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未遂犯の成否をめぐる解釈論への影響

 しかし、謀殺未遂に対する量刑判断を行った判例において述べられたよう に、量刑において、客観的な犯罪結果を加味することは、実際に失われた利

78) Walker, op. cit. n.9, at p.7.ここでは、①利益を得るために虚偽の言説を述べる罪などを定め た2006年詐欺罪法(Fraud Act 2006)に関する量刑ガイドライン(Sentencing Council, Fraud, Bribery and Money Laundering Offences: Definitive Guideline(2014), at p.7)が、「侵害」

の評価に「意図された侵害」を含んでいること、②性犯罪に関するガイドラインでは、15歳〜

17歳の性犯罪者に対して、成人犯罪者に対する刑の半分から3分の2の範囲で刑を科すことが でき、15歳未満の場合はさらに軽い刑を科すことができるとしており(Sentencing Council, op.

cit. n.51, at p.151; Sentencing Council, Sentencing Children and Young People: Overarching Principles and Offence Specific Guidelines for Sexual Offences and Robbery: Definitive Guideline(2017), at p.41)、こうした「非難可能性」に照らした刑の減軽の割合が、50%を超 える場合があることに照らして、「侵害」と「非難可能性」を同等のものと位置づけることは 必然的ではないことも指摘されている。

79) 意図された侵害が考慮されるべきだとして、それを「侵害」のカテゴリーで考慮することは 不自然であり、「非難可能性」の要素として位置づけられるべきと指摘するものとして、Kelly, op. cit. n.76, at p. 769. See also, Barot[2007], op. cit. n.61, at p.170.

益の重大性を示すためにも不可欠であろう。したがって、もっぱら意図され た侵害を重視し、既遂犯と未遂犯の区別を失わせることはできない。そうす ると、未遂犯をはじめとする未完成犯罪において「侵害」とは何を意味する のか、「非難可能性」とはいかなる関係にあるのかを明らかにする必要が出 てくる。こうした検討は、量刑にとどまらず、未遂犯の成否に関する解釈論 にも通じてくるものであろう。

 イギリスにおいても、日本と同様に、犯罪を遂行しようとする行為者の非 難可能性(意図)を重視する立場と、より客観的な侵害(結果が発生する危 険性や一定の事実の有無)を重視する立場が対立する形で未遂犯論は展開さ れてきた。しかし、侵害と非難可能性が量刑判断における犯罪の重大性にど れほど影響を与えるのかにまで踏み込んで議論がなされることは、従来なか ったように思われる。確かに、量刑は、犯罪の成立を前提にした、ある種の 程度問題であるから、具体的事例を離れた抽象的な解釈論と結び付けて議論 することはできないとも言えるであろう80)。また、量刑判断においては、犯 罪の成否には直結しない要素(動機など)も考慮されるのは当然である。し かし、まずは、当該犯罪の本質的な要素4 4 4 4 4 4としての「侵害」と「非難可能性」

の観点から量刑の大枠を決めるという、イギリスの量刑ガイドラインの判断 手法にも現れているように、量刑判断においても、当該犯罪が何をもって犯 罪とされるのかが強く影響するのは否定しがたいであろう81)。仮に、テロ準 備罪の量刑に関する判例で示されたように、量刑判断において結果が生じる

80) See, Walker, op. cit. n.9, at p. 8.

81) 量刑ガイドラインのステップ1および2において検討される、「非難可能性」と「侵害」に 関する諸要素は、カテゴリーに付された量刑の出発点および範囲の相当程度の違いに照らして、

しばしば限定列挙とされる。See, Walker, op. cit. n.9, at p. 7. 量刑と犯罪論との関係については、

井田良「量刑事情の範囲とその帰責原理に関する基礎的考察(1)―西ドイツにおける諸学説 の批判的検討を中心として」法學研究55巻10号(1982)88頁以下、小池信太郎「量刑における 消極的責任主義の再構成」慶應法学1号(2004)213頁、鈴木茂嗣「犯罪論と量刑論」前野育 三ほか編『量刑法の総合的検討 松岡正章先生古稀祝賀』(成文堂、2005)3頁、浅田和茂「量 刑基準」前野育三ほか編『量刑法の総合的検討 松岡正章先生古稀祝賀』(成文堂、2005)28頁、

朝山芳史「量刑における結果無価値と行為無価値」『原田國男判事退官記念論文集 新しい時代 の刑事裁判』(判例タイムズ社、2010)499頁など。

可能性は考慮されるべきではないのだとすれば、犯罪の成否の検討において も、結果が生じる可能性は当然検討されないということを帰結するように思 われる。こうした帰結は、イギリスにおいて、不能性が未遂犯の成立を否定 する抗弁にならないとされていることと整合しよう。しかし、本稿で概観し てきたように、結果が生じる可能性を、量刑判断の第1ステップにおける当 該犯罪の本質的な要素として考慮する判例およびガイドラインが存在するこ とは非常に興味深い。イギリスにおいて、不能犯論はすでに決着を見たと評 されるところであるが、同様の問題が、量刑判断という装いを見せつつ再燃 しようとしているとも理解できるからである82)

Ⅴ むすびに

 本稿では、イギリスにおける未遂犯(未完成犯罪)に対する量刑について 指摘されている問題を、一部の量刑ガイドラインと判例に照らしながら概観 してきた。ここで指摘されている問題は、単なる量刑の問題にとどまらず、

未遂犯の成否に関する解釈論にも影響を与えるものであるように思われる。

 こうした分析が誤っていないとすれば、日本の未遂犯論を検討するうえで も、イギリスにおける未遂犯の量刑に関する問題は無視し得ないのではない だろうか。日本の刑法43条に定められている未遂犯の刑の任意的減軽は、か つては、結果が発生せずとも既遂犯と同等の刑が科せられうるという意味で、

未遂犯の主観主義的な理解を支えるものとも位置づけられた83)。しかし、法 定刑の軽重は、行為の類型的な犯罪性の軽重に対応したものであるから、未 遂犯が既遂犯よりも類型的に軽いということが、任意的減軽が定められてい

82) 加えて、テロ準備罪に関する量刑ガイドラインでは、「非難可能性」の要素として、準備行 為の完成に近接したことをあげていることも見逃せない。この判断は、未遂犯をはじめとする 未完成犯罪の成立時期とも直結し、また「非難可能性」の要素として位置づけられていること から、行為者の主観との関係も問題になるように思われる。

83) 牧野英一『刑法総論 下巻』(有斐閣、全訂版、1958)623頁、宮本英脩『刑法大綱』(弘文堂 書房、1932)178-180頁、木村亀二『刑法総論』(有斐閣、増補版、1978)345頁。井田良「未 遂犯と実行の着手」現代刑事法2巻12号(2000)82頁も参照。

ること自体に現れているとして、未遂犯の任意的減軽は、法益侵害結果の有 無を重視する客観主義からも説明が可能であり、個別具体的な事案における 犯罪性の軽重は、宣告刑の軽重に反映させれば足りるとも言われる84)。この ようにして、未遂犯に対して科される刑罰の軽重は、犯罪の成否を分ける解 釈論を論じるにおいて、それほど着目されてこなかったように思われる。し かし、不能未遂をも処罰することを前提にしたイギリスにおける議論を日本 において参照することについては一定の注意が必要であるものの、本稿で概 観したイギリスにおいて登場している問題意識は、「未遂犯に対して、既遂 犯に並ぶ重い刑罰を科すためには、『意図された侵害』を考慮せざるを得な いのではないか」というものと理解でき、刑の任意的減軽にとどめている日 本の未遂犯に関する解釈論においても参照価値があるように思われるのであ る。

 もっとも、本稿で扱うことのできた判例も網羅的なものではなく、また、

イギリスの量刑制度を全体的に考察することは叶わなかった。また、未遂と 量刑ガイドラインとの関係に関する議論はイギリスにおいても従来あまり意 識されてこなかったと思われるのと同時に85)、不能犯論を再燃させるかのよ

84) 平野龍一『刑法 総論Ⅱ』(有斐閣、1972)311頁、浅田和茂「未遂犯の処罰根拠-実質的・

形式的客観説の立場から-」現代刑事法2巻9号(2000)37頁、和田俊憲「未遂犯」山口厚編

『クローズアップ刑法総論』(成文堂、2003)191頁などを参照。さらに、任意的減軽が主観主 義によるものであるとの理解では、結果無価値が不法判断において意味を失い、未遂犯が犯罪 の基本型となってしまうとも指摘される。吉田敏雄「未遂犯と中止犯(2)」北海学園大学法学 研究47巻2号(2011)172-174頁参照。

85) もちろん、結果が発生しない場合の「侵害」の評価について全く注意が向けられてこなかっ たわけではないものの、その立場は、必ずしも明確なものではない。2003年刑事司法法の制定 に向けた前述のハリディ報告書では、「侵害」については、「惹起された、または危殆化された 侵害」を考慮するとされており(Halliday, op. cit. n.7, at para. 2.31)、2002年の政府による白書 でも同様であった(Home Office, op. cit. n.4, at para. 5.10)。しかし、2003年刑事司法法では、「意 図された侵害」も考慮すべきことが規定された。その後の、量刑審議会による「重大性」判断 に関するガイドラインでは、「非難可能性」が一次的な要素とされるべきと述べられつつも、「結 果として実際の害悪が生じなかった事件では、裁判所は、犯人の行為の相対的な危険性を判定 することになるであろう。すなわち、害悪が発生する可能性や、結果が生じたならば害悪はど れほど重大であったかを検討することになるであろう」との叙述も見られた(Sentencing Council, op. cit. n.10, at para 1.11)。そして、2019年に新しく策定された「重大性」判断に関す

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