第 4 章 死亡の分析 49
4.10 死亡の数学モデル
は感じられない。
4.10 死亡の数学モデル
Graunt (1662)がロンドンの人口構造を推測するのに年齢依存の死亡スケジュールを仮
定したのが,最初の数理的アプローチであった。次いで,DeMoivre (1725)が生存関数 ℓ(x)を年齢xの一次関数として,
ℓ(x)= ℓ(0)×(1−x/a)
として定式化した。ℓ(x) は,その集団のうち正確な年齢 x歳まで生き延びる割合を意味 し,aは生存する可能性がある最高年齢を意味する。この定式化は明らかに誤りだが,昔 は(例えば明治生まれの日本人男性のコホート生命表に対しては)そんなに悪い近似でも なかった。
年齢別死亡秩序については,Graunt 以来,さまざまなモデルが立てられてきた。代 表的なものとして,老化に伴う死亡増加と年齢とは無関係な偶発的死亡を定式化した
Gompertz-Makeham モデル(既に書いたが,生命表の高齢部分の補正にも用いられる),
年齢を3区分してそれぞれの死因の違いを考慮したThieleモデル,それを改良した5パ ラメータの Silerモデルや8 パラメータの Mode-Busbyモデル,さらに乳児期の死亡の 説明力を高めたHelligman and Pollard モデル,ワイブル分布によって小児期の死亡逓減 を表したMode-Jacobsonモデル(Gage and Mode, 1993),探索的に発見した3つのパラ メータからなる簡単な関数でどんな死亡パタンも表現できることを示したDennyのモデ
ル(Denny, 1997)*13などがある。これらは,精緻化に伴って適合精度は向上したが,すべ
てアプリオリに集団レベルでの年齢別死亡パタンを与えるものであった。もっとも,Siler モデル
h(t)=a1exp(−b1t)+a2+a3exp(b3t)
に関しては,Gage (1991)が解釈を与えている。Gageは,第1項は若年での感染症による 死亡を意味し,第2項は事故死と妊娠出産に関連した死亡を意味し,第3項は中高年での 癌や心血管疾患での死亡を意味するとしている。また,衛生状態の改善とa1 の低下が対 応するなど,ある程度,パラメータが現実的意味をもつことも利点である。
*13http://minato.sip21c.org/demography/denny.htmlを参照されたい。3つのパラメータをa,b,cと して,
ℓ(x)= 1
(1+a(105−xx ))3 +b
√
e105x−x −1+c(1−e−2x)
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例えば,fmsbにJlifeとして入っている日本の完全生命表データを使って,1955年男性
と2005年男性のqxにSilerモデルの当てはめをすることは,以下のコードで可能である。
library(fmsb)
Ages <- 0:111; FR <- Ages+1
qx1955 <- Jlife$qx1955M[FR]; qx2005 <- Jlife$qx2005M[FR]
rS1955 <- fitSiler(, qx1955); i <- 0 while (rS1955[7]>0 & i<10000) {
rS1955 <- fitSiler(rS1955[1:5], qx1955) i <- i+1 }
rS2005 <- fitSiler(, qx2005); i <- 0 while (rS2005[7]>0 & i<10000) {
rS2005 <- fitSiler(rS2005[1:5], qx2005) i <- i+1 }
LEGENDS <- c("qx1955(data)",
sprintf("a1=%5.3f, b1=%5.3f, a2=%5.3f, a3=%5.3f, b3=%5.3f", rS1955[1], rS1955[2], rS1955[3], rS1955[4], rS1955[5]),
"qx2005(data)",
sprintf("a1=%5.3f, b1=%5.3f, a2=%5.3f, a3=%5.3f, b3=%5.3f", rS2005[1], rS2005[2], rS2005[3], rS2005[4],rS2005[5]))
LEGENDS[2] <- ifelse(rS1955[7]==0, LEGENDS[2], paste(LEGENDS[2],"[nofit]")) LEGENDS[4] <- ifelse(rS2005[7]==0, LEGENDS[4], paste(LEGENDS[4],"[nofit]")) par(cex=0.8, las=1)
plot(Ages, qx1955, xlim=c(0, 120), ylim=c(0, 1), pch=18, col="black", ylab="", axes=FALSE, frame.plot=FALSE, main="Fitting Siler’s model for qx of Japanese males’
complete life table in 1955 and 2005.") axis(1,0:6*20,0:6*20)
axis(2,0:5/5,sapply(0:5/5,function(z) sprintf("%3.2f",z))) lines(Ages, Siler(rS1955[1], rS1955[2], rS1955[3], rS1955[4],
rS1955[5], Ages), lty=1, col="black") points(Ages, qx2005, pch=1, col="red")
lines(Ages, Siler(rS2005[1], rS2005[2], rS2005[3], rS2005[4], rS2005[5], Ages), lty=2, col="red")
legend("top", pch=c(18, NA, 16, NA), lty=c(NA, 1, NA, 2), col=c("black", "black", "red", "red"), legend=LEGENDS)
これに代わるアプローチとしては,実際の生命表に基づいたCoale and Demenyの生命 表*14,基準となるモデル生命表から2つのパラメータでどんな生命表も表わせるとした
*141966年発表,1983年改訂。4つの異なるパタン[乳児,子供,成人,高齢者の死亡割合パタンが異なる,
東・西・南・北]と25の異なる死亡水準をもつモデル生命表を立てた。しかし,このアプローチの致命的
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Brass (1968)のロジットモデル*15などが知られている。これらの死亡モデルは,パラメー
タを増やすほど実際の年齢別死亡曲線へのあてはまりは良くなるので,老年期における死 亡率のばらつきの補正や短期間の死亡データの補正には使えるが,個人の死亡のメカニズ ムを表現したものではないため,(1)年齢別死亡率の偶然によるばらつきを評価すること が難しい,(2)社会変化にともなう疾病構造の変化など,死亡構造へのダイナミックに変 動する影響を取り込むことが難しい,(3)死にやすさの個人差を無視している,という欠 点があった。
そこで,最近注目されているのが,雪崩モデルである。これは,個人の死亡過程を定式 化した死亡モデルである(Gavrilov and Gavrilova, 1991)。中身を簡単に説明する。
(1) s0,s1,s2, ...,sn, ... が0,1,2, ...,n, ...個の故障をもつ個人の人数とし,故障数と独立 に速度λ0 で増加し,故障とは無関係に速度µ0 で死亡が起こって総人数から除か れる,
(2) 故障数に応じて故障の増加速度がλ増し,死亡率がµ増す,と仮定する。これは,
染色体損傷による死亡モデル(Le Bras, 1976)にバックグラウンド死力µ0 を加味 した形である。
(3) この仮定の下で各状態の変化速度についての微分方程式を解いて合計すると生存関 数が得られ,そこから死力を導出すると,
µ(x)=µ0+µλ0(1−exp(−(λ+µ)x))/(µ+λexp(−(λ+µ)x))
となり,λ << µならば年齢xが小さいところでは年齢によらない死亡の成分と,
加齢に伴う死亡増加成分の和というGompertz-Makeham型で近似できる。
しかし,この形では乳幼児期の高死亡率とその逓減を表せないという大きな欠点があ り,実際の死亡秩序への適合は高くなかった。雪崩モデルの改善には,出生時から故障を 抱えている(つまり,先天異常をもつ)個人が集団内に存在するというfrailtyの不均質性 を導入するとか(下図参照),故障蓄積が死亡へと突き進む閾値を設定する,あるいは故 障蓄積以外にも,事故や感染など突発的なリスクによって死亡してしまう可能性を考慮す るといった方法がある(Mori and Nakazawa, 2003)。
な弱点は,柔軟性がないことであった。あくまで,現実のデータに「近い」モデルを選ぶしかなかった。
*15ターゲットとなる集団の生命表のℓxをℓ0(x),基準となる生命表のℓxをℓs(x)と書き,2つのパラメータ をa,bとすれば,常に
1
2ln(1−ℓ0(x)
ℓ0(x) )=a+b
2ln(1−ℓs(x) ℓs(x) ) と表わせる。
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故障λ1をもつ 新生児
故障のない 新生児
故障λ+λ
1を もつ1ヶ月児
死亡
故障λをもつ 1ヶ月児
故障のない 1ヶ月児
故障2λをもつ 2ヶ月児 故障λをもつ
2ヶ月児
故障のない 2ヶ月児 死亡
故障λ1を もつ1ヶ月児
確率 w で起こる 先天異常を考慮 した雪崩モデル
死亡 死亡
死亡
死亡
死亡
平成11年日本人男性の生存曲線については,オリジナルの雪崩モデルではどうしても フィットしないのだが,先天異常割合を0.4% 入れるだけで,劇的にフィットが改善す る。しかし1891年生まれ日本人男性コホートのデータについては,先天異常を30%入 れても初期の激しい生存確率低下にフィットしなかったので,感染症の影響を組み込むこ とによって,漸くフィットさせることができた。しかし,それでも,中高年での生存曲線 が直線的に低下するところにはフィットしなかったので,故障蓄積に対して線形に死亡が 上昇するのではなく,S字状の反応カーブを示すようにしたら,ほぼ完璧にモデルがデー タにフィットした(Mori and Nakazawa, 2003)。この解析結果により,例えば1920年から 1995年までの日本人男性の生存曲線にフィットさせたモデルのλ0 の変化が,脳血管疾患 による死亡が,戦後から高度経済成長期の塩分の高い食事,過重労働,過密な居住環境な ど(それらがλ0)によって上昇し,その後,それらの改善によって低下したことと呼応し ていることが示された。