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本章では、本研究をどのようなデータセットを用いて、どのような方法論で行なうかに ついて記述する。

3.1. 本研究の中心的な課題と研究の問い

第1章で述べたように、本研究の中心的な課題と研究の問いは次のことである。

◆中心的な課題

本論の中心的な研究課題は、「中国に在住する日本人ビジネスパーソンが、どのように『国 の枠組み』を超えてトランス・ナショナルにビジネスや生活をしているのかを探究するこ と」である。

◆研究の問い

問1 “彼ら”を移住に仕向けたファクターは何か?

何故、異国人の”彼ら”が中国社会で起業することができるのか?

問2 ”彼ら”は、中国人の従業員・顧客・行政担当官の持つ、異文化な規範に対して

どのようなストラテジーを取るのか?

問3 中国語も喋れず、中国社会で同化・適応しない”駐在員“は、どのように中国で 活動・生活をしているのか? 彼らのトランス・ナショナルな活動や生活をサポ ートする機能が中国社会にあるのか?

問4 移民が、受入国社会に影響を与え社会を文化変容させることが、社会学的に知ら れているが、中国の都市の文化変容はどのような様相であるのか? 中国の社会 空間のトランス・ナショナル化の様相について分析する。

上記の、中心的な課題、および研究の問いの答えを得るために、本研究の調査計画とし て、なるべく多くの調査対象者たちに出会いインタビューを求めて、そのライフストーリ ーデータを集めることとした。また、筆者自身も中国へ移住し、国際移住者としてさまざ まな異文化社会への移住で遭遇するストレッサー(ストレスの元となるもの)に対する受 容や葛藤などの異文化適応のプロセスを参与観察することとした。本章で詳細を後述する ように、結果として2009年から2013年にかけて合計1年半の中国居住生活をし、中国在 住の日本人ビジネスパーソン136名(彼らの中国人幹部社員6名を加えると142名)のイ ンタビューを実施した。また、正式なインタビュー以外にも、稲門会(早稲田大学の同窓会) や県人会、グルメの会などの日本人コミュニティ活動への参加で、多くの日本人ビジネス パーソンや、その家族ら(伴侶や子どもたち)にも出会い、トータルで500名以上の中国 在住日本人に接触をし話を伺い参与観察をした。

研究の問1を探究するには、自発的に移住し起業した多くの人々と出会いインタビュー をして、彼・彼女らから共通して発見される経験や考え方・価値観などを発見することに した。「なぜ、彼・彼女らは豊かで洗練された日本を飛び出し、発展途上の新興国である中 国に移住するのか」、「どのようにして、異国の中国で彼・彼女らは起業するに至るのか」

を研究課題として、彼・彼女らの語り(ナラティブ)から、共通して発見された経験や考 え方およびプッシュ・プル要因などの考察を第5章に記術・論考する。

問2と問3に対しては、自発的に移住した自発的エキスパトリエイト(SIE:Self-Initiated Expatriates)と、会社の命令で非自発的な中国移住をさせられてきた駐在派遣者(OAE:

Organization-Assigned Expatriates)の人々に多数出会いインタビューを求め、彼・彼女

らが、異文化な規範を持つ中国人の従業員・顧客・行政担当官と、どのような経験をし、

どのようなストラテジーを取るのかをインタビューや、日本人コミュニティ活動での彼・

彼女らの会話などから発見していった。なお、在中日系企業の駐在派遣者の方々に、企業 秘密ともなる情報を聞き出すことは困難である。また、“会社の恥”となるようなことは研 究者(筆者)に喋らない、場合によっては嘘もつくだろうと思慮された。そこで、駐在派遣者 の方々が、日頃の中国生活の苦労や不満、愚痴を零すこともありそうな、日本人向けバー のマスターやママ、人材コンサルタントなどに積極的に接触し、中国語が喋れない駐在員 らが共通して持つ経験やストラテジーなどについて、聴き取りインタビューをすることに した。こうした分析・論考を第6章に記述する。

研究の問4では、「日本人移住者らの、中国の大都市でのトランス・ナショナルな生活」

の様相に関するデータを集めた。ここでいう日本人移住者の中には、筆者本人も含まれる。

1年半の中国生活の中で行なった、ショッピングや食生活、テレビ視聴などの余暇時間の 過ごし方は、中国的(Chinese-ish)なものもあり、日本的(Japanese-ish)なものもあり、

まさに「トランス・ナショナルな生活」となった。日本人移住者らとの活動(県人会など の日本人会での食事や、生活情報の交換など)から聴き得た情報や観察から、国境を越え ての家族とのコミュニケーション、生活資金の輸送など、彼・彼女らが上海・北京という 大都市でトランス・ナショナルな生活が享受できていることが観察された。こうした様相 を第7章で探り描く。

なお、本研究の論考、すなわち「日本ビジネス社会⇒中国ビジネス社会」へと国際移動 する人々の、異文化社会適用の様相などを観察・考察をしていくにあたって、本研究のフ ィールドを理解する必要がある。日本と中国の歴史ならびに文化・制度の規範について第 4章で記述する。第5章から8章で、中国に越境・移住した人々の、「中国的(Chinese-ish)」 への「同化」や「分離」などの状況を分析する為に、「日本的(Japanese-ish)」と「中国 的(Chinese-ish)」の文化・制度・行動規範について、いままで論じられてきた鍵概念を 整理し記述する。また、本研究の調査対象者らが中国移住してきた時期などの歴史的背景 を整理しておく。

<本論文の構成>

第1部 理論的背景

1章 序章

2章 先行研究レビュー

3章 研究方法

第2部 事例研究

4章 本研究のフィールドについて(歴史ならびに文化・制度の規範)

5章 トランス・ナショナルな日本人アントレプレナーの出現 6章 日本人エクスパトリエイトたちの中国ビジネス運営

7章 トランス・ナショナル化する中国の大都市での日本人移住者たちの生活

8章 むすび

3.2. 調査・研究のメソドロジー

Castels&Miller(2011:38)は、「なぜ人々は母国を去って別の国に定住しようと決断をする のかを説明するのに、たったひとつの要因だけをあげるのは不十分である。以下の問いか けをし、移民過程のすべての側面を理解することが不可欠である」と論じている。

1.いかなる経済的、社会的、人口学的、環境的、政治的な要因が、人々に出身地を 離れなければならないと感じさせるほどの変化をもたらすのだろうか。

2.どのような要因が、移民先での移民の雇用・生活機会を左右するのか。

3.移民希望者に情報、移動の手段、入国の可能性を提供する社会ネットワークやその 他の結びつきが、2つの地域(移民送出国と受入国)の間でどのように発展するか。

4.移住や定住を規制するために、どのような法的、政治的、経済的、社会的構造や 慣習が存在しているのか。あるいは今後、出現するのか。

5.どのようにして移住者は定住者となるのか。なぜこの転換が、ある地域では差別や 紛争、人種差別につながるのかに対して、別の地域では多元主義社会や多文化共生 社会を生み出すのか。

6.定住が、受入社会の社会的構造、文化、ナショナル・アイデンティティに与える 影響とはどのようなものか。

7.出稼ぎや帰還移民は送出国や地域にどのような変化をもたらすのか。

8.移民は、送出国と受入国間の新しい連携をどの程度生みだすのか。

(*以上、Castels&Miller(2011:38)より引用)

上記のように、「ひとつの要因だけでなく、移民過程のすべての側面を理解すること」

(Castels&Miller, 2011:38)が求められる。

箕浦康子(1999:2-20)も、調査前には特定できないさまざまな影響要素(変数要素)、たと えば歴史や社会制度からの要因などをフィールドワークで観察、または聞き込み調査をし ながら、調査対象に起こる相互作用のメカニズムを考察(解釈)することを述べている。(図 表3-1を参照:箕浦1999:4から引用)

図でいうと、個々人(A君、B君、・・・O君など)が考えたり置かれたりしている「意味 空間」がある。個々人の「意味空間」は共存する社会の社会要因(社会システム、歴史、

文化的意味体系など)から影響を受けてできている。インフォーマント個々人から発出さ れる「行動・言葉・モノ」などをフィールドワーカーが観察して解釈し、記述するのがエ スノグラフィーである(箕浦康子、1999:2-20)。

図表 3-1:フィールドワークにおける解釈的アプローチ49

49 図表3-1は、箕浦(1999:4)から引用した。

第2章の先行研究で紹介した Berry(1997)の「文化受容ストレス」のモデルをもう一度、

見てみる。

図表 3-2:Berry の「文化受容ストレス」のモデル図(図表 2-2 の再掲)50

国際移住をして異文化社会でビジネス活動や生活をする人は、移住先の社会要因(社会 システム、歴史、文化的意味体系など)から影響を受ける。Berryがいうところの「ストレ ッサー」(ストレスを与えるもの)を受けて、移住者たちはストレスを感じるとともに、そ の文化や規範に対するストラテジーを構築するようになる。人によっては文化・規範に同 化するストラテジーを取る場合もあるし、分離する場合もある。

「ストレッサー」を与える人々(本研究では、中国人従業員、顧客・取引先、行政担当 官など)とあらたな「統合(Integration)のストラテジーを持つ場合もあるだろう。また、

「分離(Separation)」や「軽視・無視(Marginalization)」のストラテジーをもって対峙 する場合もあるだろう。

箕浦康子(1999:2-20)のいう「意味空間」のひとつ(一人分)が、上記Berry(1997)の図で 詳細に示されていると捉えられる。

フィールド調査では、Berry(1997)の「文化受容ストレス」のモデルと、箕浦康子 (1999:2-20)の「フィールドワークの解釈的アプローチ」の方法論を基本として、質的研究 を し た51。 参 与観 察 とイン タ ビ ュー を織 り 交ぜる エ ス ノグ ラフ ィ ー調査 を 行 ない 、 Castels&Miller(2011:38)が論じる「移民過程のすべての側面」を調査対象者から得るよう に努めた。

また、本研究のエクスパトリエイト(経営者)たちが、中国人スタッフと共同で組織ル

50 図表 3-2 は、図表 2-2 の再掲。Berry(1997:15)を引用した。

51 質的研究の方法は、箕浦(1999)、志水(1998)、Merriam (2004)、Flick(2011)、佐藤郁也(2003)に記述されるエスノグ ラフィーの手法と、桜井・小林(2005)のライフ・ストーリー調査法、木下(2003)のM-GTA、西條(2007)の構造構成主義 を参照して行なった。なお、Flick(2011:260-261、348-349、557)、藤田結子(2013:6-118)、桜井厚(2012:6-37)に、エス ノグラフィーならびにその他の質的研究法の調査法や研究視覚の相違などについて記述してある。

小川博志(2011:603-611)は、質的研究が本格的に始まったのはまだ最近のことであり、欧米においても学会が確立・

成功しだしたのは2000年を過ぎてからであり、いまなお質的研究の方法論があたらしい挑戦をし、試行錯誤が繰り返 され、あらたな研究法や研究枠組みが産み出されている状態だという。本研究でも、当該の対象をとらえようと、質的 研究の方法論を参照しながら、対象をとらえるべく調査に取り組んだ。

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