第4章 総合考察
第2節 最適窒素含量に基づいた適正な樹冠管理施業
第3章の2節では, 個葉の光合成量を最大にする最適窒素含量が存在し, ス ギの葉の窒素含量は, 陽樹冠で最適窒素含量に近いが, 陰樹冠ではこれより高 いことを示した. さらに, 間伐は, 窒素が過剰に分配されている陰樹冠の光強 度を高めることによって, 樹冠全体の光合成量を増大させる効果があることを 明らかにした (第3章3節). 樹冠全体の光合成量は, 樹冠全層の窒素含量が最 適窒素含量と等しいときに最大となる. そこで本節では, 最適窒素含量から推 疋した光合成量を最大光合成量とし, 第4章 1 節の評価法で推定した現実の光 合成量と比較することにより, 樹冠の炭酸ガス固定機能を最大限に発揮させる
ための間伐案について検討した.
( 1 )式の吸 光係数(K1)を0.51, (2)式の南中時の光強度(灯Imax)を 18 00 μmolm-九-1とし, ( 1 )式と(2 )式で決定される日積算光強度から最適窒素含量を 求め,最大光合成量を推定した.また,本モデノレでは,葉の窒素含量がO. 922 gNm-2 を下回ると(6 )式において暗呼吸速度が負の値となり, (4)式で総光合成速度
に加算されてしまう. そこで, 最適窒素含量が1 gNm-2 より低くなる積算葉面積 指数3.7 m2m-2以上の樹冠では, 窒素含量を1 gNm-2 と定めた. 現実の光合成量 は, 第2章3節で示した無間伐林分の 19 9 3年9月の窒素分布より, (3)式の
。(樹冠頂端葉 における面積あたりの窒素含量)を5 . 9 4 gNm-2, Kn (窒素の減衰比) を0.145 として推定した.
このようにして推定される最大光合成量と現実の光合成量を, 積算葉面積指 数が8 m2m-2 になるまで計算した. 図-4・2・1 に, その結果を示した. 現実の光 合成量は, 積算葉面積指数が小さいときは最大光合成量に近い値を示したが,
積算葉面積指数が増加する にしたがって最大光合成量よりも低くなった. さら に, 現実の光合成量は積算葉面積指数 6.24 m2m-2を境として増加から減少に転
じた.
現実の樹冠では葉の窒素含量は2 gNm-2以下にならなし\ (第2章3節, 第3章
1節)が, 最適窒素含量は積算葉面積指数2.72 m2m-2以上では2 gNm-2以下にな る. このような理由から, 積算葉面積指数2.72 m2m-2以上の樹冠で, 現実の光 合成量と最大光合成量との差が徐々に大きくなったといえる. また, 樹冠の光 合成量を最大にする葉面積指数は最適葉面積指数(Saeki,19 60)として知られて おり, このときの光強度は, 日あたりの純光合成量と暗呼吸量が等しくなる 光補償点にあたる. 吸光係数を0.51, 南中時の光強度を1800μmolm-2s-1とした 本計算では, この日光補償点は相対光強度 で 4 .17010, 日積算光強度では1.62 molm-2day-lに相当する. 無間伐林分の9月における積算葉面積指数は6.36 m2m-2
で, 最適葉面積指数(6.24 m2m-2)に近い値であった.
現実の光合成量は積算葉面積指数が6.24 m2m-2のときに最大となることから,
積算葉面積指数がこの値を超えないように樹冠を維持管理することが望ましい.
表-4・2・1 に, 積算葉面積指数が6 m2m-2のときの収量比数を1と仮定し, 間伐 による樹冠の光合成量の変化を収量比数ごとに示した. 樹冠の光合成量は, 収 比数 O. 8まで間伐する密仕立ではほとんど低下せず, 0.7まで間伐する中庸
仕立で6010, 0.6まで間伐する疎仕立でも12010しか低下しないことが分かる.
このことから, 現行の間伐範囲では, 樹冠の光合成量はほとんど損なわれない といえる.
また, 収量比数をO. 5 ( 積算葉面積指数で3 m2m-2)まで減らした場合, 樹冠の 光合成量は19010低下するが, 最適窒素含量から求めた最大光合成量に近づく (図-4・2・1)ため, 樹冠下層においても炭酸ガス固定機能をほぼ最大限に発揮さ せることが出来る. したがって, スギ人工林の公益性を高めることを目的とす る場合には, このような強度の間伐を行うことが望ましいと考えられる.
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積算葉面積指数と樹冠の光合成量との関係 図-4・2・1 .
実線と破線は, それぞれ最適窒素含量から推定した樹冠の最大光合成量(Popt)と現実の 光合成量(Pac t)を表す. 一点破線は相対光強度(RLI)を表す. 白丸は最適窒素含量が2 gNm-2以下となるときの積算葉面積指数(2. 72 m2m-2), 黒丸は最適葉面積指数(6. 24 m2m-2) を表す. 樹冠の光合成量は, 吸光係数(K1) O. 51, 日積算光強度38. 88 molm-2day-lで、計算
した.
表-4・2・1
.間伐
による樹冠の光合成量の変化
y DA +L PA Pしpi
( m2m-2 ) ( mmol CO2 m-2 day-l )
1.0 6. 0 769
0.9 5.4 763 (0. 99)
0.8 4. 8 749 (0. 97)
o.
7 4. 2 722 (0. 94)
O.
6 3. 6 680 (0. 88)
O. 5
3. 0 620 (0.81)
0.4 2.4 539 (0. 70)
O.
3 1.8 437 (0. 57)
O.
2 1.2 312 (0.41)
O. 1 O.
6 166 (0. 22)
RyとへおよびPcは, それぞれ収量比数, 積算葉面積指数, 樹冠の光 合成量を表す. カッコ内の数字は, 最上段の数値に対する相対値を 表す.
摘 要
スギ人工林について, 炭酸ガス固定量を葉の窒素含量から推定する評価法を 提示すると共に, 樹冠の炭酸ガス固定機能を考慮、した適正な樹冠管理施業を提 案することを目的とした. 以下に, 本研究で得られた知見を要約する.
1. スギ樹冠の窒素分布を樹冠の光環境との関係から解析した. 葉の窒素含
は相対光強度と正の相関にあり, 積算葉面積指数を変数とした指数関数式で 表された. また, 関数式の傾きは樹冠全体の積算葉面積指数に影響されず, 林 齢等によって積算葉面積指数が異なる林分でも, 同じ傾きの直線で表されるこ とを明らかにした.
2. スギ樹冠の窒素分布を樹冠の窒素量との関係から解析した. 相対光強度 と面積あたりの窒素含量との一次回帰式におけるy一切片は, 地位が高く,樹冠 の窒素量の多いプロットほど大きい値を示した. 一方, 回帰式の傾きにはプロ ット間で差が見られず, 樹冠内の窒素分布が樹冠の窒素量に影響されないこと を明らかにした.
3 . 間伐したスギ林分の窒素分布を調べ, 間伐後の樹冠の光合成能の変化を 窒素分布から間俵的に予測した. 樹冠各層の窒素含量は間伐後1年目では変化 せず, 2年目でも変化しなかった. このことから, 間伐によって樹冠の光合成 能は変化しなかったと考えられた. 窒素含量が変化しなかった原因として, 間 伐後1年目には窒素含量が光環境に対応して増加しなかったこと, 2年目には 積算葉面積指数の増加によって, 樹冠の光環境が間伐前の状態、まで戻っていた ことが挙げられた.
4. スギ樹冠の窒素分布を積算葉面積指数を変数とした指数関数式で表し,
この式の係数を用いて, 窒素分布の季節変化について検討した. y-軸の切片に /J、される樹冠頂端葉の窒素含量は, 成長期に増加し, 成長休止期には減少した.
一方, 直線の傾きには季節変化は認められなかった. また, 成長期の窒素含量 の増加は樹冠の上層葉ほど大きく, 下層葉ではほとんど変化がなかった. この ことから, スギにおいて, 下層葉の窒素は上層葉に転流されず, 主に根から吸 収された窒素が上層葉に多く分配されることによって樹冠の光合成量が高めら れていると考えられた.
5 . スギの光合成速度を葉の窒素含量と光強度との関係から解析した. 光合 成速度は強光下で高い値を示し, 窒素含量と正の相関を示したが, 光強度が低 くなるにしたがって低下し, 弱光下では窒素含量と負の相関を示した. 弱光下 で光合成速度が窒素含量と負の相関を示す理由として, 窒素含量の増加による
暗呼吸速度の増加が, 光合成速度の増加を相対的に上回ることが挙げられた.
6. 個葉の日光合成量を最大にする最適窒素含量を計算し, 樹冠で測定され
た窒素含量と比較した. その結果, スギにおいて, 窒素は陽樹冠では日光合成 量が最大となるように分配されるが, 陰樹冠では過剰に分配され, 光合成量は 最大にはならないことが明らかとなった. さらに, 間伐は, 窒素が過剰に分配 されている陰樹冠の光強度を高めることによって, 光合成量を増加させる効果 があることを明らかにした.
7. スギ樹冠の光合成量を窒素分布から推定し, 樹冠の光合成量を現実の窒 素分布, 均一な窒素分布(全ての葉の窒素含量が樹冠全体の窒素含量と等しし'\),
および最適窒素分布(樹冠の光合成量が最大となる窒素分布)で比較した. 現実
の光合成量は,均一分布の場合と比べて,積算葉面積指数の小さな樹冠( 2皿、日) で1 0/0, 中程度の樹冠( 3皿、つでは5 0/0高い値を示し, 積算葉面積指数の大き
な樹冠( 6 '"'-' 7皿、つでは12 '"'-' 1 5 0/0高い値を示した. また, 最適分布の場合と比
べると, 現実の光合成量は, 積算葉面積指数の小さな樹冠では等しく, 中程度 の樹冠では1 0/0低い値を示したが, 積算葉面積指数の大きな樹冠では, 窒素を 陰樹冠に過剰に保持しているために, 最適分布は実現出来ないことが明らかと なった.
8. 本研究結果をもとに, スギ樹冠の炭酸ガス固定量を葉の窒素含量から推 定する評価法を提示した 1 , 2, 4で得られた結果から, スギ樹冠の炭酸ガ ス|制定量は樹冠頂端葉の窒素含量と積算葉面積指数から簡便に推定でき, リモ ート ・ センシングへの応用が期待できることを述べた.
9. 8で提示した評価法をもとに, スギ樹冠の炭酸ガス固定機能を最大限に 発揮させる間伐案を提示した. 現行の間伐施業では, 樹冠の光合成量はほとん
ど損なわれないこと, また, スギ人工林の公益性を高めるためには, 強度の間 伐を行うことが望ましいと考えた.
謝 辞
本研究を進めるにあたり, 九州大学農学部禁藤明教授, 同玉泉幸一郎助教 授には懇切なるご指導を賜った. また, 九州大学農学部今回盛生教授には論文 審査において貴重なご指摘を賜った. 心より感謝の意を表します.
九州大学農学部熱帯農学研究センタ一矢幡久教授, 九州大学農学部小林善 親助教授, 同北海道演習林岡野哲郎助教授には貴重なご助言を賜った. ここに 深く感謝の意を表します.
九州大学農学部作田耕太郎助手, 同農学部北海道演習林田代直明助手と|百 大学院農学研究科の金谷整一氏, 城田徹央氏, 同農学部熱帯農学研究センタ
ー研究員高木正博博士, および同大学院農学研究科卒業生小林明子氏には,
野外調査において惜しみない労力を提供していただいたばかりでなく, 幾多の 議論によって研究に関する数々の示唆をいただいた. また, 九州大学農学部林 学科第三講座の保坂武宣技官と同教室の学生諸氏には,野外調査, 室内実験等 の様々な面でご協力いただいた. これらの方々に謹んで感謝の意を表します.
熊本県林業研究指導所の皆様には苗畑の使用を快諾いただき, 数多くの便宜 を図っていただいた. また, 九州、|林産株式会社の加賀英昭氏には同社所有の山 林を調査地として利用する機会を与えていただいた. ここに記して厚く御礼申 し上げます.