第五章 民主的な議論を取り入れた社会科単元開発(1)―主張の根拠の反省を 原理とする社会科授業―
第3節 制度・政策の決定に関する主張の根拠の反省を促す社会科授業(1)
―地理的分野小単元「より望ましい開発のあり方について考えよう」―
1.単元開発の視点
ここでは、制度・政策としての「開発」に着目し、「開発」をめぐる主張の反省を促す議 論をとり入れた社会科授業構成を明らかにする。昨今、世界各地で行われている「開発」に よって様々な問題が生じている。この「開発」をめぐる問題の解決を目指して、設定された のがミレニアム開発目標(以降MDGs)である7)。MDGsには、「極度の貧困と飢餓の撲滅」
や「環境の持続可能性の確保」、「開発のためのパートナーシップの構築」などの8つの目標 が明記されている。このMDGsの達成に寄与する人材を育成するためには、「開発」の問題 について考察し、より望ましい開発のあり方について思考・判断する力を育成することが重 要である。
このことからわかるように、「開発」とは、現在そして未来のグローバル社会を考える上 で非常に重要なキーワードである。「開発」は、一般的に経済成長と結び付けて解釈される ことが多い。しかし、「開発」の概念にも多様な面があり、多様な価値観や考え方を持った 人々が共に生活する社会を構築するためには、「開発」について批判的に捉えることが必要 である。そのためには、「開発」と名付けられている事象や出来事を、一般的に受け入れら れている解釈に沿って理解させるだけではなく、その意味を疑い、多様な価値観や少数者の 意見が尊重されているかどうか、一部の人のためではなく広く社会のためになっているか どうかを吟味する学習が必要ではなかろうか。
本節においては、このような「開発」の見方・考え方を成長させ、よりよい意見形成を保 障するための指導として「議論」に着目した8)。本研究で議論に着目する理由は、次の二点 である。第一に、見方・考え方の転換や成長は、教師による一方的な説明や説得によってな されるのではなく、異なる意見を持った生徒同士の対等な意見交換と、主張の根拠を比較し たり、批判したりすること、つまり「根拠の反省」が促されることによって行われると考え るからである。ただ議論させればよいというわけではなく、そこには適切な指導が必要であ り、適切な指導に基づく議論を通して転換・成長した見方・考え方は習得した後も長く活用 されるようになる9)。第二に、学校現場の授業において実施されている議論を、子どもの主 体性だけではなく、思考力・判断力の育成につながる深い学びの場として捉える必要がある と考えるからである10)。
以上のことから本研究では、制度・政策の決定としての「開発」という概念に着目し、「開 発」をめぐる主張の「根拠の反省」を促す議論を学習方法としてとり入れた社会科授業のあ り方を具体的な単元の開発を通して検討する。
65 2.教材選択の視点(1)「開発」に関する理論
山形辰史は「開発」を、「途上国の人々が入り用とする物質的な改善、社会の仕組みの変 更の試み」と定義し、途上国には「開発」は必要であると主張している11)。つまり、「開発」
は途上国の人々の生活改善のために必要であったり、場合によっては見直しが行われたり する行為であり、社会の仕組みそれ自体を変化させる影響力を持つ行為であると捉えるこ とができる。
次に、湯本浩之に拠れば、戦後の国際開発が依拠してきた理論や仮説を、A近代化論、B 従属論、C第三の開発論の三つに分類している12)。湯本の「開発」に関する理論をまとめ たものが、以下の表2である。
【表2】「開発」に関する理論
理論の名称 理論の概要
A.近代化論 自給自足的な「伝統的社会」であった日欧米諸国は、「過渡期」を経て
「離陸」し、「成熟期」を経て「高度大衆消費時代」に至るという経済 成長段階論。欧米主義を前提とする理論である。欧米が文明国のモデ ル=善、他の非文明国=遅れている=悪、非文明国は遅れており、それ は非文明国の政治や社会にある。
→社会の仕組み、構造を説明しうる理論
B.従属論 先進国と途上国の関係を、「中心・中枢」と「周辺・衛星」という構造 的な従属関係として捉え、世界は前者の工業化や経済成長のために、
後者を支配し収奪する「世界資本主義体制」にあるという理論。低開 発は資本主義によって創出され、発展する。
→社会の仕組み、構造を説明しうる理論 C.第三の開発
論(持続可能な 開発論)
近代化論によって推進されてきた経済成長優先の工業政策に対する 危機感から生まれた理論である。「将来世代がニーズを満たす能力を 損なうことなく、現在世代のニーズを満たす開発」を行っていく必要 があるとする。
→持続可能な社会のあり方を提示した理論
(著作作成)
AやBの「従属論」に依拠する「開発」論は、社会の仕組みや構造を説明するための理論 的な知識であると言える。この「開発」論に基づく理論的な知識は、中本和彦や青木典子の 開発した授業の到達目標として設定されている13)。両者が提案している社会科論は、「開 発」に伴う問題を引き起こす社会の仕組みや構造を説明する力の育成を目指している点に 特質がある。また、Cの理論に基づく社会科論は、持続可能な社会の形成のための合意の形 成や問題の解決のための活動への参加を重視している点に特質がある。これは従来の開発 教育や社会科における「合意形成」や「社会参加」を原理とする学習として位置づけること ができる14)。このような学習では、特に社会問題の背景にある価値に着目して学習が展開 される。
本研究では、上述したCの理論に依拠し、「開発」を持続可能な社会の形成のために何ら かの価値基準に基づいて行われる政策と捉えることにする。政策として行われる「開発」は、
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誰かの利害関係が反映されている行為であり、人々の社会的共存への関心を基礎にした倫 理的価値に基づいて行われる行為であると考えられる。この倫理的価値については、大杉昭 英が①功利主義②社会契約主義③自由至上主義④共同体主義という 4 つに分類し明らかに している15)。この大杉論の研究成果をふまえ、政策としての開発が行われている理由につ いて検討することで、「開発」の背景にある価値を捉え、自己の意見を形成することを目指 す授業モデルを開発する。
2.教材選択の視点(2)教育的意義
本単元において主な教材として取り上げたのが南アメリカ州において行われている「開 発」である。南アメリカ州の「開発」を取り上げるのは、次の点に留意して学習を行うこと で教育的意義があると考えたからである。
第一に、南アメリカ州で行われている「開発」は、誰の、何のために行われ、それによっ てどのような影響がもたらされているのかという点に着目させる11)ことで、学習者同士に よる意見形成を促し、議論をスムーズに行えるようにすることである。これによって、南ア メリカ州という地域の特色についての理解を深めつつ、持続可能な社会をつくるための開 発のあり方を考えさせる見通しを持たせることができる。開発した授業では、アマゾニア地 域の森林破壊を中心に取り上げ、この地域で行われている開発の内容を理解させ、開発が行 われている理由や問題の原因について考察させる。その上で、持続可能な開発のあり方につ いて探究することを学習の中心とした。
第二に、「開発」の背景にある価値を探究させる学習活動を行ったうえで、生徒自身に自 己が優先している価値の自覚化を促すことである。そのためには、まず「開発」をめぐって どのような立場の人が、どのような主張を述べているのか、その主張にはどのような考え方 が反映されているのかを理解させる。そして、その中でも自分自身が最も納得する主張を選 択させる。これによって、「開発」をめぐる価値の多様性に気付かせることができ、自分自 身が納得する主張にはどのような価値が反映されているのかを理解することができる。
以上のことから、南アメリカ州で行われている「開発」は、主張の根拠の反省を促す議論 を行うことができ、それによって生徒の知的成長を保障しうる点で教育的意義があると言 える。南アメリカ州の「開発」についての学習では、現状の「開発」についての理解をふま え、今後の社会に求められるより望ましい持続可能な開発について議論する活動が行われ る。このような学習を通して、より説得力のある意見を形成する力の育成を目指すことがで きると言える。
3.授業構成
ここでは、「開発」を中心教材として開発した授業の構成原理について説明する。表1は、