農業問題に実績を持ち,農村に基盤を持つ者が,この文化大革命の中で台 頭していることは興味深い。林彪は彼の「人民戦争の勝利万才jの中で 農
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中 国 (6・7月)
民に依拠して,農村根拠地を樹立する こじ 農村によって都市を包囲す る ことを主張している。同時に陶鋳もまた,農業を社会主義化すること は, ブノレジョアジーと農民とのつながりをたちきり,資本主義を大量に生 みだす根源を一掃して,都市の資本主義勢力を孤立した状態におくこととな る (注4)と述べている。同時に彼は,昨年 7月の段階で うち倒された反動 的階級は復活をたくらみ,一部の汚職窃盗分子と変質堕落分子も社会主義の 陣地にたいして,死にものぐるいの攻撃をおこなっている (注5)と述べてい る。いま展開されている文化大革命も,この時すでに彼にとっては不可避の ものと思われていたのかも知れない。彼は続けて われわれの上部構造のあ るいくつかの面,とくにイデオロギーの面は,いまなお新らしい経済的土台 に照応していない と述べている。
このように見てくると,この文化大革命は,都市に依拠するブノレジョアジ ーの根源を払拭しようとするものであり,その担い手は,軍と農村に依拠し た者ということもできょう。(注6)
〔IV〕 文化大革命の展開の中で,林彪と共に強硬・急進の道を歩む者に,陶 鋳,王任重がいるとすれば,中国農業の展開にもまた強硬,急進の道が予想 される。しかし一方,激しく抵抗する 穏健・合理 派の 業務知識 や 専門・技術第一 の主張も決して無為とはならないであろう。 穏健・合 理 派の主張は,前回の大躍進の 挫折 に立脚しているからである。(注7)
また, 当面の文化大革命の重点は大・中都市の文化・教育機関と党・政府 指導機関である (注8)とすれば,この文化大革命が農村に波及し直ちに 人 民公社を元へ戻す というような運動になるとする見方は疑問である。そこ で陶鋳や王任重の論文およびこの一年近くの間に発表された農業問題に関す る幾つかの論文を検討してみよう。
まず昨年秋に「経済研究」に3回にわたって発表された蘇星の論文があ る。(注9)この中で蘇星が強調しているのは次のようなことだと思われる。す なわち一一個人経営の積極性を過度に評価してはならない。土地改革後,生 産力が向上したのは,農業税を固定化したこと,農工間価格比を農業に有利 にした価格政策のあったこと,低利の農業貸付を拡大したこと,生産手段を 農業支援重点に提供したことなど,社会主義的国営経済でなければゃれない
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・7
月) 施策を行なったことなどによる効果が大きいのであって, 個人 経営による生産力向上には,効果はあっても,天井は低い。零細個人経営が,大規模 機械経営に生産性で劣るのは当然であって,生産性向上のためには大規模化 が必要である。大規模化には二つの道しかない。資本主義的大規模化か,社 会主義的大規模化である。一一蘇星の論文は
25
〜30
戸程度の生産隊にまで基 本採算単位を 後退 させてしまい,(注10)自留地保有を広汎に容認してしま っている人民公社の現状を批判し,再び社会主義的大規模化へ向う以外,道 のないことを主張している。この論文はいわば, 5年に及んだ調整期の終り に当り,農村の新たな躍進を準備する前ぶれともいえる。しかし一方には 穏健 な理解をする立場もある。今春
3
月から5
回にわ たって「北京周報」に連載されたノレポ〈楊談人民公社を訪れて〉は客観的叙 述を意図しつつも,中国人民公社の現状を伝えて興味深い。すなわち一一楊 談公社では「八つの生産大隊は生産隊(42)が基本採算単位だが,二つの生 産大隊では大隊が基本採算単位になっている。この二つの大隊で、は,他の大 隊と違って土地,役畜,大型・中型農具などがみな大隊所有となっている。もっともこれらは,各生産隊に,長期間使用するよう固定しであるのだが」。
また次のようにも述べている。 「生産隊聞の差を軽視すると,社員の生産意 欲をくじく有害な平均主義になる。」(注11)一一このルポは,生産力の高い,ま た均質的な生産隊を内包するところでは,大隊が基本採算単位ではあるが,
それも
1 0
大隊の中で2
大隊にすぎず,実質的には三級所有制の中で,生産隊 が基本になっていることを暗示している。更に生産隊聞の格差軽視は,有害 な平均主義になるとまで言及している。このルポの筆者は急激な採算単位の 拡大には警戒的であると見てよいだろう。次に,第二軽工業部副部長,部活の論文を紹介しよう。(注12)この論文は今 年
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月4日の人民日報に署名入で発表されたものであるが,いわば実務にた
ずさわっている役人の論文であって,中国の農業機械化の現状とその生産能 力の現実を直視している。すなわち一一 64年,中共中央と国務院は,「機械 化・半機械化を併進するが,かなりの期間内は,半機械化を主たる方針とす る」ことを明らかにしたと述べると共に,その半機械化農具を生産する手工 業の機械化の程度すら25%程度であることを指摘し,さらに,現実には中小‑‑37 ‑ 一(167)一
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・7
月〉農具はかなりの期間,不可欠の農具であり,その充分な供給の基礎の上に半 機械化農具の生産を図らねばならないと述べている。一一このいわば実務家 であり 業務・専門 家の論調は,現実に密着しており,飛躍・躍進を説く 雰囲気はない。
だが,陶鋳は毛沢東の理論に忠実に,一一一わが国の条件下では,まず最初 に協同化しなければならないのであって,そののちに始めて大型の機械を使 うことができる。ある期間には,社会改革を主とし,技術改革を従とするこ とは,可能なばかりか必要ですらある。農業の集団所有の実現だけが,われ われの最終目的では決してない。規模の比較的小さい,共有化程度の比較的 低い集団所有制をしだいに規模の大きい,共有化程度の高いものにし,革命 の段階的発展論と連続革命論を結合する観点で,たえまなく革命をおしすす めなければならない一ーと述べている。(注13)陶鋳はいわば社会改革を先行さ せる 急進 派であり,どちらかというと連続革命論者である。だからこそ この文化大革命の中で中枢にあり,陸定ーに代って宣伝部長にも抜擢されて いるのであろう。
最後に「湖北省委員会の段階的農業機械化実現の構想」(注14)に触れよう。
これは「今年から計算してつとめて
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年,7
年,1 0
年内に全省で農業機械化 を実現し,党中央と毛主席が我々に与えた偉大な歴史的任務を完成するJ
と 述べている。この構想、は,1 9 5 5
年に発表された毛沢東の「農業協同化の問題について」(注15)の中で述べられている「全国にわたって農業面の技術改革を ほぼやりとげるには,だいたい四つから五つの五ヵ年計画,つまり
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年ない し25年の年月を要する見込みである」という語句に過度に忠実であることを うかがわせるが,まず集団化,その後に機械化を主張する立場にある事を合 せ考えるなら,極めて急進的なものとならざるをえないであろう。〔
V
〕文化大革命の当面の重点は大・中都市のようである。従ってこれが,公社の基本採算単位の,上級への移行というような躍進に,直ちに結び付く とは思われない。また中国農業における三級所有制の現状や,農業機械化の 現状といった物的基礎が,基本採算単位止揚のために熟しているともわれわ れには思われない。
しかしこの文化大革命の過程で党中央に重きをなしてきた者には,農業問 一(168)ー QU
中 国 (6・7月〉 題に実績を持つものがおり,彼らの理論は急進的なのである。彼らはまず協 同化,それから機械化を主張する者である。彼らにとっては政治が第ーであ
り,経済は従なのである。
彼らは, 6月 8日の人民日報社説(注16)に明らかにしているように, 「解放 後1
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年間に思想、の分野でおこなわれた,たびかさなる大論争は,いずれも革 命の機関車のために前進の道をきりひらいた。」という経験に支えられ,「現 在進められている空前の規模の文化大革命も,我国社会主義革命の飛躍的発 展と社会主義建設の新たな大躍進をかならず予言している」との確信に満ちて,新たな前途を模索し,かっ切り拓くであろう。
(注1) アジア経済研究所『第2次5ヵ年計画期の中国経済』《第6章 経済発展 と政治思想工作》参照。
(注2) 「解放軍報」の一連の《政治先行》社説:これについては4月号36頁: 5 月 号27頁参照。
(注3) 「湖北省委員会の段階的農業機械化実現の構想」は, 66年4月9日の「人 民日報」第一面に大きく掲載された。
(注4) 「社会主義の道を前進する五億農民への指針」陶鋳, 「北京周報」 65年 No. 34,頁11参照。
(注5) 向上,「北京周報」 65年 No.38,頁320
(注6) 66年8月8日に採択された「中国共産党中央委員会のプロレタリア文化大 革命についての決定」の第13項によると 当面のプロレタリア文化大革命運動の 重点は,大・中都市の文化教育部門と党・政府指導機関である とされている。
(注7) 穏健・合理 派の主張は《三家村札記》や《燕山夜話〉にも軽妙に表現 されている。
(注8) (注6)に同じ。
(注9) 「土地改革後の中国農村における社会主義と資本主義の二つの道の闘争」
蘇星『経済研究』 65年第7期〜第9期。
(注目) アジア経済研究所「第
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次5
ヵ年計画期の中国経済』《第1
章・人民公社 と農業生産力の性質》18頁。(注11) 「北京周報」 66年 No.12. p 10傍点は筆者・なお《楊談人民公社を訪 れて》は No10; 11; 12; 13; 14・の5回にわたって連載された。
(注12) 「手工業の機能を充分に発揮し, 更に良く農業生産に服務しよう」 66年 1月4日・人民日報。
(注13) (注4)参照,「北京周報J66年 No38. p 270
(注14) (注3)参照。
口 可
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