本研究では,環境評価手法の中で特に非利用価値の定量化に有効である選択実験を用い て,自然公園保全に関する政策決定にあたり,主要な論点となる属性について人々の選好を 分析する。合わせて,環境評価分野において最近注目を集めているベスト・ワースト・スケ ーリングを適用し,環境省の実施する国立公園満喫プロジェクトを踏まえた上で,日本の国 立公園における重要度及び優先度の高い整備項目を明らかにする。以下では,環境評価の概 要及び本研究が適用した選択実験とベスト・ワースト・スケーリングの概要について整理し ていきたい。
第一節 環境評価の概要
環境価値を評価する手法は,これまでに多数開発されてきているが,大きく分けて顕示選 好法と表明選好法がある。顕示選好法は市場で人々の実際の支払い行動をもとに環境価値 を推定する方法であり,旅行費用からレクリエーション地の評価を行うトラベルコスト法,
地価や貸金から住宅地などの周辺環境価値を取り出して評価するヘドニック法などがある。
一方,表明選好法はアンケートを用いて仮想シナリオに基づき人々に計画案に対して選好 を直接に尋ねることで,自然価値を推計する方法である。
自然公園地域の持つ多面的機能には,利用価値だけではなく,非利用価値も含まれる。非 利用価値は市場では取引されていないため,市場価格に基づく顕示選好法では分析を行え ないが,表明選好法によるアプローチが必要となる。ただし,表明選好法はアンケート調査 に基づく仮想評価であり,評価額がさまざまなバイアスの影響を受けることがデメリット として指摘されている(吉田,2013)。
表明選好法では,複数の属性による構築された計画案に回答者に提示し,その好ましさを 選択してもらうことで実際の意思決定に近い状況で現実的なデータを収集することが可能 となる。表明選好法には,仮想評価法(contingent valuation method:CVM)と選択実験が含ま れる。CVMは,支払意思額(Willingness To Pay:WTP)や受入補償額(Willingness To Accept
Compensation:WTA)を直接尋ねることにより,自然環境の価値を推計する手法である。CVM
の特徴としては市場データを欠いている非利用価値を含めた,自然環境が有している多様 な価値を評価することが可能である。CVMは基本的に税金などの形式で付け値という単一 の属性で評価を行うことから,自然環境をその構成要素に分解して,各機能を評価すること が困難である。異なる政策代替案を比較するには,数種類のアンケート調査を実施する必要 がある(吉田,2013)。選択実験では,自然環境を構成した属性ごとに評価することが可能で あり,さらに,同時に複数の環境保全計画案を比較することが可能である。
合崎(2005)では,顕示選好データと比べた時の多属性型表明選好法の利点としては,次 の四点が指摘されている。第一は,新しい特徴を持った製品もしくは新しく開発された技術
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に対する消費者評価や新規プロジェクトに対する地域住民評価が可能となる。第二は,顕示 選好データの変動幅が小さく,主体の行動を予測するモデルを構築できない場合,表明選好 データを用いるのであれば,説明変数の取りうる範囲を実際の変動幅よりも拡大すること が可能である。また,各変数が直交するように設計された表明選好データであれば,多重共 線性の問題を回避することができる。第三に,実際の市場では取引されていない財・サービ スの評価が可能となる。第四は,効率的なデータ収集が可能となる。
また,合崎(2005)では,表明選好法はランダム効用理論に基づいた離散選択モデルによ り表明選好データを分析する手法と定義されている。表明選好法を大別すると,二つ以上の 属性に対する選好データが得られる多属性表明選好法(attribute-based stated preference-methods)と単一属性型表明選好法に分類することが可能である。また,多属性表明選好法の 実施は大きく分けて,「分析目的の設定」,「属性・水準の決定」,「全選択肢集合の作成」,「調 査票の作成」,「データの収集」,「モデルの推定と検定」,「計画評価」という7つの段階があ る(合崎,2005)。
第二節 環境評価の手法 4-2-1 選択実験
選択実験は,1960 年代に計量心理学の分野で誕生し,その後市場調査や交通工学の分野 で研究が発展し,1990 年代になってから環境経済学の分野でも用いられるようになってき た(Adamowicz et al.,1998,合崎,2004,栗山・庄子,2005)。CVMと同様に表明選好法に分 類され,利用価値・非利用価値のどちらも評価可能である。Adamowicz et al(1998)では,選 択実験が初めに非利用価値の評価に適用された。
選択実験の代表的な質問形式として,完全プロファイル評定型,ペアワイズ評定型,選択 型があげられる。本研究においては,最もバイアスが少ないとされている選択型を採用する。
分析の流れとしては,複数属性によって構成されるプロファイルを回答者に提示し,その好 ましさを尋ねることで,属性別の価値を評価する。各属性の評価額は,ある属性を1単位増 加させるために,支払っても構わないと考える最大の金額であり,限界支払意志額(MWTP)
と呼ばれる。選択実験では,複数の属性を組み合わせて構成された「プロファイル」とうカ ードを用いるため,提示する金額はその属性の一部であり,それら複数の属性により評価対 象の価値が決まる。選択実験はアンケート内容によってバイアスが発生する可能性がある ため,アンケートの設問設計には十分な検討が必要である。
44 4-2-1-1 ランダム効用モデル
選択モデルはランダム効用理論に基づいて定式化可能である。第 n 番目の回答者がJ個 の選択肢の中からjを選択した場合の効用Uは (1)式の通り表される。
U
nj= V
nj+ε
njここで,Vnjは効用の観察可能な部分,
ε
njは効用の観察不可能な部分で誤差項となって いる。 したがって,回答者nがjを選択した場合には,他の選択肢を選ぶよりも効用が高 くなることから,(2)式の通り定式化される。Prob(j) = Prob(U
nj> U
nk; ∀j ∈ J,j≠j)
= Prob(V
nj+ ε
nj> V
nk+ ε
nk;∀j ∈ J,j≠j) = Prob(V
nj- V
nk>ε
nk-ε
nj; ∀j ∈ J,j≠j)
ここで誤差項
ε
nkとε
nkが第一種極値分布に従うことにすると,誤差項の差はロジスティ ック分布に従う。回答者が選択肢j を選択する確率は(3)式の通り表される。𝑃𝑟𝑜𝑏(𝑛𝑗) =
( )∑ ( ) (3)
ここでμはスケールパラメータであり,通常は1に基準化される。この時対数尤度関数 は(4)式のように表せる。
ln 𝐿 = 𝑑 ln 𝑝
ただし
d
njは
回答者nが選択肢jを選択した時に1,それ以外の時に0となるダミー変数 である。4-2-1-2 限界支払意志額の算出
一つ属性が変化する場合に,以下のような線形の効用関数で限界支払意思額を求めるこ とができる(柘植他,2011)。
(4)
(2)
(1)
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𝑉(𝛸 , 𝛽) = 𝛽′𝜒 + 𝛽 𝑃
(1)Vは効用のうち観察可能な確定項,χは属性ベクトル,βは属性の限界効用のベクトル,P は負担額,𝛽 は負担額の限界効用である。(1)を全微分すると(2)式が導かれる。
∑ dχ + dp=dV
(2)効用水準を不変(
dV 0
)とし,属性Xk以外も初期水準に固定すると,属性Xk1単位増加した時の限界支払意志額は(3)式の通り示される。
𝑀𝑊𝑇𝑃 = = − = −
(3)4-2-1-3 条件付きロジットモデル
条件付きロジットモデルはすべての回答者が同一の選好パラメータを持つと仮定する選 択 確 率 を 推 定 す る モ デ ル で あ る 。 ロ ジ ッ ト モ デ ル の 条 件 は 誤 差 項 の 独 立 同 分 布 (Independently and Identically Distributed:IID)である。IIDとは,すべての選択肢の効用の誤 差項がそれぞれの選択肢の誤差項から独立であり,誤差項がそれぞれ同じ分布を持つこと を意味する。誤差項εがそういった条件に従い,第一種極値分布であるガンベル分布になる ことと仮定する(栗山・庄子,2005)。
F(𝜀 ) = 𝑒𝑥𝑝(−𝑒𝑥𝑝(−𝜇 (𝜀 − 𝛼)))
(1)αはロケーションパラメータ,𝜇 は正のスケールパラメータを意味している。ここでは誤
差項𝜀 が個人,及び選択機会にわたって独立かつ同一に分布していると仮定すると,回答 者nが選択肢iを選択する確率は次式の通りになる。
𝑃 =
( )∑ ∈ ( )
(2)
ここで,一般性を失うことなく,スケールパラメータ𝜇を1と仮定する。最尤推定量を推 定するための対数尤度関数は以下の通りとなる。
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ln 𝐿 = 𝛿
∈
𝑙𝑛𝑃
ただし,Nは回答者の数,𝛿 は回答者nが選択肢iを選択したときに1,それ以外の時は 0となるダミー変数,𝑃 は回答者nが選択肢iを選択する確率である。
4-2-1-4 混合ロジットモデル
混合ロジットモデルにおいて,効用関数Uは(1)のとおりである。
ij ij
i ij
ij
x z
U ' '
(1)xとzは選択肢固有属性,βは固定パラメータ,ηはランダムパラメータ,εは誤差項で ある。回答者iが選択肢jを選択する確率Lij (η)は(2)のとおりとなる。
J k z j
x
z L x
k
ik i ik
ij i ij
ij
; 1 ,..., ,...,
) ' '
exp(
) ' '
) exp(
(
(2)ηの確率密度関数を ƒ(η|Ω)とおき,Ωをこの分布の固定パラメータとすると,混合ロ ジットモデルの選択確率Pijは(3)のとおり定式化される。
L f d
P
ij ij( ) ( | )
4-2-1-5 潜在クラスロジットモデル
潜在クラスロジットモデルでは,回答者をs個のセグメントに区分し,セグメントごとに 異なるパラメータを推定することにより,選好の多様性の生じる原因が分析できる。セグメ ントsに分類される回答者nが選択肢jを選ぶときの効用は(1)で表される。
(3)
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