2-1 聴覚投映法研究における問題
第一章では APT 研究の歴史を概観し,Rutherford(2003)や熊倉(1989)
を参考に,APTが用いられなくなった理由について整理を行った。改めてその 理由を挙げると,①最初の考案者 Skinner が性格検査の開発に関心を持たず,
②投映法の歴史の中でも考案された時期が遅かった上に,③文化差の影響から も研究成果の共有が困難で,APTに関する研究が十分に継続的に行われなかっ た。また,④ロールシャッハ法に比べてAPTは知覚や認知について情報を得る のが難しく,TAT と比べても,あえて APT を利用するに値する根拠が示され なかった。さらに,視覚を介した投映法に比べて,⑤検査状況の統制が困難で,
⑥当時は検査道具も扱いにくく高価であったと考えられる。これらのうち,技 術が進歩した現代であれば⑥はあまり問題にならないだろう。⑤に関しては,
松井(1980)や熊倉(1989)のようにヘッドフォンを用いることで解消する部 分はあるが,ロールシャッハ法やTATのように,被検査と検査者が聴覚刺激を その場で共有することを重視する立場から,本論ではスピーカーによる刺激提 示を採用することにした。音源定位がしやすいような高性能のスピーカーを用 い,周囲の音の影響を検討したい。③については文化差の少ない聴覚刺激を採 用することによって,④については認知面の把握に重点を置かない手続きの採 用によって,それぞれ改善が可能であると考えられた。
これらの理由とも関連し,これまでのAPT研究の多くは,各研究者が独自に APTを開発して単発的に成果を発表するだけにとどまっている。つまり,いず れの研究においても,APTの有用性や可能性を議論するには,もととなるデー タが少ないといわざるを得ない。ロールシャッハ法やTAT,バウム・テストな ど他の投映法においては,現在進行形で実践データが積み上げられており,そ のような積み上げによって各投映法の有用性や妥当性が保証されている。APT
には,聴覚的能力が高い人の豊かな反応を引き出す可能性や,感情やイメージ,
記憶など被検者の内的過程を色濃く映し出す可能性,テスト・バッテリーの 1 つに加えることでより多面的なパーソナリティ理解を導く可能性が想定され,
さらに APT は視覚障害者に適応することができる性格検査としても発展の可 能性を秘めている。このAPTにおいても,特定の刺激と手続きによるものを用 いた一連の研究を行ってこそ,その真価を明らかにすることができるだろう。
2-2 聴覚投映法の実施法と刺激
(1)実施法について
先行研究では様々な手続きによるAPTが考案されていたが,その中でもTAT のような物語作成の手続きによるAPTが大半を占めていた(第一章)。たとえ
ば,Verbal SummatorやTautophoneのように,被検者に曖昧な聴覚刺激を聴
かせて「何に聴こえますか」という問いに応えさせるところまでは可能だが,
産出された反応について「この音のどの部分が,どうしてそのように聴こえた のか教えてください」と質疑を行っても,被検者は具体的に説明するのが困難 に感じるだろう。つまり,ロールシャッハ法に比べるとAPTは知覚や認知の側 面を映し出すには不向きと考えられる。このため,TATのように,知覚よりも 連想過程の方に焦点をあてた手続きが採用されることが多かったのだろう。
TATにおいては「どんなに微弱であっても,その人物にならないかぎり,そ の人物の意図や感情は語れないのである。それで,その人物について語られた ことは,その人自身を表している,すなわち,その人物の言動や気持ちは語り 手のものでもある(鈴木,2006)」と考えられ,TAT は「物語内容から,被検 者の実際にした経験をうかがい知る道具ではなく,実際の経験をもたらすもの
―これらを『内的枠組み』といっても,表象モデルといっても差し支えない―
の存在を推測させたり,予想させてくれたりする手段(鈴木,2011)」である。
この内的枠組みや表象モデルは,精神分析における対象関係とも概念的に重な ると考えられる。また,「物語を作るという課題は,図版の絵を単に『知覚する』
ことだけではなく,知覚した対象への主観的な関与を,言い換えれば,理解,
推測,想像,判断,解釈などの複雑な心理的過程の働きを要求している(太田,
1995)」といわれ,過去‐現在‐未来に渡る物語作成という反応には被検者の パーソナリティが豊かに反映され得る。さらに,Murstein(1963)によると,
「投映」は4つに分類される。すなわち,①古典的あるいは精神分析学的投映
(自我が脅威を感じた対象を自分以外のものに帰属させる,防衛機制の1つと しての投映),②帰属的投映(自分自身の動機や感情や行動が他者にもあてはま ると考えること),③自閉的投映(知覚が,個人の欲求によって強く影響され,
知覚対象の形態面がその欲求と合致するように変容させられること),④合理化 的投映(行動内容については意識しており,その行動の責任を他者に帰属させ る投映)である。Murstein(1963)は,それぞれの投映法にはこれらの概念の いずれかが使われているが,TATにおいてはこれらのいずれも現れることがあ ると述べている。以上のことは物語作成の手続きによるAPTにもあてはまり,
反応から被検者の対象関係や心理過程の在り様を読み取ることができると考え られる。
(2)刺激について
今日,心理臨床で用いられている投映法の中で,被検者に対して特定の刺激 を提示するものは,ロールシャッハ法やTAT,SCT,P-F Study,ソンディ・
テストなどが挙げられる。CAT やK-SCTなど,これらの改良版もあるが,い ずれも考案時の研究資料の入手が困難であり,刺激選定の経緯や根拠が不明確 なものも多い(表 2-1)。おおまかにまとめると,ロールシャッハ法や TAT は 多くの図版の中から臨床的有用性を基準に選定を行い,また,言語連想検査や SCTも同様に選定が行われたが,選定は暫定的なものとされ,実施者が目的に 応じて刺激語や刺激文を変更できるようになっていた。これらに対し,P-F
Studyは統計的な妥当性や信頼性を基準に選定が行われたと考えられ,逆にハ
ンド・テストなど刺激の選定が行われなかった投映法もあったようである。他 方,刺激選定直後の投映法の有用性に関する研究の大半は,健常群と病理群の 比較による診断的妥当性の検討であった(たとえばRorschach, 1921, 1954 鈴
木訳 1998)。刺激選定における臨床的有用性の判断にも,この診断的妥当性
の要素が含まれていたと考えられる。
表2-1. 既存の投映法における刺激選定の経緯および基準
投映法 刺激 刺激選定の経緯および基準
ロール シャッハ法
左右対称の インクのしみ
Rorschach が,自作した 40 枚以上の図版の中か
ら,臨床的により有用であると判断された 10 枚を選 定。15枚から12枚,10枚と徐々に枚数が絞られて いった。
TAT 様々な場面を 描いた絵画
Murray が,数百枚の絵画の中から物語性,状況
性,感情移入性の3要件を基に選抜し,さらに臨床 的有用性の検討により 30 枚の絵画と白紙を選定し た。
SCT 短い刺激文や 未完成文章
Ebbinghaus が知的統合能力を測定する道具とし
て利用したのが始まり。その後はそれぞれの研究者 が目的に合わせて刺激文を選択し,精緻化してい る。
P-F Study
欲求不満場面を 描いた漫画風の
絵
Rosenzweig が作成したものを,日本文化に合うよ
うに修正したものが臨床的に用いられている。投映 法の中でも特に統計的な妥当性や信頼性の検討 および標準化がなされており,その評価検討に堪え た刺激が選定されている。
ソンディ・
テスト
精神疾患患者の 顔写真
Szondi が,自らが関わったケースや,他者の論文
などの中から顔写真を選び,その好悪について研 究する中で妥当な刺激を選定した。
ハンド・
テスト 手の絵
Wagnerが最初に描いた9枚の絵と白紙が,ほぼそ
のまま採用されている。様々なポーズをとっている
「手」を描いたとされている。
カロ・
テスト
左右対称の インクのしみ
片口らが,Rorschachによる平行シリーズの作成法 にもとづき,ロールシャッハ法の図版と等価性の高 い図版を10枚選定した。
絵画 空想法
様々な場面を 描いた絵画
槇田らが,①「交差点」をメタファーとして提示するも の,②反応の自由度が高いものという2つの基準か ら,19 枚の絵画と白紙を選定した。TATの現代版・
日本版として,TATとの等価性も意識されている。
言語連想
検査 単語
Jung が,100 語からなる刺激語のリストを作成し た。連想の多様性や臨床的有用性によって選定さ れたと考えられる。
SCT-B 短い刺激文と
接続詞「が」
小林が,先行研究や直観により刺激を選定した。た だし,「最初の刺激文ではあるが絶対的なものでは ない」とし,研究者が目的に合わせて刺激を選択す る利点を残している。