が指摘されている10)。本節で は、集計型民主主義論を批判する民主主義論である熟議民主主義について検討する。熟議民 主主義で重要とされているのは、以下の点である。
「ある意見を何人の人が賛成したか」ではなく、「その根拠をきちんと示すことができ るかどうか。その根拠が、聴く側にとっても説得力のあるものかどうか。誠実な対話とい う場合の「誠実さ」とは、人々に対してことさら聖人君子になることを求めるものではな く、意見の根拠をしっかり示しあう態度のことと言ってよい。」11)
この論に依れば、他者に意見を述べる際には、根拠を示すこと、その根拠が説得力を持つ ものになっているかどうかを検討することが熟議民主主義を実現するうえでは重要となる。
また、齋藤純一に拠れば、熟議デモクラシーは、「市民を平等な者として最も尊重するこ とができるように思われる」として、「「数の力」ではなく「理由の力」を重んじる点で、質 的に異なった意見や観点を、たとえそれがごく少数の者が示すにすぎないとしても、尊重す ることができる。」12)と述べている。
このことから、熟議民主主義の特徴を整理すると、以下のようにまとめることができよう。
①話し合いを中心とする民主主義のことであり、話し合いの過程で、各自が自らの意見を 問い直すことが重視される13)。
②話し合いの結果として、各自の意見が変容し、当初は異なる意見を持っていた人々の間 に合意(コンセンサス)が形成されることが期待される。
①に関して、前述したように現在の政治は、主に早急に決定することを目的化している傾 向にある。つまり、熟議民主主義では、そうではなく決定の過程の中で出てくる意見につい て吟味、検証することが目的となる。
②に関して、多数決ではなく多くの人々が納得できる結論をつくることを目指すことを 意味している。熟議としての話し合いの過程では、他者と共に理由の検討が行われ、価値観 を異にするあらゆる人に受け入れ可能と想定される意見へと自己の意見を再構成すること が重視される。熟議民主主義では、多くの人々が受け容れられるかどうかの基準が「理性」
である。多くの人々の納得を得られる理由として「理性」に基づいた意見をつくることが、
目指されるのである。少数者の意見を取り上げ、多様な意見を比較し、理由を検討したうえ で、意思決定や意見形成が行われることは、価値多元化が進行している現代社会の要請に応 えるものである。よって、熟議民主主義に、集計型民主主義の限界を乗り越える可能性を見