1.はじめに
(1)経営は難しいが複雑にすることはない
経営を過度に分析するようになってから、分析が一人歩きを始めた。経営機能を細かく 分類し、各々に様々な手法を提示し、経営を複雑なものにしてきた。確かに、経営は難し い。完璧な解がない中で、決断しなければならない。短期的に最良の決断であっても、長 期的には最悪の決断もあり得る。しかし、経営は難しいが、必ずしも複雑というわけでは ない。複雑にしているのは、経営機能を細かく分類し、機能ごとに結論を出してから、全 体の結論を出そうとするからである。こんなことをするから、矛盾した活動を同時にした り、目の前の問題処理に振り回されたりするのである。
企業経営者は、何も手を打たないことを含めて、必ず何かしらの決断をしている。その 決断の依って立つ所は、物事を客観的にみて判断した結果だけでなく、企業経営への「思 い」も大きい。企業経営への「思い」が違うからこそ、経営の意思決定に多様性が出てく るのである。
一つの経営分析・経営手法に産地企業すべてが頼ってしまったら、同じ結論を出し、同 じ方向に向かい、その結果産地内で過剰生産に陥り、産地を衰退に導いてしまう。いつか きた道である。元気な産地は多様性を確保している。地域の強みや弱みに対する認識は同 じでも、経営に対する「思い」の異なる企業群が切磋琢磨して、多様な展開をするからこ そ、産地は元気になる。
陶磁器の産地有田は、事例の百田陶園を中心としたグループだけでなく、地域企業のコ ラボレーションで陶器製の万年筆や万華鏡を製作している企業群、方円(HOUEN)を テーマに新たな商品ブランドの育成に取り組んでいるグループなど、多様な動きが出てき ており、有田の再創生が期待されている。
経営を複雑なものにした張本人達は、これでは実際に経営に携わる人には分からないだ ろうといって、経営機能の一つに着目し、そこだけを強調するコンサルティング手法を編 み出した。自分達で複雑にしておきながら、まとめると矛盾だらけの手法の集まりになる ので、一つだけ強調して、分かりやすいと思っている経営手法にしてしまうのである。信 じるか信じないかは経営者次第といった考えで、多くの経営者を惑わせている。何をか況 やである。ブランド育成を成し遂げてきている産地企業の経営者は、このようなことに惑 わされることなく、企業経営に対する「思い」を実現することで商品と企業のブランド化 に成功してきている。
(2)ブランドは企業の様々な活動と関連しており、その総体である
ブランドも、品質や価格といったものとは別に、顧客の抱くイメージとして、無形の価 値として取り扱われる。ブランド力も企業の持つ経営資源という観点からは無形財産の一 つとして取り扱われる。だからといってブランドが独立して存在しているわけではない。
このことは、これまでの各章の検討でも明らかである。ユーザー価値からブランド化を考 えると、全体的なビジネス活動がつくりだす価値がブランドの価値(第1章)である。ま
た、企業と外部との関係づくりが地場企業のブランド化には深く関わっている(第2章)。 中小企業にとって事業の構築とブランド育成はほぼ同義語(第3章)である。地域のブラ ンド化と個々の企業のブランド化は双方向的(第4章)である。ブランドは商品やサービ スに消費者が付与する一つの価値であるが、商品そのものが生産される方法や販売される 方法等々と不可分なのである。「そんなことは言われないでも分かっている」という反論が 出てきそうだか、そのように反論する人も、自社のブランド化を考え始めた途端、このこ とを忘れることが多い。ブランド化だけに力を注ぎすぎ、関連する他の活動が見えなくな ることが多いのである。
中小企業は規模が小さいが故に、経営者も従業員も一人で様々な仕事をする。経営者は かなり現場サイドまで立ち入って経営上の指示を与える。従業員も幅の広い業務を担当す る。大企業のように細かな分業が進んでいないだけ、様々な経営機能に関わることが多い。
そのため、自社や自社商品のブランドに抱く経営者の「思い」の共有が図られ、様々な事 業活動にその「思い」が反映されやすくなっている。ただし、ブランド化に成功するには、
その「思い」が強く、そして実行に移されなければならない。
2.出発点は「小さな差」であった
ブランドにより、同種の商品やサービスと差別化が図られる。もちろん、品質や価格で も差別化は図られるが、ブランドもその一翼を担うし、ユーザーによっては、その差がブ ランドに集約されることもある。しかし、ブランドが構築される前の出発点は「小さな差」
であった。
中小製造業者が原材料を調達し、開発した商品を生産し販売するとき、最初はたった一 つの「小さな差」から始まる。これまで世の中になかった商品を送り出す場合なら「大き な差」と考えるかもしれないが、そのような商品の場合は市場形成ができていないため、
まだ「大きな差」になっていない。しかし、ブランド化に成功した商品や企業の場合、「大 きな差」を獲得している。ブランド化とは「大きな差」を獲得しているということである。
ユーザーから見て、「大きな差」を感じるということである。もちろん、ユーザーには見え ない部分の努力もあって、この「大きな差」は獲得できるのであるが、「小さな差」はどの ようにして「大きな差」になったのだろうか。
一つは、「小さな差」も様々な差が集まると「大きな差」になるからである。といっても、
塵も積もれば山となるというわけではない。それぞれの「小さな差」が関係し合って、「大 きな差」を生み出す。経営の様々な活動のそれぞれに「小さな差」が有機的に関連し合っ ており、「大きな差」となる。関連するために、すべてがそれなりの差を持っていなければ ならないわけではなく、中には「普通」があっても構わない。「普通」よりも低いものが入 っているのはまずい。それが足を引っ張ることがあるからで、当たり前の「普通」は問題 ない。といっても、何をもって「普通」とするかは難しい。少なくともマイナスとなるこ とがないことが「普通」の条件である。
もう一つは、「小さな差」を継続することで「大きな差」となることである。漫然と継続 するのではなく、事業を進める中で問題になったことを一つ一つ丁寧に対応し、そのこと で改善・改良が行われ、気が付いてみたら「大きな差」になっているである。第3章でも、
継続することの重要性が指摘されている。
「大きな差」になる二つのことを示したが、これが別々の道というわけでもない。「小さ な差」をもって始めた事業から生じる様々な課題を克服することで、当初は差のなかった 面でも差ができ、つまり様々な差が形成され、それが有機的に組み合わさって「大きな差」
になるのである。継続することで、課題を一つ一つ潰していくときに、「小さな差」そのも のが「大きな差」になることもあるが、多くは「小さな差」が積み上がって「大きな差」
となる。仮に一時的に「大きな差」になっても、商品の新機能がすぐ真似されるように、
一つの面だけで長く「大きな差」であり続けるのは難しい。
基本は、小さくても一つずつ「差」をつくり上げていくことである。そのためには、商 品作りでも事業の仕組み造りでも、「思い」に妥協しないことである。
3.事例企業と「小さな差」 、「大きな差」
事例企業について、どのような差が有機的に関連付けられているのか、つまり事業の仕 組みの中に組み込まれているのかを見て行こう。
(1)朝日酒造(株)の場合
朝日酒造については、久保田について考えてみよう。久保田は、かなりブランド化を意 識して、計画的に市場に商品が投入された、今回の事例の中では唯一の事例ともいえる。
よって、当初から様々な差があったようにも考えられるが、例えば、品質という面では、
新潟県に淡麗辛口の「幻」組の清酒が既に投入されていたことを考えるなら、それらと差 があったとは言い切れない。ただ、「幻」組の生産量が少ない中で、比較的大量の生産が可 能な形で高い品質の清酒であったことは明確である。差としては、品質の高い淡麗辛口の 大量生産の技術にあったといえる。
このこと以上に、最初の「小さな差」の筆頭は、酒販店選別による販売方法にあったと みるのが妥当であろう。ただし、この販売店の選別も、潜在的には、朝日山時代から付き 合いのあった、特に新潟県の酒販店の協力で短期間に「大きな差」になっている。その意 味からは、「朝日山」という商品が、新潟県の清酒の中では大衆的な酒になってしまってい たとはいえ、品質重視を貫き、常にいち早く酒造りの環境整備を整えてきた伝統が基礎に あったと考えるべきである。だからこそ、新たな流通の組織化もうまくいったといえる。
つまり、久保田投入時点で、既に朝日酒造という企業のブランドは、限定的とはいえ確立 されており、久保田といえども、その成果を基礎に新たなブランド商品となりえたと考え るべきである。従来の経営で否定された事、変えたところばかりが注目されるが、残され た考え方にも着目したい。企業活動は途切れているわけではない。
久保田の成功が朝日酒造という企業を更にブランド化し、その後は「久保田を製造して いる企業」という見方が定着するが、だからといって、久保田によって、初めて朝日酒造 のブランド化が始まったと考えるべきではないだろう。久保田発売の 11 年前には自醸酒体 制は確立されていたし、同じく 5 年前にアンテナショップは開業しているのである。
久保田以降では、流通構造に加え、宣伝方法、「久保田塾」による流通組織化の強化、自 然環境保護の活動や、あさひ農研の設立等々が続き、それらが事業の仕組みに組み込まれ 市場競争力を強めた、つまり「大きな差」を獲得したといえる。
経営者や工場長・部長といった経営幹部のみならず、多くの組織構成員に、意識の方向