‑ g ‑ ω
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2
・﹁それ故シュッツトガルトの高等裁判所が判決において代理権の形式に関しなお若干のべているように││一般代理権の授与によって︑(不動産譲渡の形式を必要とせず::・筆者注﹀拘束され代理権の撤回も
できず土地の譲渡を義務づけられるということ(判決の最初の肯定部分:::筆者注)││は(後半の形式を必要とする結
論からは:::筆者注)除外される︒﹂(拙著・代理法理論の研究二
O
六頁の注闘の(﹀内の?︑ュlラIフライエンフェルスによればシュツットガルトの上級裁判所は:::﹂の内容は判決の最初の部分を示している︒シュツットガルトの裁判
所の判決の趣旨をさらに引用すれば︑﹁不動産譲渡契約の締結のために授与された一般的代理権はそれ自体BGB
一六 七
条二項に適合し形式を要しない︒
しかしそれハ一般的代理権の授与﹀が明かに不動産譲渡契約に関する補助行為を示すにすぎないが︑しかし実際には不
動産譲渡義務の意味において法的又は事実上の拘束が含まれている場合は︑BGB一一七条二項に従い裁判上又は公証上
の証明を必要とする﹂と(玄岳
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右シュツットガルト高等裁判所の判決に続き︑ミュlラIフライエンフエルスは
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註酬において﹁同様に者丘中B g p c d
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は代理権の不可撤回性により結果として︑土地所有権者を土地の譲渡に関し義務づける代理権
についてのべている﹂とする︒しかし又︑﹁撤回できない代理権の場合でも
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合品﹀が考えたように︑本人自らハ法律﹀行為を行わないようにという本人に対する請求権を代理人に与えることはでき
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53一一代理権の機能の法的評価
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・1この場合ドイアの通説・判例ではなお本人による撤回を認めているが︑ミL1ラl・フ ライ エン
フェルスは︑場合によっては(すなわち代理人の利益のためであっても︑本人が弁済等で代理人の利益を満足させておれ
ば)撤回可能であるとし条件付で撤回を認めるが︑それ以外では撤回を認めようとしない
3
・ 記 ・
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︒この当りは事
例毎に価値判断や条件の設定が異なり︑一様ではない︒しかも最後には本人が変心したような不確定な場合まで付加して
いる︒すなわち︑﹁撤回できない代理権とBGB一八一条(自己契約・双方代理禁止︑日民一
O
八条)の制限から解放された代理権は︑本人が変心した場合︑代理人のためにより大きな保証を担保すべきである︒しかしその場合の効果は複合
的行為(本人・代理人共同の綜合的行為)の結果と同一ではない﹂(冨呂
2
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本人破産時に︑代理人が不可撤回代理権により別除権や取戻権の行使が可能か(冨
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由・浜上則雄﹁撤回し得ない任意代理権について﹂民商法四四巻一号四四貰﹀︑本人の破産開始前に与えられた不可撤回代理権が存続すると見なされる場合善意の第三者に有効な処分ができるか否か︑(呂田
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﹀︑不可撤回代理権を有する代理人の請求権の差押が可能か否か等︑代理受領の問題と共に検討の余地がある︒然
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lラlフライエンブエルスの見解
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第1巻3号一一54
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lラ1・フライェンブエルスが言っている不可制限的な代理権とほとんど同
じような趣旨のことをすでにプlフエンドルフが述べており︑ブールメは勿論その他のドイツ民法学説の不可制限的な代
理権の考え方はプlフエンドル当りから由来するように思われる︒
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lラl・フライエンフェルスは右のように︑BGBの規定は一般代理権と特定代理権の区
別をせず両者の区別は流動的であるとしており宮山巾︿免可
25
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・)又不動産の売買の場合は判例・学説に反対し右と同様に代理権の種類や形式にこだわっていない
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七頁註幽の最後の処で︑いずれもミュlラl・フライエンフエルスが特定代理権と一般代理権の区別なく代理権の不可制限性(第二次的権能ではあるが)を認
めようとする見解を批判しているのは︑一見奇異な感を与えるかもしれないが︑右
ω
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・同及び後述助のような根拠からである︒なお︑メデイキユウスは一般代権権を包括代理権守山口
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52
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1ラl・フライエンフエルスの見解
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許容(豆同門同司るについて︑りを同町ロの意味は許容である︒英米法では代理権授与行為を契約説で理解するのが多数説であ
るが︑黙示の許容
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口同)説もあり︑ドイツ民法が代理権授与行為を単独行為とし︑本人とそのような内部関係からみて代理権の行使を許容(ロロユ
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と解するのと類似の傾向もみられる︒(拙著一六七頁﹀︒しかし代理権授与行為につい
て委任類似の無名契約説の立場をとるわが国の多数説から見れば︑本人・代理人の内部関係における義務と不可分に重な
り︑又日本では代理権について義務と結びつく発想が強いので︑(かつて十二・一二年前ミュIラ1・フライエンフエルス
教授の助手であったト
1
7ス・エンデルレ氏(現弁護士)の意見を参考に日本民法の立場からみて義務とした方が分り易
く﹀義務と意訳したこともあるが(拙著・三二頁︑三三一良)︑本来の意味は許容(又は:::してもよろしい)であるので︑
( お )
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( 幻 )
55一一代理権の機能の法的評価
そのように改訂しておきたい︒日本民法から見て代理権は許容に基づくと言っても何となく釈然としないが︑これは根本
的にはグロチュウスやフランス法系の要素を残す日本民法の立場と︑︒フIフエンドルフの代理権の不可制限的発想と︑寺フ
ライトが手形発行と同様の単独行為とした発想を要素とするドイツ民法学説の立場とのギャップである︒
なお
︑ミ ュ
lラl・フライエンフエルスは︑二次的権能である代理権の独自性・不可拘束性を貫徹させるためか︑代理
権の機能を本人との基礎的な委任等の契約関係における当為
3 0
ロ
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と結び付けれず︑さらに又︑それから遊離した代理
権授与行為(単独行為)に基づく内部関係における許容(む常貯る及び外部関係における権限としての関係にも結びつけ
ようとしない︒すなわち︑あくまでも︑右とはすべて関係なく︑不可拘束的・不可制限的な独自の二次的処分権限である
ことを繰返し強調している︒勿論その際︑代理権が本人や第三者との関係でも適法な範囲で行使されるべきこと︑すなわ
ち︑反規範的でないことを︑前記防﹁代理権の機能の正当な評価﹂においても当然の前提としている︒彼の見解の基礎的
部分(前記川
1
帥)はドイツ民法においても︑又日本民法からみてもかなり特色が強く︑部分的には問題提起に終っている議論もあり︑フルIメ等︑若干の批判もあるが︑代理行為の暇庇をめぐる基本的結論的な部分では︑西ドイツでは現在
でも有力な五・六名の学者により支持されている︒後述七︹五︺参照︒
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・話
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lラlフライエンフエルスはこの節で包ロ円
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関 むロ ロ
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の意 味に 用い
︑
関 口ロ ロ
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もその文章の前後の意味との関連からは宮司2
の意味に用いているので︑念のために官者2
の意味について確認しておきたい︒高柳賢三了未延三次編集代表の英米法辞典(有斐閣一九七三年三七
O
頁)によると︑旬︒者負とは﹁権限・指名権﹂と訳されている︒その説明をみると﹁法律又は委任によってある人に附与されたある事柄をする権限
宮司
2
と丘町宮とはしばしば同意義に用いられる︒併し厳格には宮司句は︑特定的限定的な権利を創設・廃止することを内容とし︑又他人の権利についての事柄を内容とする点等でこれと区別される︒なお︑指名権守︒司
2C
同 由 旬 開
︾
D M
Z ‑
523を単にかく呼ぶことも多い﹂としている︒又
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ユ々は﹁
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権限ω
代理権﹂と訳されている︒次に 冊目 ロ択
︒口 口市 ロに つい ての ブル
lメの見解を見れば︑﹁代理権に関して義務的に拘束されることに対する代理権の独
自性は︑いわゆる代理権の無因性の一部である︒単なる資格(戸市向日昨日自己目︒ろとしての代理権は内容的には一つの守山口
問
E5
ロ﹀︿権能)である︒この列︒5 2
(
権能)はり岱氏︒ロ(許容)に対し法的に独自である︒代理人は許容されない場合でも代理権の範囲内で本人のために効果のある法律行為を行うことが出来る︒権能ハロ器開口口口市口)とは代理人の法律
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