ICEV経済の発展の歴史の中で、特筆すべきは日本におけるポータブルGRSの存在で ある。欧米では大型タンクを導入する効率と安全面との兼ね合いから地下タンクを備え る定置式GRSが当初より主流であったが、国土が狭く人口密度が高い日本では地下タン クの設置場所は限られていた。その結果、必要に応じて小規模ガソリンタンクに4つの タイヤを備え、移動が容易で設置場所の制約を受けないポータブル式ガソリン供給手段
117が発達し、手ごろな価格とあいまって日本中に普及した。ポータブル式の利点は地下 タンク式では不可能な移動性にあり、欧米のGRSが大型化でガソリンの低コスト化を目 指す一方で日本の場合はこれと引き換えに(結果的に)移動性を選択したことになる。
これは欧米を上回る急速な人口増加速度にすらマッチし、普及率と普及速度双方の向上 に大きく寄与したものと考えられる。
図 46 GRS地下タンク容量とGRSあたり自動車数
(出典:著者作成)
図 46 GRS地下タンク容量とGRSあたり自動車数図 46に第二次世界大戦後にお
117 600Lの金属製ガソリンタンクに簡易的な車輪と計量機を備えた安価な供給設備で「ポータブル計量器」と呼ばれた。
1基あたり供給可能なICEV台数は20台程度。当時のメーカーの1つである富永製作所では1953年までに50,000基 を販売している。
0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000
0 5 10 15 20 25 30
19 40 19 45 19 50 19 55 19 60 19 65 19 70 19 75 19 80 19 85 19 90 19 95 20 00 20 05 20 10 GS あたり自動車数
地下タ ン ク 容量 (kL)
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ける定置式GRSの地下タンク容量の推移とGRSあたり自動車数を示す。日本における GRS統計は1953年から設置数と地下タンク容量が公開された。1953年の地下タンク容量
は8800Lであり、その後1970年にかけて単調に増加したあと現在に至るまで地下タンク
容量は増えていない。その間、GRSあたり自動車数は1970年から現在に至るまで単調に 増え続けているが、これは設備投資を増やすことなく物流を強化することでGRSあたり の自動車数を増して経営効率の改善に努めたのではないかと推測できる。一方、GRSあ たりの自動車数は1953年から1963年頃にかけて明らかな異常性を示している。これは、
第二次世界大戦後からいち早く普及して1965年当時まで多くのICEVへのガソリン供給 を支えていたと思われるポータブルGRSが計算されないことで現れた異常性ではないか と考えられる。1965年以降の曲線を1965年以前に向けて延長した点線から下と上がそれ ぞれポータブルGRSと定置式GRSのガソリン販売量比率ではないかと考えられるが、ポ ータブルGRSに関わる統計が存在しないため想像の域を出ない。
図 47 昭和26年のポータブル式ガソリン計量機
(出典:富永製作所社史「トミナガ100年のあゆみ」1987年)
図 47は、ポータブルGRS大手であった京都市の富永製作所の社史に掲載された昭和 26年当時の出荷風景である。写真に見える範囲でも110台が出荷を待っている。ポータ ブル計量機の古い販売情報は富永製作所にも残されていないが、富永製作所ご厚意で入 手できた情報を表 33に記す。
115
図 48 トミナガ計量機年間生産台数(S換)とSS数・自動車保有台数の推移
(出典:富永製作所社史「トミナガ100年のあゆみ」1987年)
表 33 ポータブル計量機のあゆみ
(出典:富永製作所)
■大正12年頃
■昭和25年頃
■昭和27年頃
■昭和28年
■昭和43年
■昭和56年~平成10年頃
■以降
¥2,000
年間出荷台数3ケタ 年間763台出荷 ¥87,000
年間955台出荷 以降昭和30年頃にかけて出荷増 現在のポータブルの形にデザイン変更
¥500,000
¥600,000~¥750,000
図 49に主要国の自動車生産台数(左)および自動車輸出台数(右)を示す。日本の 自動車生産台数の成長曲線は欧米各国と一線を画す急速な立ち上がりを示しているが、
1967年に西ドイツを抜くまでの急速な普及速度から1970年以降の比較的緩やかな普及速 度への移行は日本のGRSがポータブル式から定置式に移行する時期と符合しており、遂
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には米国を抜いて世界1位118の自動車生産台数を誇るようになった日本ICEV経済の発 展において一定の貢献を果たしたことは間違いないであろう。一対の自転車タイヤを備 えたポータブルGRS(Dispersed Methods)は1900年以降のアメリカでも見られたが1920 年前半には姿を消したようである。1910年頃から固定式(Curb Pumps)の計量器が普及 をはじめたがこれも1920年代後半には姿を消し、1930年代中ごろにはドライブイン式
(Drive-in Stations)が主流になり、1940年代中ごろにはサービスステーション式(Service Stations)に代わって現在に続いている (Melaina, 2007)。一方、富永製作所のポータブル GRSは小さな移動用車輪を備えたまま1980年代まで年間5,000台程度生産しており、日 本の狭い道や小型自動車などのニーズに適合しつつも可搬性を維持し続けたが、これは 京都の町屋のなかで地下タンクを設置できなかったという事情も大きかったという119。
図 49 主要国の自動車生産台数(左)および自動車輸出台数(右)
(出典:日本自動車工業会「主要国自動車統計」、「日本の自動車工業」)
118 http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa198201/hpaa198201_2_006.html
119 富永製作所インタビュー(2015.2.6)
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