水素イニシアチブとは、水素および燃料電池技術を用いて地球温暖化対策や新規雇用 創出を進めることを目的とした産官学連携組織を指す場合の一般名称であり、国連の JPHE、日本のFCCJ、欧州のH2 Mobility、アメリカのDOEおよびCARBといった大規模 なものからロンドン、アバディーン、マサチューセッツ州、福岡県、大阪府などの地方 自治体が運営するものまで、さまざまな組織が現在も活発に活動している。例えば経済 開発協力機構OECD参加のHIA(Hydrogen Implementing Agreement)の歴史は古く、その 発端は1970年代のオイルショックにさかのぼる。これは日本のFCCJでも同じであり、
1970年代のサンシャイン計画から様々な変遷を経て現在に至っている。水素イニシアチ ブの歴史的経緯についてはAppendix 1 FCEVの歴史的背景を参照されたい。
水素イニシアチブでは、産官学各界を代表するメンバーが参加して活動が行われてい る。主な水素イニシアチブを表 34に、参加メンバーの特徴を表 35にまとめた。参 加メンバーについては、政府は日本の経済産業省(もしくは環境省)に相当する省庁が 管掌する場合が多い。産業界は大手の自動車会社やエネルギー会社大企業がメンバーと なっている。監督者もしくは判断者としての銀行家の姿は見られず、先の見える営利を 必ずしも目的としない政府が銀行家に代わって資金提供者の役割を担う場合が多い。ま た、大学からは自然科学系のメンバーが多く、社会科学系のメンバーが殆ど見られない ことも特徴的である。
表 34 Number of Commercial HRSs
(出典:著者作成132)
Nation/Region H2 Initiative 2014 Actual 2017 Target 2020 Target
Japan FCCJ 3 100(2015) 140
USA CaFCP 9 68(2016) 100
Germany H2 Mobility 15 140 223
UK UK H2M 7 48 72
France H2M France 2 - -.
Norway SHHP 6 -. -.
Korea 12 43(2015) 168
132 各種資料から作成。例えばhttp://www.hess.jp/Search/data/37-03-063.pdf、
https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/pdf146_1.pdf、
http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/nenryodenchi_fukyu/pdf/001_04_01.pdf、
http://www.meti.go.jp/press/2014/06/20140624004/20140624004.html
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表 35 水素イニシアチブのメンバーとその特徴
(出典:著者作成133) 参加 備考
政府 有 経済産業省管掌(日本の場合)
企業 有 自動車会社、エネルギー会社 大学 有 自然科学系
顧客 無 -
銀行家 無 -
例えば、我が国の水素イニシアチブである燃料電池実用化推進協議会(FCCJ)が2010年 に発表した「FCVと水素ステーションの普及に向けたシナリオ」によると、2015年から 一般ユーザーへのFCEV乗用車の普及が始まり、2025年にFCEV乗用車およびHRSがビ ジネスとして成立し、2025年にFCEV乗用車200万台の普及を目指す、とされている3)。
しかし、ICEV乗用車でさえ年産200万台に達したのは商業化再開から20年後(1967年)
であったことを考えると、FCEV乗用車が半分の期間で達成するとは考えにくい。こうし た傾向はドイツのH2Mobilityを含めて各国の水素イニシアチブでも見ることができる。
このような楽観的シナリオが生まれる理由のひとつに社会科学系の人材や銀行家が含ま れないメンバー構成も想定されないだろうか。
各国水素イニシアチブが楽観的シナリオを策定する根拠として、よく引用されるもの の一つがハイブリッド自動車(HEV)の普及をFCEV乗用車普及のベンチマークとした先 行研究である (Park, Kim, & Lee, 2011) (Collantes, 2007)。これらはあくまで学術論文として 結果というより新しい論理を世に問うために出版されたものであり、AR4と同じく何か を推奨するものではないと思われる。しかし、これが何かを推奨しているととらえる誤 解はAR4と同じく後を絶たない。
日本市場におけるHEVの普及を例にとると、当初高価だった販売価格のハンディを克 服して商業化開始から4年後には年産20,000台に達したが、HEVはICEVとの価格差も
133 著者は日産自動車総合研究所所属として以下の水素イニシアチブにメンバーとして参加しヒアリングを行った:
FCCJ(日本)、H2 Mobility(ドイツ)、UK H2 Mobility(イギリス)、H2Mobility France(フランス)、おおさかFCV 推進協議会(大阪府)
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少なく走行燃費についても明確な優位性があった134。さらに新しいインフラを構築する 必要もなかった。学術論文の著者はHEV経済とICEV経済にかかわる相違点の数々をす べて網羅する義務はなく、学術論文の主旨に合わせてその前提と検討範囲は取捨選択さ れているはずである。
しかし、銀行家や社会科学者が不在の水素イニシアチブ内で、「著名学術誌に掲載され たこのアイデアは、HEV経済とICEV経済のすべてにかかわる相違点の数々がすべて網 羅されたFCEV乗用車普及指針である」、という拙速な誤解が共有化されることで楽観的 観測が生まれるあろうことは想像に難くない。それでは、他にどのような種類の先行研 究が楽観的観測のタネを提供したのであろうか。また、これらを定量化し対策を考える にはどうすればよいであろうか。
図 51 欧州政府の水素イニシアチブ推移
(出典:富士経済、著者)
134 FCEVの場合は、ICEVとの価格差が大きく走行燃費についても明確な優位性がない。なお、5章で述べるように、
フルサイズHRSで償却が進まない現状では水素コストは1,003%に高騰する。政府補助金がない場合、走行燃費はICEV の1/10となる。
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図 52 アメリカにおける水素イニシアチブ推移
(出典:富士経済、著者)
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