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マルクス主義的歴史観や図書館運動の観点からの研究

石井は絶対主義権力が資本主義を推進した日本では,支配者が体制維持のために民衆を 強化する施設として「上から」図書館を与える形がとられたとした。その一方で自由民権 運動と結びついて農民を主体として民衆の学習機関として「下から」の図書館が設立され たと見ている。しかし,自由民権運動は日露戦争開始とともに民主主義思想や言論が抑圧 され,その反動で発生した農民運動に対処するために地方改良運動が推進された。1910 年 の小松原文部大臣による訓令「図書館設立ニ関スル注意事項」を転機に,図書館は風俗改 善,思想善導を意図した一機関として意義づけられたとしている8)

石井による図書館の見方は,アメリカの図書館史研究の影響を受けている。石井は図書 館を「上から」作られた官製の図書館と「下から」すなわち民衆のための図書館にわけて とらえ,「下から」の図書館運動に注目した。民衆のための図書館がどのように形成された のかを明らかにするには,個々の実践をみていく必要があることを指摘した。2002 年の図 書館文化史研究会 20 周年記念「図書館文化史研究の回顧と展望」と題したシンポジウム9)

で,図書館史の課題は日本の図書館はどうあるべきかを提示することであると述べている。

石井による問題提起は,図書館運動の歴史をテーマとした是枝英子(1929- )による

『知恵の樹を育てる-信州上郷図書館物語』10),小川徹(1933- ),奥泉和久(1950- ) による図書館設置運動のプロセスに関する研究として継承された。是枝は長野県上郷図書 館運動の思想と活動に注目し,地元の人々に取材して資料収集と発掘を行っている。青年 会の自主運動と生活を豊かにするための村電運動によって生まれた図書館として上郷図書 館(現在の飯田市立上郷図書館)を取り上げている。村電運動を通じて「知恵の樹」とし ての図書館の重要性を知った青年が図書館づくり運動に取り組んでいく過程を資料に基づ いて描いている。

小川は児童サービスや秋田と山口において民衆のための図書館づくりにおいて先進的 な活動を展開した佐野友三郎(1864-1920)の業績に注目している。小川と奥泉は『公共 図書館サービス・運動の歴史』11)において,図書館サービスの課題を通史ではなく各論的 にとりあげている。図書館サービスや運動に関する出来事を時系列ではなく,ある特定の 史実についてその背景について考えるという方式をとっている。

B. 図書館史研究の新たな広がり 1.アメリカの図書館史研究

川崎良孝(1949- )は,アメリカにおける近代図書館史を 4 つの時代にわけている12)。 素朴な図書館史記述,実証主義の第 1 世代(1850-1930 年),ジェシー・H.シェラ(1903

-1982),シドニー・ディツィオン(1908- )を中心とする民主的解釈の第 2 世代(1930

-1970 年代初),マイケル・H.ハリス,ディー・ギャリソンを中心とする社会統制論の第 3 世代(1973-1990 年),1980 年代後半以後はウェイン・A.ウィーガンドによる新たな文化

17 調整論の第 4 世代になる。

石井の図書館に対する見方は,1950 から 1960 年代のシェラやディツィオンの影響を受 けている。1970 年代にアメリカの図書館史研究では,ハリスによって従来のシェラ等の研 究が主流文化のみをみて,マイノリティなどを見てこなかったという批判が加えられた。

1990 年代にウィーガンドがカルチュラルスタディを踏まえたリーディングスタディとい う研究領域を提唱している。主流と周辺の文化の違い,ジェンダーやマイノリティを分析 視点とする研究が行われるようになった。

アメリカでは多様な属性を持つ利用者の多様なニーズに対応して,多文化サービスや高 齢者サービス等の新たなサービスが展開されている。社会環境の変化や図書館員の考え方 の変化に応じて,図書館サービスの形態も変化し,新たな形のサービスが展開されている。

こうした変化を受けて,日本においても『新たな図書館・図書館史研究:批判的図書館史 研究を中心にして』13)において,主流と周辺を視野にいれ,女性などのマイノリティの研 究など,幅広い図書館史研究が展開されている。

2.日本の図書館史研究

本章 A 節第 2 項でとりあげた石井の図書館史観は,第二次世界大戦以前に設立した公共 図書館を論じる上で大きな影響を及ぼした。石井の方法では「上から」の強化と「下から」

の自立という2つの対立の図式で描かれ,公立の図書館は「上から」作られた図書館とし て一律にみなされた。石井に触発され,その史観を受け継ぎながら,新たな図書館の見方 を提示したのが,永末十四雄(1925-1995)である。永末について,三浦は石井の図書館 史観を受け継ぎ,中央政府の動向だけではなく地方の公立図書館の設置状況に目を配りな がら,近代公立図書館登場の意義を考察したとしている7)

永末はその主著『日本公共図書館の形成』14)の中で,明治維新後の日本の公共図書館は 文明開化政策の一環として先進国制度を摂取することで形成の端緒についた。しかし,日 本の資本主義の後進性に基づく社会経済の発展の不均衡により,日本の公共図書館形成は 独自の経過をたどった。日本の公共図書館の形成設立契機,図書館運動の主体の形成,図 書館の設立・運営形態は日本的な特殊な様相を呈し,都市と農村,地域ごとの社会構成を 反映して多彩なものとなったと述べている。

また,「町村図書館の設置理念とその設立形態」15)では,明治以来終戦に至るまでの伝 統的な図書館政策の重点は町村図書館の設置に置かれている。したがって,図書館の全的 構造を把握するには町村図書館の変遷過程を明らかにする必要がある。永末は第二次世界 大戦以前における日本の公共図書館は施設規模,蔵書冊数,管理機構,サービス機能面に おいて,町村図書館と道府県立図書館などの都市図書館では大きな較差があると指摘して いる。

都市の図書館という観点では図書館史以外の読書史の分野で,永嶺重敏(1955- )が 近代都市における図書館の役割に着目した研究を行っている16)。永嶺は,都市において公 共図書館は重要な公的な読書装置(書店,古本屋,図書館などの人々の読書生活を支える 基盤的存在,読書のための公的・社会的装置)の役割を果たしたとしている。永嶺は東京 市について市立図書館が「都市下層・児童も包含したより広範な公共図書館利用者「大衆」

を形成する新たな発展段階への起動力になったと述べている。永嶺によって,図書館をコ

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ミュニティにおける読書装置としてみるという観点が提示された。

この他,第二次世界大戦以前の図書館に関する『日本の植民地図書館:アジアにおける 日本近代図書館史』17)などが出版されている。図書館史の対象とする地域やテーマは植民 地や外地へと新たな広がりをみせている。

C. 個別図書館の歴史

永末は「日本における地方図書館史研究の動向と課題」18)で,日本の地方図書館史研究 に関する文献レビューを行っている。個別図書館史や沿革誌のほとんどは創立記念誌とし て編集刊行され,行政資料的性格をあわせ持つ。そのため,個別図書館史の叙述は批判や 意見が抑制され,非個性的になりやすい。一般に編集時に近いほど叙述が詳細になる傾向 があり,事象の列挙や各部門の運営に関わる要覧的な性格を帯び,事務的立場から作成さ れる場合が多いと分析している。

永末は,図書館史研究では問題意識を明確にすることが重要であり,単なる事象の羅列 ではなく,テーマを設定し,分析し批判することが不可欠となるとしている。図書館史研 究の条件を満たした個別図書館史の例としては,『神奈川県図書館史』19),『青森県立図書 館史』20),『八戸市立図書館百年史』21)などをとりあげている。

『神奈川県図書館史』は,時代区分,図書館の類型,図書館運動の主体,図書館普及と 運営形態,図書館人の列伝などの歴史的諸要素を分析して総合した本格的な地方図書館史 であると高く評価している。また,『青森県立図書館史』については,編集方法が整ってお り,明治大正期の民間の動向を掘り下げ,公共図書館形成期における民主的な遺産を明ら かにしているとしている。

個別図書館史は,会社における社史的な存在であり,記念誌的,歴史的記録としての役 割を持っている。作成時には図書館年報や事業概要等を基にした報告書集としてまとめら れる場合が多く,そのままでは図書館史の研究書とはならないが,大きな図書館史研究の ための良い素材が提供されているということができる。しかし,これまでの研究では図書 館をめぐる財政,行政の動向などの経営史的な分析や議論は行われていない。図書館の発 展や衰退をみるには,各図書館でどのような経営が行われていたかを,個別図書館史で提 供される素材を基に社会経済的な観点から見ていく必要がある。

D. 図書館経営史

1.アメリカの図書館経営史

図書館経営とは,一般に図書館という組織の維持・存続・発展を図る活動と定義される。

図書館経営は図書館活動の本質であり,図書館を研究の対象とする図書館学そのものであ るとされる22)。アメリカにおける図書館経営史について,小泉公乃の「アメリカの図書館 経営における経営戦略論:1960 年代から 2000 年代」23)によると, 1970 年代の後半まで,

実証的な研究に基づいた経営論は存在しない。図書館経営論や図書館経営というタイトル の文献は存在するが,実証的な研究ではない。図書館経営の歴史研究は数少なく,Authur T. Kittle が営利企業を対象とした経営理論を基礎に文献調査と図書館員に聞き取り調査 を行い,1925(昭和元)年から 1955(昭和 30)年までの公共図書館の経営の歴史を明らか にした例があると指摘している。