Ⅰ 噛む筋肉の働き
咬筋(噛むための顎の筋肉)は、両耳の
噛む機能を働かせる筋肉は、顎の働きが正常か異常かによって大きく 影響を受けます。異常の場合、本来それほど働かなくてもいい筋肉が動 員され、それが長期間続きますと筋肉の疲労を起こし、痛みへと変わっ ていきます。
この筋肉の痛みと深い関わりを持つのが噛み合わせです。噛み合わせ に関する異常は、一つだけの因子によって起きることはまれで、普通い くつかの因子が影響し合っていると考えられます。
しかし、噛み合わせのずれを修正することによって症状が改善されて いるとの報告も多く、噛み合わせが顎の障害に関与する一つの因子であ ることを示すデータはたくさんあります。
ここでは、噛む機能を働かせる筋肉と噛み合わせの関係を考察してみ ました。
前あたりにあり、食べ物を噛むときには 普通 10 〜 20kg の力を出し、1回の食事 で 500 〜 700 回顎を動かすための活動を しており、長時間働けるという特徴を 持っています。
手や脚の筋肉は、カニの脚の筋肉のよ
噛む筋肉
● 要旨
普段、噛む動作は咬筋と側頭筋(こめか みの筋肉)が中心に働き、胸鎖乳突筋(首 の両側にある大きな筋肉)はわずかに働 いている状態ですが、下顎が後方にずれ てしまうと多量に動員され、次第に疲労 が蓄積して痛みを伴うことがあります。
胸鎖乳突筋は、もともと頭を支えたり 左右に動かす働きが中心ですが、物を噛 むときに頭を固定して、しっかりと食べ 物を噛めるように働いています。咬筋は 他の咀しゃく筋と共働して、食べ物を噛 むときは 10 〜 20kg の力を出し、1 回の 食事で 500 〜 700 回顎を動かしており、
疲れを知らない筋肉といえます。
顎は、両耳の前あたりにある顎関節に よって支えられ、この関節を基点に開閉 口して食べ物をすりつぶし、噛み砕く役 割を担っています。この顎が、歯並び、生 活習慣や癖、噛み合わせの不具合によっ て後方にずれてしまうと顎関節症となる 危険度が高まり、頭痛、肩や首に痛みが出 るなど、いろいろな障害を伴うおそれが あります。そのずれも僅か 0.5 〜 1mm 程 度です。
歯ぎしりも筋肉や顎関節に与える影響 の大きいことが分かりました。若い男性 でテストしましたところ、一晩で約30分 間続き、50kg 前後の力で噛み、最大では 70 〜 80kg が記録されました。歯ぎしり は自覚症状がないだけに、歯も磨り減っ てしまうことさえあります。
うに端から端まで1本の筋線維でできて いて、それが束になっていますが、この疲 れを知らない咬筋は、カニのツメの部分 のように短い筋線維がびっしり規則的に 並んでいるために、瞬間的に大きな力を 出せるメカニズムになっています。
普通、噛むときはこの咬筋が一番働き、
次いで側頭筋(こめかみの筋肉)が働きま す。ところが、下顎が後ろにずれますと
(後述)、側頭筋の活動量が多くなったり、
下顎を後ろに引っ張る筋肉を無理やり働 かせるばかりか、胸鎖乳突筋(首の両側に ある大きな筋肉)も働かせることになっ てしまいます。
下顎が正常な噛み合わせの状態では、
下顎の関節が後方へも 0.5mm余裕のある 位置にあり、咬筋と側頭筋は正常に働き ながら、胸鎖乳突筋はほとんど休んでい る状態のことをいいます。
胸鎖乳突筋は、頭を支えたり左右に動 かす働きが中心ですが、その他に下顎が 食べ物を噛み込むときに頭を固定して、
しっかりと食べ物を噛めるように働いて います。これが普通の状態ですが、下顎が 後ろにずれてしまいますと、本来の働き に加えて約20%も余計に働かなければな らなくなることが分かってきました。
このように、下顎が後ろにずれた状態
下顎がずれると筋肉は
疲労する
左側咬筋
左側側頭筋前部
左側胸鎖乳突筋
習慣的噛み合わせ位置 後ろにずれた位置
約5秒
で長い間無理やり噛んでいますと、本来 休んでいるはずの胸鎖乳突筋まで働かさ れることになり、やがてこの筋肉に疲労 が溜まることになります。
このメカニズムを筋電図に記録して活 動する筋肉の状況をみてみましょう。
下図の左側が普通(正常)の状態の筋電 図で、左側咬筋、左側側頭筋前部、左側胸 鎖乳突筋の働き具合がよく分かります。
テストに参加した人は、習慣的に左で 噛んでいるために左の咬筋の活動が大き く、側頭筋前部や胸鎖乳突筋の活動は小 噛む筋肉
左側咬筋、左側側頭筋前部、左側胸鎖乳突筋の正常な働きと異常時(右側)の働き状況
習慣的に左で噛んでいる人の筋電図と人為的に後ろに1mmずらせたときの筋電図。習慣的に左で噛んでいると きは左側咬筋の活動が大きく、他の筋肉の働きは小さい(左側の図)。しかし、人為的に1mm ずらしたとき、左 側の咬筋、側頭筋、胸鎖乳突筋とも働くようになり(右側の図)、この状態が長期にわたるとストレスが溜まる。
側頭筋
(こめかみの筋肉)
咬筋
(噛む筋肉)
顎関節
胸鎖乳突筋
(首の両側にある筋肉)
さくなっています。
図の右側は、人為的に下顎を1mm後ろ にずらして同じ力で噛むと、三つの筋肉 とも同じような活動の大きさを示しました
(87kg で噛んだ状態)。つまり、下顎を1 mm 後ろにずらしただけで、このように筋 肉の働きが変化するのがよく分かります。
それが長期にわたりますと、咬筋を除 いてストレスの溜まるのは当然のことで す。
Ⅱ 顎の働き
これまで、顎を取り巻く筋肉の働きに ついて解説してきましたが、次は人々の 食生活に直接関わる顎の機能と状態につ いて考えてみましょう。
顎は、両耳の前あたりにある顎関節(蝶 番の役割を持つ)によって支えられ、この 顎関節部分を基点に開閉口して、食べ物 や固い物でも噛み砕いて喉のほうへ送り 込む機能を持っています。
顎にとって一番重要なことは、上と下 の歯がきちっと噛み合うことですが、人 それぞれ生活習慣や癖があって理屈どお りにいかないケースが多いのです。例え ば、歯が生えるときに斜めや、前あるいは 横に向いて生えたりして、歯並びが悪い場
合では、噛み合わせもうまくいきません。
意外にこのような人は多く、噛み合わ せと顎関節の関係は調子のいい人ばかり ではないのです。その中で、大変困るのが 下顎が後ろにずれてしまうケースです。
普通、下顎は自由に開いたり閉じたり、
前後または横方向に動かせるという特徴 を持っていますが、噛んだ状態からは前 に動かすことはできても、後ろには動き にくいものです。顎関節の奥は、僅か 0.5mm 程度のゆとりしかないため、動き にくい構造になっているからです。
食べ物を噛むときは、下顎が前後に動 くことによって、噛み切ると同時に喉の ほうへ移動させる動作を繰り返していま す。そして、噛み終わったときに顎の関節 が収まる位置が正常で、これを専門的に は「咬頭嵌合位」(こうとうかんごうい)と いいますが、この位置が何らかの拍子に 後ろにずれて、0.5mm 程度の正常なゆと りがなくなってしまうことがあります。
原因として、噛み合わせが悪かったり 偏った噛み方をしたり、あるいは治療の 過程で起きてしまうことが考えられます。
この位置関係を体感するには、壁に背 とかかとを接触させて立ち、床の上の物 をつかもうと前傾してみると分かります。
この姿勢では前傾ができませんし、物を
下顎は食べた物を喉のほうへ 送り込む
下顎が後ろにずれるとゆとり
がなくなる
つかむこともできませんが、壁から少し 離れるとつかめます。顎関節の ゆとり とは、この状態のことをいいます。
噛み終わった状態 と先ほど言いまし たが、これは食べ物を噛み終わったとき の歯の噛み合わせ位置と顎関節の位置が 良好のことを意味します。これが不良で すと、首や肩が痛んだり頭痛がするなど、
いろいろな障害を引き起こします。
顎の正常な位置が大事であることのも う一つの理由は、顎関節の裏側には血管 や神経が走っており、後ろにずれるとこ れらを圧迫するために、何らかの障害を 引き起こす可能性があるからです。
顎の位置と関連する一つの例 に、抜けてしまった歯のあとをす ぐに治療すれば問題ありません が、放っておきますと、対向する 歯に圧力がかからないために伸び てくるというケースがあります。
このような場合は、伸びた歯を 元の状態に戻してから治療を行う のが原則ですが、放置しておくと 顎のずれに関係してくることがあ りますから、注意が必要です。
噛む機能は、複数の筋肉によっ て支えられていることは先に述べ ましたが、この筋肉はなかなか我 慢強く、かなりの時間が経過して疲労が 溜まらないと痛みが出てきません。
反面、よく歯ぎしり(ブラキシズム)を したり強く噛みしめる(クレンチング)癖 のある人は、その分、顎に強い負荷をかけ るために比較的短い間に痛みが出てくる 可能性もあります。歯ぎしりの原因は中 枢神経に関係していて、ストレスや心の 悩みなどによると考えられています。
この歯ぎしりが、いかに強い力で噛む かを未成年の男性でテスト(咬筋、側頭筋 に電極をつけて測定)したところ、一晩で 約 30 分間の歯ぎしりが続き、50kg 前後 が記録され、一番強い状態では70〜80kg にもなりました。自覚症状がないだけに、
筋肉に与える影響が大きく、歯も磨り 減ってしまうことさえあるのです。
このように、噛み合わせが悪かったり、
頭部と顎の状態
歯ぎしりは顎に大きな負荷を かける
顎関節の位置