即
是 聲 字 也。
法 身 有
昌
何 義
叩
所
y
謂 法 身 者
。
諸 法 本 不 生 義
。
帥
是實
相。
」
(
聲 字 實 相 義
)
に 斯 う 云
つ て
あ る
。
適 切 な 詮 明
と
思ふ
。
そ れ の み な ら す
一
體「
眞
言」
と
い ふ 此 二 字 が 餘 程 此
意 昧 と 闘 係 が あ
る
、
翼は 眞 相
で
あ
る
、
言 は 永 久 不 滅の
言 葉
で
あ
る
。
そ れ で
性 靈 集 に
「
眞 言 大 我
。
本 佳串
心
蓮
司
塵 沙心
數
。
自 居
昌
覺 月 ご 斯 う 云 つ てあ
る
。
眞 言
の
大 我 は 理 智 法 身
で
あ
る
。
眞
は 眞 如 の
理
、
言 は 實 相 の 智 で ある
。
眞
言の
言 は
「 ロ
ゴ ス
」
で
あ
る
.
斯 文 であ
る
。 帥
ち 説
く 所 の 法 と 絶
つ
に 絶 れ ぬ
相
互 關 係 を 有 し て 屠る も の で
あ
る
。 ヘ
ル
マ ン
、
コ
ー
ヘ
ン
は 斯 う 云 つ て 居 る
。
聲
の 自 然 的 發 生 は 理 性 の 永
遶
の 形 式 を 表 現 し 且
つ
特 色 づ け る も の で
あ
る
。
(
ドooq
斧
儀
自 お ぎ 呂
国門 犀05
昌
試
の
qo
・
峯)
コ
ー
ヘ
ン の
論
す る 所 は 餘 程參
考に
資 す
べ
き や
う で あ
る
。
そ れ
で 般 若 心 經 秘 鍵
に
一
「々
字
郎
法」
と あ り
、
叉
「
十 住 心
論
」
に
コ
々
聾 一
。々
字
。
一
々
實
相。
周
昌
遍 法 界司
爲二
切 諸
尊
三 摩 地 門 陀 羅 尼 門 こ
と あ
る
。
徇 又
法
に
就
一
て 言 附 加へ
て 置 き た い こ と が あ る
。
そ れ
は 彼
の
法 律
の こ と で
あ
る
が
、
是 も 法
と 稱
す る
。
一
饐 今 法律
とい ふ
言 葉 は 荘 子 だ の 濮
南
子 だ の に
田 て 居 る け れ ど も
、
佛 教
に
於 て も 法 を 詮 き 律
を
読 く、
さ う し て
婆
羅 門 教 に 於て
も
、
「
マ
ヌ
」
の
法 典
の
如 き 法 律 が
あ
る が
、
ア
・
い ふ
法 律 と い ふ
も
の は
矢
張 り 法の 世 問 的
に
現 は れ
て 來 江 も の で
あ る
。
け れ ど も 普
逋
の
法
律
は 法
の
甚 だ 不 完 全
に
現 は れ た も
の で
あ
る
。
そ れ
で
法 律 は 時 代 を 經 れ ば も う 用
を 爲 さ ぬ
や う
に
な る
。
効 力 の
有
る
も
の で
も 斷
え す 修
正
し て 行 か ん け れ ば な ら
ぬ
。
併
し そ れ を 修 正 し て 行 く標
準
は 粥
N工工
一
Electronlc Llbrary ServlceCH 工SAN
−
KANGAKU−
KA 工か と
云
へ
ば
、
矢
張一
り 層 根 本 的に
確
定
さ れ た る
法
の
精 聯
に
依 ら ん け れ ば な ら
ぬ
。
秘 藏 賓 鑰
に
「
人 王
法 律
。
法 帝 禁 戒
。
事 異 義 融
。
」
と 説 い た の は 矢 張 り 此
意
味 に
合
っ て
居
る の で
、
甚 だ 興 味 多 く 域 ぜ ら れる の で
あ
る
。
七
自
由慧
志 密 教
の 哲 理 に
ど う も 自 由
意
志 と
い ム や う な
こ
と
の
見 え
る の は 甚 だ 面 白 く 域
ぜ
ら れ
る
。
秘 藏 竇 鑰
に
「
心 主
即
心 王 也
。
以γ
不
y
滯 昌
有 無齟
故
。
心 無
昌
里 碍輔
所 爲 妙 業
。
隨
γ
意 能
成
故。
云
昌
心
主
自
在
ご と
云 ふ
。
此
「
心 主 自
在
」
と 云 ふ の は 自 由 意 志 の
意 昧 と 見
て
差 支 な
い
。
尤 も 佛 歡 で あ る か ら に は 因 果
の
關 係 を 認
め て 居 る こ と は 言 ふ 迄 も な
い
。
然 し 彼 の 諸 法 無 因
宗
の
如 き も の で な
い
。
但 し 超 絶 的
に
自 由 を 鏡
く
。
「
心 主 自
在
」
と 云 ふ 時 に
意
味 さ れ て 居る
自 由
は
超 繕 的 の も の で
あ
る
。
尤 も 蓮 觀 す れ ば
、
自 在 は 佛 教 全 體
の 考 で
何 も 密 教
に
限
つ
た こ
と
で は な
い
。
煩
惱
の
繋
縛を
股す れ ば 通 達 無 碍 の 自 在
を 得
る も の で
是 れ を 今
日 で 自 由 と 謂 ふ の で あ る
。
然 し
密
轂に
於 て 特
に
自 由
意
志 と も 見る
べ
き こ
と が
屡
,
親 き
出
さ れ
て
あ
る こ
と は 哲 學 上 大 に 注
意
すべ
き こ
と で
あ
る
。
八
裁
弘 法 大 師 は 餘 程 戒
律
を 重 ん ぜら れ た の で あ る
。
其 意
味 が 至る 所
に
見 え
て
居
る
。
「
王 者 及 民
。
必 行
漏
五 戒 十
聾 叫
得レ
生
昌
人中
輔
未
γ
有昌
弃
レ
此
能
得明
前 生 修γ
善
、 今
生 得γ
入
。
」
と
.
秘 臓 箕 鑰に
斯 う 云
っ
て あ
る
。
五 戒
十
思 想 家 と し て の 弘 法 大 師
五 三
CHISAN-KANGAKU-KAI
NII-Electronic Library Service
智 肉 學 報
五 四
善 の 必
要
を
深く 認 め 忙
も
の で あ る
。
そ れ か ら
又
「
今
所γ
在 俗 尼。
剃
γ
頭 不
γ
剃γ
欲
。
染
y
衣 不
γ
染
r
心
。
戒 定 智 慧
、
乏
昌
於 麟角
→
非 法 濫 行
。
簓
昌
於 龍 鱗呵
日
夜 經 營
、
叩昌
頭 臣 妾 之 履
哺
朝 夕 苞 苴
。
屈二 膝
僕 捷 之 足噸
釋 風 因γ
茲 陵替
.
佛 道 由
ソ
之 毀 廏
。
旱 湧 蕁 至
。
疫
癘 年 起、
天 下 版 螢
。
公
私 塗 炭
。
職
此 之 由 也
」
。
是 れ は 當 時 の 佛 教 を
論
じ た の で あ
る け れ ど も
、
今
日 の
佛 教
に
も 餘 程 能
く 當
嵌
ま る。
今
日 の 億 尼 は 大 師 の 云 つ
て
居
る 通 り の
者 で あ る
。
斯 う
い ふ こ と を
論
じて
あ
る
所 を 見
る と
ナ カ
く
大 師
の
徳 行 の
萬
衆に
優 れ て
立 派 で
あ
つ
た こ
と が 思 は れ る
。
殊 に
密
教 は 前に も 云
つ
た や う に 他 國
に
於
て は 餘 程 野 卑 な 教 義 だ の
淫 猥 な 儀 式 だ の を
俘
つ て
發
生し て
居
る や う で
あ る
が
.
大 師 は さ う い ふ も の
を 悉 皆
除
い て 全 く
醇 化 し
て
證
い
て 來 た の で
あ る
。
さ う し て 秘 藏 賓 鑰 に
「
菩 薩
用
心
。
皆 以 昌 慈
悲冖 爲
y本
。
以
昌
利他 聞 爲 γ
先。
」
と
、
斯 う
云 つ て
あ る
。
寔
に
博 愛 人 道 の
精 紳
で
あ
る
。
共 道
徳
心 は 今 の 時 勢
に
應 用 し て も 少 し も 齟
齬
する
所 は な
い
譯
で
あ
る
。
又 斯 う
い ふ こ
と も 云
つ
て
あ
る
。
「
夫 無
γ
病
。
則
無レ
藥。
有y
障 則 有
γ
教。
妙 藥 悲
γ
病 而 興
.
佛 法 愍γ
障
而 顯
。
是 故 聖 人
γ
出 世。
必
昌
由 慈悲
ご又
性
璽集
に
「
物 之 興 艤
。
必 由
ソ
人。
人 之
昇
沈
。 定
在レ
道。
」
と
、
入 物 の 如 何 は 道 の興 麼
に
關
する こ
と 多 大 で あ
る
。
其 處 を 能 く 弘 法 大 師 は 道 ひ 破
っ
た の で あ
る
。
又
「
大 聖 設
レ
教。
教
法 既 存。
弘 行 在
γ
人
。
」
と
、
斯 う 云 つ
て あ る
。
今
日 佛 法
の
振
は
な
い
や う
に
な
つ て 來 た の は
、
そ れ だ け の 人 格 が 無い
か ら
で
あ
る
。
甞
て 佛 歡 の 大 に
榮 え た の は 聖 徳 太 子 だ の
、 傳
鍛 弘 法の 二
大 師 だ の 法 然 親
鸞
、
迸 元
.
E
蓮 な
ど と
い ふ
や う な 人 傑 が
田 た か ら
で
あ る
。
秘 藏
賓
鑰に
「
凡 人 心 如
昌
合 蓮 華
輔
佛 心 如昌
浦
月 ご と
.
斯 う 云
つ
て あ
る
。
佛 心
は 滿 月
N工工
一
Electronlc Llbrary ServlceCH 工SAN
−
KANGAKU−
KA 工の 如 し
。
此
譬
は 蹇
に 立 涙 で
あ
る
。
佛 心 が 滿 月 の 如 け れ ば 必
す 衆 生 も 共
月 の
光
を 受 け て輝
か ぬ と
い ふ こ と は
な
い
。
皎 月 天 に
中
す る に當
つ て は
、
其 影 必 す
萬
水に
映 す
。
湖 沼 の
水 も 大 海 の 水 も 谿 河
の
水 も 叉 邁 の
葉
の
上
の
露 も 硯 の
中
の
水 も 如 何 な る 水 も 其
月 影 を 宿
せ
す と
い ふ こ
と は な
い
。
但
盆
満 月 の
如 き 佛 心 を 具
へ
て 出
て
來 る 大 人 格 な き と き は 佛 教 振 は す し
て
、
反つ
て
異
教 の爲
め に
歴
倒
せ ら る
、
が 如 き 域 を 菟 れ 狼 の で
あ
る
。
九
贊 際 的
弘 法 大 師 は 餘 程
實
際 的 であ
つ
t
。
其
實 際
的 と い ふ點
に 於 て は 餘 程 意 外
に
域 ぜ ら れ る
、
彼 の
綜 藝 種 智
院
式 竝 序に
「
學
γ
道
、
當y在 二
衣 食 之
資
ご と、
斯 う 云 て あ
る
。
學 生 が 道 を 學
ぷ の は 必 す 衣 食
の
費
を 得 よ う と 云 ふ の であ
ら う か ら して 必 す 生 活 の 出 家
る や
う に し て や ら
う と
い ふ
餘 程
實
際 的の
域 が あ
っ
た
。
今
日
學 校 は 澤 山 あ
る け れ ど も
、
卒
業 後 學 生 が 就 職 の ロも な
く 衣
食
の
資
に 困 る
と
い ふ や う な
こ
と が
ナ カ ナ カ 多
い
が
、
弘 法 大師
は 其 處
を
能く 考
へ
た
。
「
夫 人
非 晶 懸
瓠哺
孔 丘 格 言
。
皆 依
γ
食 住。
釋 奪 所 談
」
。
斯 う
い ふ こ
と
を
云
つ
て あ
る
。
そ れ か ら 又
「
然 則 欲
γ
弘
冨 共
道岨
必
須 γ
飯昌
其人 ご 斯 う あ る
。
「
必 須
y
飯
3
其 人
胃
」
と 云
ふ こ
と は 唯
、
學
生 を 教へ
て 其 生 活
の
如
何
を 考へ
な
い
と
い ふ や う な 不 親 切 投 遒 り
で
置 か う と 云 ふ の で は な か
つ
忙
.
是非
生 活の
出
來る や う に
し な け れ ば な ら ぬ
。
斯う い ふ 事 に
着 眼 し た の は 餘 程 實 際 的 と 云 ふ
べ
き で あ る
。
「
若 鴬 若 俗
。
或
師
或資。
有
レ
心一
學
道
一
者。
並 皆
須
レ
給
」
。
と あ
る
”
衣
食
を 給 し て 生 活 に 困 らぬ や う
に
思 想 家 と し
て の 弘 法 大 師 竃 五