第 8 章 カルマンフィルタによる位相雑音推定 25
8.2 拡張カルマンフィルタ
8.2.3 時間領域カルマンフィルタ
従来の方法では,ZFを用いたCVBPE補償を行い,そこから位相雑音の推定を行っ ていた.推定した位相雑音を用いて位相雑音の無相関もしくは除去を行い,IVBCI補 償を行っていたが,その計算量は最大O((MN)3)であり,計算量が問題となっていた.
この節では,前節までに紹介した周波数領域でのカルマンフィルタに加えて,時間 領域でのカルマンフィルタの適用を考え,計算量の削減と位相雑音推定精度の向上を 図る.
前章までに紹介したように,ZFを用いたCVBPE補償と周波数領域でのカルマン フィルタを用いてCVBPE補償を行った推定信号を得ることができる.この信号をxˆ とすると,時間領域で畳み込みを行った信号ζˆについて,次の式が成り立つ.
ζˆ=( ˆx$h) (8.58)
元の時間領域の受信信号yは,
y=(x$h)ejθ+wejθ (8.59)
=ζejθ+wejθ (8.60)
である.(8.58)と(8.60)式を用いて,時間領域でのカルマンフィルタを考える.
位相雑音と受信信号は非線形関係にあるのでここでは拡張カルマンフィルタを適用 する.時間領域拡張カルマンフィルタはスカラーでの計算となり,従来の方法の計算 量を大幅に削減することができる.
時間領域拡張カルマンフィルタによって位相雑音を推定し,推定した位相雑音の逆 回転を実際の受信信号に対して掛けることで,位相雑音を除去した受信信号を得るこ とが出来る.
時間領域カルマンフィルタのアルゴリズムをBox5に記す.
第8章 カルマンフィルタによる位相雑音推定
Box5 -時間領域カルマンフィルタアルゴリズム
! "
状態空間モデル
θ+=θ+−1+φ+ (8.61)
観測方程式
y+ =ζ+ejθ++wejθ+ (8.62) 初期条件
予測誤差
P(0|−1)=0 (8.63)
推定値
θ(0ˆ |−1) : argO ejˆθ0P
(8.64) ejˆθ0はCVBPEの推定値
+=0,1, . . . ,NM−1
時間の更新,Process Prediction Equations 近似線形化観測チャネルモデル
H+ =∂f! θˆ+−1
"
∂θˆ+−1 = jζˆ+ejˆθ+ (8.65) カルマンゲイン
K+ = P(n|n−1)H+∗
!H+P(n|n−1)H+∗+R" (8.66)
状態更新
θˆ+=θˆ+−1+K+
!Hθ(+˜ |+−1)+w+
"
(8.67) 推定誤差の共分散
P+ =(1−K+H+)P(+|+−1) (8.68)
# $
第 9 章 シミュレーション
本章では,V-OFDMとCRV-OFDMのそれぞれのシステムモデルに対して,ウィー ナー位相雑音の元でのビット誤り率及び位相雑音に対する堅牢性の測定を行う.それぞ れのシステムとの比較として,OFDMについてのシミュレーションも行う.位相雑音 の補償方法としては,CVBPE補償と位相雑音の無相関化,干渉除去,そしてベクトル ブロック間カルマンフィルタ,サブキャリア間カルマンフィルタを扱う.表9.1にシ ミュレーション諸元を示す.ただし,位相雑音の強度においてはIEEE 802.11aの標準
値として∆f3db∈{70∼400}Hzを採用し,位相雑音における影響を十分に考慮するた
めに,10∼800Hzでシミュレーションを行う.また,通信路は指数分布である電力遅
延プロファイルをもつマルチパスレイリーフェージングを扱う.
表9.1:シミュレーション諸元
パラメータ 条件
M 2, 4
CRV-OFDMのθ 23π/128,π/8
シンボル長 256
マルチパス数 8
ガードインターバル長 16
変調方式 QPSK
パイロットVB数 4, 8, 16 σφ 1◦,1.5◦,2◦,4◦,6◦ 位相雑音3dB帯域幅∆f3db 10∼800Hz
上記の条件のもとで行ったシミュレーションを行った.まず,位相雑音がない状態 でのBER性能を比較した.結果は図9.1のとおりである.
第9章 シミュレーション
図9.1:位相雑音なしのBER性能
位相雑音がない場合では,V-OFDMとCRV-OFDMがOFDMに比べて性能が高く,
VBを用いる有用性が分かった.また,V-OFDMに比べてCRV-OFDMは線形等化器 における性能が高く,SNR12dB付近からV-OFDMとの性能差が現れた.
次に,位相雑音下において,位相雑音補償をしない場合の性能を図9.2で比較した.
図9.2:位相雑音補償なし 位相雑音環境下のBER性能
第9章 シミュレーション
V-OFDMとCRV-OFDMでの性能の差がほとんどなくなったため,V-OFDMについ
て記した.σφ =1◦においては,わずかにV-OFDMとCRV-OFDMの性能が良いが,
σφ=2◦では,OFDMとV-OFDMの性能差がなくなった.不完全な発振器において発
生する位相雑音は,CPEやICIを引き起こし,V-OFDMとCRV-OFDMのVBの有用 性もなくしてしまう.
次に,位相雑音の影響を確認するために,AWGNの影響が十分に小さいSNR30dB において,∆f3dB ∈{10∼800}Hzで変化させ,シミュレーションを行った.M =2,4
でのV-OFDMとCRV-OFDMにおけるシミュレーション結果をそれぞれ図9.3〜図9.6
に添付した.
図9.3: SNR=30,M=2, V-OFDM BER
第9章 シミュレーション
図9.4: SNR=30,M=4, V-OFDM BER
図9.5: SNR=30,M=2, CRVOFDM BER
第9章 シミュレーション
図9.6: SNR=30,M=4, CRVOFDM BER
図9.3,図9.4より,サブキャリア間カルマンフィルタを位相雑音推定に用いた場合 の性能がベクトルブロック間カルマンフィルタよりも同等もしくは高いことが分かっ た.また,[16]の方法において,CVBPE補償だけを行った場合は,位相雑音が小さい 場合でも誤りが多く発生していて,提案手法のカルマンフィルタを用いたCVBPE補 償方法は,従来手法のCVBPE補償だけの場合と,IVBCI補償まで行う場合の中間程 度の補償性能を持っていた.BER10−2でCVBPE補償をMMSEで行う[16]と提案手 法を比較した場合,位相雑音の3dB帯域幅で50Hzほどの性能差が見られた.また,
IVBCI補償までを行った場合については,位相雑音の影響が大きくなった場合でも提
案手法が上回っており,V-OFDMにおけるカルマンフィルタを用いた位相雑音補償方 法が有効であることが分かった.図9.5と9.6では,CRV-OFDMにおける位相雑音補償 の性能差を比較したが,V-OFDMのときと同様に提案手法の性能が上回った.IVBCI 補償の従来の方法は,計算量がO((MN)3)であり,ベクトルブロック間カルマンフィ ルタを用いたCVBPE補償は計算量がO(M3N)である.また,時間領域カルマンフィ
ルタをIVBCI補償に用いた場合及び,サブキャリア間カルマンフィルタをCVBPE補
償に用いた場合の演算はスカラーであり,単純にO(MN)となる.
CRV-OFDMは線形等化器でV-OFDMに対して優れているが,実際にサブキャリア
第9章 シミュレーション
果が得られた.
結果として,今回提案した周波数領域でのベクトルブロック間カルマンフィルタとサ ブキャリア間カルマンフィルタを用いて位相雑音を推定した場合の性能が,V-OFDM
とCRV-OFDMのどちらでも先行研究と同等以上であることが分かった.また,IVBCI
補償に時間領域のカルマンフィルタを用いることで計算量を大幅に削減しつつ,位相 雑音の堅牢性を確保した.VBサイズMを変化させた場合でも,その有用性は保たれ ており,提案手法において低演算量でより正確に位相雑音推定が行えていることが分 かった.
次に,位相雑音強度による,各位相雑音補償の性能を比較するために,σφ=1◦,2◦,4◦,6◦ でのBER性能をシミュレーションした.その結果が図9.7〜図9.12である.
図9.7:σφ=1◦,M=4, V-OFDM
第9章 シミュレーション
図9.8:σφ=1◦,M=4, CRV-OFDM
図9.9:σφ=2◦,M=4, V-OFDM
第9章 シミュレーション
図9.10:σφ=2◦,M=4, CRV-OFDM
図9.11:σφ=4◦,M=4, V-OFDM
第9章 シミュレーション
図9.12:σφ=4◦,M=4, CRV-OFDM
従来の手法で最も精度の高い位相雑音補償を行う場合,CVBPEの推定にLMMSE推 定,等化にはLMMSE等化を用い高演算量で位相雑音の推定と除去を行う必要があっ た.それに対し,本研究でCVBPEに焦点をあてた提案手法であるベクトルブロック 間カルマンフィルタとサブキャリア間カルマンフィルタが計算量を大幅に削減しなが らそれと同等もしくはそれ以上の位相雑音推定性能をもつことが分かった.今回の位 相雑音補償方法では,CVBPE補償とIVBCI位相雑音の推定に分けることができるが,
先行研究の方法ではCVBPE補償において,ZF等化器とMMSE等化器に大きな性能 差は見られなかったため,MMSE等化器を結果として採用した.
先行研究におけるIVBCI補償を行う方法では,MNのサイズの逆行列を複数回にわた り計算するなどの計算量の問題があったほか,IVBCIの推定のミスマッチによると思 われる性能劣化が高SNRに現れていた.提案手法を用いた場合でも,多少その傾向は 見られたものの,先行研究の性能を大幅に改善している.
特徴的であったのが,ML等化器をCVBPE補償に用いた場合のサブキャリア間カ ルマンフィルタであるが,位相雑音が小さい場合にはML等化器の性能が最もすぐれ ていたのだが,位相雑音が大きくなるにつれてMMSE等化器の方が良い性能を持つよ うになっていた.
第9章 シミュレーション
そして,位相雑音の大きさに関わらずサブキャリア間カルマンフィルタに時間領域カ ルマンフィルタを用いた今回の提案手法の最善のケースでは,従来手法を常に上回っ ており,計算量も1/1000にしている.
次に,位相雑音補償を行った場合の,V-OFDMとCRV-OFDMの性能をOFDMと比 較するシミュレーションを行った.結果を図9.13に添付した.
図9.13:σφ=1.5◦,M=4, V-OFDMとCRV-OFDM BER
σφ=1.5◦程度の位相雑音が発生した場合では,IVBCI補償まで行った場合の従来 手法の性能をCVBPE補償だけ行う本研究での提案手法が上回る結果となった.また,
σφ=1.5◦程度の位相雑音であっても従来の手法でのCVBPE補償だけでは性能が悪く,
位相雑音補償を行わない場合のOFDMに近いBER性能となった.
CVBPE補償に焦点を当てて考える.提案手法においてMMSE等化器を用いた場合,
SNR約20dBまで位相雑音がない場合のOFDMを上回る性能を発揮し,ML等化器 を用いた場合はさらに3dBほど上回った.これより位相雑音補償を行うV-OFDMと
CRV-OFDMの有用性が明らかとなった.また,V-OFDMとCRV-OFDMのML等化
器での性能差は,SNR約24dB付近でBERで1.5×10−4程,CRV-OFDMが上回り,位 相雑音下でも補償を行った場合にはCRV-OFDMがV-OFDMより優れていることが分 かった.