第 3 節 今後の医療保障改革
2. 研究の背景
社会人がビジネスについて学習する場合,「ビジネス書籍の読書」や長期間の「ビジネス セミナー」への参加など,複数の手段が考えられる。
前者の「ビジネス書籍の読書」については,独自のペースで学習ができるという利点と ともに,理解や発想がひとりよがりになってしまう欠点が存在する。後者の「ビジネスセ ミナー」への参加については,専門家や共に参加する仲間から,より実践的な内容を学習 することが可能であるという利点とともに,一般に参加費が高額であることや,日時や場 所などの参加条件が合わずに参加できない欠点が存在する。
上記の問題を解決する 1 つの手段として,ビジネスに関係する書籍を用いた「読書会」に 着目する。
本研究では,ビジネスを学ぶために書籍を用いる「読書会」を,「ビジネス読書会」と定義 する。「ビジネス読書会」の利点は,高額の参加費や長時間かつ長期間の学習時間を要さず,
気軽に始められるにも関らず,自分以外の読書会のメンバーからビジネスアイデアに関す る「意見」「発想」「解釈」などを相互に交換できる可能性があることである。また,自分が 表明した「意見」「発想」「解釈」に対しての「承認」が得られる可能性もある。つまり,複数 の参加者が協調して読書を行うことによって,学習の相乗効果を促進し,ビジネスについ ての「学習効果」を高められる可能性は検証に値する。
以上のように,ビジネス読書会には多数の利点が考えられるにも関らず,その効果につ いての学術的な研究は,ほとんど見当たらない。よって,本研究では複数名で読書を行う 場合の学習効果について実験し,考察する。
2.1. フリーエージェント化する社会~大企業ビジネスと個人ビジネスの相違
大企業に勤務する会社員が行うビジネスと,個人ビジネスもしくはスモール・ビジネス の経営者が行うビジネスは,ほとんど別物であるにも関わらず,同じビジネスという語彙
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や概念によって表現されるため,個人ビジネスの準備者や初心者にとって大きな混乱がも たらされる。
つまり,同じビジネスでも大企業の行うそれと,個人ビジネスで行うそれとでは,異な るばかりか,反対の法則がはたらく場合も多い。例えば,個人ビジネスでは,関係者の人数 が少ないため意思決定のスピードが速い点や,手続き的な会議が不要で社長の経営判断に より新規事業の開始や撤退を迅速に行えるなどの利点がある。しかし,その反面,組織が 小さいために信用が低く取引してもらえないことがある。使える予算が小さいなどの欠点 もある。
また,一部上場などの大企業で,勤続 20 年から 30 年の社員が,個人ビジネスを自ら起業 することは極めて難しい。なぜならば,大企業の場合,会社組織の内部に複数の大型セク ションが多数存在し,そのセクションで実行される業務以外については,ほとんど理解す ることがないからである。従業員が 1 千人を超える大企業,例えば製造業の場合,商品の研 究開発セクション,開発された試作機を大量生産のラインにのせる製造セクション,その 商品の販売計画を実行する営業セクション,新製品のプレスリリースを行い,商品を告知 する広報セクション,主にマスメディアを使って商品を広く伝える宣伝セクション等,大 きく分けても 5 つから 3 つのセクションが存在する。この中で,製造業の部門を 3 つに分類 する場合,開発,製造,販売の頭文字をとって,「開製販」とも呼ばれるが,これらセクショ ンを飛び越えて全てに精通している社員は,ほとんどいない。
さらに,巨大企業になれば,開発や製造の対象となる商品の顧客が,別の巨大企業であ る場合も多い。例えば,携帯電話の電子回路を開発製造し,携帯電話の通信会社に販売す る場合は,この例に該当する。船舶運用会社に,造船会社が大型の船を販売する場合も同 様である。基礎化粧品を開発製造し,別の有名ブランドの化粧品会社に販売することも,
異なる分野であるが,同様である。
となると,電子回路を作っている社員,船のある部品のみを作っている社員,化粧品の 細かな粒子を加工する仕事のみを行なっている社員は,さらに細分化された仕事体系の中 に押し込められている。
ゆえに,自社の隣の部門が,何を行っているのか分からない場合さえ存在する。
上記の現象は,個人ビジネスや 10 名前後の中小企業では,まず起こりえないし理解も極 めて困難である。なぜなら,個人ビジネスでは,アウトソーシングなどの例外を除いて,経 営の全容を,社長が把握しているからである。また,10 人程度の中小企業では,組織とし てのコミュニケーション頻度が高いため,誰が何をやっているぐらいは分かっている場合 が多い。
逆に,大企業のあるセクションに何年もいた従業員にとって,個人ビジネスや中小企業 の経営の現場は,ほとんどの場合全く分からない。まず,決定的なのは,大きな経営判断を したことがない。上司の命令に従うのが仕事なため,小さな工夫を行ったことがあったと しても,ビジネスの全体方向を決定するような決断を行うことは通常ないし,権限もない。
これは,個人ビジネスの起業においては大きな障害となりうることがある。なぜならば,
給与所得を得る仕事の仕方と,経営判断によって利益が変動する仕事の仕方では,根本的
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な心理状態が異なるからである。前者は安定があるが自由はない。後者は自由があるが安 定を得ることには緻密な戦略と体験が必要である。
ダニエル・ピンク(2002)によれば,アメリカにおける「フリーエージェント」化社会は,
1970 年代に本格化を始めた。「フリーエージェント」とは,特定の会社と雇用関係を持たず に働いている人たちの総称として,ダニエル・ピンクが定義した呼称である。橘(2009)に よれば,アメリカは個人主義の社会で,日本は会社主義の社会だと言われることが多い。
しかし,これはかなり一面的な見方といわざるを得ない。アメリカにも会社主義は存在し ていた。アメリカにおける大企業勤務者は「オーガニゼーション・マン(組織人)」と呼ば れていた。ジャーナリストのウィリアム・ホワイト(1959)「組織のなかの人間 ‐ オーガ ニゼーション・マン」が出版されたのは 1959 年のことである。オーガニゼーション・マ ンの典型は,中流の白人家庭で『パパは何でも知っている』(1954-60 年)のようなアメリ カンホームドラマを通じて描かれた。本ドラマは,高度経済成長に向かう日本人に大きな 影響を与えたと言われている。つまり,アメリカも元来の個人主義国ではなく,巨大企業 が多数存在していた時代があるということだ。巨大企業の代表例としては,電話会社の AT&T,フィルムメーカーのコダック等がある。
しかし,1970 年代に大規模な人員削減が行われ,崩壊に向かい始めた。例えばコダック は,日本のフィルムメーカーに対抗できず,2 万人以上がレイオフされた。コダックの例を 見れば,アメリカ人が好き好んで個人主義的なフリーエージェント社会を生んだのではな く,当時の日本企業が,当時のアメリカ企業を圧倒した結果,望んでもいない「自由」をア メリカ人は押し付けられたと橘(2009)では論じられている。
ダニエル・ピンクの推計によれば,2009 年時点でアメリカの労働人口の 1/4 がフリー エージェントとして働いている。ピンクによれば,アメリカには 1650 万人のフリーランス
(自営業者),1300 万人のマイクロ法人企業家,350 万人の臨時社員がおり,フリーエージェ ントの総数は推計 3300 万人に達する。
それに対して日本は,40 万人のフリーランス(自営業者),30 万人のマイクロ法人企業 家,300 万人の臨時社員となっており,フリーエージェント人口はアメリカの約 1/10 の 370 万人しか存在しない。それ以上に特徴的なのは,日本では臨時社員(非正規労働者)の 数がアメリカのほぼ同数と,その割合が突出して高い。それに対してフリーランスやマイ クロ法人企業家の数は 5% にも満たない。日本人の働き方が,アメリカと比べて,いかに強 く会社に依存しているかが理解できる。ここで,日本のフリーエージェント人口の内訳は,
2005 年の国勢調査を基に算出されている。上記の事実から,橘(2009)では,今後日本でも アメリカと類似のフリーエージェント化が進行すると予測している。
筆者が本論文を執筆している 2014 年 12 月現在,パナソニック,東芝,ソニーを筆頭に一 部上場クラスの巨大企業が本格的な人員削減を継続中であり,ピンク(2002)や橘(2009)
で述べられた予測が現実のものになりつつある。
以上,アメリカに継いで日本でも同様のフリーエージェント化が社会全体に広がりつつ あるため,雇用形態からフリーエージェント形態へと移行するための学習機会の重要性が 極めて高まっていると言える。