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実体カテゴリーの定義

第1章  実体の存在論

第1節  実体カテゴリーの定義

1 パダールタ(pad亘rtha)とカテゴリー

 序章で論じた通り、ヴァイシェーシカ学派では、独自のカテゴリーを立てて、現 象世界を説明する、いわばカテゴリー論を展開する。このカテゴリーと訳したパダー ルタ(padartha)は、 pada(単語、言葉)+artha(対象、意味)の合成語であり、

「言葉の指し示す意味または対象」という意味合いであり、伝統的な訳語は「句義」

とされてきた。最近では、カテゴリーと訳する研究者が増えてきた1。

 一方西欧でのカテゴリー((ギ)kafegoria)は、アリストテレスがギリシャ語 の「非難」 「告発」という意味の法律用語を転用し、それが定着した語であり、も ともとは「述語」およびその最高類としての「述語類型」 「述語形態」すなわち「範 疇」を指していた。しかし、アリストテレスの『形而上学』によって、単なる述語 範疇ではなく、諸存在の類型を表すカテゴリーとなった2。

 したがって、パダールタ(padartha)を完全に西洋で言うカテゴリーと同置する ことは出来ないが、訳語として採用することで致命的な誤解を生む可能性は極めて 少ないと考えられる。したがって、本稿では「カテゴリー」を基本的に「パダール タ(padartha)」の訳語として使用し、必要に応じて原語を併記するという表記法

をとりたい。

 このカテゴリー(pad叡tha)は、ヴァイシェーシカ学派では極めて重要な教義で あるが、時代や論者により立てる数に違いがある。

 まず、根本聖典とされる『ヴァイシェーシカ・スートラ』 (以下『スートラ』)は、

実体(dravya:実)、属性(gurpa:徳)、運動(kaman:業)、普遍(

s亘m…inya:同)、特殊(Vige6a:異)、内属(samav亘ya:和合)と6つのカテゴ リー(padartha)を立てる。これは、プラシャスタパーダも同様である。しかし、

『勝宗十句義論』の筆者慧月(4−5C.)は、6カテゴリーの他に力能(Sakti:有 能)、無力能(aSakti:無能)、普遍かつ特殊(samanya−viSeSa:倶分)、否定

(prati6edha :無説)の10のカテゴリーを立てる3。また、 『七句義論(

Sapta、padえr飴」)』の著者シヴァアーディトヤ(§ivaditya:11C.)は、6カテゴリー の他に無(abh亘va)を独立したカテゴリーとし7つのカテゴリーを認める4。この7 カテゴリー説が後のニヤーヤ・ヴァイシェーシカ融合学派に受け継がれる5。 (註4の 図1参照)この中で、本稿で中心的に論ずる『プラシャスタパーダ・バーシュヤ』は、

初期のヴァイシェーシカ学派で標準的とされる6カテゴリー説を採用している。そ して、先に述べた通り、この6カテゴリーの中で最も基礎となるものが実体(

dravya)である。

2 実体の共通点

dravyaという言葉は、!druという語根に接尾辞 yat を付けたものに由来し、

ヴァイシェーシカ・スートラでは、基本的に運動や潜勢力を司るヴァイシェーシカ の六カテゴリーの一つである。

4c

 先に挙げた6カテゴリーは、その全てに「存在性(astitva)、被命名性(

abhidheyatva)可知性Ofieyatva)がある」とされている6。したがって、実体に もこの存在性、被命名性、可知性は、まず第一条件として前提される。その上で、

rプラシャスタパーダ・バーシュヤ』は、実体(dravya)に関して、まずこう規定

する。

<4>

[04]tatra dravya草i pgthiVy−ap−telo−vayv−ak亘・a−k員1a−dig−atma−

manalpsi si麺巨nya−viSe8a−sa耳萌aya−uktani nava_eva_iti tad−

vyatirekepa_anyasya sε㎎」五亘一anabhidh亘nat l 7

 その中で、実体(dravya)は、地(P;・thivi)、水(ap)、火(tej as)、風

(vayu)、虚空(亘k亘Sa)、時間(k副a)、方角(di9)、自我(atman)、

意識(manas)である。普遍かつ特殊な(samanya−ViSe6a)名称によって表現 されたのは、 (この)九つのみである。 (なぜなら)これ以外は、他の名称の 陳述がないからである。8

 ここでは、実体が九つあるということを規定している。ここで考えられるのは、

(1)その九つの実体がそれぞれ実体という内在する原理的なものを持ち実体として表 象しているから実体なのか、それとも②単に実体という種類に分類されるから実体 なのかということである。すなわち、「実体という概念そのもの」をDと表し、 「具 体的な九つの実体」をd−1、d−2、…d−9と表してそれぞれの概念の関係を図式的

に表せば下図のようになる。

《図2 「実体」概念と「個々の実体」の関係》

(1)

H

(2)

D

d−1 d−2   d−3   d−4   d−5  d−6   d−7    d−8      d−9

D∋x{xld−1、 d−2、…d−9}

 (2)の方は、上記のように記号表現することも可能である。したがって、(2)の場 合は、 「実体という概念そのもの」は「具体的な九つの実体」の単純な集合の概念 ということになる。

3 〈実体性(dravyatva)〉とは何か

 さらに、rプラシャスタパーダ・バーシュヤ』は、 「具体的な九つの実体」のそれ ぞれの共通性について、このように規定する。

4i

 <20>

[16]p雄hivy一亘dinaエp navan亘m api dravyatva−yogah sv互tmany arambhakatvaip gurpavattvaコp karya−k諏ε埠a−avirodhitvam antya−

Vi●e8aVattVam l 9

 地などの九(つの実体)には、〈実体性(dravyatva)〉と結び付くこと、

それ自体において(結果の)発生すること、属性を持つこと、原因と結果によっ て滅ぼされないこと。最終的な特殊(antya−ViSe6a)を持つことがある。

 まず、ここで注目されるのは、〈実体性(dravyatva)〉という語である。すな わち、 「具体的な九つの実体」全てに共通なのは、〈実体性〉と結合することであり、

実体という概念にとって最も重要な規定である。なぜなら、〈実体性〉との結び付き は、実体(dravya)という名称の根拠であり、実体という概念の必要十分条件であ るが、一方、これ以外の「属性を持つこと」や、 「原因と結果によって滅ぼされな いこと」、及び「最終的な特殊」をもつことは、実体という概念が満たす十分条件 に過ぎないからである。

 このく実体性〉について、プラシャスタパーダではこのように規定する。

<7>

[07]s迦anyalp dvi−vidhalp param aparaエp ca_anu中ti−pratyaya_

k亘raOaln l tatra paralp s atta mah言一Vi8ayatv亘t sa ca_anuyr土ter eva hetutvat s麺anyam eva l dravyatva−ady aparε皿alpa・l vi6yatvat l tac ca vyav姉ter api hetutv亘t s麺亘nyεup sad ViSe8a一舳y亘m api labhate l l

10

 普遍は、上位(para)と下位(apara)の二種類である。共通の観念(

anuptti−pratyaya)11の原因である。この中で、上位の普遍は、存在性(

satt亘)である。何故なら、範囲が大であるからである。そして、これ(存在性)

は、共通(の観念)のみの原因性であるので、まさに普遍である。実体性(

dravyatva)等は、下位の普遍である。何故なら、範囲が小であるからである。

そして、これは、排除の原因でもあるから、普遍でありながら特殊という名称 をも得られるのである。

 すなわち、このく実体性〉は、関係性の概念である普遍(s亘m亘nya)の一種であ り、適応範囲が狭い下位の普遍(apara−samanya)12なのである。そして、この下 位の普遍たるく実体性〉は、共通の観念の原因でありなが、同時に実体以外のものを 排除し区別する役割があるのである。このことからく実体性〉という概念は、一種の 両義的な概念であるということも言えるであろう。

 この下位の普遍には、〈実体性〉だけでなく、〈属性性(g叫atva)〉やく運動性(

karmatva)〉といった、〈〜性(−tva)〉と付く、名称の根拠に関係する諸概念も それに含まれる。ここで使用されている、広範囲に抽象名詞を作るとされtaddhita 接尾辞「−tva」は、インドの古典文法学の意味論に従えば、その付けられる語の種、

属性、行為、関係、を示すと言われる13。すなわち、〈実体性(dravyatva)〉で言

4ユ

えば、 「実体という種」、つまり他のものとは区別される「集合概念としての実体」

という意味を持つ。したがって、このような「〈実体性〉との結合」は、 「実体とい う概念に所属する」という意味にとることができる。

 以上、 『プラシャスタパーダ・バーシュヤ』の規定からも、文法学派の意味論から もく実体性〉というのは、「実体という種類」を表す概念であり、その意味で実体(

dravya)という名称の根拠でありうるのである。

 一一方、先に挙げた「具体的な九つの実体」という概念については、基本的に「最 終的な特殊(antaya−viSesa)」を持つことが指摘されている。これについて、こ のように『プラシャスタパーダ・バーシュヤ』は規定する。

<8>

[08]nitya−dravya−vl土tayo l nty互vi●e§品lte khalv atyanta−vy亘嘩ti−

hetutv亘d ViSes亘 eva l 114

 最終的な(特殊)は、恒常な実体(nitya−dravya)に存在する。それらは、

実に、最終的な排除の原因であるので、まさに特殊に他ならない。

 この場合、恒常なる実体(nitya−dravya)とは、四元素の原子(param頭u)が それぞれ結合してできた具体的な生物の身体や大地や植物等である「結果としての 実体」15以外の実体を指す。この「結果としての実体」を構成する、諸元素の原子 は、恒常なので、実質的には「具体的な九つのdravya」全てを指していると考えて よい。したがって、「具体的な九つのdravya」は最終的な特殊を持ち、その最終的 な特殊の機能は最終的な排除であるから、特殊そのものであるということである。

これは、つまり、これ以上の下位の概念に分解できないということである。

 しがって、前に挙げた共通の観念でありかつ排除の観念でもあるく実体性〉とい う概念と、排除のみの最終的な特殊を持つ「具体的な九つのdravya」とは、異なる 概念であることは明らかである。また、〈実体性〉は、集合を規定する概念でもある と言うことができ、また、それによって規定されるく実体性〉という概念は、実体以 外の他の概念と区別し、かつ、 「具体的な九つのdravya」の集まりを包括する集合 概念であると言うことができる。これは、先に挙げた図式でいえば(2)に該当する。

ちなみに、式を添えて図式で表せば下記のようになる。

《図3 「実体」概念・〈実体性〉・九つの具体的な実体》

      dravya[「実体」概念]

地(pgt hivi)水(ap)火(tejas)風(v亘yu)虚空(亘k蕊a)

時間(kala) 方角(di9)自我(亘tman)意識(manas)

       [九つの具体的な実体]

dravya−tva

[実体性]

D∋x{xld−1、 d −2、…d−9}

 すなわち、〈実体性〉という概念は、 「具体的な九つの実体」の集合であり、その 集まりの内と外を分ける境界のようなものとしてく実体性〉があるということである。

〈実体性〉という境界は、境界の内側に対して、包括の働きをし、境界の外側に対し て排除(あるいは限定)の働きをする。この意味において、〈実体性〉は、両義的な

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