4. 1 高 橋 舞 と 作 品 、 家 族 、 施 設 の 関 係
第3章では、受買歴のある作家家族のインタビュー調査から、障害のある当事者とその家 族の関係性に焦点を当て、その価値について論じてきた。本章では、自閉症、知的障害のあ る筆者の姉、高橋舞の半生を追う。商橋舞が生まれてから、施設に入るまで、アートとの接 点を持つまでの経緯を辿ることで、アートの活動が舞の父母、箪者にどのような変化をもた
らしているのかを検討し、高橋舞と家族、また施設のスタッフの関係性についてできる限り 論理的な素描を試みた。
4. 1. 1 高橋舞のこだわり
筆者の姉、高橋舞(以下、舞)は、1993年生まれの27歳103で、人と話をすることや、歌 を歌うことが好きな明るい性格の持ち主である。現在の普段の活動では、週6日間を施設で 過ごし、休日は、ヘルパーと一緒にご飯を食べに出掛けたり、音楽教室で歌を歌ったり、公
園に出かけて大好きなブランコに乗ったり、室内プールで泳いだりと、お出掛け好きで活動 的な日々を過ごしている。そうした活動以外に舞の特徴と して、硬い物に対する強烈なこだ わりがある。そのこだわりは、彼女の日常生活と密接に結びついている。
例えば、舞が3歳頃から 20年以上経過した現在も取り組んでいる「詰め物」という行為 がある。これは、つるつるした素材の化粧ポーチや、空の瓶の中に、ハンカチやお菓子をぎ ゅうぎゅうに詰め込んで、はちきれそうになった固まりをつくるという行為である。(原I13)
(
図14)具体的な詰め物の流れは、次の通りである。
①家の中にあるファスナー付きのポーチや、カバンなどの入れ物を探す。
②好みの入れ物を見つけると、お菓子やハンカチを用意して入れ物の中に詰め出す。
③ 並 々 な ら ぬ 集 中 力 で、自分の好みの硬さになるまで詰め続ける。うまくいかない と苛立ち、家の中にある物を投げたり家具を倒したり、家族に手を出したりする など、暴力的になる。
④やがて、好みの硬さに出来上がる。はちきれそうになった固まりの感触を手で確 かめる。
⑤詰めて出来上がった固まりは数日で飽きてしまい、次の自分の好みに合う入れ物
IOJ 2019年2月時点の年齢
を探すが、好みの物が見つからずにパニックを起こす、暴れる。①に戻る。
図 13詰め物をしている舞 (1999年当時6歳)
図 14詰め物の事例(左:母の大事なカバン、 右:靴下)
この一連の行為は、 20年以上家族を悩ませてきた。そう した硬い物に対するこだわりは、
オブジェや置物に対してもある。非常に困るのは、お店に置いてある非売品の四物を持ち帰 りたがったり、他人の持ち物を欲しがったりすることだ。非売品や他人の持ち物は家に持ち 帰ることはできないため、納得するまで店内の床に寝転がって暴れることもある。
舞はこれらの行為を詰め物の過程で述べたように、自分の思い通りにできずパニックを 起こし、自傷行為や他偽行為に発展する。その際に家の中のあらゆる物をひっくり返し、泥 棒が入ったような状況になることもある。(灰I15)そのため、舞の行為は、父母や妹にとって
「厄介なもの」であり、肯定的に受け入れることができなかった。家族間では、どのように 舞の欲求と折り合いをつけていくかを常に議論し、懇闘してきたのである。 例えば、父が仕 事で出張に行った際は、必ず舞が気に入りそうな入れ物を買ってきた時期もあれば、あまり に暴れ方が酷いために、今後一切詰め物を禁止しようと、家中のすべての入れ物を捨てたこ ともある。 しかし、一向に舞の詰め物に対する欲求が止まることはなかった。詰め物をした い舞の欲求と試行錯誤する当時の様子を、父母は次のように語っている。
「
(今は)昔ほど詰めないけどね。昔、詰め放題させていた時期もあった。 納得しな
いから、常に詰める物を買い与えていた。試行錯誤して、ある程度詰めさせないよう なシステムが出来てきた」 104 (父親)
「ポーチとか詰め物しそうなものを全部捨ててやった時期もあったけど、結局何か に詰めちゃうんだよ。『こんな物に詰めるのか・・・! 』っていう物に。舞が詰め物をや めさせることが不可能っていうことはわかった。どんなにこっちが努力しても」 105
(母親)
図 15舞が暴れた時の家の中の様子
ものに対するこだわりと格闘する日々を過ごすうち、20l0年 3月に舞は特別支援学校を卒 業する。その後、浜松市内の作業所に通所するも、たった lヶ月で対人関係のトラプルによ り、施設から受け入れ拒否をされてしまう。そこで、行き場を失った舞に救いの手を差し伸 べたのが、他でも無く認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ(以下、レッツ)の理 事長、久保田翠だった。 2010年、舞は、レッツが設立した障害福祉サービス事業所「アル ス・ノヴァ」 (2018年に引っ越し、同年 l1月に「たけし文化センター連尺町」をオープン)
へ通い始める。次の節では、レッツの活動を軸に、レッツとともに歩んできた舞について追 っていく。
4. 1. 2 認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ概要
レッツは2000年に設立 (2004年にNPO法人化)、アートを軸にして
I
障害を持つ人をサポ ートする活動を行っている。レッツの活動は、久保田の息子で重度の知的障害のある「久保田壮(たけし)」という 一人の障害のある子どものこだわりや行為を、問題行動や病理として捉えるのではなく、
「個人の熱意」として捉え直すことから始まった。そうした、いわゆる問題行動と捉えられ
104父親へのインタビューでの発言 (2018年12月18日) 105母親へのインタビューでの発言 (2018年11月1日)
てしまう行為を、本気、熱意の表れ、独自の表現と捉え直すことで、全く違った見方、感じ 方、あり方を浮かび上がらせる106、「たけし文化センター」事業を2008年より展開する。
「人が誰でも持っている『表現する力』。それがこだわりであったり、どうしようも ない熱意であったり、時には問題行動と呼ばれるものであったり。とにかくその人ら しい表れを、無視しないで大切にしながらものごとを組み立て、社会を見つめていく と、全く違った価値観が浮かび上がってくる。そうしたことを実験し、社会に発信し ているのがレッツです」 107
その後、障害福祉サービス事業所「アルス ・ノヴァ」や、障害のあるなしに関係なく誰も が利用できる私営公民館「のヴぁ公民館」が誕生した。建物の老朽化のため、「アルス・ノ ヴァ」は 2018年 JO月を持って静岡県浜松市入野での活動を終了し、より浜松の中心市街 地である連尺町に、新しく 「たけし文化センター連尺町」を開設した。「たけし文化センタ 一連尺町」では、新たに重度の知的蹄害者が暮らすシェアハウスの機能が追加され、メンバ ーと共に宿泊できるゲストハウスも伴う。
このような拠点を持ちつつ、レッツでは多様な文化芸術事業を行なっている。毎月行う気 軽なてつがくカフェ、「かたりのヴぁ」や「ミ ドのヴあ」や、メ ンバーやスタッフの劇的な 日々を Youtubeで配信する「のヴぁテレビ」、 一般の人が施設に滞在し、宿泊する「タイム トラベル 100時間ツアー」、全国各地からパフォーマーを幕り、音楽とも表現とも言い切れ ぬパフォーマンスを行う「雑多な音楽の祭典スタ*タン!!」などを行なっている。
今日多くの障害者芸術活動の中で、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートなど障 害のある人の作品が注目されている。しかし、レッツの活動の特徴は、その人の「存在」そ のものに着目している点である。障害のある人の「存在」そのものが、「様々な境界を超え て、既成の概念や価値観を壊していく力になる」 108として、障害のある人のあるがままの姿 を伝えている。
4. 1. 3 価 値 観 を 変 え る ア ー ト の カ
アートの定義は様々であるが、久保田は、アートは「価値観を変えること」だと捉えてい
106久保田翠『「あなたの、ありのままがいい」静岡新間コラム「窓辺」より』、認定NPO法人クリエイ ティブサポートレッツ、 2014年、 pp.32‑33
107前掲再、 pp.8‑9
108 相澤久芙•長油結•郎編『認定 NPO 法人クリエイティブサポートレッツ平成 27年度報告森「イン
クルージョンの起こる場」] 「人」』認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ監修、 認定NPO法 人クリエイティブサポートレッツ、2016年、 p.33
る。レッツでは障害のある人の存在を通して、既存の価値親を問い直す様々な試みを行って いる。
既存の価値観を変えていく挑戦は、アルス ・ノヴァでの過ごし方にも表れている。アル ス・ノヴァには下請けなどの決められた作業はなく、それぞれが好きなことに取り組み、自 分のペースで過ごしている。「絵画、造形、木工、機織り、陶芸、刺繍、刺繍、縫製、音楽、
身体表現、ディスクジョッキー、パソコン、文章表現、散歩、昼寝、何もしない...」109など、 メンバーの数だけ様々な過ごし方があることがわかる。スタッフは、各々の生活スタイルを 注意深く観察し、メンバーのやりたいこと、興味のあることにとことん向き合っているとい
゜
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ここでは、高橋舞を含めた3人のメンバーの事例から、個人の熱意と向き合うスタッフと メンバーの多様な関係性について紹介しつつ、「価値観を変える」レッツの活動を取り上げ たし
o
【事例① :尾形和記さん】
アルス ・ノヴァを利用する尾形和記さんは、電化製品が大好きで、家電址販店などに行く と何時間でも居座り、閉店になっても帰らない。さまざまな電化製品を触り始め、てこでも 動かないため、多くの店で出入り禁止になってしまったという。そんな彼の欲望に全面的に 付き合うことにしたスタッフは、壊れかけている電化製品を買い込み、彼に思う存分いじら せた。
やがて、尾形さんはお気に入りの電化製品を「台車に租む」という技を思いつく。テレビ や楽器、大きいものは冷蔵庫などを台車に租み、ガムテープやビニール紐で固定する。彼の
「欲望」に全面的に付きあうと決めたスタッフは、台車に何を租もうが止めることはしない。
やがて電化製品を租んだ台車を引いて、近所を散歩する「オガ台車」として注目を集め、尾 形さんと一緒に散歩したい人が遠方からも会いに来るようになったという1100
【事例② :太田燎さん】
同じくアルス ・ノヴァを利用する太田燎さんは、体が大きくマイベースで、施設内の階段 を、20分も30分も時間をかけて昇り降りする。ある時、スタッフがその姿をビデオに収め、
見てみると、「ほとんど動いていないような彼の所作に、自分たちには想像もできないよう
109久保田、 2014年、前掲弗、 p.17
110認 定NPO法人クリエイテイプサポートレッツ理事長久保田翠「瞬害の価値親を超えるオルタナティ プ な 楊 た けし文化センター(静岡県浜松市)」、一般財団法人たんぽぽの家編『ソーシャルアート:障律 のある人とアートで社会を変える』、学芸出版社、 2016年、pp.188 189