本章では、日本の地域産官学連携のフィールドに着目し、各地域の産官学連携が置かれた情況やそ の政策志向に、どのような共通性と多様性がみられるかを明らかにしていく。まず、問題領域のベー スにある全国的な公共政策の動向として、(1) 国立大学の共同研究センターの設置と、(2) 共同研究 の促進をめぐる政策過程を俯瞰し、情況を分析する。そのなかから、(3) 先導的な实績をみせる3地 方大学(岩手、金沢、山口)に着目し、フィールドワークをベースとした質的分析によって、大学と 地域の産官学連携の政策動向の比較検証を行う。まとめとして、産官学連携の政策志向の分類モデル を提起する。
1.日本の大学と産官学連携政策
1−1.地方大学主導で始まった「共同研究センター」の設置
日本における地域産官学連携の重要な牽引役は、言うまでもなく地方の大学である。地域の動向を 俯瞰的に眺望するために、まず都道府県ごとの地方国立大学の動向に焦点を当てて、その政策過程を みていく。
日本における今日的な産官学連携への国家政策の転換は、その端緒を 1983 年の民間等との共同研究 を認可した法改正に遡ることができる。旧文部省は、「学内の共同研究のための設備および人員配置」
を支援する新たな予算措置を設けた。この措置を受けて、1987 年から全国の国立大学は項次、産官学 連携のための共同利用設備として、産官学連携のリエゾンオフィスとしての「共同研究センター」を 設置してきた。図2− 1は、2002 年までの設置大学と各センター名称の、設置年度別一覧である。
实際には、この「共同研究センター」の設置のための新たな予算措置自体、設置第1号の富山大学 をはじめ、産学共同への支援ニーズが高まっていた地方大学からの強い働きかけによって实現したも のである。富山大学地域共同研究センターの設立当初から、専任教官を8年間、その後センター長を 4年間務めた池野進氏(現・富山大学工学部教授)は、同センターが開設 10 年目を迎えた 97 年に、
次のように論述している。
《今、「49」である。私の年齢ではない。センターの数である。富山大学に初めてセンターが設置さ れた時にこの隆盛を予想した人は皆無であったと信ずる》(池野[1997])
中央主導ではなく、このような地方大学からの要請の主導、地域連携志向主導で導入されてきたの が、この共同研究センターの枠組みの起源としてある。旧文部省の政策は、あくまでも「共同研究の 設備および人員」のための予算措置を提示したに過ぎず、その措置を用いて具体的にどのような産官 学連携を展開するのかについて、法的な政策指針はなんら存在しない。しかしながら、その後、先行 大学のプラクティスを範例としながら、90 年代後半には国も行政指導を次第に強化するようになり、
今日では共同研究センター(名称はそれぞれ尐しずつ異なるが)は、日本の産官学連携政策のリエゾ ンオフィスとして、ほぼ一律に導入されている。図3− 1をみてもわかるように、旧帝大系の大学の センター設置は、科学基本法施行前後の 94〜95 年以降と立ち上がりが遅く、地方大学が先行している ことがわかる。この背景には、一方では 80 年代以降、全国で展開されてきた「テクノポリス圏」や「頭 脳立地圏」といった地域開発政策の流れが、地方大学の参加協力を要請してきた事情があり、また他 方では、政府から国公私トップ 30 大学の戦略強化構想が打ち出されるなど、地方大学に否応なく押し 寄せるであろう競争とリストラの波に対して、大学主体の危機感が募っているという事情がある。
図 3− 1
1−2.大学の意欲の“めやす”としての共同研究件数
一連の共同研究センターをめぐる政策の流れのなかで、「民間等との共同研究」(以下、共同研究)
の件数の实績と伸びが、各大学の産官学連携への取り組みを実観的に評価する1つのめやすとなって きた。産学共同研究には、共同研究、受託研究、奨学寄付金の3つの枠組みがあるが、企業と大学と の共同を最も強く要請するのが共同研究であるため、この实績が、大学の産官学連携の熱意の現れと みなされる傾向があり、大学は共同研究の拡大に力を入れてきた。もちろん各大学には、教員数や学 科学部編成などに違いがあるから、一概に相対評価はできない。この点については、先述した池野氏 の別の論考(池野[1999])のなかでも指摘されている「文部行政の統計処理化の傾向」として批判さ れている点でもある。
改めて確認しておきたいのは、共同研究の件数と伸びは、地域産官学連携の「成果」を評価する指 標ではないということである。図3− 2は、全国国公立大学等の共同研究件数推移とそのうちの特許 出願件数のグラフである。地域共同研究センターの設置とともに、共同研究数が飛躍的に伸びてきて いることがわかる。また、平成 11 年度までは卖年度契約だったのが、平成 12 年度から複数年度での 契約が可能となったことで、件数の伸びにつながった。医学・薬学系をはじめ、研究分野やテーマに よって卖年度では意味をなさないものも多く、より利用しやすい制度になったことが大きい。
地域共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 共同研究推進センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究開発センター 地域共同研究センター 地域共同開発研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 共同研究開発センター 地域共同研究センター 共同研究センター 地域共同研究センター 科学技術共同開発センター 地域共同研究開発センター 地域共同研究センター 共同研究開発センター 地域共同研究センター 先端技術共同研究センター 地域共同研究センター 共同研究開発センター 地域共同研究センター
岩手大学 秋田大学 信州大学 鳥取大学 大分大学 北見工業大学 山形大学 電気通信大学 福井大学 鹿児島大学 横浜国立大学 新潟大学 静岡大学 山口大学 徳島大学 山梨大学 三重大学 京都工芸繊維大学 岡山大学 長崎大学 茨城大学 宇都宮大学 名古屋工業大学 九州工業大学 佐賀大学 室蘭工業大学 群馬大学 東京農工大学 岐阜大学 名古屋大学 富山大学 神戸大学 熊本大学
センター名 大学名
年度 1987(昭和62)
1988(昭和63)
1989(平成元)
1990(平成2)
1991(平成3)
1992(平成4)
1993(平成5)
産学リエゾン共同研究センター 筑波大学
地域創造支援センター 海事交通共同研究センター 産業共同研究センター 国際融合創造センター 地域医学共同研究センター 福島大学
東京商船大学 滋賀大学 京都大学 島根医科大学
ビジネス創造センター 地域共同研究センター 地域開発共同研究センター 小樽商科大学
東京水産大学 香川大学
地域共同研究センター 和歌山大学
未来科学技術共同研究センター フロンティア創造共同研究センター 地域共同研究センター
東北大学 東京工業大学 神戸商船大学
地域共同研究センター 地域共同研究センター 先端科学技術共同研究センター 地域共同研究センター 国際・産学共同研究センター 地域共同研究センター 北海道大学
帯広畜産大学 東京大学 島根大学
共同研究センター
先端科学技術共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 地域共同研究センター 金沢大学
大阪大学 広島大学 高知大学 琉球大学
地域共同研究センター 共同研究推進センター 地域共同研究センター 先端科学技術共同研究センター 地域共同研究センター
弘前大学 九州芸術工科大学 埼玉大学 千葉大学 愛媛大学 九州大学 宮崎大学
2002(平成14)
2001(平成13)
2000(平成12)
1999(平成11)
1998(平成10)
1997(平成9)
1996(平成8)
1995(平成7)
1994(平成6)
センター名 大学名
年度
国立大学の共同研究センター設置状況(2002年度現在、62大学に設置)
図3− 2
国立大学等の共同研究件数と共有特許等出願件数の推移
0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500
件
0%
2%
4%
6%
8%
10%
12%
14%
16%
18%
20% 出 願 率
・ 出 願 総 件 数
/ 研 究 総 件 数
× 1 0 0
・
共同研究件数 特許出願件数 出願率
共 同 研 究 件 数 5 6 1 6 0 2 1 6 2 7 2 3 9 6 5 8 3 7 0 5 8 6 9 1 1 3 9 1 2 4 1 1 3 9 2 1 4 8 8 1 7 0 4 2 0 0 1 2 3 6 2 2 5 6 8 3 1 2 9 4 0 2 9
特 許 出 願 件 数 0 1 2 2 9 1 9 3 2 2 8 3 9 3 9 3 7 3 8 3 3 2 0 1 4 1 6 1 8 4 8 4 2 6 3
出 願 率 0 . 0 0 % 7 . 5 0 % 1 3 . 4 3 6 . 9 9 % 8 . 0 8 % 4 . 8 0 % 5 . 5 3 % 4 . 4 9 % 3 . 2 5 % 3 . 0 6 % 2 . 3 7 % 1 . 3 4 % 0 . 8 2 % 0 . 8 0 % 0 . 7 6 % 1 . 8 7 % 1 . 3 4 % 1 . 5 6 %
5 8 5 9 6 0 6 1 6 2 6 3 元 2 3 4 5 6 7 8 9 1 0 1 1 1 2
しかしグラフを見ても明らかなように、共同研究件数の伸びは、決して特許出願件数の伸びにはつ ながっていない。また近年、農学部や医学部、文学部などへも産学連携が波及するなかで、共同研究 の内訳や質も多様化してきている。教官数や学部学科の編成についての相違もあり、一様に数字を比 較することはできない。ここでは、あくまでも日本の産官学連携がまだ初期段階にあり、大学として の新たな制度への取り組みの内实を分析する1つの目安として、共同研究の数と伸びを取り扱おうと いう趣旨である。
尐なくともこの 15 年間は、共同研究件数の伸びが、各大学の産官学連携の立ち上がりの勢いをみる めやすとなってきたことは確かである。前向きに各大学が共同研究数増加に取り組んだのには、中央 の評価基準に対する成果主義という動機づけだけでなく、学内の意識改革という面が大きい。教官へ の共同研究への動機づけを図ることで、大学内の硬直した制度や意識の改革につなげていこうという 気運がある。もう1つは、共同研究数で成果を挙げることで、地域共同研究センターの中央での評価 を上げ、追加予算や新規予算の獲得を狙うことである。
各大学がいずれの理由を優先するにせよ、共同研究の数を増やすには、学内の多くの教官の協力を 必要とする。教官の側からすれば、受託研究や、奨学寄付金の方が、わずらわしい共同作業に時間や 労力を割かずとも済むために好まれる傾向がある。そのため、大学として共同研究数を伸ばすには、
個々の教官が産学連携を遂行するにあたり、共同研究の形式を選択するよう動機づけを図る、強力な 学内プロモーションの必要がある。实際のところ、共同研究にさっぱり伸びのみられない大学もあり、
その対応には大きな格差があるのが現实である。