本章における論点は、企業(特に中小企業)がブランドの構築を行うに際してどのよう に事業戦略を構築していくべきなのかについて検討することである。ブランドが経営戦略 上、重要な意味を持っていること、特に、競争戦略上の優位性確保という視点での重要性 については十分に認識されているが、反面、ブランドの確立は一朝一夕にできることでは ないということも同様に認識されなければならない。日常的な業務の遂行に並行して、中 長期的視点を持つブランド構築という戦略上の目標を達成させるには、全社的な事業戦略 上での整合性とブランド育成に向けた体系的な取り組みが必要とされる。
1.ブランドの役割
ブランドを定義すると「他社の商品・サービスと区別するためのしるし」がブランドで ある。そのブランドが広く浸透し評価されるようになると、次の購入に際しての選択の手 がかりとしての役割を担うようになり、ブランドが独自の重要な意味を持つようになる。
ブランドを持つ企業から見ると、商品・サービスとは違った「無形の価値」として顧客か ら認識されていることになる。特に、市場が成熟化してくると類似性の高い商品・サービ スが氾濫し、他社との差別化が大きな戦略上の課題となっている。基本的な機能・品質面 での差別化が難しくなると、付加的な価値としてのブランドの持つ意味が大きくなってく る。さらにそこから派生的に、ブランドが特定商品そのものの価値を表すようになり、ブ ランドを購入し所有することが購入者のステイタスとして認識されるようなことも起こっ ている。反面、企業は商品・サービスのクォリティや顧客の満足度を維持することでブラ ンド価値を保ち続ける努力をしなければならず、そのためのマーケティング活動は欠かす ことのできない重要な役割を担っている。
特に、消費財を扱う企業にとってブランドの確立は競争優位性を確保するという側面で 欠かすことのできないものとなっている。ブランドによって顧客が固定化し、また、ブラ ンドであるがゆえに、より高価格での販売が可能となる。顧客と目されるセグメントに対 してコミュニケーション活動を行ない、自社の商品・サービスの購入を動機付けるために はブランドによる働きかけが有効である。基本的な機能、品質だけを訴求しても「理解を 得る」ことはできても「購入を意識させる」ことは難しい。顧客がブランドとして認知す るということは、その商品・サービスの使用経験に基づいた信頼であり、同時に、顧客は ブランドによって保証を購入していることになる。顧客を特定化しにくい消費財のマーケ ティング活動において、ブランドを手がかりとしたコミュニケーションにより効率的に顧 客の囲い込みが可能となる。また、ブランドは新しい市場を開拓するという意味において も重要な役割を担っている。新たなブランドが新しい価値を生み出し、その価値を共有化 する顧客層を生み出していく。携帯型のオーディオ機器としての「ウォークマン」という ブランドは外出時に音楽を楽しむという新しい生活のスタイルを作り出した。もちろんそ の背景には、ウォークマンというブランドを使って新しいオーディオの楽しみ方を提案す るメディア・コミュニケーションを中心としたマーケティング活動が存在している。
このように、これまでブランド戦略は資本力のある大手消費財企業に有効なマーケティ ング手段として認識され、また、たくさんの成功事例が紹介されてきた。自社のブランド を市場に浸透させ、定着させるためには大量のコミュニケーション活動が必要であり、そ のためには膨大なコミュニケーション・コストを負担しなければならないと考えられてき た。そのコミュニケーション・コストに見合った効果を期待できない生産財企業や、膨大 なコミュニケーション・コストを負担しきれない中小企業にとってブランドは特別な場合 を除いて無縁のものと考えられてきた。中小規模の企業がブランドを持ちえるのは、パブ リシティ的にメディア等に取り上げられ、それが一部の限定的な顧客層に認知され支持さ れたものが口コミ的に広まるというケースである。特に、インターネットというメディア の出現によってこの可能性は飛躍的に高まっているが、これを戦略的に構築するとなると なかなか大変である。
《「顧客の広がり」と中小企業》
ここで、改めて中小規模の企業におけるブランド戦略の可能性について検証してみたい。
ブランドは商品やサービスに付けられた「他と区別するためのしるし」という意味では、
大企業も中小企業も違いはない。ブランドが「顧客の信頼や保証となって次の購入を決定 付けるきっかけを作る」という意味においても大きな差はない。差があるとすれば、それ は「ブランドを広く知らしめる」という意味において、そこにかけることのできるマーケ ティング力、すなわち、ブランドの表現力や継続的にブランドを管理していく力、さらに、
コストの問題を含めてその差異は明確に存在している。しかし、中小規模の企業の場合本 当の意味での「顧客」とは誰なのかを考える必要がある。前述したように、消費財を扱う 大企業の場合は、顧客をセグメントすることはできても、顧客を絞り込み特定化し固定化 に結びつけることは困難であるがゆえに、ブランドに寄らざるを得ないともいえる。もち ろん、中小規模の企業でも消費財を扱い、自社の顧客を囲い込めない事情は同じである。
しかし、自社商品を扱ってくれている小売業や卸売業を考えると、明らかに少数の取引先 を特定化することができる。生産財を扱っている企業では、もっと明確に自社とのつなが りのある顧客企業を特定化できるはずである。ブランドは顧客に信頼や保証を与える手段 と考えれば、中小規模の企業が獲得しなければならない「顧客の広がり」は大企業のそれ とは明らかに違い少数の限定的なものといえる。また、大企業はたくさんの製品ラインを 持っていたり、多様な事業展開により異質な商品・サービスを並行的に取扱っているがゆ えに、ブランドも個々の製品ライン、商品・サービスによって使い分けなければならない が、中小企業の場合はそれほど多くのブランドを持つ必要もない。極論をすれば「企業名
=ブランド」でも充分に機能するはずである。長い年月をかけて顧客との間に培われた信 頼そのものがブランドであり、その信頼を裏切らない企業努力がブランド力であると考え ると、そこには中小企業にとって必要なブランド戦略というものが見えてくるのではない だろうか。
2.ブランドを育成していくためになすべきこと
今回実際にヒアリングさせていただいた企業事例を中心に、特に、中小規模の企業にお けるブランドの育成とはなにか、また、そのために事業戦略との関係をどのように考えな ければならないのかを検証してみよう。中小企業にとってブランドの育成は事業戦略に限 りなく近い、あるいは、同義といってもよい関係にある。一つには、本来は商品やサービ スにつくブランドが中小企業の場合には企業そのものがブランドとなっていたり、逆に、
商品・サービスのブランドが企業を代表しているケースが多いこと、また、事業戦略もブ ランド戦略もある意味で同じような「自社の将来に向けての方針」的な理解がなされてい ること、さらには、ブランドが結果として出来上がったものであり、戦略的・意図的に作 り出されたものはないケースが多いことなどがその理由と考えられる。ヒアリング事例を 通して、ブランドの育成と事業戦略との関係について4つほどの共通項に整理してみた。そ の1つはブランドのクォリティを維持していくという目的に対して企業がどう対応してい るのか、2つめにはブランドを訴求する対象となる顧客というものに対しての考え方、3つ めにブランドが事業の継続の中で育成され、必ずしもブランド育成だけが個別の戦略とし て行われているわけではないこと、そして最後に、昨今のインターネットに代表されるW ebを活用してのブランド育成の取組みについてである。
(1) クォリティの維持
ブランドの基本は顧客に対しての信頼感の提供であり、品質を含めた保証でもある。そ のために不可欠なのが「クォリティ」といえる。クォリティは単に品質や性能を現すだけ でなく商品・サービスが持つ価値そのものである。顧客の満足は期待度に比例している。
一度経験した満足を基準に次の満足を期待する。ブランドに対しての信頼感とは満足の基 準値ともいえる。さらに、次の満足度への期待が保証といえる。一度経験した満足感を次 も同じように味あわせてもらえる、さらに高い満足を期待できるのがブランドの保証であ る。ブランドのクォリティとは、こうしたブランドに対しての信頼や保証を損なわないこ とに向けられる企業努力である。一方で、顧客の満足感に対しての慣れという問題も大き なブランドをマネジメントする上での課題である。どんなに優れたものであっても、それ が普通になってしまうのが慣れである。クォリティを維持するということは、この慣れを どう回避するのかということでもある。商品・サービスそのものの改良はもとより、より 高いパフーマンスを追及することが求められる。世に存在するロングセラー商品の多くは、
こうした改良・改善の積み重ねといわれている。ブランドの現状に満足することなく、常 に新たな価値の創造を積み重ねることが、ブランドのクォリティを維持していく上で不可 欠のことといえる。
《朝日酒造の「久保田」》
朝日酒造は久保田の開発に際して「ターゲットに好まれる「幻」を超える酒を造ること」
を命題として妥協のない商品作りを行なう一方、販売においても販路を選択的に限定する という方策によって希少性を生み出し「久保田」というブランド価値を作り出してきた。
生産規模が小さいことを逆手にとって希少性を演出しブランド価値を高めるという手法は、