平成
20
年7
月に策定された経済財政諮問会議の「構造変化と日本経済」専門調査 会報告は、今後10
年間に予想される世界経済の構造変化とそれに対する日本経済の課 題として特に注目すべき点のひとつに「成長の源泉としての知的創造」をあげ、以下 のように述べている17)。資源制約が強まり、実態経済への影響も強まるなか、先進国における成長の源泉 はこれまで以上に知識や情報などの無形資産による付加価値の創造になる。製造業 と非製造業とを問わず、知識集約産業としての性格はますます強まり、新たな価値 を生みだす人材の重要性が増す。高齢化・人口減少が進む日本にとって、知的創造 の重要性は他国にも増して高い。わが国が所得水準を今後とも高めていくためには、
知識やアイディアを活かし、あらゆる分野において不断のイノベーションを起こし、
付加価値を高度化することが不可欠である。
また、平成
23
年12
月に取りまとめられた産業構造審議会・新産業構造部会の中間 整理では、「イノベーションと需要の好循環」により「価値創造」による拡大均衡経済 への転換を図ることが日本経済に求められるとして、以下のように述べている18)。グローバル競争において、従来のアジア諸国等との低価格競争から脱却し、高付 加価値競争へと転換する。これにより、新興国など拡大するグローバル需要を積極 的に取り込み、海外収益の国内還流を促進する。同時に、国内潜在需要の大きい分 野で新産業と雇用の創出を図り、内需拡大の好循環によってデフレを克服し、期待 成長率の上昇を目指す。
これらの指摘は、研究開発などの知的創造活動を通じて自国でイノベーションを生 み出し、このイノベーションを活用した付加価値の高い製品によって世界に貢献し、
そこから得られる収益を国内に還流させて更なるイノベーションの創出に繋げるとい う「イノベーションを核とする成長のビジネスモデル」が日本でこそ強く求められる ことを意味している。
これまでみてきた通り、国内の製薬産業は、日本を代表する知識集約型、高付加価 値産業であり、日本国内での高い付加価値の創出を通じて
GDP
の成長に寄与し、グ17) 経済財政諮問会議 「グローバル経済に生きる ー日本経済の若返りをー」(「構造変化と日本経済」専門調査 会報告 平成20年7月2日)
18) 産業構造審議会 新産業構造部会 「中間整理 ~「やせ我慢」から「価値創造」への転換~」(平成23年 12月)
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ローバルに獲得する収益の日本国内への還流により
GNI
の拡大に貢献している。また、国内製薬産業の高く安定した担税力は税収への貢献を通じて日本の財政基盤の強化と 経済・社会の安定化に繋がっている。加えて、継続的に新薬を創出できる国が世界で も十指に満たないなかにあって日本は世界第三位の新薬創出国である。このように、
国内の製薬産業は、イノベーションを核とする成長のビジネスモデルを実現する高い ポテンシャルを有する産業であり、日本経済が持続的成長を遂げるために必要な知識 集約型、高付加価値経済への経済構造の転換に際し、リーディング産業としての役割 を果たすことが期待される。
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Ⅲ.製薬産業の国際競争力と創薬環境としての税制
国内製薬産業がイノベーションを核とする成長のビジネスモデルを体現し、健康で 安心な社会の実現、科学技術の発展、経済の成長に対する貢献を実現するためには、
製薬産業自身が先端技術への絶えざる投資を行い、研究開発の生産性を向上させ、革 新的な新薬の創出力を高めていくという産業自体の努力が不可欠であることはいうま でもない。そのためには、日本国内市場の
10
倍の規模を有し、新興国を中心に拡大を 続ける世界の医薬品市場の需要を如何に取り込むかが鍵を握っており、成長を実現す るためのグローバルなネットワークの構築が不可欠となる。また、研究開発をはじめ とする膨大な投資の継続的な支出を支えるためには、欧米企業に比較して見劣りのす る収益性や財務基盤の強化も急務である。しかし、国内製薬産業のポテンシャルが他ならぬ日本で生かされ、国内製薬産業が 日本の高付加価値経済への構造転換に際してリーディング産業としての役割を果たし ていくためには、日本という国が、世界中から優れた人材を惹きつけ、世界中の企業 が拠点を置いて創薬を競い合うような魅力ある創薬の場となることが不可欠である。
日本が魅力的な創薬の場となれば、日本の製薬企業の国際競争力の強化につながるこ とに加えて、海外の製薬企業が日本への進出を進めることにより国内に競争力のある 製薬産業が形成され、日本に大きな貢献をもたらす。
ここでは、魅力ある創薬の場となるために整備、強化すべき創薬環境として税制を 取り上げる。国内外の大手製薬企業の実効税率の分析を通じて、世界的な製薬企業を 有する各国の法人課税の実態と、税制が製薬産業の国際競争力に及ぼす影響を概観し たうえで、国内の製薬産業が今後リーディング産業としての役割を果たしていくため に望まれる税制について考察する。
1.法人課税をめぐる世界の潮流と製薬企業
国際的な法人課税をめぐる近年の大きな流れとして、企業が国籍を超えて活動でき る場としての国際競争力の維持、強化に向けた法人税率の引き下げ競争と、産業にお けるイノベーションの創出を促進するための研究開発促進税制の拡充競争が同時に進 行してきた19)。法人税率については、高付加価値、先端産業の誘致を国策として進め ている新興諸国と、ヒト・モノ・カネの国外流出に伴う国際競争力の低下を懸念する 西欧先進諸国において税率の引き下げ競争が続いている(
OECD
(経済協力開発機構)加盟国の法定税率の推移を図
3
に示す)。研究開発促進税制についても、OECD
のレ ポートによれば、企業の研究開発に対して税の減免を行っている加盟国は1995
年の12
カ国から2004
年に18
カ国、2008
年には21
カ国へと増加しており、多くの国が 税の減免を年々手厚くする傾向にある20)。33
一般に、法人税率はマルチナショナルに活動する企業にとって事業拠点の立地選択 において重要な要因となる。とりわけ、群を抜いて高付加価値である製薬企業では、
他産業に比較して労務費、原材料費、物流費の比率が小さいために生産や供給にかか わる外部流出費用よりも法人税の負担の影響が大きく、また、利益率が高いことから 事業規模に比して法人税負担自体が大きい。このため、製薬企業にとって法人税率の 経営に与えるインパクトは他産業にも増して大きい。更に、研究開発こそが革新的新 薬創出の生命線であり、このため売上高研究開発費比率が他産業と比べて群を抜いて 高い製薬企業にとって、研究開発促進税制の重要性は極めて高い。このように、税制 は製薬企業にとって経営上の最重要課題のひとつとなっている。
20.0 25.0 30.0 35.0 40.0 45.0 50.0
1990 2000 2005 2006 2007 2008 2009
日本 米国 フランス スイス 英国
OECD平均
図3 OECD加盟国の法定税率の推移 (国税+地方税)
19) 経済産業省「経済社会の持続的発展のための企業税制改革に関する研究会」中間論点整理 平成20年9月 20) OECD(経済協力開発機構):OECD Science, Technology and Industry Outlook 2008
%
(出所)OECD Tax Database