第 6 章 今後の課題 40
6.3 本章のまとめ
本章では,今後本論文をさらに発展させるための課題について検討した.今後の方針とし ては,本手法を応用することで,時間の短縮を目的とした経路探索手法を構築することが挙 げられる.この経路探索手法では,既存手法では不可能であった「進路方向によって異なる 混雑度の考慮」により,出力経路の最適性がより高まると考えられる.
第 7 章
結論
第7章 結論
本論文では,テレマティクスをベースとした旅行時間の算出手法を提案した.提案手法で は,進路方向別ごとに個別にリンク旅行時間を格納することで,同じリンクでも進路方向に よって混雑度が異なる状況を考慮し,その結果より高精度な旅行時間の算出を可能とする.
さらに,各リンクごとに進路方向による混雑度の差を求め,この値を元に進路方向を考慮す るリンクを自動的に決定することで,算出精度とデータサイズのトレードオフの向上を実現 する.交通流シミュレータを用いた検証では,いずれのCDF 率の場合でも旅行時間の精度 が少なくとも10%以上向上したことから,既存手法と比べ提案手法が有効であることを示し た.さらに,データベースのデータサイズとのトレードオフを含めた評価でも,概ね提案手 法が既存手法よりも優れる結果が得られた.このトレードオフを考慮すると,今回のシミュ レーションの対象とした道路モデルではCDF 率は0.2が最適に近いことが分かった.
第2章「既存の旅行時間算出手法におけるリンク旅行時間」では,本論文で扱う用語を明 確化した上で,既存手法の問題点を列挙した.第2節では,ノードを「車両から道路上の地 点および通過時刻を取得できる場所」と定義し,リンクを「ノードαからノードβまで,他 のノードを通過せずにたどり着くことができる状態」と定義し,道路グラフを「ノードとリ ンクから構成されるグラフ」と定義した.その上で,リンク旅行時間を「1つのリンク上を 走行するのに要する時間」,すなわち,「リンク元であるノードαの通過時刻と,リンク先で あるノードβの通過時刻との時間差」と定義した.第3節では,VICSおよびテレマティクス の概要を説明した.第4節では,既存手法におけるリンク旅行時間の特徴と問題点として以 下の2点を挙げた.1つ目は,リンクを通過後にどの方向へ進んだかに関係なく,通過した 全ての車両の1台あたりの所要時間の平均値がリンク旅行時間となるため,実際の道路状況 が旅行時間の算出に正しく反映されない可能性が生じることである.インターナビが例外と して高速道路の分岐点において車線ごとの混雑度を考慮した旅行時間を提供しているが,こ れは高速道路の特性から「分岐点では進路方向によって混雑度に差が生じる可能性が高い」
と経験則として判断した結果対象としているにすぎない.従って,分岐点の数が膨大な一般 道においても同じように適用することはできず,これが2つ目の問題点である.
第3章「進路方向を考慮した旅行時間算出の基本概念」では,進路方向を考慮した旅行時 間算出のための基本概念を提案した.第2節では,提案手法を既存手法の持つインフラを利 用した手法として位置付けた.さらに,対象とするノード数がVICSと比較してはるかに多 いと予想できるという理由から,既存手法の中でもテレマティクスをベースとすることとし た.第3節では,同一のリンクでも進路方向によって区別して扱うことを,提案手法におけ るリンク旅行時間の特徴として提案した.第4節では,本手法を提案する上での議論の簡潔 化の目的から,同一のリンクに対して3種類のノードを定義した.すなわち,あるリンクに 対して,リンク元となるノードSN,リンク先となるノードP N,および進路方向を表すノー ドDNの3種類のノードを定義した.また,本論文においては,「右左折」や「直進」といっ
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た単語ではなく,DNを「進路方向」とすることとした.第5節では,単純に全てのリンク で進路方向を区別することは必ずしもデータサイズを考慮した時の「費用対効果」が優れる とは限らないと考えたことから,進路方向ごとに生じる混雑度の差が大きいリンクのみで進 路方向を考慮することとした.ここで「分散度」を「進路方向ごとに生じる混雑度の差」の 大きさと定義し,この分散度が大きいリンクのみで進路方向を考慮する.第6節では,こら らの概念を元にして作成したリンク旅行時間を用いて,出発地から目的地までの旅行時間を 算出する手法を提案した.
第4章「進路方向を考慮した旅行時間算出のためのデータベース作成手順と旅行時間算 出手法」では,第3章で提案した概念を実現するためのデータベース作成手順を提案した.
第2節では,データベース作成フローの各ステップの内容を簡単に説明した.ここで,「対象 とするリンクで進路方向を考慮するか否か」を決定する項目を「CDF」と呼ぶフラグで定 義した.以降,4.3から4.7では各ステップごとに処理の詳細を提案した.第3節は「ノー ド・リンク情報抽出」を行うステップで,ここでは対象とする道路地図を元に,ノードとリ ンクの定義に従って道路グラフを決定した後,各ノードに対して以下の情報をリスト化す る.これにより作成される情報を「ノード情報」と呼ぶ.第4節は「データ構造決定」を行 うステップで,ここでは「ノード・リンク情報抽出」で作成されたノード情報を元に,デー タベースのデータ構造を決定する.リンク旅行時間を格納する場所をオブジェクト化し,こ
れをLTTtableと呼ぶ.旅行時間算出の際には時間帯の他にも曜日や天候,イベントの有無
などの要素を考慮する必要があると思われるが,これらは全てLTTtableの内部構造に関す る問題である.本論文で問題としているのはLTTtableの配置であり,内部構造は問題とし ていないため,ここでのLTTtableの構造は時間軸のみの一次元配列とした.第5節は「リ ンク旅行時間格納」を行うステップで,ここではデータ構造が決定した領域に対してリンク 旅行時間を格納することで,データベースを作成する.各車両から送信された情報を元に,
ノードが一致するLTTtableへその車両のリンク旅行時間が振り分けられ,最終的には同一 時間帯内のリンク旅行時間の平均値が,算出に用いられるリンク旅行時間となる.第6節は
「リンク追加」を行うステップで,ここでは「リンク旅行時間格納」において格納場所が存 在しない場合に,リンクを追加するために「ノード情報」を編集する.これは,新たに作成 された道路や裏道と呼ばれる道路を走行した時に発生するが,この時にはStepD1のノード 情報作成時に新たなリンクを追加し,再び「リンク旅行時間格納」を処理することで対応で きる.すなわち,既知でないリンクが発生した時でも単純な処理で対応でき,この点が,本 論文で右左折や直進などの単語ではなくノードを進路方向と定義する利点である.第7節は
「CDF 決定」を行うステップで,ここでは混雑度の差が小さいリンクを判定し,そのリンク ではリンク旅行時間を進路方向によって区別しないよう,データ構造を再決定する.このた めの判定方法として,「分散度」の算出方法を提案した.一度作成されたデータベースを元に
第7章 結論
各リンクごとに分散度を算出し,この値が小さいリンクではCDF = 0として,再び「リン ク旅行時間格納」を処理することで最終的にデータベースが完成となる.最後に第8節では,
これらのステップを完了後に作成されるリンク旅行時間のデータベースを用いて,出発地か ら目的地までの旅行時間を算出する手法を提案した.本手法では,曜日,イベント発生の有 無,天気等をLTTtableの構造に取り入れたとしても,本アルゴリズムを簡単に拡張し対応 できると思われる.
第5章「評価実験」では,交通流シミュレータ「NETSIM」を用いて,旅行時間の算出精 度および,算出精度とデータサイズのトレードオフの2項目を評価した.第2節では,まず 旅行時間の算出精度について評価方法を説明した.提案手法(CDF 率 = 0.1,0.2,1.0)と既 存手法に基づくデータベース計11種類を作成し,それぞれのデータベースを元に算出した 旅行時間を比較した.シミュレーション結果としては,15個の入力経路に対して検証した 結果,旅行時間の算出精度はいずれのCDF 率でも既存手法から向上し,最低でも10%以上 (CDF 率 = 0.1の時),最大で13.2%(CDF 率 = 1.0の時)の向上が得られた.これにより,
旅行時間の算出精度で比較した時の既存手法に対する優位性を示せた.第3節では,まず算 出精度とデータサイズのトレードオフについて評価方法を説明した.第5.2章で得られた結 果を元に,算出精度とデータサイズとの比の積であるP EDを評価指標とし,その算出方法 を提案した.シミュレーション結果としては,p= 2.0かつCDF 率 ≥ 0.9の時を例外とし て,それ以外では全てP ED>1となり,概ねトレードオフに対する評価でも既存手法に対す る優位性を示せた.さらに,このトレードオフを考慮した時の最適なCDF 率について考察 した.最もP EDが高くなる時のCDF 率 が,算出精度とデータサイズとのトレードオフを 考慮したときの最適な値と言うことができ,今回シミュレーションで用いた道路環境では,
CDF 率= 0.2程度が最適である結果となった.このことから,実際の交通流では,進路方
向によって混雑度の差が大きく生じる交差点はごく一部であり,そのためそれらの交差点を 対象として進路方向ごとにリンク旅行時間を作成することで,データサイズの増加を抑えな がら,旅行時間の算出精度を大幅に向上させることが可能となったと考察できる.
第6章「今後の課題」では,今後本論文をさらに発展させるための課題について検討し た.今後の方針としては,本手法を応用することで,時間の短縮を目的とした経路探索手法 を構築することが挙げられる.この経路探索手法では,既存手法では不可能であった「進路 方向によって異なる混雑度を考慮した経路探索」により,時間の短縮が可能となると考えら れる.