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幸福会 ヤマギシ会
図
カリスマ の機関化としての
研鎖方式 長与 権力者の 無名の機関責任者
としての存在
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この幸福会ヤマギシ会においては,今、では山岸巴代蔵はたんなる創始者であ るような位置に祭り上げられており,実際の組織運営は新たな権力機構によっ て担われている。しかも,教祖,預言者,グノレにあたるカリスマプロデューサー は存在しておらず,研鎮がこれに代わる位置を占めており,すなわち裏側から 秘密機関が実権を奮うという組織運営方式が採用されている。その意味では,
秘密機関のメンバーがプロデューサーであるが,しかし彼らはきわめて特殊な みえざる存在となっている。
(4) 文人型カリスマプロデューサー(武者小路実篤)
さて
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つ目の事例は失敗に終わった新しき村の指導者である武者小路実篤 についての論述である。武者小路は周知のように白樺派の中心的な文人であり,新しき村に住み着いていた時が最も文人として光吉を放っていた。その意味で は,彼の中においては文学的創造力と社会的創造力は不可分であったと考えら
915 結合と教祖の人材論 一刀ー れる。そして,新しき村の一時的な成功は武者小路がかかわったからであると 考えられている。
しかし,この新しき村が短期間で失敗したのも,また武者小路がリーダーと して組織を率いていたからであるとも考えられている。それは,武者小路とい う個人の力量の問題ではなしたとえ新しき村のようなユートピア運動であっ ても,実際に多くの人間の集団生活を維持するための組織において,まさに文 人中心のガパナンスを確立することを期待すること自体が無理であったと考え
るべきである。
もちろん,新しき村は多くの無名の知識青年によって推進された運動である が,組織の求心力として全員が認められるような人聞は,新しき村建設時にす でに著名であった武者小路以外に誰もいなかった。もちろん,今もこの新しき 村が場所を変え事業形態を変えながら生き長らえていることは,この運動自体
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が必ずしも完全に失敗であったとはいえない。
なお,この新しき村の特徴は,農民を巻き込んだ多くの新興宗教と比較する と,幾分知識にウエイトがおかれた組織であることが理解できる。すなわち,
知的な青年のユートピア社会主義運動として展開された新しき村は,まさにシ ンボJレとして著名な文化人の存在が不可欠であった。そして,これは時に権力 にとって幾分反社会的な存在であると映るような存在であったことも
1
つの特 徴であり,そのためある種の知的コミューンのような性格を持った組織として 立ち現れていた。したがって,武者小路の存在は,知識青年のアナザーライフスタイルを希求 する生き方のシンボルとして必要なのであった。そして,知的青年のポジティ ブ集団として組織に虚無的な思想が入り込まないようにするためにも,文人で ある武者小路の存在が不可欠だったのである。このため,このきわめて強い求 道性によって組織化された知的青年の共同生活が可能となった(図(5~
‑12)
。この新しき村は,実は白樺派の影響を受けた多くの小学校教員や青轄に代表 される新しき女に影響を受けた独身女性から強い支持を受けていた。そして,
これらの知的青年の幾分観念先行での共同生活が彼らのいうユートピアであっ
74‑ 香川大学経済論叢 916
図 一12 武者小路実篤に見る求心力 ユートピアの
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文化的創造力\\~一一~
た。すなわち,これが元来知的青年の集まりであり,そのためシンボルとして 武者小路を戴いたということは,まさに運動自体が観念的なものにならざるを
えなくなることは不可避であった。
したがって,武者小路は新しき村においては権力的な支配者として登場した のではなしむしろ知的青年のアイデンティティ確立に不可欠なシンボル,あ る意味では宗教的でなないが,それでも教祖的な存在として位置づけられる存 在であった。しかし,この教祖が,文人という普通の職業,すなわち他に多く 存在する職業を持っていたことに,そしてさらに自ら組織の経営に携わったこ とに,まさに組織自体としての限界を露呈してしまったのである。もちろん,
新しき村を支えたユートピア社会主義自体にも思想としては限界があったこと も確かである。
3 . . 2
カリスマプロデユーサーに見られる諸相カリスマプロデ、ューサーは,実際には時代によっても地域によってもまった
917 結合と教祖の人材論 ‑75‑
く異なる存在として立ち現れている。そこで,カリスマプロデューサーの実相 を理解すべく,ここではカリスマプロデューサーを4つの類型に分類し,それ ぞれの特徴を述べることでモデル化への挑戦を行ってみる(図
‑13)
。図ー13 カリスマプロデユーサーのモデル体系
カリスマプロデューサーモデル
機
リ",,'凶'"脚"・・・H・・・・""""・"目"・"町"・"四・・・・・・・・・"帥"・"'",,'''''・H齢副刷帥齢・・P・H・・・・句剖"""..・H割引伽帥齢"・"刷H・・......"""...
その類型は具体的には,第1はトリックスターとしてのカリスマプロデュー サー,第2は霊能者としてのカリスマプロデ、ューサー,第 3は神秘家としての カリスマプロデユ}サー,第4はネイティブカテゴリーとしてのカリスマプロ デューサー,の
4
つである。これらは,それぞれ独立した類型であるが,当然 ながら実際にカリスマプロデ、ユーサーが立ち現れる時には,複数の特徴を備 えた存在として登場することとなる。第
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のトリックスターとしてのカリスマはグルに代表され,第2
の霊能者と してのカリスマプロデ、ューサーは教祖に代表され,第3
の神秘家としてのカリ スマプロデ、ューサーは予言者に代表され,これらを兼ね備えた存在がネイティ ブカテゴリーのカリスマプロデューサーなのである。そこで,これらを比較検 討しながらカリスマプロデ、ユーサーの実相に迫ってみる。(1) トリックスターとしてのカリスマプロデ、ユーサー
以上の事例から理解できるように,組織的に超常的パワーを現出するにはカ リスマプロデューサーの存在が大事であることが理解できる。また,宗教的色 彩の強い組織においては,創業時にはいわゆる教祖が存在しているし,その後
‑76ー 香川大学経済論叢 918 には予言者やグノレが登場する場合が多いこともあり,組織が生まれてまもない 初期時代においては,それなりに組織的な求心力が実現している。そこで問題 なのは,この組織的求心力を長期的に維持しているための方法論を確立するこ
とである。
それは,外側からみれば例えば聖なる狂気を組織として意図的に演出するこ とが必要とされている。言い換えれば,ゲオログ・フォイアスティンによれば,
予言者やグルに代表されるいわば成就者は因習に囚われた精神の度肝を抜き ショックを与える手法を採用している。そして,このような度合いが強いほど,
宗教的組織においては求心力が強いことが理解されている。
彼らが持っている能力は,自らの奇抜を活用して日常生活を支配する世界観 に別様の世界観を浸透させる奇人のそれである。彼らはいわば狂気の智恵の師 であれまさに現実を転換させる名手であり,そしてタブー破りの大家であり,
同時に驚博と矛盾と暖昧さの熱愛者なのである。このような特徴を持った彼ら はいわばトリックスターは一種の道化のようなものである。なお,たとえ武者 小路実篤は別にしても,稲盛和夫に対してはこのような要素を見出すことは可 能である。
さて, トリックスターは部族宗教や神話の世界に属するものだが,超人的な 英雄であり,また非常に賢いが不道徳な要素は不合理な行動を好む傾向が見出 せる。どうも,本質的にはトリックスター的な性格を持った異能人材が表向き 聖人として立ち現れた存在が,宗教的な組織における教祖,予言者,グルであ ると考えられる。もちろん,これはトリックスターが邪悪な存在であることを 意味するのではなく,一般的な善悪の地平を超えたところに位置していること
を意味している。
それでは,ここでもファイアステンに依拠しながら,特にグルと関係につい て考察を深めてみる。グノレ,すなわち霊的指導者の役割は,人々の知性を打ち 砕く発見へと導くことである。このトリクッスター的な特徴を持っているグノレ とグルに支配されるいわゆる弟子との聞には,実は神を広める者と霊的クロー ンの狂気的結合関係が現出されている。そして,どんなグルも優しく慎重でトあ