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研究の方法

ドキュメント内 第1章 序論 (ページ 41-55)

Ⅰ.現象学的アプローチ

1.現象学的アプローチを選択した理由

「気持ちいい」は、概念分析から“その状況”“その文脈”において患者本人が「感覚・

感触」「いい」ということを、直接的に体験するようにしか規定することのできない特徴が あり、また、ケアの場という患者と看護師の交わりのある場でその事象の現れを探究する には、看護師はケアをする人、患者はケアをされる人といった二項対立の方法論ではない 探求のされ方が必要となった。さらに、患者という病いの状況にある「気持ちいい」を探 究するには、気持ちいいを単に痛みや不安がないものとして、初めから対置して探究する のでは、その事象の成り立ちが見えてこない。

本研究は、ケアの場における患者の「気持ちいい」の体験を記述することを目的として いるため、現象学的アプローチを用いることとした。

2.現象学的アプローチ

現象学は、20世紀初頭にフッサールによって創始され、「現象学運動」と呼ばれる一大 思想を巻き起こした現代哲学の主潮流の一つであり、現象学と呼ばれる哲学は一般的に物 事、人々がさまざまな「意味」を帯びて経験されることを「現象」として捉えた上で、そ うした現象がいかにして生じるのかを問う。

1)看護における現象学的アプローチの意義と目的

看護は、科学の側面とヒューマンケアの側面を持つため、看護で必要とされているのは、

看護知識を探求する科学的な態度ないしアプローチを維持すると同時に、ヒューマニズム の概念を理解できる方法であるとした(Marilyn,1985)。現象学的な研究は、研究に参加し ている人々の生の体験を記述することを目的(南,2008,p217)としており、人間の体験の 現れを十全な広さと深みでもって記述しようとする研究方法である(Omery,1983)。現象学 の方法を提唱している看護研究者は、従来の量的方法を排除しそれを現象学的方法に置き 換えることを試みようとしているのではなく、二つの異なったタイプの方法の相補的なも のとみなしているのである(Omery,1983)。現象学的方法は、帰納的で記述的な研究方法で

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あり、現象学的な研究は、研究中の体験に関して利用できる全てのものを考慮し、その体 験が当事者たちにとって持っている意味を総合的に理解しようと努力するものである。

2)現象学的方法の研究領域

現象学的研究に適した領域として、幸福や恐れを感じること、何かに関与すること、ス トレスの意味、痛みの意味等について研究のテーマがあげられる(Streubert&Carpenter,

1995,p35)。また、看護は、共感や、危機、動機、ストレス、認知に焦点をあてるような

生きられた体験に関わっている。そして、看護は、ざっと取り上げてみただけでも苦痛、

罪、怒り、依存、勇気、希望といった体験に関わっており、これらとらえどころのないよ うな概念は、人間の体験としてそれらに注意を払う事によってのみ明確化されうる(Oiler, C,1982)と言う。

よって、本研究においても、とらえどころのないような「気持ちいい」体験について、

当事者の視点に注意を払いながらデータに向き合うことが要請されると考えた。

3)研究者の心構え

Oiler,Bは、現象学的研究の重要なポイントとして、生きられた体験の研究であること、

現象が意識に対して自らを示すとおりに現象を解明すること、本質の研究であること、私 たちの生きられた体験の意味を、私たちがそれを生きるとおりに記述すること、思索する ということを注意深く実践すること等について言及している(Oiler,B,1993)。

また、現象学は、研究の対象者を研究協力者としてみなす。現象学では、研究者は人間で あ り 一 対 象 者 で も あ る 情 報 提 供 者 と の 共 同 的 な 対 話 に 従 事 し な け れ ば な ら な い

(Knaack,1984)。

このことから、研究協力者との対話についてその語るペースや、沈黙、言い淀み等を含 め、相手に寄り添いながら、共同的な対話が出来るようにすることが要請されると考えた。

また、現象学的研究は、生きられているがままの人間の体験が研究されているというこ とを保証するために、研究者として、必要とされる基準は何の先入見も持たずに現象にア プローチすることである。そのためには、現象学的還元の態度が必要となる。現象学的還 元は、先入見とか前提的予測等を停止しておくことであり、そうすることによって、ある 体験に巻き込まれている個々人にとってその現象の持つ意味をいっそう十全に理解するこ とができる。研究者の前もっての仮説や先入見や前提的推測などを、できれば記述してみ

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て明瞭にしておき、それによって現象をそれが個々人にとってあるがままに理解できるよ うにすることが大切な態度となる(Knaack,1984)。

よって、本研究では、研究計画書段階で数回にわたり現象学的研究会において自身の前 提的予測等も含め発表し、意見を頂く機会を設けて進めた。

3.現象学的アプローチの基本的な論点 1)事象そのものへ

フッサールは、イデーン第1巻の初版において、「事象について理性的ないし学問的に 判断するということは、事象そのものに即応するということ、すなわち議論や意見を去っ て事象そのものへ立ち帰り、それ自身与えられているがままの事象そのものを問い明かし、

事象とかけ離れた先入見をすべて排除するということである」と述べる(立松,1980,p7)。

そして、自然科学的な態度(物質的事物や物体的身体として捉える世界の見方)が「先 入見」として深く沈澱した結果、「生活世界」という自然的態度(私たちが普段、持ってい るごく自然な世界の見方)の地盤が忘却されてしまったと指摘し、その意味をもう一度見 つめ直す必要を説いた。

本研究においては、“その状況”“その文脈”において患者本人から語りだされる言葉や 語られる雰囲気、観察した内容も含め、事象のありのままを見るということと、患者の事 象に遭遇している探求者である研究者自身もまた、現象を成り立たせているものであるた め、研究者自身も開かれていることが要請される。研究者自身も長期にわたり自然科学的 な見方をとり、習慣化するまでになってきている。すぐに仮説的に構造を取り出すような 認識に陥りやすいことを自覚しながら、研究を進めていくことで、患者の事象のありよう に近づけるものと考える。

本研究においては、ケアの場に研究者が赴き、参加し観察を行い、患者との直接の対話 にてデータを収集する。患者との直接のやり取りという現実において、自分にとって自明 であるがゆえに、無自覚に生じている研究者自身の先入見(臆見)は患者の語りと対峙す ることとなり、自身の反省が繰り返し行われていく必要性がある。

2)志向性

志向性は、フッサールの師ブレンターノ,Fによって提起された概念であるが、現象学に 基本的視座を提供したほどの意義をもった用語である。

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フッサールは、意識はすべて「何ものかについての意識」であるという意識の基本特性 を「志向性」という概念で捉え、これを主題的に問い深めることによって、認識作用の主 観性と認識内容の客観性とを橋渡そうとするのである(木田,1970,p31)。

フッサールの現象学的思索の根底には、次のような事態を見つめる眼差しがある(榊 原,2007,p387)。①意識に実際に与えられている「与件」とそれが何かとして捉えられて いるその「意味」との間には常にずれがある②意識に与えられる同じ与件が、場合によっ て、また人によって異なる意味合いの何かとして捉えられることがある。フッサールによ れば、こうした事態が生じるのは、意識に何かが現象してくるその手前で、それと自覚さ れることなく意識が常になんらかの「態度」をとり「指向性」(意識に与えられる与件をな んらかの意味合いのものとして...

捉えようとする意識の働き)を働かせているからである。

この意識の態度や指向性の働きを見つめるために、彼は日常の関心、態度を差し控える「現 象学的エポケー(判断中止)」を「方法」として提唱する。

一方、メルロ=ポンティにおいては、意識に何かが現象してくるその手前で、それと自 覚されることなく働いている身体的志向性を明らかにしようとしており、「意識とは、原初 的には<われ惟う>ではなくて<われ能う>である」(M.Merleau-Ponty,1945 a, p232)

であるといっており、身体の運動性から理解されねばならないとする。メルロ=ポンティ においては、すでに身体が、それの行う運動の一つ一つを取り上げてみれば何の意味もも たないが、それらが一定の仕方で組み合わされると拒みようもない形で意味を帯びてくる 一連の運動を通して、世界に対する一定の志向的関係を打ち立てているのである(木田, 2007,p238)。

3)現象学的還元

フッサールは、世界との最初の出会いで生じる意識生活を科学的に正確に記述する能力 を、哲学者が現象学的還元を用いてどのように蘇らせることができるかを詳細に論じた。

現象学的還元と表裏一体との関係にある現象学的判断中止の二つあるいは、一組の方法は、

現象学的反省を可能にするための方法でもある(立松,1981,p36)。

現象学的還元は、自然的態度に働く習慣性、伝承性からの脱却という状況の中かから出 発し、それは、単なる遮断の方法ではなくありのままの意識現象へ連れ戻す方法でもある。

そして、「自明性」の克服のために実施される自然的態度からの態度変革の方法が現象学的 エポケー(判断中止)である。つまり、日常の関心、態度を差し控える「現象学的エポケ

ドキュメント内 第1章 序論 (ページ 41-55)

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