東京の公立図書館に関する研究の中で東京市立図書館が取り上げられている主な研究と しては,東京都公立図書館長協議会が編纂した『東京都公立図書館略史 1872-1968』27)
や佐藤政孝(1925-2004)の『東京の図書館百年の歩み』28)がある。『東京都公立図書館略 史 1872-1968』は,東京都立日比谷図書館創立 60 年記念として, 1969(昭和 44)年 3 月に刊行された。1965(昭和 40)年 7 月,東京都公立図書館長協議会が,東京都全体の図 書館史を語るための資料が不足している点に着目し,資料収集を始めたことに端を発して いる。東京の公立図書館の歴史を概略を記すとともに,資料集としての性格を持っている。
佐藤の『東京の図書館百年の歩み』は明治,大正期から第二次世界大戦後に及ぶ東京の 図書館史についてエピソードを交えながらまとめている。典拠資料は各図書館の館史,『千 代田図書館八十年史』29),『大橋図書館四十年史』30),『上野図書館八十年略史』31)などの 二次資料が中心である。
2.都市の図書館としての東京市立図書館に関する研究
『日本公共図書館の形成』14)の中で,永末十四雄(1925-1995)は東京市立図書館の発 展の背景に,東京市が近代化し,巨大化したことによって生じた市民のはげしい階層分化 にともなう都市問題の存在があると指摘している。同じ社会問題に端を発しながらも,日 露戦争後の地方改良運動が伝統的価値体系を温存する農村共同体を対象とするのに対し,
東京市の場合は近代社会が初めて遭遇した異質の都市問題であり,通俗図書館設立の動機 が,先行した県立図書館や後発の地方中小都市・町村図書館とは際立った差異があると述 べている。永末によって都市東京の図書館設立論議の背景に都市問題との関係性があると いう新たな着眼点が指摘された。しかし,永末の研究は日本公共図書館史を論述する一部 として東京市立図書館をとりあげた研究である。東京を中心とした研究ではなく,都市問 題と東京市立図書館の発展の関連性についての追求は不十分である。
小川徹や奥泉和久の『公共図書館サービス・運動の歴史』11)では,永末の都市の図書館 という観点を引継ぐ形で,東京市立図書館を都市生活をサポートすることを目的とした図 書館の典型的事例として東京市立図書館を位置づけている。産業革命以降の地域社会にお ける公共図書館の役割に着目し,都市のインフラの整備や都市計画等の観点からの分析が 必要であることを指摘している。これにより,東京市立図書館が東京において重要な役割 を果たしたという指摘は行われたものの,東京市立図書館の発展の背景にある都市東京の 発展との関連性については充分に研究されてはいない。
3.東京市立図書館の各時期に関する研究
東京市立日比谷図書館開館 50 周年記念として刊行された『五十年紀要』32)では,東京市 立図書館の創立前から市立図書館網解体までの時期を,前史(日比谷図書館創設以前),草 創期(深川図書館創立後,市立図書館が増設),発展期(組織改正,図書館網設立),停滞
21
期(東京市立図書館網解体)と名付け,各期について記述している。「東京市立図書館の変 遷」33)で,細谷重義は『五十年紀要』が発展期と名付けた時期を黄金期と位置づけている。
これまで東京市立図書館史を論じるにあたっては,この東京市立図書館の黄金期の図書館 運営やサービスだけが大きく取り上げられてきた。
a. 東京市立図書館の設立論議と学校付設図書館の開設の時期に関する研究
東京市立図書館の創成期について論じた論文は少ないが,竹林熊彦の「東京市立図書館 の史的研究」(1)~(4)34)-37)により,設立前史から草創期の事実経過が明らかにされた。
「東京市立図書館の史的研究」 は,1954(昭和 29)年度の文部省科学研究助成金による
「近代日本図書館の研究」の一部として公表され,1955(昭和 30)年 1 月から 6 月の金光 図書館報『土』(35~38 号) に連載された。竹林は東京市立図書館について,東京市立日 比谷図書館は,わが国近代図書館史において,市民を対象とする通俗図書館として,大き な道標となる図書館であると述べている。竹林は,新聞紙が重要な研究史料であると考え,
図書館報,館史,『図書館雑誌』に加え,新聞記事38), 39) を典拠として用いた。竹林の図 書館史研究記録,文書類や旧蔵書は同志社大学に寄贈され,竹林文庫40)として公開されて いる。竹林文庫には,東京市立日比谷図書館関係では「東京市立図書館の史的研究」の修 正原稿が残っている。
b. 東京市立図書館の組織改正に関する研究
1915(大正 4)年 4 月に実施された組織改正が図書館史上で持つ重要性について,『市立図 書館と其事業』第 12 号(1923 年 3 月刊)の「東京市立図書館の話(三)」41)では,市立図 書館の組織が更新され,本邦図書館史上に一新時代を画するにいたったとしている。また,
『東京都公立図書館略史:1872-1968』(1969 年 3 月刊)27)は,組織改正によって新体系が 形成されることで東京市立図書館の全盛期が作り出されたとしている。このように東京市 立図書館の組織改正は,東京のみならず日本の図書館にとっても重要な変革として認識さ れてきた。そして,組織改正に関する評価は,第二次世界大戦以前から高く,その後も変 わってはいない。
組織改正が行われる経緯について,『東京市立図書館一覧』1926(大正 15)年42)には,次 のような記述が見られる。1914(大正 3)年 12 月に,市立図書館主管の教育課長戸野周二郎 が突如として下谷区長に転任を命じられた。日比谷図書館長にあたる主幹であった守屋恒 三郎が教育課長となり,今澤慈海(1882–1968)が後任の日比谷図書館主幹になった。守屋 新教育課長は予ねてから簡易図書館が独立に経営され,何ら統一もなく脈絡を欠いている 点を遺憾と感じていた。そこで,課長就任とともに図書館間の統一連絡を図り,経済的に 図書館を運営して,その利益を普及させようとした。この計画は当時における東京市の財 政緊縮方針とあいまって,直ちに実現された。1915(大正 4)年 4 月には,日比谷図書館を 中心とした図書館網が形成され,図書館の新体系が構成された。この説明は,東京市立図 書館の中央図書館制の導入,図書館統一を論じるにあたって繰り返し引用されてきた。
『東京都公立図書館略史:1872-1968』27)は,『東京市立図書館一覧』大正 7-8 年43)をも とに,組織の変更と規程改正についてまとめている。奥泉和久は『公共図書館サービス・
運動の歴史1』44)の中で,特に無料化,貸出,開架の促進,相互利用についてとりあげ,
22
サービスの変遷,改善について検証を加えている。いずれも図書館史の一部として,東京 市立図書館の組織改正を取り上げている。
組織改正に関して最も詳しく論じている論考としては,清水正三(1918-1999)の「1915
(大正 4)年における東京市立図書館の機構改革―永末十四雄著『日本公共図書館の形成』
中の「東京市立図書館」についての論述に関連して」45)をあげることができる。清水は組 織改正をめぐる永末の論述に,次のように批判を加えている。
清水は,永末の東京市立図書館の機構改革による図書館網の形成に関する評価が消極的 であり,機構改革の理由を単純な財政緊縮のみと断定していることや機構改革後の東京市 の施策が退嬰的で見るべき成果がないと述べていることを問題点としてあげている。清水 は東京市立図書館における機構改革が都市図書館の組織化(システム化)を実行したとい う点でもっと高く評価されるべきであるとしている。
清水は機構改革の内容について論じており,それ以前の学校付設図書館における図書館 運営やサービスについては,詳しくはふれていない。永末が東京市立図書館の運営基盤に 影響を及ぼした外的要因に着目しているのに対して,清水は図書館経営や組織などの内部 的視点で論じているという点で,永末と清水の両者の論点は大きく異なっている。
c. 関東大震災からの復旧復興に関する研究
関東大震災による被害や震災直後に関しては,是枝英子が,『市立図書館と其事業』,『図 書館雑誌』等の文献をもとに東京市立図書館の震災対応について述べている 46)。1923(大 正 12)年 9 月 1 日の地震発生直後から,東京市立図書館では,罹災者への救護活動や復旧 情報の収集提供,特別調査による情報提供が開始され,臨時閲覧所が開設された。是枝は,
震災発生の翌日から収集された情報や記録類が,同年 12 月には展覧会を開催して公開され ていることなどをあげ,館頭今澤慈海(1882–1968)を中心とした震災直後の図書館の活動 には目覚しいものがあったと指摘している。
佐藤は,復興事業の実施についてとりあげ,国,東京府と東京市が分担して復興事業を 実施し,小学校の建設や図書館その他の社会教育施設の建設と整備は,東京市が主体にな って実施したとしている。佐藤によれば,東京市が所轄する震災復興計画は 1924(大正 13) 年 3 月にまとめられた東京市継続震災復興計画に基づいて推進された。市立図書館の再建 計画は 2 種類に分けられる。1 つは各年度の図書館費の中から復旧費を捻出する形で実施 された学校に付設された自由図書館に関する計画であり,もう 1 つは,継続震災復興費に よって耐火構造の大規模施設として進められた独立館 3 図書館(深川,京橋,一橋)の復 興再建計画である47)。佐藤は,復興後に深川,京橋,一橋図書館は震災前を遥かにしのぐ 大規模な図書館となり,地域の特性にあわせた特色あるサービスが展開されるようになっ たと述べている48)。
永末は,日比谷図書館の開館 50 周年記念誌の『五十年紀要』32)に基づいて,1924(大正 13)年度から 1930(昭和 5)年度にわたって実施された図書館復興事業により,深川図書館は 延坪 591 坪,京橋図書館は延坪 639 坪,駿河台図書館(1929 年 12 月に一橋図書館から改 称)は延坪 726 坪となり,3 館ともに大阪府立図書館をのぞく県立図書館の最大規模に匹 敵する図書館となったと指摘している。永末は,戦前における東京市の図書館組織は,震 災復興を契機として設立当初の構想を一部復元[ママ。実現のことか]するとともに,その