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 以上、ヴァイシェーシカ学派とプラシャスタパーダについての概要、及びその研 究の歴史と現状についての大筋を論じてきた。本節では、本研究の特徴および目的 について論じたい。

1 本研究の位置および方法

(1)プラシャスタパーダの思想を捉える

  本研究では、ヴァイシェーシカ学派の中興の祖とも言えるプラシャスタパーダ の思想を、彼の現存唯一の著書である『プラシャスタパーダ・バーシュヤ』を資料と

して考察する。その上での本研究の特徴は、学派ごとの特徴を捉えるのではなく、

プラシャスタパーダ自身の思想をとらえることを目指すことである。

 これまでの研究の多くは「ヴァイシェーシカ学派」という学派を主体にした思想 研究が主流であった。したがって、そのテーマとなるのはむしろ直接知覚やアート マンといった個々の学説の学派としての特徴であり、学派内の個々の思想家の説の 相違にはあまり注意が払われなかった。強調されるのは、他学派との差異であり論 争であった。これは伝統を重視するインドの諸学派の学説を理解するうえで、欠か せない視点であり、当然とるべき方法論である。現在でも、この方法論の正当性は いささかも揺るぎはしない。しかし、「インドの場合一般に「学派」といわれうる ものが、個人の教説を絶対的真理として奉ずる集団ではなく、ある専門学科を共通 の関心領域として持つ者達の集団」161として成立していたことを考えれば、学派内 で完全に意見主張が一致していることは考えにくく、したがって、個々人の独自性 を完全に無視してよいとはいえないであろう。

 そこで本研究では、出来うるかぎりプラシャスタパーダ個人の思想を一つのまと まった全体としてとらえ、その独自の思想体系を解明することを試みる。

(2)方法論的基礎付け

 しかし、ここで問題点が一つ出てくる。周知の通り、インドの哲学・宗教思想文献 は近代の哲学思想文献と違い、著者本人が書いたそのままの状態であることは少な い。このために、インド哲学・仏教学研究者は、まず写本や複数の刊本を参照してテ クストの校訂から行わなければならない。また、テクストが物理的に成立したとし ても、難解な学説の理解や術語を解釈するためには、後代の註釈者の註釈を参照す る必要がある。極端な言い方をすれば、註釈者のコメントを通してしか著者本人の 思想にたどり着けないということも、起こりうるのである。はたして、このような 状態で「プラシャスタパーダ本人」の思想をとりだすことが可能なのであろうか。

 筆者は、この問題に関して、ウンベルト・エーコ (Eco, Umberto)の「テクスト の意図」という概念を援用して、 「可能である」という筆者なりの理由を提示して おきたい。

 まず、エーコのいう「テクスト」とは、単なる物質的存在ではなく、意味作用の 体系とコミュニケーションの過程との混合概念162であり、一つの事態として存在し

二〜ソ

ているものである163。

 では、そのような「事態としてのテクスト」の性質をふまえた上で、 「テクスト」

を理解するということはどういうことになるのか。エーコは、独自の記号論164をも とに、 「テクスト」自体を形成する様々な属性と整合性を持ち、かつ「作者の意図」

には還元不可能な「テクストの意図」という概念を提示し、この「テクストの意図」

を探る弁証法的営みこそ「テクスト」を正しく理解することであると主張する165。

 これをインド哲学研究に当てはめれば以下のようになろう。すなわち、実在する

(であろう人・及び複数の人物も含む)インド哲学・宗教文献の著者は、自らのテク ストを読むであろう「モデル読者」を想定しつつテクストを書く。その時の「モデ ル読者」は、同時代の同じ学派に属するもの、他学派の論敵、そして時代は異なっ ても同学派の伝統を継承する後代の同じ学派に属する人物すなわち注釈者であろう。

したがって、注釈者はエーコの概念で言う「モデル読者」であるということが出来 る。われわれ研究者は、言うまでもなくエーコ流に言えば「実在する読者」になる。

われわれ、 「実在する読者」は、テクスト読解を通じて、このような意図を持つで あろうと「モデル作者」を想定しつつ「テクストの意図」を探る。その際、 「モデ ル読者」たる註釈者や同時代と想定される論敵等との闘争関係を通じて、無限に広 がる過剰な解釈・恣意的な解釈に制限を加えることが可能となるのである。

 より具体的に言えば、プラシャスタパーダという「実在する作者」は、自らのテ クストを読むであろう同時代のヴァイシェーシカ学徒、論敵である仏教徒を始めと する他学派の学者、及び自らが立てるヴァイシェーシカ学派の伝統を継承する後代 のヴァイシェーシカ学徒(=註釈者)を「モデル読者」として想定してテクストを書 く。われわれ「実在する読者」は、これまでの学問的研究によって明らかになって きたことを素材として、 「モデル作者」たるプラシャスタパーダ象を想定する。そ の上で、 「モデル読者」たる注釈者との闘争とテクスト読解という過程を通じて、

プラシャスタパーダの思想たる「テクストの意図」を理解するということである。

これを図にすると以下のようになる。

《図2》テクストの読解モデル

ラシャスタパー  ⇒

[実在の作者] (記述)

想定

   古典テキスト

[プラシャスタパーダ・バーシュヤ]

     闘争関係        1

嚇  ⇔  デル作者

(読解)  [研究者]

⇔ 医鋼

想定

[論敵や註釈者等]−U−{研究者のプラシャスタパーダ象]

      テキストの意図     [プラシャスタパーダの思想]

 筆者は、上記の過程を通じて、プラシャスタパーダ個人の思想を、 「テクストの 意図」として取り出すことが可能であると考える。

 もちろん、その場合、確固とした唯一無二のプラシャスタパーダの思想を取り出 すことが出来るという意味ではない。この「テクスト意図」という概念は、一種の 弁証法的過程を経ているので、唯一絶対のものを出すという性質のものではない。

したがって、今回本研究を通じて解明しようとする「プラシャスタパーダ個人の思 想」というのは、あくまで筆者の「テクストの意図を探る過程」から出てきたもの であり、一つの解釈の可能性として提示できるということである。そして、その可 能性は、単に筆者の主観的解釈にのみ還元されるものではなく、論敵や注釈者といっ た「モデル読者」との闘争関係により制限を受けているので、筆者の能力不足によ る単純な誤解や誤りがある場合を除けば、妥当性を持つものである。

2s

 筆者は、この方法論的な前提にのっとって、rプラシャスタパーダ・バーシュヤ』

の「テクストの意図」たるプラシャスタパーダの思想を、解明していきたい。

2 本研究の目的および構成

 前項では、本研究の特徴および方法について論じた。この方法に基づいて本研究 で明らかにする事柄について、ここでは以下の目標を挙げておきたい。そして、こ の目的を達成するために本論文がどのような構成をとるか簡単に論じておきたい。

(1)本研究の目的

①ヴァイシェーシカ学派への新たな視角の提示

 これまでのヴァイシェーシカ学派に関する評価や学説は、前述の研究史を見ても 分かる通り、おおむね以下の3点にまとめることが出来る。

 i自然現象に関する深い関心を持つ唯一のインド正統派学派。

 ii外界に客観的実在を認める素朴実在論。

 逝宗教的関心が希薄で、正統派の中でも非正統派的思想。

 しかし、筆者のこれまでの研究によれば、これらの従来の説ではとらえきれない 側面がヴァイシェーシカ学派特にプラシャスタパーダの思想には少なからず存在す る。例えば、プラシャスタパーダの時空論・因果論等は、パダールタによる存在物の レベルの規定や、変化するものをもとに2分割していく時間の思考など、とても素朴 実在論や自然哲学という枠組みでは捉えきれない部分が存在する。

 したがって、本研究では、このような従来の研究では捉えきれなかった側面をも 含めた、総合的なプラシャスタパーダ思想の解明を目指す。そのことにより、ヴァ イシェーシカ哲学思想への新たな視角を提示することを目指す。

②プラシャスタパーダの思想構造の解明

 前述した「ヴァイシェーシカ学派への新たな視角の提示」という目的を達成制す るために、次に「プラシャスタパーダの思想構造を明らかにする」という目的を挙 げておきたい。この目的を挙げる理由は、本研究の特徴の所でも述べたように、プ ラシャスタパーダ自身の思想構造を解明する研究がこれまで皆無に近く、学派間の 影響思想史研究のみであるという現状があるからである。

 従来の日本のヴァイシェーシカ学派の研究は、主に原点の翻訳と他学派と共通す るテーマの散発的な研究が中心であり、ヴァイシェーシカ学派自体の思想内容をと らえようという研究は皆無に近かった166。これは、日本のインド哲学仏教学研究が 文献学的研究が中心であり、すでに翻訳がでてしまったものに関しては返って思想 研究が進まないという学会の現状も関係していると考えられる。特に、プラシャス

タパーダに関するまとまった思想研究は、日本では皆無である167。

 しかし、プラシャスタパーダは、ヴァイシェーシカ学派において同学派の教義を 体系的に整備した人物であり、仏教など他学派にも論敵として認知されている重要 な人物である168。したがって、筆者は重要であると考えられつつも、日本では(世 界的にも)研究がほとんどなかったプラシャスタパーダに光を当て、筆者独自の視

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