3-1 緒言
第2章では,意図的に歩行率,歩幅を変化させた時の歩容について確認を行った.本 章では意図的に歩行率,歩幅を変化させた時の運動強度推定式を作成するため,歩行時 の単位時間当たりの酸素摂取量の変動について検討を行う.
歩行時の酸素摂取量(エネルギー消費量)は,歩容の変化によって変動する.
歩行速度の変化に関しては,歩行速度が速くなるとエネルギー消費量も増大する63–65). 歩行速度の変化に伴うエネルギー消費量の変化は,25-100 m/minの歩行速度では歩行速 度の二次関数として表わされるという報告もある66, 67, 115).また,個人差はあるが,成 人においては快適歩行速度に当たる70-80 m/minの範囲における歩行速度が,単位距離 当たりのエネルギー消費量が少なく効率的であったとする報告もある64, 66).
歩行率および歩幅の変化に関しては,トレッドミル上で一定歩行速度条件下において 様々に歩行率を変化させて歩かせたときのエネルギー消費量について検討されている
65, 67, 95, 96).それらの研究によると,自身が最も快適と感じる歩行率(快適歩行率)に近
い歩行率でエネルギー消費量が少なくなり,快適歩行率よりも歩行率が小さく,もしく は大きくなるほど増大する U 字曲線の関係が求まることが報告されている.被験者毎 の快適歩行速度および快適歩行率を基準とし,快適歩行率から一定の割合で意図的に歩 行率を変化させた場合にも同様の関係が求まることも報告されている97).快適歩行率が 最もエネルギー効率の良い歩行であるというこれらの報告から,快適歩行率の大きさを 推定するForce-driven harmonic oscillator(FDHO)というものがあり,これは歩行率変化 に伴うエネルギー消費量の最少点を予測するのに最適な指標とされている 116, 117). FDHOは3歳から12歳の子供においても適用できるという報告118)や,12歳から16歳 の子供,および肥満児においてもエネルギー消費量が最少となったことが報告されてい る 117).なお,歩行速度=歩行率×歩幅の関係性があるため,これらの検討については 歩行率,歩幅のどちらの影響かという点は定かではない.
Bertram 98)は,歩行速度,歩行率,エネルギー消費量の関係性を調べるため,歩行速
度16-140 m/min,歩行率48-176 steps/minの範囲における歩行時のエネルギー消費量に
ついてまとめている.それによると,歩行速度については他の先行研究同様,歩行速度 の増加に伴いエネルギー消費量は増大する傾向を示し,歩行率については極端な低速,
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高速での歩行を除いて U 字曲線の関係性が得られている.しかしながら,各歩行速度 におけるエネルギー消費量が最少となる歩行率は,歩行速度毎に異なっていた.また,
歩行速度が52-90 m/minで単位距離当たりのエネルギー消費量が少なかった.
このように,人は歩行の際には無意識にエネルギー効率の良い歩行速度,歩行率を選 択し,また,歩行速度の変化に対してはその歩行速度の中でも最もエネルギー効率の良 い歩行率を無意識に選択して歩行をしていることが明らかとなっている.
また,NCD 予防に関連して,歩行速度を変化させた時の歩行率と運動強度の関係を まとめた報告も行われている54, 119, 120).ただし,これらの結果は歩行速度の変化に着目 したものであり,例えば,一定の歩行速度で歩行率や歩幅を変化させた場合の考慮はな されていない.日常生活における歩行速度,歩行率,歩幅は個人差が大きく,かつ,1 日の生活の中で変動することが報告されており99),日常生活においては歩行率や歩幅の 大きさの変化により運動強度も変動することが予想される.また,歩数に置き換えると いう視点から歩行率のみに着目がされているが,より精度のよい推定を行うためには歩 幅についての考慮も必要であることが示唆されている 121).このことから,歩行時の運 動強度について歩容を考慮したいくつかの推定式パターンを比較することは,より精度 の高い活動量推定を行う上では有益であると考えられる.
以上のことから本章では,歩行時の歩行速度,歩行率,歩幅を意図的に変化させた時 の酸素摂取量を測定し,歩行運動に最適な運動強度推定式を求める.
3-2 方法
被験者
被験者は健常な20代の男性12名,女性7名,計19名を対象とした.被験者に対し,
本実験の趣旨を十分に説明し,承諾を得られた者のみに研究に参加してもらった.被験 者には測定値への影響を避けるため,前日の激しい運動および飲酒を禁止した.また,
測定開始3時間前からの食事についても禁止した.本実験は,東北大学大学院医学系研 究科倫理委員会の承認を得て行った.
実験内容
60,80,100 m/minの3種類の歩行速度(Walking Velocity:WV)において,様々な 歩行率・歩幅での歩行を行わせた時の酸素摂取量の測定を行った.
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まず,被験者には測定室に来室後,実験内容説明を行い,静的ストレッチ後,身長お よび体重の測定を行った.その後,酸素摂取量を測定する呼気ガス分析装置(AE300,
ミナト医科学,大阪,日本)へと繋がるマスクと,試技中の歩行率(Step Rate:SR)を 測定するためのストライドセンサー(ポラールs3ストライドセンサーW.I.N.D,ポラー ル・エレクトロ,ケンペレ,フィンランド)を被験者に装着させた.続けて,10 分間 の座位安静をさせた.この時,後半5分間については座位安静時の酸素摂取量の測定を 行った.その後,酸素摂取量とストライドセンサーによる歩行率の測定を行いながらト レッドミル(バリアント,Load,グローニンゲン,オランダ)上を歩行させた.
自由歩行における歩幅(Step Length:SL)は,個人間の比較を行う際には身長の影響 を考慮する必要があるといわれている104–107).歩幅の大きさは身長と相関する関係性が あることから,歩幅を身長で除したAdjusted step length(ASL)を用いることで,個人 差を減らすことが可能とされている107, 111, 122).
ASL = (SL) (Height)⁄ … (7)
本研究では予備検討の結果をもとに,歩行可能な範囲内での歩行をできるだけ多くの被 験者が行えるように,歩行率・歩幅変化の基準としてASLを用いた.
試技内容は,ASL を特に指示しない歩行(自由歩行)に加え,80 m/minにおいては 歩幅を身長で除したASLがそれぞれ0.35,0.40,0.45,0.50,0.55に相当する歩行率で の歩行の合計6条件,60 m/minにおいては0.30,100 m/minにおいては0.60を加えた計 7条件とした.この時,測定した身長を基に各条件での歩幅を算出し,SR = WV / SL の 関係を利用して,試技条件である ASL に相当する各被験者の歩行率をその場で算出し た.算出した歩行率を用いて,各 ASL 条件に相当する歩行率のテンポでメトロノーム の音を鳴らし,それに合わせて歩行させることでASLの大きさを調整した.
実験は被験者の疲労の影響を考慮し,歩行速度条件毎に1日つき3もしくは4試技ず つ2日間に分けて行った.この2日間の実験開始時間は,両日とも同じ時間帯になるよ う調整を行った.試技は各ASL条件それぞれ10分間ずつ,試技後には10分間の休憩 を挟んでから次の試技を行わせた.先行動作による影響を考慮し,全ての歩行速度の条 件において自由歩行を一番初めに行わせ,それ以降の ASL の各条件についてはランダ ムの順序とした.
- 31 - 測定項目
歩行率
ストライドセンサーから得られた歩行率を用いて,試技の7分経過後からの3分間の 平均値を算出した.一部,計測が正しく行われなかった試技については,ビデオカメラ で撮影した動画から試技の7分経過後の初めの1歩から試技終了前の最後の1歩までの 歩数を数え,歩数とそれまでに要した時間から歩行率を算出した.
歩幅,AASL および Walk Ratio
歩行速度と測定した歩行率より,SL = WV / SRの関係を用いて歩幅を算出した.この 歩幅を身長で割った値を,実際の測定中のASL(Actual adjusted step length : AASL)と した.また,歩幅を歩行率で割ったWalk Ratio(WR)も算出した.
METs
7分経過後から試技終了まで3分間の平均値から,単位時間当たりの酸素摂取量を算 出した.その値から,試技開始前の座位安静時の5分間の単位時間当たりの酸素摂取量 の平均値で割ることによりMETsの値を算出した.
欠損・除外データ
測定中に明らかに試技条件を満たしていない試技については,被験者の安全を考慮し 測定を中止したため欠損データとなった.また,AASL の大きさが試技条件における ASLを±0.025を超えていた試技については,テンポを無理に合わせようと意識するこ とで不自然な歩行動作となっていた可能性が考えられるため,試技条件を満たしていな いと判断し分析から除外した.
統計分析
本測定から得られた結果より,以下の点について統計分析を行った.
1) データの欠損,また除外を行ったことにより,各歩行速度条件で被験者特性の偏 りが生じていないか確認するため,歩行速度条件を独立変数,年齢,身長,体重,BMI をそれぞれ従属変数とする一元配置分散分析を行った.
2) 各歩行速度条件の自由歩行における歩幅と身長の相関関係を確認するため,ピア ソンの積率相関分析を行った.また,各歩行速度条件による歩容の違いを確認するため