2006.ll.10
(第5時)
これまでマットの達人であるこうじやくんの3つの 前転をまねてきましたね。そこから.自分なりのやり 方を考えたり.そのときわたしやほかの人はどんな風
に感じているのかを.みんなでさぐっていきましたね。
みんなはマットの達人をこえて,自分なりのころが りを見つけたり.さぐっていったり,感じたり・.・。そ れがみんなの学びへとつながっていたのではないでし
ようか。
ゆりかご スーツと行って.バッと立つ
ボールをこえて転がってみる
ロイター坂をうまくつかって.高いジャンプ
ふかふかマットがわたしをつつんでくれる
鳩も自分たちに合わせていろいろ変えみる
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I
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私が,保健体育科教育学の研究室にはじめて来させていただいたのは, 2000年(平成12 午)の秋のことです。当時,勤務していた小学校で,町指定の授業研究会があり,体育科を
通した総合的な学習の時間の授業をどう創ろうか悩んでいました。そんな時,三重県小学校 体育研究会の夏季学習会が鈴鹿青少年センターであり,ご講演されたのが山本俊彦先生でし た。講演後,私から山本先生のところ‑行き,悩みを打ち明けたところ,山本先生から「今 まで,やった授業がどうでしたかということは何回かありましたが,授業づくりからやって いくことはあまりなかったので,一緒に考えていきましょう。」と言ってくださいました。悩 んでいた私にとって,山本先生のお言葉は本当にうれしかったです。そして,体育科を通し た総合的な授業の時間「表現を遊ぼう‑ハッピーミュージカルワールド‑」はスタートした
のですが,やった最初の授業を山本先生の所に持っていったら, 「これって,おもしろいんで すか」と山本先生に言われました。教師になって10年目の筆者にとって,山本先生のお言葉 は体育を考え直す大きな転機となりました。山本先生の保健体育科教育学の研究室を何度か 訪れさせていただく中で,ある苛立たしさを感じるようになりました。授業をビデオでみて
いただいて, 「こうしたらどうですか」という示唆をいただけるものとして,お伺いさせてい ただいていましたが,全然すっきりしないのです。むしろ,モヤモヤ感を増すばかりで,研 究室を出て自宅に帰るまでの道中は,このモヤモヤ感との戦いでした。やがて,山本先生と の対話は,すっきりさせるのではなく,私の授業をいろんな角度から捉え直すことであり, それについての答え見つけではなく,問い続ける姿とそのおもしろさ(醍醐嬢)を学ばせて いただいているように感じました。このモヤモヤ感をすっきりさせるのは,山本先生ではな
く,筆者ともうー人の自分との自己内対話なのだと気づきました。
教育研究三重県集会(県教研)に提案する実践として, 1年生の体育「とびっこフェステ ィバルワールド」の授業づくりの暗も, 「『とぶ』ということを重点的にやるのならば,子ど もにトレーニングさせた方がずっと手っ取りばやい,むしろいろんな運動や遊びを総合的に
やっていくことで,結果として『とぶ』ことも高められればいいんじやないの」と教えてい ただきました。山本先生のお言葉は,授業づくりにおいて,大いに考えさせられることばか りでした。
現職教員の大学院生制度のことを教えていただいたのも山本先生でした。お話をいただい てから,受験するまでに5年の歳月を要しましたが,お会いする度に,「ご自分のことであり,
ご自分の人生なのだから,誰かに言われるからと言うのではなく,ご自分が決心することな んじやないですか」と,決心をつけかねている筆者の思いを奮い立たせるようにお話いただ きました。 2004年(平成16年)に大学院を受験し合格した時,山本先生と握手をしながら
「一緒にがんばっていきましょう」と言われたことが昨日のことのように感じられます。
あれから2年間,大学院ではいっも山本先生から「小学校教師篠原充」を意識したお言莱 をいただき,改めて自分の無知を感じました。大学院で学べば学ぶほど,自分の無知さとわ からないことがどんどん増していくことに気づきました。山本先生が,小専体育ノートによ
くお書きになった「なるほどと思ったことを本当にそうなのか問い直すことが大切です」と いう言葉をこれからの「/ト学校教師篠原充」の糧としていきたいです。山本先生と同じ「体
育人」として,今後とも問いの世界で学び続けたいと思います。
岡野先生とはじめてお会いしたのも, 2000年(平成12年)の秋, 「ハッピーミュージカル ワールド」の授業づくりで山本先生の研究室を訪れた時でした。授業づくりのアイデアを次
から次‑出され, 「何だこの人は」と思ったのが第一印象でした。授業構想に向けて,自分が どうしたいか迷っている時は,いっも多くの示唆をいただきました.しかし,岡野先生もこ うしたらという答えを言われることはなかったので,岡野先生と話した後も,自己内対話す ることの連続でした。岡野先生からは,自分がやってきた体育の授業,学校の授業がいかに パラダイム転換を図れていないのかをくり返し教えていただきました。「ハッピーミュージカ ルワールド」の授業実践をセンター紀要に執筆するようすすめていただいたり,小専体育の アイデアコンペを小学生と大学生のコラボレーションという形で実現させたり,多くの試み に参加させていただきました。大学院でどういう研究をしていくのかについても,体育科教
育学の現状から多くのことを教えていただきました。岡野先生からは, 「篠原論の確立を」と いうことをよくお話いただきました。また, 『こどもと体育』の原稿執筆と授業実践をやって みないかということを言っていただき,その時の跳び箱運動の授業実践はセンター紀要とし てまとめることもでき,修士論文の実践‑と繋げることができました。また,修士論文のも
う一つの実践であるマット運動についても,どのように内容構成するのかということについ て,相談にのっていただきました。ありがとうございました。岡野先生から,これをしてみ たらどうですかと多くのことをご指導いただきましたが,結構大変なことも多く,でも,そ れも私の専門性を高めるために先生が敢えて私に試練を与えてくださったと思っております。
研究者岡野先生に対して,実践者篠原があまりにも力不足で,岡野先生のお話を納得するこ とは多々ありましたが,私の方から「岡野先生,私が考えたこれはどうですか。解釈してく ださい。」と言わせていただくことがあまりなく,実践者としてはあまりにも物足らない篠原 であったことを心よりお詫び申し上げます。ただ,問い続けることのおもしろさ,体育を研 究するおもしろさを今ようやく感じ始めました。今後も体育の研究を進め,岡野先生に私が
もってきた授業実践を解釈していただき,実践者として岡野先生にすこしでも太刀打ちでき るように励んでいきたいと思います。
上越教育大学名誉教授の青木異先生には,学びの会とその後の懇親会で,修士論文作成に 向けて,転がることの心地よさを共感すること,自己内対話によって転がることが生じてい
ること,単元としてのまとまりの考え方についてご示唆いただきました。ありがとうござい ました。
東京学芸大学の松田恵示先生には,近鉄津駅まで車でお送りさせていただく中で, 1対1 のゼミをしていただき,運動の中心的なおもしろさが,基本の運動や体ほぐしの運動にもあ
るのではないか,子どもが転がろうとすること, 「学習内容」概念についてお教えいただきま した。ありがとうございましたo
保健体育科教育学の研究室の同じゼミ生として,まず森島君。森島君には同じ大学院生と して,体育科教育学について,研究室でたくさん議論を交わすことができました。専門的知 識の多さと高度さに圧倒されると同時に,体育授業づくりについても語り合えたことは私の 財産です。跳び箱運動授業実践では,ビデオ撮影や,プレイリーダーとして授業にかかわっ
てくれたし,授業がどうだったかについても,意見を交わすことができとても感謝していま