にない。展示作品は全て館蔵品だったが、筆者自身これほど丁寧に触察したのは 初めてで、鑑賞どころか触覚による認知の入り口にさえたどりついていなかった ことを痛感した。そして興味深いことに、触っているうちに、記憶にある作品の 視覚像が、触知された像によって、歪み修正されるという事態を経験した(7)。この 歪みは、「見常者」である筆者の触察力の低さが原因でもあろうが、ある一人の人 間が同じ彫刻作品を鑑賞する際に、視覚と触覚とで得られる作品像が違いうる具 体例として差し支えないだろう。
障がい当事者である広瀬が、「見常者」(=健常者)と「触常者」との非対称性 を軽やかかつ鮮やかに反転してみせた「無視覚流」鑑賞では、たとえ視覚的に完 成された彫刻作品であっても、そこから触覚による鑑賞ならではの作品像を取り 出しうることが示された。広瀬が自ら「無視覚流」=無資格流と標榜するとおり、
「触文化」という美術の外側からのアプローチであった第 27 回の成果を踏まえ、彫 刻における触覚的なものとは何かという問題を、いよいよ彫刻という表現ジャン ルの側からも、実作の提示とその鑑賞体験により掘り下げるべく、第 29 回を企画 した。
(2)作家の選択
上述のとおり本来、視覚優位である彫刻作品の触覚性を問題にすることは、作 家にとっては必然的に自己批判を伴い、アイデンティティを揺るがしかねない難 しいテーマである。リスクを恐れず挑み、ポジティヴな着地点を見出しうる作家 として、中ハシ克シゲに出品を依頼した。
中ハシ克シゲは、1980 年代の半ば、身近な人物や動物をモチーフにした塑造作 品から出発。90 年頃から松や関取など日本的なモチーフを扱ったポップでキッチュ な金属彫刻で一躍注目を集め(図 1)、90 年代末以降 2000 年代にかけてはハリボ テの巨大なゼロ戦を展示・焼却する〈ゼロ・プロジェクト〉により知られてきた
(図 2)。インパクトの強いモチーフに目が奪われがちだが、巨大彫刻のモニュメ ント性を文字通り骨抜きにしたゼロ戦にも明らかなとおり、そこに通底するのは、
彫刻とは何か、とりわけ明治以降に美術を輸入した彫刻なき国日本における彫刻 とは何かという問題意識である。中ハシであれば、彫刻の根本を問う今回の試み を共有できると考えた。そして鋭い批評性とともに、ユーモアとペーソスがこの
図 1 中ハシ克シゲ《Nippon cha cha cha》1993 年 内田芳孝撮影
図 2 中ハシ克シゲ《ZERO project SUISEI-43, Tottori, 2007》2007 年 福永一夫撮影
図 3 中ハシ克シゲ《蓄膿症》2015 年 福永一 夫撮影
(8) 中ハシは制作過程でホワイトボードに気づ いた点をメモし、写真で記録することを習慣と しており、その一環として筆者が記したもの。
中ハシ注 3 前掲、122 頁に引用。
作家の持ち味だ。やや堅苦しくもある今回の設定においても、最終的なアウトプッ トには中ハシならではの作風がにじみ出て、観客が受け止めやすいものとなるこ とも期待された。近年は自らの原点である塑造に戻り、即興的な作品に取り組ん でいる(図 3)。彫刻における触覚的なものを問うといっても、ある程度、彫刻の 範囲を限定するのが現実的である。当館の所蔵対象は、ロダン以降の西欧近代彫 刻およびその影響下に展開してきた日本の近現代の彫刻で、塑造によるブロンズ 作品も多い。中ハシの造形言語の基本が、まさしくロダン以降に学んだ塑造であ る点でも、適任であった。
(3)ブラインドモデリングの試作
中ハシに出品を依頼したのは 2017(平成 29)年の秋である。結論ありきで進め ないことを共有しつつ、過去の「美術の中のかたち」では館蔵彫刻を扱った取り 組みも複数あったことから、出発点として中ハシが館蔵品のブラインドモデリン グを試みることになった。
対象作品は、柳原義達《長寿の鳩》(1981 年)とした。中ハシと筆者とで、その 時点で館内に展示されていた彫刻作品を一巡し、見た目に触覚が感じられる作品 として選択した。手順としては、いきなりブラインドモデリングを行うのではなく、
一旦、表現方法のトレースを重視した模写である臨模を行い、手の感覚を記憶し た上で、視覚を遮断した塑造へと進む。臨模の材料は元作品に倣い水粘土としたが、
ブラインドモデリングにおいては手で形を崩さず確かめながら作業を続けられる 材料として、油土が使われた。以下、中ハシとの通称に倣い、臨模による鳩を「臨 模鳩」、ブラインドモデリングによる鳩を「触覚鳩」とする。完成後に筆者が実見 する際には、触察の印象を比較できるよう、オリジナルの《長寿の鳩》をあらか じめ触察したうえで中ハシスタジオに赴き、「臨模鳩」「触覚鳩」ともに視覚で確 認する前に触察した。
結果、「触覚鳩」は触察においては「柳原さんの鳩よりも鳩っぽ」(8)く感じられた。
「触覚鳩」と「臨模鳩」で見た目にも、また触察の印象も大きく異なるのは、尾の 部分である。「臨模鳩」には《長寿の鳩》の尾のかなり複雑な動勢が、比較的よく 写し取られている。一方「触覚鳩」の尾は、単純な形になっている(図 4、図 5)。
前者の複雑な動勢は、鳩を生き生きと見せるポイントなのだが、触察においては、
この複雑さは多弁に過ぎ、少なくとも「見常者」である筆者には把握しきれず、
なかなか鳩の姿につながらない。視覚的な見せ場が、触察にとっては過剰なノイ ズとなっているのである。
他方、胸の造形は、比較的両者の差が小さい(図 6)。ここで注目されるのは、向かっ て左胸の刻みである(図 7)。羽根と胸との境界線と思われるが、不自然なほど深く、
視覚的にはやや表現の意図が捉えづらい。だが、両手で胸を包み込むように触れ ると、その意味がよくわかる。あたかも生身の鳩を抱くような、ふわっとした感 触が得られるのだ。柳原は作品づくりのため鳩を飼っていたことが知られている。
当然、手で触れる機会もあっただろう。《長寿の鳩》の胸には、柳原が実際に鳩に 触れ、手で見た形が生かされていると考えられる。
人が事物を認知する際には、視覚や触覚などの感覚は互いに補いあっており、
視覚を遮断して塑造したからといって、いきなり視覚的要素がゼロになり、純粋 に触覚的要素だけが取り出せる訳でもないだろう。だが以上のような分析から、「触 覚鳩」には、《長寿の鳩》に内在する触覚的な形が、ある程度は取り出されている と考えられた。そして尾の部分に顕著なように、彫刻の中の触覚的な形は、往々
図 4 左が「触覚鳩」、右が「臨模鳩」
図 5 左が「臨模鳩」、右が「触覚鳩」
図 6 左が「触覚鳩」、右が「臨模鳩」
図 7 「触覚鳩」
※ 作品写真のうちクレジットのないものは、兵 庫県立美術館による記録写真である。
にして見栄えのよい視覚的な形により上書きされているとも想定された。
目で見る形と手で見る形は違うのではないか。そして、ともすれば触覚的な形 は視覚的な形により上書きされているのではないか。試作で得られたこれらの仮 説を踏まえ、作家と企画者とで展示案を協議した。手で見る形を検証するには、
来場者が日常、手に触れる機会の多い生き物を題材とするのが良いだろう。中ハ シによれば、飼っているコーギー犬が 14 歳と高齢で、近々彫刻をつくりたいと思っ ていたところだと言う。実験的な内容だけに、より純粋な制作動機の有無は作品 の質を高める上で重要とも思われ、サンという名の飼い犬をモチーフにブライン ドモデリングを行うことが決定した。
(4)「触覚犬」の制作
①《ゴロゴロ犬》(図 8)
ブラインドモデリングによる「触覚犬」は、計 5 体が制作、出品された。以下、
制作順に、中ハシ自身の言葉を引きつつ、制作過程を記述する。
中ハシは、日常的に触れているサンの姿態として「ソファーの上でお腹を出し て撫でられているサンの姿」(9)を最初に取り上げた。「腹を撫でるとサンは気持ちが いいのか、のけぞって小さく唸る」。
モデリングの開始に先立ち生じたのが、芯棒をどうつくるかという問題である。
芯棒まで目で見ずにつくるのは危険だが、予め目で見てつくると、それが形を規 定することになる。完全な解決策ではないものの、後から触覚的な形を優先でき るよう、中ハシは、番線で小さめに概形をつくって粘土の盛り幅を多くとり、さ らに四肢の付け根は可動式にする方法を選択した。なおモデリングの過程で、現 に番線が邪魔になり切り取った場所も生じている。
油土によるモデリングは、「驚いたことに、鳩の時よりもスムース」であった。「私 の脳内には、ハッキリとお腹を出して仰け反っているサンの姿が見えている。そ のイメージと掌に感じる触感は一致しているから、どんどん進んでゆく」。そして 彫刻は「いつの間にかライフサイズになっている」。なお制作途中に現実のサンに 触れることはしていない。モデリングはいつも左前足の肉球という同じ「起点か ら出発してその範囲を広げているような気持ち」で、「一続きのフォルムを連続的 に追いかけている。(中略)その時に構造的な理屈はあまり考えていないように思」
われ、でき上がった造形は「何か曖昧なもので、どこまで細部を追求して良いの か判らなくなった」。起点となる足先は、肉球や爪などディテールも追われている が、全体としては、「犬というより小ぶりな猪豚のようでもある」。また「塑造は 一方向からしか出来なかった」。同じブラインドモデリングでも「触覚鳩」では回 転台に載せ、四方から制作することが当然のように行われていたが、「触覚犬」に おいては「自分の位置があって犬の位置が固定している」。それは日常、犬に触れ る時の位置と重なっていたという。
こうした《ゴロゴロ犬》の特徴は、基本的には以後の「触覚犬」にも共通する。
同時に、新たな展開も見られるようになる。以下の各例については、相違点を中 心に述べる。
②《抱きつき犬》(図 9)
2 番目につくられた《抱きつき犬》は、コーギー犬のサンではなく、作者が小学 生の頃に飼っていた雑種のコロがモチーフとなっている。犬種の違いはさておき、
《ゴロゴロ犬》からの変化として注目されるのが、作者と対象の位置関係の、より
図 8 《ゴロゴロ犬》 福永一夫撮影
図 10 《抱きつき犬》と中ハシ 福永一夫撮影 図 9 《抱きつき犬》 福永一夫撮影
(9) 以下、1-(4)における引用は、特に注記の ない場合、全て中ハシ注 3 前掲、123-127 頁。
図 11 《添い寝犬》全体図
図 12 《添い寝犬》のうち「顔舐め犬」側